#002 Hさんの場合
あれ?
「──────っっ!!」
なんか急にお腹が痛くなった。いや痛いなんてもんじゃ無いよ!
痛い!激痛!超激痛!
本当に痛いと声も出ないって聞いてたけど本当だったんだ!
立っていられなくなった私はお腹を押さえてその場で膝をついてうずくまる。それでも痛みは治まらず、そのままごろんと横に倒れてしまった。
生理痛?いやいや確かに私は重いほうだけど、いきなり倒れるほどひどい事は今まで無かった。それに先週終わったところだ。盲腸とか結石が急に痛くなって倒れるって聞いてた気が───痛たたたた!
とにかく痛い!痛い!そしてお腹を押さえた手がなんだかとても暖かい。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
茉莉那の声だ。泣いているような声。私の心配をして手を握ってきた。大丈夫だよと伝えたくて私もその手を握り返す。痛みのせいか妹の手を力いっぱい握りしめている気がする。痛くないと良いけど。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん大丈夫?そうだ救急車!誰か救急車を呼んでください!」
心配されてるなぁ…姉としては妹を安心させてあげないといけない。すこし痛みも引いてきた気がする。少しなら声を出せるかも。
「大…丈…ゴホッ…ゴホッ」
痛みを我慢してなんとか言葉を口にしようとしてみたけど咳き込んでしまった。
「お姉ちゃ………ちゃ…………お姉………………」
泣きながら私を呼んでいる妹を安心させたいのに、何故か声が出せそうにない。少し痛みが引いてきた気がしたけど、近くにいるはずの妹の声がなんだか遠く聞こえる。お腹付近は妙に熱いのに寒気もしてきた。でも、手は動かせそうだったので、泣いている妹の頬を撫でてあげた。私は大丈夫だと伝わればと思って。
「………っ!………………!!」
けれど茉莉那は泣き止まず、今度は私に抱きついてくる。こんなに心配させちゃってお姉ちゃん失格だね。そんな事を思いながら大泣きして私に抱きつく茉莉那をぼんやりと見ていると、彼女の頬に血が付いているのが見えた。
あれ?茉莉那、怪我でもしたのかな…?早く…手当てを…して……あげないと………
◆
目を開くと天井が見えた。白い天井だ。周囲を見渡すと、カーテンで区切られた部屋のよう。私はそこにあるベッドで寝ていたようだ。
「病院かな…?」
思わずつぶやいてから気がついたけど、声がでるようなっていた。さっきまで痛かったお腹も痛くない。
「なんだったんだろう?」
上半身を起こし、痛くなくなったお腹をさすってみる。特に痛みは感じない。サラサラしたシャツの感触ごしに、最近ちょっと気になってきた柔らかいお腹がぷにぷにしている。
「きがついたかね?」
「キャッ!」
突然カーテンの向こうから男性の声が聞こえて、びっくりした私は変な声を出してしまった。
「いや、驚かせて済まない。カーテンを開けてもいいかい?」
誰だろう?お医者さんだろうか?って、ここは病院っぽいしそれしか無いよね。私は自分の服装に問題がないか手早く確認する。上半身は…シャツのボタンは上まで閉じている。問題無い。上に着ていたブレザーとコートはベッド脇のハンガーに掛かっていた。下は…かぶっていたシーツをめくって覗き込むと、感触どおりスカートとタイツは履いたままだ。特に格好に問題は無さそうだけど、なんとなく恥ずかしいのでベッドに横になってシーツで首から下を隠した。
「はい。大丈夫です」
「そうか、では開けるよ」
同じ男の人の声が聞こえてカーテンが開けられる。見えたのは40歳くらいの男の人で、医者というよりは普段着っぽい、カジュアルなブルーのジャケットを着ていた。髪の毛は外国人なのか染めているのか金髪で、所々白髪のような白い筋が入っている。金髪メッシュ?不良さんみたい。顔立ちは金髪してるだけそれなりに目立つ感じだが、どこにでも居そうなおじさんだ。ニコニコと笑っているのか目がとても細く、開いているのかよくわからない。
「そんなに怪しい人物に見えるかい?」
「あっ、ごめんなさい…」
私があまりに不躾に見たせいかそんな事を言われてしまった。
「いや、いいよ。僕の髪を見ていたようだけど、君の国だとみんな黒髪なんだろう?」
「ええ、そうですね。日本人はみんな黒いです。染める人も多いけどね。先生は日本の方じゃないんですか?」
「先生と来たか…残念ながら僕は医者じゃない。そして日本人でもないよ」
「病院の方じゃ無いんですか?取りあえず妹に電話したいんだけど・・・」
妹に連絡するためにベッド脇に吊してあるコートのポケットを探ってみたが、何も入ってない。やばい、財布も無い。手に持っていたはずの鞄も無いから看護婦さんが預かってくれているんだろうか?それとも茉莉那が確保してくれているんだろうか?後者ならちょっと心配…
「悪いけど妹さんに連絡は取れないよ。私は回りくどい言い方が上手くないので結論から言わせて貰うけど、君は死んでしまったんだ」
え?いやいやいや、私生きてますよ?優しそうな顔して何言ってるんだろうこの人。医者じゃ無いって言ってるから、誰かの見舞い客か迷い込んだ変な人かなぁ?
「やっぱり口で言っただけじゃ信じてもらえないか…うーん、どうやったら分かってもらえるかなぁ…。そうだ、例えば亡くなった人はどういう場所に行くと思う?」
死んだらどこに行くかって?とくに宗教には入ってないから死生観なんてないよ。無視して部屋の外に出て行ってもいいけど、それも放置したみたいで可哀相だしなぁ……宗教の勧誘じゃなさそうな感じだし返事くらいはしてあげてもいいか。
「いきなり聞かれても困りますけど…天国とか……三途の川とか?」
答えながら部屋を出る支度をしようと、ブレザーを着てボタンを閉めながらベッドの縁に座って靴を探す。あったあった。ベッドの横に揃えて置いてある。
「三途の川はちょっと恐いから天国にしようか。どんなのか知らないから適当だけど」
「え?え?何?」
彼がパチンと指を鳴らすと、足で引っかけて取ろうとしていた靴が消え、ナイロンっぽかった床がドライアイスのような雲で覆われた。変わったのは床だけじゃない、さっきまで病室に居たはずなのにいつの間にか私は外に居た。しかも本物の雲の上のようにしか見えない。上を見ると雲と太陽のようなまぶしい光が見え、雲の隙間を天高くまで上っていく石の階段が空からの光に照らされている。
ふわー、すっごく綺麗。映画の中みたい。
「これだけだと殺風景だね」
いやいやいや、これだけで十分だよ。もう私の処理能力が付いてってない。やめてー!
私の願いもむなしく彼がパチンと指を鳴らす。すると天使が何体も現れて私たちの周囲を微笑みながらゆっくりと飛び回り始める。羽の生えた大人の女性の天使と、いわゆるキューピットっぽい赤ん坊が何体か。みんなほんのりと光っていて、どうみても天使です!って主張しているかのよう。
私がキョロキョロしていると女性の天使が一人近づいてきた。すっごい美人でスタイルも良い。うらやましい…。彼女は微笑みながら手のひらを上に向けて差し出してきた。掴めって事かな?
「触っても大丈夫だよ」
そんなことを言っている彼がこの現象を引き起こした張本人だ。信じて良いのかどうか判断できない。でも、好奇心に負けた私は天使の手のひらに手を乗せてみた。
「あ…暖かい…」
女性の天使は私の手を両手で包み込み、軽く握ってから手を離した。そして少し名残おしそうな笑顔を浮かべると、ふふふと笑いながらまたフワフワと離れていった。私は天使に触れられた手をまじまじと見つめる。特に何か変わった感触は無い。だけど次々と起こる不思議な現象にもうついて行けそうに無い。茉莉那、お姉ちゃんは夢を見てるみたいだから側に居たら早く起こして!そう願いながら自分のほっぺたをつねってみる。
「ひたひ…」
現実逃避は無駄だった…
「ふふ…おっとすまない。あまりに可愛らしかったものだから」
そんな褒め方されても嬉しくない。痛みで少し涙目になりながら彼を睨む。とりあえずここは夢の中と言うことにしておこう。万が一現実だとしても夢と大差ない内容だし。
「なんなんです?これは?」
「風景は幻だが、彼女達はこの塔で暮らしている天使達だ」
「天使!暮らす!」
「ここが天国って訳でもないけど、天使っぽい種が住んでるだけだよ」
そう言うと、彼は私の靴とコートを手渡してくる。ベッドに乗ったままの私は、靴をまず雲の上に置いてみる。おお、乗った。ちゃんと乗ったよ!次はベッドの端に腰掛けて靴を履き、今度は爪先でつついてみる。柔らかい地面の感触がする。底が抜けても落ちないようにベッドの手すりを掴みながら降りてみたけど、特に問題無く雲の上に立てた。拍子抜けだよ。柔らかいけどトランポリンのようには弾みそうに無いなぁ。ちょっと期待したのに。
しばらく雲の感触を堪能した後で、ベッドに置きっぱなしだったコートを手に持った。ここは暖かいので上着は必要はなさそうだ。
「さあ、行こうか」
彼は階段に足をかけて上っていこうと誘っている。何処に連れて行かれるのよ私は?まぁなんかこの状態で逃げようにも、一体どこに逃げたらいいのか分からない。周囲は雲海のような地面が広がり、所々に穴が開いているようにも見える。
「どこに行くんですか?」
「天に昇っていく階段なんだから、もちろん天国っぽい所」
彼はいたずらをしているかのように笑う。おじさんなのに、にぱーっと笑った笑顔がやたら似合っている。でも残念ながら、おじさん愛好家ではない私にはヒットしない。というか私、本当に死んじゃったのかな?それともこの人に誘拐されただけ?誘拐するんだったら普通、危害を加えたり身代金を要求したりするよね?そもそもこんな風に変な風景を見せる必要もない。すると趣味で手品をやってる人が私をさらって無理矢理手品を見せている?そんな馬鹿な。
「できれば家に返して欲しいんですが…」
「残念だけど、君は死んでしまっているからね。それは無理なんだ」
あーもう、考えても分かるわけ無い!自分一人でどうこう出来る状況ではなさそうなので、しばらくは案内してくれそうな彼について行こう!
「しかたない、行きます…」
私は彼が乗っている階段の一段目にぴょんと飛び乗った。この階段も薄い石の板が浮いているだけの物だったけど、今乗ってるのが雲だと思うとまだ石の方が安心感がある。さっきまでの雲とは違い、ちゃんと石の感触がする。
「では行こうか」
「きゃっ」
彼の言葉とともに階段が上に動き始めてびっくりした。雲の下からもどんどん石の階段が出てきているので、走れば戻ることができそう。
「エスカレーターみたいですね」
ゆったりとした速度で上っていく私たちの周りをまだ天使達は飛び続けている。天使が飛び交い、光が差し込む雲の間を抜けて上っていく様はすごく綺麗だ。
「本当に天国に向かっているみたい…」
「少しは自分が死んだって現実を理解してくれたかな?」
今の私に死んだ実感なんて無いよ。ここに来る前お腹はすごく痛くなったけど、あの程度で死ぬとも思えないし……でも、今の状況は夢じゃなきゃ説明できそうにないよなぁ…
「そう…ですね、夢じゃなければ。ですが…」
「ふふ…そうだね。大差はないから夢と思って貰ってもいいよ。そうか、最初から夢だって言えばよかったのかもなぁ…」
彼は困ったような表情を浮かべながら頬を人差し指でかいている。
「それで、私はどこに連れて行かれるんでしょう?これから天国に行くんですか?」
「いや、今向かっているのはただ見晴らしが良いだけの所だ。こうやって上った方が天国っぽいからそうしてるだけ」
天国っぽいってあなた…
「えーと、君が死んだって話はしたよね?」
「ええ、実感は全くないですけど」
「僕としては君の魂がこのまま消えてしまうのはいたたまれなくてね。地球とは別の世界にはなるが生を続けてみないかね?」
「え?生き返らせてくれるって事ですか?」
生き返れるんだったらわざわざこんな事しなくても、さっさと生き返らせてくれれば良いのに。
「ああ、ただ、生を与えることはできるんだけど、残念ながら君が暮らしていた地球に送り返す力が我々には無いんだ」
生き返るけど?地球じゃない?それって私、生活できるの?
「出来れば君を君の地球で生き返らせてあげたい所なんだが、残念ながら我々の力が及ぶ世界はすごく狭いんだ」
気がつくと周囲がだんだんと薄暗くなってきていて、星のような大小の明るい瞬きが見え始めた。こんなに上空まできたら空気が薄いはずなのに息が全然苦しくない。そういえば風も全く吹いてなかいなぁ、まあ夢だし何でもありか。
「ところで、どうして私なんです?他にも若くて死んじゃう人なんてたくさんいるじゃないですか?」
ふと、私は疑問に思ったことを口にした。映画なんかだと『君を愛してるから!』とか言う所なんだろうけど、そんなことを言われたらここから飛び降りようかなーとか考える。
「うーん、やっぱり聞くよね?それ」
彼は腕を組んでしばらく考えてから話を続けた。
「理由は二つあると思うんだ、一つは君が僕の恩師の直系の子孫である事。子孫を見守るよう言われてるんだ。それに若いのに死んじゃうのは可哀相だと思ったから」
恩師!子孫!っていうか…
「地球には行けないんじゃ無かったんですか?」
彼は困ったように肩をすくめた。
「そのはずなんだけどね、どうやってか彼女たちは君の世界へ旅立っていったんだ」
ふーん。なんとかしたら行けるかも知れないって事かぁ…まぁ夢だけど。
「その恩師っていうのはうちのパパとママのどっちかなんですか?」
「いや、もっと昔の話だよ。君の世界だと…1000年くらい昔じゃないかな?」
「1000年…」
うちの家系図、何代前まで書いてあったっけ?見せて貰ったことはあるけど興味ないからスルーだったなぁ。ちゃんと見ておけば良かった。というかこの人、1000年間も子孫を追っかけてるわけ?何人いるのよその子孫。
「もう質問はいいかい?じゃあもう一つの理由だ。もう一つは君が無理して生きているように感じたから、これを機会に楽しい生き方を探して欲しかったんだ。生きるって事は苦しいだけじゃなくて、楽しいこともあるって感じて欲しかった」
がつんと殴られたように感じて鏡に亀裂が走った。慌てて左手をポッケに突っ込み、心の中の鏡の亀裂を繕い始める。
「んんー?そ、そうかなぁ、結構楽しんで生きてたつもりだけどなぁ?」
「そうかい?そうだね」
彼は私の顔をじっと見つめている。視線がつらい。髪を整えるふりをして彼から目をそらした。
「そうそう。気のせいですよ。毎日楽しんでましたよ?」
心の鏡の修繕が終わり、私の姿がしっかり映っているのを確認する。もう大丈夫。そうだ、普段通り。普通の私。
「では、私の思い違いかな。すまない」
「そんな!謝らないで下さい!」
大げさに頭を下げて謝罪されたので慌ててしまう。そう、本当に悪いのは私の方…
「さて、もう終点のようだ」
彼は頭をあげ上の方を振り返った。階段の先に小さな円形の大地が見える。岩や土の塊で出来ていて、泉もあるのか水がチョロチョロと流れ落ちている。円形の大地の周りにもいくつかの小島が浮いていて、想像上の空中庭園のよう。ついに終点につき、彼はタイミングよく島に飛び乗った。私も飛び乗ろうと思って身構えていると、エスカレーターはゆっくりと速度を落として止まり、私はぽてりと庭園に足を踏み出す。そこは草原のようだった。泉とその脇に何本か木も生えて、リンゴのような赤い実が生っている。
「下も見てごらん。大丈夫。踏み外しても落ちないようになってるから」
そういうと彼は大地の端から外に向かって歩きだした。落ちる!って思ったけど、空中を数歩あるいてこちらを振り返った。どう見ても宙に浮いている。さすがに自分で試す気にはならないが、言われたとおり縁に近づいて下を見てることにした。そういえば上ってるときはあまり下を見てなかった気がする。恐いから。
「綺麗………」
宇宙から地球を見たかのような広大な光景が広がっていた。巨大な青い球体が眼下に浮かんでいる。遙か下方、所々に雲が浮かび、大地は緑や茶色に覆われている。日に照らされていない部分が欠けていて、そちらは夜のようだ。私は素敵な光景に目を離せなくなり、じっと見つめ続けた。
「今更だけど、自己紹介がまだだったね。私の名はヴァーツェ。よろしく、由那さん」
「へ…?」
壮大な光景に見とれていた私は彼が話している内容が半分も耳に入っていなかったが、名前を呼ばれた気がして彼の方を見た。彼は眼下の大地を紹介するように言った。
「ここが我々が唯一管理できる世界、境界だ」
愛おしそうに世界を見下ろして言う彼に釣られ、私は眼下に広がる広大な大地をまた見下ろした。本当に綺麗だよ。こんな光景を毎日見られる宇宙飛行士がうらやましい…
「そして、君が第二の生を送る大地だよ」
「……………」
そこで視線を戻し、真剣に彼を見つめた。視線を逸らして上を見ると、太陽のような大きな星が見える。月は無いのかと探すと、地球の月に似たものが1個と、小さいのが2個あった。綺麗な星々が見えるので、知ってる星座は無いかと探してみるが見つからない。やっぱりここは地球と違うっぽいね。
ふと気がついて自分の胸に手を当ててみる。心音がしない。
「ああ、そういえばそれが手っ取り早い判断方法だったね。馬鹿だなー、僕」
なんだか急に、自分が死んだような実感がわいてきた。現実感の無いくらい綺麗な風景のせいかな?
「私、もしかして本当に死んじゃったのかな……」
「うん、残念だけど」
「来週みっちゃんと遊びに行く約束してたんだけど、約束やぶっちやう事になるのかな」
「許してくれるよ。きっと」
「茉莉那や、家族とも、もう会えないんだ…」
「うん」
頬を何かが伝っていった。手を当ててみると水っぽい。いや、これは…
「…涙?」
「泣いたって恥ずかしい事じゃないよ。二度と会えないのはとても悲しいことだ」
「そっか…私、泣けるんだ…」
「……?」
「ふふっ」
ちょっと安心した。死んだのに安心ってのも変な話だ。こういう事になっても泣かないんじゃないかと思ってた。けど、ちゃんと泣けた。ぽろぽろと涙がこぼれ続けている。寂しい気持ちが心の中からあふれてくる。私はコートのポケットからハンカチを出して涙を拭いた。ハンカチがどんどん重さを増していく。
「よし!」
少し時間がたって落ち着くと、私は心機一転とばかりに声を出す。
「決めてくれたかい?」
彼、もといヴァーツェさん、確かそんな名前だった気がする。が聞いてくる。彼は私がなんと答えるかもう予想が付いているのか、元から細い目をさらに細めて笑みを浮かべている。そんな彼に私ははっきりと答えを告げた。
「うん、私、このまま死ぬよ。二回も死にたくないし」
「そう言ってくれると………………………………………え?」
会ってからずっとニコニコと微笑んでいた彼だったが、初めて笑顔以外の表情を見せた。