#004 由那の選択
「え…いや…そう?そうか、二回も死にたくないかぁ…」
ヴァーツェさんが困ったような表情を見せる。糸のような細い目で起用に表情を作るなぁ…
「それに、この星に人が住んでるのかも分からないし。一人じゃ生きていけませんよ私?でもでもアダムとイヴみたいな二人っきりがいいって訳じゃないし、知的な猿に捕まって捕虜ってのもやだなぁ」
子供じみた言い訳を並べていく。そう、言い訳だ。まぁ実際に火星人みたいなタコさんが居ても困るけど。
「ああそうか、そのへんの説明もまだだったね」
彼が手を振ると空中にテレビ画面のような映像が現れて少しびっくりした。
「大きな街はこんな感じだね。ほらほら、楽しそうだろう?」
そこにはヨーロッパの町並みのような石造りの建物が建ち並んでいた。おお、私と変わらない人間が歩いている。他にも映画に出てきそうな毛がもふもふしている二本足で歩く動物とか、半獣人みたいなのがいるみたい。まるっきり映画の中の世界のよう。服装は現代風ではなく、ちょっと古い時代の服に見える。そんな人たちが市場でワイワイと騒ぎながら行き交っている。
「魔法がある世界だから単純比較はできないけど、君のいた地球の十七世紀くらいの生活かな?」
「魔法あるんだぁ。ほぇー。ファンタジーかぁ」
「ファンタジーっぽい生き物もいるよ」
彼は映像を切り替えていく。ユニコーン、ドラゴン、小鬼、ドワーフ、エルフとか、私でも知っているような幻想世界の住人が映る。
「ちょっと変わったところだとこんなのとか」
「飛んでる…」
今度映ったのは大きな亀だ。山ぐらい大きい。ただし飛んでいる。というか浮かんでいる。まるっきりファンタジーな世界。他にもどこまでも続けている滝、とても高く険しい山、地球では存在しないような景色が映し出されていく。
何故がそのうちのいくつかの景色に見覚えがあった。どれも地球ではあり得ない風景なので本の挿し絵だろうか?
「楽しそうだろう?」
「でも、全く知らない世界にいきなり放り込まれても…」
「ご希望であれば案内を付けるよ」
案内役かぁ…
「人間が生きられない大気組成かも…」
「それは大丈夫」
「言葉も通じないだろうし…」
「どんな言葉でも理解できるようにするよ」
不思議な力があるらしい。
「お金もないし…」
「一生困らないだけの金も容易しよう」
おお、太っ腹。
「ドラゴンとか、危険が多そうだし…」
「いやいやいや、さっきの街みたいに人の住んでいるところは基本的に安全さ」
困ったような表情で必死に説明する彼がちょっと面白くて色々言ってみてるけど、新しい知らない世界というのは確かに楽しそう。危険がなければ色々回ってみたい気もする。まぁ、もう死んじゃうけど。
「それに、生き返るんだったら危険な目に遭わないよう、強い力を持つようにしてあげるつもりだし」
「力持ちになるんですか?ボディービルダーみたいな見た目はやだなぁ」
「いやいやいや、希望するなら外見も好きに設定できるから…」
「えぇっ!?」
外見!設定!
「お、興味あるかい?」
私は彼の顔をまじまじと見つめ、恐る恐る聞いてみた。
「そ、それはもしかして…美容…整形的な?」
「いや、前にも言ったかも知れないが君は今、魂だけなんだ。だから新たに肉体を作るか、魂が入る前の新しく生まれた命に宿る必要がある。一から肉体を作るのであれば種族から大きさまで自由だし、赤ん坊から始める方も種族を含めてそれなりに制御できるよ」
うわー、なんでもありだー!これはちょっと女の子としては夢が膨らむという、色んな所をああしてこうして…ぐぐぐっ
「どうだい?ちょっとはその気になってきた?」
はっ!?俯いてブツブツ呟きながら考え込んでしまった。だめだだめだ。そんな即物的な物に惹かれては。
それに、やっぱり分からない事がある。
「さっきも聴きましたけど、なんで私なんかにこんなに必死になるんです?何処にでもいる女だと思うし、特別な何かを持っているわけでもないのに」
「……そうだね…ふぅ」
彼は困ったような表情で自分の頬をなで、ため息を一つついた。
「実は君の生き方が過去の自分と重なるんだ。僕も昔、君と似た境遇でとても苦しんだ時期があって、その時は誰かに救って欲しかった。僕も昔はあまり周囲の人間に恵まれなくてね、残念ながら僕に救いの手は表れず、まぁそれでもご覧の通り何とかなったんだけど、似たような境遇の君を見ていて手助けしたくなったんだと思う」
ああ、たぶん分かった。この人も私と同じだったんだ。でもどうだろう?もしも私が私と似たような境遇の人を見かけたら助けてあげるだろうか?その時に差し伸べた手を掴んで貰うと、私は嬉しいんだろうか?
「…………」
多分、助けちゃいそう。基本的にお人好しだし。そしてとても嬉しいと思う。お節介焼くの好きだし。
自分の過去を告白してくれたせいか、ちょっと恥ずかしそうに私を見てるヴァーツェさん。仕方が無い。ここは人助けだと思って生き返ってやりますか。
「分かりました、その話、お受けします」
「本当かいっ?いやー。よかったよ、考え直してくれて。これで師匠にも顔向けできそうだ」
「最初に断ったのも、冗談でしたし。ちょっと困らせてみたかったんです」
嘘だ。本当は…
「え?本当かい?ひどいなあ由那ちゃん」
「ふふ、困った顔、可愛かったですよ」
「そう?」
二人でくすくすと笑いあう。結局生き返る事になってしまった。あーあ、私って自分で自分の事を決めるの苦手なのかなぁ…すぐ周囲に流されちゃう気がする。
「それで、私はどうすればいいんですか?」
「生き返るには、まず最初にこの世界の常識管理下に入って貰わないといけない。これは君の同意が居る。OKかい」
システム?生き返るのに必要だったら拒否すると話が進まない。
「はい」
「よし、ではこれで由那ちゃんはこの世界の住人になった」
へ?何も変わってないよ?私は自分の体を見渡してみるが何も変わってない。
「まだ肉体が無いからね。魂の所属だけが変わったんだよ。その証拠に君のステータスが見えるようになってる」
「ステータス?」
「そう、この世界に所属する者は、能力を数値化された物を見ることができるんだ」
「ゲームみたいな?」
「まあ、そうだね。そんな感じかな?」
「でも、私には見えませんよ?」
「最低限、自分のステータスは見えるはずだ。自分の能力値や状態を確認したいと念じてみてくれないか?」
「はぁ…」
ステータスねぇ…半信半疑で念じてみる。
「わっ!」
いきなり頭の中に文章が流れてきた。
■情報
名前:鳳凰院由那、年齢:18、性別:女、職業:剣術家、レベル:22、攻撃力:8、防御力:5
■魂魄
魂:121、魄:0
■肉体能力値
生命力:0、持久力:0、筋肉:0、敏捷:0、頑強:0
■精神能力値
マナ:23、知能:13、創造:15、記憶:11、深淵:11
■知識系技術
日本語(地球):7、数学(地球):7、科学(地球):7、文学(地球):9、歴史(地球):8、音楽(地球):7、料理:6、礼儀作法(日本武術):11、...
■技術系技術
運動:14、格闘、体術:13、武術指導:7、剣術:10、槍術:13、長弓術:11、...
■特殊能力
能力値可視化:3
「それっぽい物が見えました」
多分ゲームっぽいんだろうけど、ゲームをやらない私には何が何だかわからない。
「面白いだろう?」
「通信簿みたいで、変な感じです」
自分を他人に評価されてるような気分で、嬉しいような、余計なお世話なような…
「まず、会話能力が必要だ。面倒なので全種かな、特殊能力欄をもう一度確認してみて」
「全種言語理解:40っていうのが増えました」
「これで言葉の問題はクリアだ」
後ろの数字はやっぱりレベルか熟練度を表しているのかな?日本語が7しかないのに40ってなんなの。
「こんな感じで能力を強化できるんだけど、希望はあるかい?」
「ゲームっぽいのはよく分からないので、お任せします」
「そう?では必要そうな物をいくつか付けておくよ」
ステータスを眺めていると特殊能力欄に名前がポコポコ増えて行く。眺めていても全然わからないのでとりあえず聞いてみることにしよう。
「この魂魄ってなんですか?」
「魂魄というのはいわゆる魂のことだね。魂が精神を司る魂、魄が肉体を司る魂。君は今、肉体がないので魄がゼロになっている。生きている間は魄があるんだけど、体が死ぬと少しずつ減り始めて、ゼロになったら奈落へ旅立っていくんだ」
また分からない単語が出てきた。
「アビスって?」
「奈落は魂の帰る場所かな。あらゆる世界の魂が奈落に帰ると言われてるよ。由那ちゃんも生き返らなかったそこへ行き、そのうちに他の魂と混じり合ってしまうんだ」
「ふーん」
「怪我をしていなくても、魂魄のどちらかがゼロになったら死んでしまうので気をつけてね」
ま、今も片っぽはゼロなんだけどね。死んでも生きてる感覚があるし、問題あるのかなぁこの状態。
「わかりました」
どうやったら減るのかも分からないけどとりあえずそう答えておく。こう、魂を削るような事をしたら減るんだろうか?過労死みたいな。違うか。
「ま、こんなものかな。肉体系のステータスを上げるのに生き返ってほしいんだけど、希望はあるかい?」
「希望って?」
「赤ん坊からやり直すか、この場で今の姿のまま生まれ変わるか、別の種になるか、だよ。外見はどちらでもコントロールできる」
ああ、一度説明された気がする。死ぬ気でいたからすっかり忘れてた。
「赤ん坊からやり直すって事は、親から生まれてくるんですよね?」
「種族によっては卵から生まれたり、分裂して生まれたりするけどね。人間の子供に産まれたいなら、母親が産んでくれる」
両親、家族かぁ……それはやだなぁ。
「赤ん坊は無しでお願いします」
「では、この場で生き返らせよう。外見は希望があるんだよね?」
「いえ、このままでいいです」
「そう?どうしてまた」
「『細いですね』って言われても、自分で頑張って痩せた結果じゃないと素直に喜べないと思いません?ズルしたみたいで。あ、でも今、色々やって貰ってるのもズルなのか…」
「ズルじゃなくて、この世界になじんでない君へのハンディキャップと思ってくれると嬉しいな」
「ハンディキャップねぇ…」
ゴルフとかのスポーツで下手な人に付ける奴?
「では生前の姿のままでいいんだね?」
ヴァーツェさんが再度確認してくる。やっぱり普通は自分の見た目を変えたいんだろうか?お腹や腕の贅肉だけ取って貰う?いやいや、安心してバクバク食べてリバウンドするだけだ。
「はい、それでお願いします」
「そうか、ではそのまま生き返らせよう」
彼が指を鳴らすと背筋に悪寒が走って体が震える。寒気は一瞬だったが、その後にだるくなったような感覚が残った。胸に手を当ててみるとどくどくと心臓の音がする。生き返ったようだ。少し感じた体のだるさもすぐに消えてしまう。死んでいた時と何も変わらない。心臓の音だけが私が生きている証拠なんだろうか?それもなんとなく寂しい気がする。
「これで完了だ。ここで暮らす事もできるけど、どうする?」
「ここでっ!?」
ここはまるっきり宇宙空間だ。周囲を見渡してみる。地面は50メートル四方くらいの宙に浮いた大地。草原に木が数本、泉しかない。
「ここはちょっと…」
「いやいや、ここっていうのは見えてるここじゃなくて、塔なんだ」
「塔?」
「そう、ここはとても高い塔の上。さっきの天使達も塔の住人だ」
「普通がいいので、地上でお願いします」
そう、何事も普通でいいよ。特別なんていらない。ろくな事にならないと経験則で思ってる。
「わかった。地上の方が賑やかだしね。ここは役所みたいで息が詰まるよ」
大きなため息をつくヴァーツェさん。
「あとは地上での保護者が必要なんだけど……ジュリに頼ってみるか……よし、今から人がくるので驚かないで」
私が返事するより早く、空中にすぅっと湧き出すように木製の扉が出現し、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
「ジュリです。入ってもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「では、失礼します」
音も立てずドアが開かれ、赤い髪の女性がドアをくぐってきた。開かれたドアの向こうに大理石のような石造りの壁が見える。
「お待たせしました、ヴァーツェ様。本日は一体どの…」
彼女の言葉が途中で止まった。何故か私を凝視して固まっているので視線が合ってしまう。少し気が強そうだけど美人さんだ。彼女の目は髪と同じく燃えるような赤で、ウェーブした髪は肩に届くあたりまで伸びている。頭の両脇から小さな白い羽が飾りのように出ていて、頭の上には天使のような環が大小一つずつ浮かんでいる。背中にも大きな羽があり、くるぶしにも小さな羽が一枚ずつ付いていた。服装はギリシア神話の神様のような白いトーガを着ている。
「ジュリ?どうかしたかい?」
「こ、こ、この女は一体!?ヴァーツェ様がお呼びになったんですか?いやそんなはず無いですよね?侵入者ですか?侵入者ですね!」
「キャッ」
私の前にヴァーツェさんが立ち、突進してきたジュリさんの手を掴んで止めてくれた。何なんですかこの人は…
「いや、違うよジュリ。彼女は由那といって、まあ…なんだ、僕の師匠の子孫の一人かな?別の世界の住人だったが縁あってこの世界の住人となったんだ」
「先代の…そうですか。失礼しました」
「分かってくれたかい?」
「はい。大丈夫です。手を…」
「あ、すまない」
ヴァーツェさんはジュリさんの手を離した。彼の背中から少し顔をだしてジュリさんを見てみると、少し顔が赤い。
「!」
また睨まれた。嫌われてる?私。何もしてないのになぁ…
「えっと、それで頼みたい事なんだが、この娘は違う世界から来てこの世界の事をよく知らない。境界で生活させてあげたいんだが…」
「わかりました。異世界人という事を理解して保護してくれる地上人を紹介して欲しいのですね」
「話が早くて助かる。境界で顔の利く君なら、きっと誰か頼める先が居ると思って聞いたんだ」
私の事は睨むくせに、彼女はヴァーツェさんと話すときは笑って楽しそうに会話している。
「そうですか、それならフリストフォルが良いでしょう。彼は豪商ですし、私のことも慕ってくれております。あ、慕うと言ってももちろん恋愛感情ではないですよ?」
「わかっているさ。えーと、場所はペンザコーフかな?この人?」
再び空中に映像が映し出される。今度は風景ではなく、どこかの館の老人が映っている。恰幅がよくておっとりしてそうな人だ。
「由那ちゃん、私が直接面倒を見られなくて済まないが、当面はこの人の客人として生活してくれないかな?嫌だったら別の人か、別の方法を考えるけど」
映像に映っているお爺さんは書類仕事をしてるようだ。他の人と話している姿もたまに映るが、特に恐そうな人ではないから問題無いだろう。町の人も地球とあまり変わらない生活をしていそうだったし、言葉だけ通じればなんとかなるよね。なにか仕事が見つかるまでくらいは手助けして貰おう。
「はい、問題無いです」
「ありがとう。ではジュリ、済まないが彼の元まで案内を頼む」
「はっ!」
「由那ちゃん」
「はい?えっ」
「ひっ!」
ヴァーツェさんが私の名をよび、私の右手を持ち上げると両手で優しく包んでくれる。
「生きることを選んでくれてありがとう。君の生に幸あらんことを」
「あ、ありがとうございます…」
あのー、後ろのジュリさんが凄い睨んでるんですけどー。燃えるように赤い髪の毛が上に向かってゆらゆらと揺れている。まさに怒髪天をついてるよあれ。短い悲鳴も上げてたし。私はあんまり男の人に慣れてないから触られるとか凄く緊張するけど、ジュリさんの方が気になって握られている手を気にするどころじゃないよ。
彼が手を離すと、私の手には革紐で編まれた紐付きのペンダントが載っていた。飾りは少し大きな鳥の羽のような物が大小2枚付いている。けっこう可愛い感じ。
「餞別だよ」
「ヴァーツェ様!それはっ…」
「いいんだよ、ジュリ。いいかい由那ちゃん、この羽を手に持って心で念じると言葉が私に聞こえるようになっている」
「へー」
大きく目を見開き、恨むような目つきで私を睨むジュリさんは見ていない事にして、私は羽を受け取った。手に持って聞こえてますか?と念じてみる。聞こえているよ。と心の中に返事が返ってきた気がした。声が直接頭の中に届くのは変な感触だね。なんだかくすぐられているようなこそばゆい感覚。
「なにか困ったことがあったら相談して欲しい。助けになれると幸いだ」
「ありがとうございます」
「あと、これは服ね、ちょっとその服だと目立つだろうし。着替えた方が良い」
「はい…」
なんかどんどん増えて行く。あなたは心配性なお父さんか?私の父とは偉い違いだ。
「では、名残惜しいが一旦はここまでかな。また落ち着いたら様子を見に行って良い?」
「んなっ!」
ヴァーツェさんが軽くハグしてくれた。ここでも私は体を硬直させる。男の人にハグなんて初めてされた!それにしてもまた悲鳴が聞こえた気がする。手に荷物を持ってて良かった。抱き返す勇気なんて無いけど言い訳できる。
「はい、いつでもどうぞ」
「では!そろそろ行きましょうか。ユーナさん!」
ジュリさんがすこし大きな声をだしたのでヴァーツェさんが私から離れる。ほっとした。ジュリさんナイス!
「そうだね、後はよろしく頼むよ。ジュリ!」
「はいっ!任せてください!!」
元気いっぱい答えるジュリさん。尻尾があったら凄く振ってそう。あ、羽はすごくバサバサ動いてる。
「ではまたね、由那」
「はい、色々ありがとうございました」
ジュリさんに手を引っ張られながらドアを潜った先は大理石でできた神殿のような作りで、広い通路の両端に装飾のある丸い柱が立ち並ぶ回廊のようだった。左右を見てみても、合わせ鏡を見るかのように何処までも通路が続いている。上を見てみると五十メートルくらい先までは見えるけど、そこから先は白い霧のような光に包まれて先が見えなかった。
「まずは着替えないとね。客用の部屋があるからまずはそこまで案内するよ」
「…はい」
彼女は付いてくるように言い歩き出す。よかった。さっきまで凄く睨まれてたから二人きりになった瞬間に豹変するんじゃないかと思った。
「あんた…」
歩き出してしばらくすると、それまで黙っていたジュリさんが声をかけてきた。
「あんた、ヴァーツェ様のなんなのさ?」
「いえ、なんと言われましても……」
彼女は立ち止まり、こちらを振り返る。
「もしかして、あんた、ヴァーツェ様のその、おっ…おっ…おっ…」
「おっ?」
言葉に詰まった彼女は一旦顔をぶるぶる振ってから言い直した。
「ヴァーツェ様のいい人なんじゃないさね?」
「………は?」
間抜けな声を出しちゃった。ははぁ、さっきの態度でそうじゃないかとは思ってはいたけど、この人はヴァーツェさんの事が好きらしい。からかうと恐そうなので、ここは普通に返事をしておこう。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私、彼に興味はありませんから」
「ヴァーツェ様の何処が駄目だって言うの!」
急に顔を近づけてきた。近い、近いよ!荒い鼻息を躱すために私は手で彼女の体を押してなんとか押し返そうとするがびくともしない。
「いえいえ、彼は素敵な人だと思いますよ?」
「やっぱり!狙ってるのね!」
どっちを言っても駄目じゃん!彼女に両肩を捕まれて睨まれる。恐い。恐いよ。本気の目だ。美人が怒ると恐いっていうけどホント恐い。なんて言ったら良いのかわかんないけど、殺されるとかいう恐怖とは別の怖さを感じる。赤い髪の毛や目から炎のような物を舞い上げながら詰め寄ってくる彼女。ああもう、なんて言えば納得してくれるんだろう…
「で…でも残念ながら、私は別に好きな人が居るんですよねー。それに年の差も凄そうだし、私みたいな小娘には興味もないだろうし、そもそも釣り合いませんよ!」
自分で言っておいてなんだけど、まるで少女漫画にある告白のお断り台詞のようだ。
「本当?」
凄い形相で睨みながら聞いてくるので私は声も出ず、コクコクと頷いて返事をした。
「そっかー、好きな人がいるのね。それに歳が近いって大事よね。あ、あなたも好きな人と上手く行くと良いわね。きっと大丈夫、あなたとても可愛いもの。応援するわ」
掴んでいた私の肩をポンポンと叩いて、再び歩き出すジュリさん。
なんて面倒な人だ……
ヴァーツェさん、あなたの事、少し恨んでいいですか?
ジュリさんはそれで納得したのかその後は不機嫌になることも無く、私は客間のような部屋に通されてそこの寝室で着替えた。服は昔の貴族が着ていそうな上等な薄桃色の服で、スカートがやたらひらひらしていて長い。歩くには問題ないけど、走ったりするには向いてないかな?首元から手首までしっかり覆って露出が少ないのが安心できる。あとはフード付きのコートがあるけど今は要らないかな。下着は渡されなかったのでブラとショーツはそのままで、服とはちぐはぐな感じがした。ま、男の人に渡された下着とか怖くて着けれないけど……
「あれ?」
左手の袖から出ている自分の左手に違和感を感じた。
「まだかい?」
「あ、今着替え終わりました」
呼ばれたので部屋をでた。とりあえず後でいいや。
「結構似合ってるわよ。可愛いわ」
部屋を出るとジュリさんが優しく笑って出迎えてくれる。どうやら私はジュリさんの恋敵リストから脱出する事に成功したらしい。あれさえ無ければ良い人なのかもしれない。
「これ、どうしましょう?鞄とかあります?」
手にもった着ていた服やコートをジュリさんに見せると怪訝な表情をされた。
「収納目録じゃ駄目なの?あんた、持ってるでしょ?」
Inventory?目録?
「あ…そうか、あんたはここの生まれじゃないんだっけ?」
「はい」
「インベントリーってのは特殊能力の一つで、別空間に物を入れておける能力さね」
タレント?なんだっけそれ?というかさっきからジュリさん、話し方が変わってない?ヴァーツェさんの前だと丁寧に喋ってたのかな?
「自分のステータスを確認してみな。特殊能力の項目に収納目録ってのがあるから」
そういえばステータスなんてのもあったな。すっかり忘れてた。もう一度自分のステータスを確認してみる。
■情報
名前:鳳凰院由那、年齢:18、性別:女、職業:剣術家、レベル:56、攻撃力:52.091、防御力:125.873
■魂魄
魂:1000000.000、魄:1000000.000
■肉体能力値
生命力:8/38/38.924、持久力:9/39/39.147、筋肉:11/44/44.502、敏捷:13/43/43.038、頑強:8/48/48.721
■精神能力値
マナ:43.837、知能:43.254、創造:45.187、記憶:41.392、深淵:41.287
■知識系技術
日本語(地球):7.239、数学(地球):7.501、科学(地球):7.009、文学(地球):9.620、歴史(地球):8.087、音楽(地球):7.089、料理:6.892、礼儀作法(日本武術):11.509、...
■技術系技術
運動:14.283、格闘、体術:13.189、武術指導:7.409、剣術:10.123、槍術:13.843、長弓術:11.261、...
■特殊能力
能力値可視化:43.000、能力値可視化防御:40.000、全種言語理解:40.000、収納目録:40.000、収納妨害耐性:40.000、成長効果:40.000、頑強:40.000、痛覚耐性:40.000、高速生命回復:40.000、高速マナ回復:40.000、全攻撃種耐性:40.000、全属性耐性:40.000、全攻撃種耐性無視:40.000、全属性耐性無視:40.000、……
なんか色々増えてるみたい。あと数字が細かくなった…見づらい。色々増えているけど、とりあえず今は収納目録だ。言語と同じで40になってるね。で、これは何?と思っていると頭の中の表示に説明文が追加された。
■収納目録
亜空間に物体を収納しする能力、収納目録から選んで取り出す事もできる。所有者への重量負荷は無い。収納できる量と大きさ、距離はレベルに依存する。…………
長い。まだまだ続いている。でも大体わかったしもういいや。それに説明は分かったけど使い方が分からない。とりあえずこれを仕舞いたいんだけど。
「わっ」
手の中の重みが消える。衣服が消えた。ステータスのインベントリ欄に格納したものが一覧表示されるようだ。
「おおっ!これは便利!」
服を手の上に出したり入れたりしてみる。買い物に便利そう。あれ?服の他にも既に何か入ってる。色んな貨幣が結構な額で。ヴァーツェさんか……
「大丈夫そうね。あ、外套は着ておいた方がいいわよ。多分寒いから」
「はい」
私はヴァーツェさんに貰った外套を取り出した。分厚いフェルトみたいな生地で出来た白いフード付きコートだ。袖や襟、縁に刺繍が入っていて可愛らしい感じ。腰にベルトも付いているのでダボっと広がらないのも良い。
「では、現地に転移するわね。あ、転移ってわかる?」
「テレポートとか、瞬間移動の事ですか?」
「それよ、慣れないと一瞬くらっとするかもだけど、心配ないから」
テレポート来ましたよ。本当に何でもありなんだね。きっと時間も操作できるに違いない。
「わかりました。大丈夫です」
「じゃ、行くわね」
ジュリさんがさっと手を振ると一瞬で風景が変わった。雪が積もった深い森の中のようだ。木が沢山生えている針葉樹林かな?
「ここは何処…」
ジュリさんに聞こうと思ったが彼女が見当たらない。
「?」
少し強めの風が吹き抜けた。寒い。くるぶしまで雪が積もっている。私は慌ててコートを着た。
「ジュリさーん」
とりあえず呼んでみる。はぐれた?放り出された?どっちだろう。ヴァーツェさんの件は誤解が解けたはずだから放り出されたとは考えにくい。いや、もしくはあれは納得して見せかけて私を捨てる機会を狙っていたんだろうか?
馬鹿らしい、そんなことをしなくても彼女は私を無理矢理どこかに飛ばせたはず。何かトラブルがあったんだろう。
「いざとなればヴァーツェさんに連絡も付くし、少し待ってみるかな」
服の中に下げているペンダントを指で触る。羽が動いて少しくすぐったい。
十分ほど待ってみたがジュリさんは現れない。完全にはぐれちゃったのかな?私の方から探したほうがいいのかな?
── ガサッ
「え?」
正面の木々の間から、突然男が現れた。体つきの大きい大人の男だ。外套を羽織っていて格好はよく分からないが、右手には直刃の長剣を持っている。
「おおっ、いたいた。本当にいたよ!」
男の表情が喜色に染まった。嫌らしい笑い方だ。悪い予感がする。周囲に武器の代わりになる枝でも無いかと見渡すが近くには落ちていなかった。
「何かご用ですか?」
「そう邪険にすんなって。今案内してやっからよ。いやー、別嬪だと聞いてはいたがほんと別嬪だなぁ」
男が近づいてくる。これは売られたかな?後半、ジュリさんの愛想がよかったのは罠だったようだ。学校でもたまに嫌がらせされたけど、女同士の世界はドロドロしててホント面倒くさい。
「あーあ、やっぱり死んどけばよかった」
近づいてくる男を油断なく見据えながら、深く、長いため息をついた。