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 次の日、俺は一人で登校していた。

 本当は今日も咲本を迎えに行くつもりでいたのだが、うっかり寝坊をしてしまったのだ。昨日の夜、今の状況にどうやってけりをつけようかと悩むうちに、だんだんと目が冴えてきて眠れなくなってしまったのが原因だろう。昨日登録したばかりのアドレスにメールを入れておいたから、咲本については大丈夫なはずだ。

 そんなことを考えながら、俺は高校までの道のりを足早に進んだ。



「頭の整理はついたかい?」

 なんとか予鈴の鳴る前に昇降口に駆け込んで靴を履き替えていると、後ろからよく知る声が聞こえた。

 ため息混じりに振り返ると、そこにいたのは麻倉だけだった。

「また待ち伏せか。中野はどうした?」

「遊馬があまりに遅いから、退屈して教室に戻っちゃった。ほんと、子供っぽいんだから」

 その点には俺も素直に同意できる。

「それで、どうすることにしたんだい?」

 重ねて問いかける麻倉の目は、昨日と違って真剣な色を帯びていた。昨日、あの場から逃げ出した俺を、心配してくれていたんだろうか。

「今日、本当のことを言おうと思う」

 俺は静かに告げた。

「……いいのかい、それで」

 麻倉の落ち着いた声が、人気のない昇降口に反響した。

「一晩中考えて決めたんだ。本当のことを言ったら、咲本を傷つけるかもしれない。でも……」

「そうじゃなくて! 遊馬はそれでいいのかって聞いてるんだよ」

 麻倉の視線が真っ直ぐに俺を射抜く。

「昨日からずっと、遊馬は千雪ちゃんのことばかり気にしてるけど、自分の気持ちを考えたことはある? このまま千雪ちゃんに本当のことを告げて、遊馬は後悔したりしないと言えるかい?」

「俺が、後悔?そんなの、するわけないだろ」

 このときの俺には、麻倉の言いたいことが少しもわからなかった。

 真実を告げて咲本は傷つくことになるかもしれない。だけど俺はどうだ。罪悪感は残ったとしても、その先にあるのはいつもと変わらない日常だけじゃないのか?

「遊馬は恋愛とかに疎いから気づいてないかもしれないけどさ、人を好きになるきっかけなんて些細なモノなんだよ」

 麻倉は恋をしたことがあるんだろうか。あまりに馴染みのない話題に、俺はそんなことを考えていた。

「俺が咲本に恋してるって言いたいのか?」

 予想に反して、麻倉は迷わずに頷いた。

「付き合ってみて、相手のことを知って、それから好きになるって恋の形もあるんだよ」

 俺を見つめる相貌はどこまでも優しかった。

「俺が咲本に恋を……いや、たとえそうだとしても、このまま付き合うなんて俺には無理だ。あの告白は罰ゲームだった。それは……変わらないんだ」

 なぜだろう、麻倉を見ることができなかった。

「確かに、千雪ちゃんへの告白は罰ゲームだったよ。でも大事なのはそれから……」

「本当か!」

 突然、麻倉の声は途中で別の声にかき消された。

「本当に、咲本さんへの告白は罰ゲームだったのか?」

 強ばった首を無理矢理動かして視線を廊下の方に移すと、そこには俺と同じ制服に身を包んだ男子生徒が立っていた。

「鹿嶋……」

 面識があったのか、麻倉が消え入りそうな声で呟いた。

 しかし鹿嶋と呼ばれた男子生徒は、麻倉には目もくれず、まっすぐに俺に詰め寄ってくる。

「お前は確か真壁だったな。さっき麻倉と話していたことは本当かと聞いているんだ。何とか言えよ」

「……本当だ」

 あまりの剣幕に、俺は思わず真実をこぼしていた。

 このとき、気の利いた嘘を言っていれば、何かが変わったのかもしれない。だが俺は、本当のことを言ってしまった。

「じゃあお前は、罰ゲームの延長で彼女と付き合っているわけか」

 そう言った鹿嶋の視線には、俺に対する失望や軽蔑の念が見て取れた。

 鹿嶋の言うことは正しい。俺は反論することもできず、ただ俯いていた。

「このままの状態でいれば咲本さんを傷つけるだけだと、お前もわかってるんだろ?少しでも罪悪感があるなら、本当のこを告げて彼女と別れろ」

『別れろ』

 真実を告げれば、当然別れることになるなんてわかっていたはずなのに、鹿嶋の言ったその言葉が、俺に重くのしかかる。

 そして、鹿嶋はとどめの言葉を放った。

「今日の放課後、俺は咲本さんに告白する。それまでに、自分がしたことのけじめぐらいつけるんだな」

 予鈴が鳴って、鹿嶋は息苦しいほどの沈黙が支配するその場を後にした。

 しかし俺の足は、本鈴がなった後も動こうとしなかった。



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