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帰り道。今朝とは打って変わって、会話はいっこうに弾まなかった。
原因は俺だ。わかってはいても今はうまく笑えそうにない。冬の澄み切った空とは正反対に、俺の心は大雨でも降りそうな感じだった。
「……くん。遊馬くん!」
腕を引かれて初めて、自分が赤信号を渡ろうとしていたことに気がついた。
「うわっ、アブねー……」
目の前を通りすぎた車のクラクションが頭に響く。
となりに佇む命の恩人を見下ろすと、心配そうな視線が返ってきた。
「どうかしたの?さっきから話しかけても上の空だし……」
どうやら自分は傍目にわかるぐらいに上の空だったらしい。
「悪いな、ちょっと考え事しててさ。でも、大丈夫だから」
信号が青に変わり、人の群れが動き出す。とりあえず流れに乗って歩き出した俺に、咲本が小走りでついてくる。
「そっか、歩幅が違うんだよな」
横断歩道を渡り終えたところで、俺は再び足を止めた。
咲本は、今までずっと俺の歩幅に一生懸命合わせていたわけだ。俺の方が身長高いし、歩幅も大きい。当たり前のことなのに、そんなことにも気づけていなかった。
「えと……、遊馬くん?」
寒さのためか、不思議そうに俺を見上げる咲本の、上気した頬が痛々しい。そう言えば、自分の首にマフラーがあることを思い出し、とりあえず咲本に巻いてみた。
「黒一色で可愛くないけど、まあないよりましだろ?」
そう言って俺は、さっきよりもゆっくり歩き出した。こうしていると、本当に咲本の彼氏をしているみたいで、なんだか歯がゆい。
「ありがとう」
そう言って笑う咲本を、素直に可愛いと思った。
俺の頬まで熱い気がするのは、たぶん寒さにやられたんだろう。
それからしばらく、俺たちは何を話すわけでもなく、ただゆっくりと並んで歩いた。
それは、耐え難いような沈黙じゃなくて、不思議と落ち着く、優しい時間だった。
「送ってくれてありがとう。もうここで大丈夫」
そう言って咲本が立ち止まったのは、昨日俺が彼女に告白をした場所だった。あれはまだ昨日の出来事なのに、ひどく昔のことのような気がする。
「まだここからしばらくあるだろ?家まで送ってく」
そう言って歩き出そうとした俺を、咲本は「大丈夫だから」と押しとどめた。
「遊馬くんのことが……好きだから、じゃダメかな?」
「へ?」
あまりに突然すぎる話題の転換に、俺はなんとも間抜けな返答しかできなかった。
咲本の表情は至って真剣で、ふざけているわけではなさそうだ。
「今朝、『何で俺の告白にはいって答えたんだ?』って言ったでしょ?」
俺はなんとか頷くことで肯定を示した。咲本の言っている意味がわかってきたら、無性に恥ずかしくて、それが精一杯だったのだ。まさかここでこの話題を持ち出すとは思ってもいなかった。
「昨日みたいに家まで送ってくれたり、マフラー貸してくれたり、遊馬くんは気づいてなかったかもしれないけど、私、いつも見てたから……遊馬くんの優しいところをたくさん知ってるから、だから……」
そこで、咲本は言葉を濁した。
「だから?」
気になって先を促すと、咲本は苦笑混じりに首をふった。
「ううん、なんでもない。ごめんね、いきなりこんなこと言い出して」
俺には、そう言った彼女の笑顔が、なんだか悲しげに見えていた。
「じゃあ、私帰るね」
このマフラーは借りて帰ることにするよ、と言い終わったときには、咲本はもう駆けだしていた。
彼女は何を言おうとしていたのだろう。
なぜだかそれが、とても重要なことの様な気がしてならなかった。