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「彼は鹿嶋了輔(かじまりょうすけ)。隣のクラスで体育が合同だから、遊馬のことも知ってたんだろうね」

 一時間目が終わった後の休み時間、椅子に身体を投げ出している俺を見下ろして、麻倉が言った。

 今朝の一件の後、結局俺はホームルームに遅刻してしまった。そのまま誰とも話すことなく一時間目に突入したのだが、授業中、俺は何度となく背中に視線を感じていた。きっと麻倉が中野に話したのだろう。もちろん、俺は徹底的に無視を決め込んだ。そのせいか、チャイムが鳴った直後に机の両脇を固められてしまい、現在俺は尋問されている気分だった。

「まさか、鹿嶋が千雪ちゃん狙いだったとはな」

 渋面でそう呟く中野も、鹿嶋のことは知っていたようだ。

「だけどこれではっきりしたね。鹿嶋みたいな頭の固いヤツに、わざわざ千雪ちゃんを渡すことなんてないよ」

 妙に力のこもった麻倉のセリフに、中野もしきりに頷く。

「そうだそうだ。きっと鹿嶋のヤツ、遊馬のことを、罰ゲームを利用して千雪ちゃんを陥れた悪だと思ってるぜ」

 きっと二人は俺を思って、このまま彼氏を続けろと言ってくれているのだろう。だけど俺には、中野の言った言葉がそのまま、俺を表している気がしてならなかった。

「やっぱり俺には、誰かの彼氏なんて無理だったんだよ」

 そう言った俺の声は、思っていたよりもずっと落ち着いていた。声にすることで、頭の中のもやもやが明確な形をとっていくようだった。どうやら、自分でも知らないうちに、覚悟は決まっていたらしい。

「中野、麻倉」

 俺は順番に二人の目を見つめた。

「ありがとう。お前たちの気持ちは嬉しい。だけどもう、俺の心は決まってるんだ」

 中野は黙ってそっぽを向き、麻倉は悲しそうに微笑んだ。

「そうか。遊馬が決心したなら、僕はもう何も言わないよ」

「……勝手にしろ」

 俺には、こんなにも俺のことを思ってくれる友人がいる。そう思うと自然に笑えていた。

 俺はもう一度ふたりに「ありがとう」と言うと、静かに告げた。

「昼休みに、咲本に本当のことを伝える」



 覚悟を決めたと言っても、咲本を傷つけることになると思うと、昼休みが来なければいいのにと思わずにはいられなかった。

 しかし、そういうときに限って、時間というのは足早に過ぎていく。気がつけば、耳慣れたチャイムが4時間目の終わりを告げていた。

 今にも口から出てしまいそうな不安を飲み下し、俺は席を立つと咲本のところへ向かった。

「遊馬くん」

 俺に気がついた咲本が顔を上げた。何も知らない咲本の無邪気な目が、まっすぐに見上げてくる。

 自分を落ち着けるために大きく息を吸うと、俺はゆっくりと口を開いた。

「咲本、大事な話があるんだ。ちょっといいか?」

 咲本の目に一瞬不安の影がよぎったのがわかった。

「うん……わかった」

 連れだって教室を出る俺たちを、いくつかの好奇の視線が追ってきた。きっと、周りのヤツらは、俺が咲本に告白するとでも思っているんだろう。

 俺は、実際は真逆だ、と心の中で吐き捨てた。



「大事な話って、何?」

 中庭のベンチに並んで腰を下ろすと、咲本の方からそう聞いてきた。

「ごめん、咲本」

 何から話し始めようか迷っていた俺の口から出たのは、咲本への謝罪のコトバだった。

 当然のことだが、何を謝られているのかわからない咲本は目をみはり、俺自身も自分が無意識下で口にした言葉に驚いていた。困惑しながらも俺を真っ直ぐに捉える咲本の視線に、この場を逃げ出したい衝動にかられる。

 そんな俺が呼吸を整え、次の言葉を繋ぐまで、咲本は何も言わずに待っていてくれた。

「俺はずっと、咲本を裏切ってたんだ」

 一息に告げると、咲本の反応を待つ。

 しかし、咲本は何も言わず、膝の上で手を堅く握りしめていた。


――これから俺は咲本を傷つける。


 わかっていたはずなのに、揺らいでしまう。

 この決意が砕けてしまう前に全てを終わらせなければならない。

 これが、俺にとっても彼女にとっても一番いい方法なんだ、そう何度も自分に言い聞かせて、俺は真実を紡ぎだした。


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