《護衛士認定式編》①
◇◇◇
未だ十八に満たない少女のキスは。
のちに、『世界大戦』史上における「隷属のキス」とされ、後世に永く伝わるものとなる。
◇◇◇
石畳が区画的に敷かれ、その上を馬車が忙しなく行き交っている。
比較的大通りの道脇には、馬具や武具、果物や野菜、様々な商店が立ち並び、商人たちは競うように声を張り上げている。
晴天であることも手伝って、街には人が溢れ、さらに活気づく。
石材や木材で建てられた建築物は、色や造りに統一性があり、その景観が整っていた。
人族の都、『エルサム』である。
わずかに小高い丘になっているエルサムの中心には、大きな城が見える。
東西南北からそれぞれ伸びる石畳は、丘の上に建つ城門に繋がっていた。
×××
四本の通りのうち、東から伸びている商店街を一人の少年が歩いていた。
言うまでもなく、これら四本の通りはエルサムの中でもっとも大きい。
石畳みの道脇には、多くの店が窮屈そうに並んでいる。
「っらっしゃい!」
「珍しく龍族の毛皮が安くなってるよ!」
「毎度あり、安くしとくよ」
店が客引きのために、通行人や客に声をかけることは、この都にとっては当然のことであり、商店街が賑やかになっている主な理由でもある。
「黒髪のにぃちゃん、一杯どうだい?」
「お、そこの少年!果物なんていかが?」
少年も例外ではなく、店の前を通るたびに声を掛けられていた。
都では黒髪が珍しく、人目を惹きやすいというのもあるだろう。彼の顔立ちは、都の出身では無いことを示していた。
客引きが鬱陶しいのか、少年は舌打ち混じりで一人の客もいない店に入っていった。
数ある中からありきたりなメニューを注文し、薄汚れたテーブルで待つ。
「……お客さん、東方の出身ですかい?」
不意に店の主人が口を開いた。その問いかけは少年の黒髪の珍しさから生まれたものだった。
「あぁ」
「そうかい」
ちいさな酒屋には少年と主人しかいない。
客と主人という関係ではあるが、少年は大人に対して敬語を使わなかった。
そこに違和感が無いほどに、少年には妙に風格と威圧感が備わっていた。
もちろん、少年の態度に腹を立てられることはない。
「お待ちどぉ」
会話が途切れて、十分後。少年が注文した料理と、水の入った酒器がテーブルに置かれた。
出された料理はありきたりの見た目と、ありきたりの味であった。
客入りが無かったことから、不味いことも覚悟していたが杞憂だったらしい。
店の繁盛は見た目が第一、とはよく言ったものだ。
確かに、エルサムの商店街でわざわざ小汚い店に積極的に入る者は少ないだろう。
料理にそこそこ満足し、水を喉に通したところで、少年はわずかに顔をしかめた。
晴れた屋外を歩いてきた少年にとって、出された水はわずかに温いものだった。氷が入っておらず、この暖かな気温でさらに温くなっている。
少年は右手で酒器を持ったまま、中の水に意識を焦てた。
数瞬後、酒器の口から白い冷気がゆらゆらと揺れた。
ピキッ、と軽い音がなり、酒器の中には氷も生まれている。
十分に冷えた水を喉に通し、乾いた喉を潤した。
「ほぉ、お客さん魔族の血統ですかい」
店の主人は、少年の魔術に感嘆の声を漏らした。
前述の通り、混血者は人族の中に広く浸透している。
それは「魔族」との混血も例外ではなく、十数世紀前は希少であった『魔術』も、今では珍しくなかった。
「いやぁ、それにしても久しぶりですなぁ魔術を見るのは」
人好きのする笑顔で、店の主人は感想を漏らした。
「そうか」
「エルサムに住んでいると、族境での戦争と縁がなくてなぁ」
『世界大戦』が始まってから、各種族の族境付近では極小規模な争いが頻発している。
「混血」と異なり、血能を持たない非力な「純血」は必然的に族境から離れていった。
王家の住む城は例外だが、人族の領土の中心地であるエルサムは、ほとんどが「純血」で構成されている。
魔族やエルフ族など、「世界の法則を意図的に改変する能力」を持つ種族はいくつか存在している。
特に、魔族は魔術を発動するときに瞳の色が変わる特徴があった。
少年の瞳の色も変化していた。
主人の推測通り、この少年は魔族との「混血者」である。
特に珍しいことではない。