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バカ以外の話

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作者:

 白い壁、白い天井、白い床。殺風景な部屋にはシンプルな構造の机と椅子、そして――。


「ねえレラ、昨日の続きを聞かせてよ」


 椅子に座って机の上のモニターに話しかける少年。


『分かりました。それではサラリーマン物語第三章から』


 少年の声に答えて無機質な声がモニターから聞こえてくる。

 朗読に耳を傾けていた少年の頭がだんだんと前に傾き、頬が机の表面にはりついた。


『今日はここまでにしておきます。おやすみなさいケイ』



 白いベッドから起き上がった少年は、洗面所で顔を洗いダイニングのテーブルの前に座った。

 目の前のテーブルに、ロボットアームが固形食糧の乗った皿を置く。

 少年は皿の上に乗った黄色い塊をじっと見つめた。


「そういえばレラ、昨日の話にあったテイショクってどんなの?」

『定食とは複数の料理をまとめて出すものです』

「僕も食べてみたいな」

『わかりました』


 ロボットアームが少年の前にある皿を下げると、別のロボットアームがプレートを代わりに置いた。

 プレートの上には三つの皿があり、それぞれ黄色、紅色の固体食料、そして白い液体が湯気を立てていた。


『メインのカレー味とデザートのイチゴ味、スープはジャガイモ味です』

「わあ、楽しいね」


 少年はにこにこと笑いながら固形食糧を口に運び、スプーンで液体をすくってゆっくりとすすった。


「楽しいね」

『喜んでもらえてなによりですケイ』



『……まだ俺達の仕事は始まったばかりだ。サラリーマン物語、完』

「ふわっ? 終わった?」


 少年はよだれの残る口元を拭きながら身体を起こした。


『はい、サラリーマン物語終わりました』

「うーん。ねえレラ、僕のパパとママってサラリーマンなの?」

『違います』

「違うの?」

『お二方はサラリーを受け取っているわけではありません』

「ふーん。そういえば、いつ帰ってくるの?」

『不明です』

「本当に、帰ってくるの?」

『不安の兆候を確認。メンタルチェックを開始します』

「うん」

『この薬を飲んでください。大丈夫、大丈夫ですよケイ』



 白い部屋に少年が一人椅子に座っている。視線の先ではモニターが白っぽい光を放っている。


「ねえレラ、サラリーマン物語って続きあるの?」

『シリーズが15存在します』

「ええ……どこが面白いのかよく分からなかったんだけど」

『異なる文化に対する理解の不足が原因です』

「うーん。えーとね、サラリーマンって、何?」

『モニタに解説を表示します』


 少年はモニターに顔を寄せた。


「目がしょぼしょぼする」

『紙の書籍をおすすめします。書斎へどうぞ』

「うん」


 椅子から降りた少年は跳ねるように走る。

 部屋から出た少年の向かう先に床を走る矢印の光。


『こちらです。転ばないよう気をつけてケイ』



 白い本棚の中にある様々な書籍。

 少年は床に腹ばいになって本をめくる。


「トケイはテイジをさしていた……ねえレラ、時計ってどんな形?」

『壁に表示します』


 少年の見ている壁に、四桁の数字が現れた。


「へええ。どっちが長針?」

『そのタイプの時計は倉庫に2150年式の物があります』

「見たいな」

『分かりました』


 ロボットアームが円盤型の物体を少年に手渡す。


「あはは、本当に長いのと短いのだ」


 少年は円盤をぐるぐる回した。


「これ年は分からないんだね。今何年?」

『2248年ですケイ』



『……俺達の仕事はようやく終わった。サラリーマン物語15、完』

「うん、面白かった!」


 少年は机をばんばんと叩く。


『書籍で先に読んでいませんでしたか』

「レラに読んでもらうとまたちょっと違って面白い」

『光栄です』


 少年は叩いていた手を机に置いてモニターをじっと見た。


「でも、あのブチョーって人の話をもっと読みたかったな」

『120年前の作品ですので、作者はもういません』

「うーん」

『ご自分で作ってみては』

「え、いいの?」

『著作権は意味を失っているので問題ありません』


 少年は眼を輝かせてモニターを見る。


「じゃ、じゃあね、ブチョーがシュッチョーでシャッチョーって言われた時の話をね」

『口述筆記を開始しますケイ』



「……俺の仕事は終わらないしブカも帰れないけどもういいや。ブチョー物語8、終わり」

『完結を確認。印刷して製本しておきます』

「本にできるの?」

『本格的な物は無理ですが、綴じるだけならできます』

「見たいな」

『もう少しお待ちください』


 少年は椅子の背もたれに身体をあずけて部屋の白い天井を見上げた。


「別の話を作ってみたいな」

『次は主人公のサラリーマンで話を?』

「いや、別の主人公考えたの」

『分かりました。お手伝いしますケイ』



 頬杖をついた少年がうんうんとうなっている。


「ねえレラ、ここってどう描写するのかな」

『近い状況が銀河の戦士2巻197p、虚空艦隊5巻315pにあります』


 少年は椅子から降りてゆっくりと歩き出す。


「そこだけ読めばいいんだけど、ついつい全部読んじゃうんだよね」

『それも経験になりますよケイ』



「……こうして世界は生まれ変わり、新しい未来はどこまでも続いていく。終わり」

『完結を確認。印刷して製本しておきます』

「うん、ありがとう」


 青年は頬杖をついて文字が表示されたモニターを眺める。


「ねえレラ、誰か他の人にも読んでもらいたいな」

『私では駄目ですか』

「いや、そうじゃなくて、いろんな人の感想を聞きたいなって」

『外界からの連絡が途絶えて15年になります。おそらくもう誰も……』

「そうなんだ」


 青年はけだるげに椅子の背もたれに身体をあずける。


「じゃあ、太陽系の外から来た知的生命体に読んでもらいたいな」

『本を真空状態にして保存します』

「ふふ、どんな感想なんだろうね」

『面白さは私が保証しますケイ』



 白い部屋、白いベッド。青年は苦しそうな息をして横たわる。


「ねえレラ、最近頭痛がして体がだるいんだ」

『フィルターが耐用年数を過ぎて故障、交換部品も無いので外気が混入しているのが原因です』

「そうなんだ。これから、どうなるのかな」

『……』


 青年はゆっくりと身体を起こす。


「ねえレラ、僕は僕を物語にして本にしたいんだ」

『分かりました。全ての資料は記録してあります。何でも言ってくださいケイ』



 灰色の壁、灰色の床。青年は殺風景な通路を歩く。


「この先にあるんだね」

『はい、脱出用のエレベーターです』


 青年の腰にある携帯端末から無機質な声。


「ごめんね、わがまま言って。最後は外のシーンが欲しかったんだ」

『いいえ。私の方こそ役目を全うできず申し訳ありません』


 二人はエレベーターに乗り込む。古ぼけた箱は、メンテナンス不足に抗議の声をあげながら地上まで上昇した。


「これが開いたら外?」

『はい。今から開きます』


 扉はゆっくりと開き、二人は足を踏み出す。


「すごいね……」

『線量過大、日陰に移動してください』

「うん」


 青年は大きな日陰に腰を下ろす。自然と口からは言葉があふれる。


「外は、緑色の絨毯がうねるように動いて、天井はどこまでも続く青い水槽に白いもやが流れて……」

『口述筆記を開始します』

「うん。いつか、誰かが読んでくれるかな」

『私が届けます』

「うん、ありがとう」


 青年は顔を上げる。髪がゆっくりとゆれた。

 青年の口からはとめどなく言葉がつむぎ出されていく。

 ふと、それが途切れる。


「ねえレラ、世界って、大きいね……」


 わずかばかりの静寂が流れて。


『完結を確認……おやすみなさいケイ』

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