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 咲本に続いて教室に入ろうとした瞬間、後ろから急に襟をつかまれ、俺は足を止めた。というよりも止めざるを得なかった。犯人は振り返らなくてもわかる。中野と麻倉だ。

 本当はそのまま歩き続けたかったが、そうすると俺の首が絞まるだけで、ヤツらは決して手をはなしはしないだろう。そう思ったから、俺は素直に人気のない廊下の奥まで引きずられた。

「朝から彼女とご登校なんて、いいご身分じゃないか遊馬くん」

 麻倉の笑顔は、今日も凄み満載だった。

「聞くところによると、手まで繋いじゃってたらしいぜ、茜ちゃん。」

 俺の前に立ちふさがりつつ、中野が言った。

「まったく、何度言ったらわかるんだい? 僕は『あかね』じゃない。茜と書いて『せん』だ、沖路(おきみち)

「沖路って呼ぶな!」

 麻倉と中野はそれぞれ自分の名前にコンプレックスを抱いている。麻倉茜は、女子と間違われるから、中野沖路は、自分に似合わない仰々しい名前だかららしい。そんなに気にしなくてもいいんじゃないかと思うのだが、二人は極度に名前で呼ばれることを嫌っているため、俺は二人を名字で呼ぶことにしている。

「で、どこに行くつもりだい、遊馬?」

 二人がくだらない(二人にとってはくだらなくない)論争を繰り広げている間にそっと背後を抜けようとしたが、あえなく失敗に終わった。

「悪いが行かせるわけにはいかない。お前には聞きたいことがたーくさんあるからな」

 肩に置かれた中野の手に力がこもる。悪いなんてこれっぽっちも思っていないに違いない。

 ホームルームの開始を告げるチャイムが待ち遠しかった。



「――じゃあ、遊馬は手を繋いでいたんじゃなくて、千雪ちゃんに引っ張られてたってことかな?」

 嫌々ながらも今朝の状況を説明した俺に、麻倉が返した。とりあえず頷いておく。

「『千雪ちゃん』って、お前たちそんなに咲本と仲良かったか?」

 ふと気になって聞いてみると、麻倉は「引っかかった」とでも言いたげに、口のはしをつりあげた。しまったと思ったがもう手遅れだ。すかさず中野が食い付いてきた。

「さっそくヤキモチか、遊馬? ったく、彼女ができたとたんにこれかよ」

 麻倉も、やれやれと肩をすくめる。

「……彼女じゃない。咲本は、俺の彼女じゃないよ」

 気がつくと、俺は否定していた。中野と麻倉の目が点になる。

「まさか、もうふられたのか?」

「ふられたわけじゃない」

 中野の浮ついた笑みに、なぜかイライラが抑えられなかった。

 廊下の壁に背中をあずけると、そのままズルズルと座り込む。

「……遊馬?」

 俺の反応を訝しんだのか、麻倉が気遣わしげにのぞき込んできた。俺はそんなにひどい顔をしているのだろうか。

「あの告白は、ただの罰ゲームだったんだ。ふられるための告白なんてするべきじゃなかった! 俺は……咲本の気持ちなんて少しも考えてなくて、咲本を……裏切ってるんだ」

 心に苦いモノが広がって、俺は二人の前から逃げ出した。

 真実を告げたら、彼女はどんな顔をするだろう。

 俺は、あの笑顔を涙で濡らしてしまうのだろうか。

 そんなことばかりが、俺の頭を支配していた。



 何をしていても、頭に浮かぶのは咲本のことばかりで、気がつけば放課後になっていた。麻倉と中野とは結局朝から何も話していない。

「何やってんだろ、俺」

 口に出すと、やるせない気分になった。

 たかが罰ゲームの告白だ。さっさと済ませて、笑い話にでもするつもりだった。ふられたら、退屈で居心地のいい日常が帰ってくるはずで、だから偶然通りかかった咲本に告白をしたんだ。

 本当に偶然なのに、なんでこうなる? こういうのを運命の悪戯って言うんだろうか。神様も酷なことをする。

「遊馬くん」

 俺の思考を停止させたのは、咲本だった。

「あのさ……一緒に帰らない?」

 そう言って少し首をかしげる。そんな咲本の笑顔が、俺の胸を締め付けた。

「わかった。送ってく」

 いつもならなんなくできる作り笑顔が、できていたかは正直わからない。

 俺は椅子から重い腰を上げると、咲本と連れだって教室を出た。

 真実を伝えようと決めたはずなのに、何かが俺の決意を揺らがせていた。



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