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 あの告白から一夜。

 浅い眠りを繰り返し、いくつか夢を見た気がするが、目が覚めても夢オチということはなかった。

 いつもより早く家を出た俺は、通学路を逆行しある場所へ向かった。目的地に到着した現在、俺の目の前には『咲本』とかかれた表札がある。つまり、俺は咲本千雪の家の前にいるわけだ。

 昨日、あれから咲本を家まで送って行くことになった俺は、中野と麻倉の存在をすっかり忘れていた。実際それどころじゃなかったんだからしょうがない。だが、そんな理由で納得してくれるヤツらではないことは、十分わかっているつもりだ。いつもは遅刻ギリギリの中野でさえ、今日は誰よりも早く登校して俺を待ちかまえているに違いない。

 そんなこんなで、あまり早くから学校に行きたくなかった俺は、咲本を迎えに行くことにしたわけだ。

「いや、でも約束もなしにいきなり押しかけるのは迷惑か……」

 今まで誰かの彼氏なんて肩書きに収まったことのない俺は、こんな具合に朝から悶々としていた。

「まあ、来てしまったものはしょうがない。告白だってできたんだ。なんとかなる」

 実際、今ならなんでもできそうな気がしていた。


 このとき俺は、告白がうまくいったことに調子づくあまり、大切なことを見落としていたんだ。


「遊馬くん!」

 門の所に設置されたドアベルを鳴らすと、しばらくしてドアの隙間から咲本が顔を覗かせた。

 今更になって、出てきたのが本人でよかったと思う。もし咲本の親が顔を出したら、俺はなんて言うつもりだったんだろうか。「彼氏の真壁です」なんて言えるわけもない。

「えっと……、迎えに来てみたんだけど、迷惑だったか?」

 咲本の顔を見ると、なぜだかさっきまでの自信が急にしぼんでしまった。自分の短絡的思考に落ち込んだせいもあるかもしれない。

 咲本はしばらくぱっちりした目を更に丸くしていたが、状況を飲み込めたのか、ゆっくりと首をふった。

「ううん。ちょっとびっくりしちゃったけど、嬉しい。ちょっと待っててね、今かばん取ってくるから」

 そう言うと、咲本はドアの奥に戻っていった。

 気がつくと鞄をきつく握りしめていて、手を開くと汗ばんでいた。らしくもなく緊張していたらしい。

 そうしているうちに、再びドアが開いた。

「おまたせ」

 そう言ってはにかんだ咲本に、不覚にも、俺は目を奪われていた。

 俺は今まで、咲本千雪という人間を意識して見たことがあっただろうか。

 ふと、そんなことが頭に浮かんで消えた。



 俺は、咲本についてほとんど何も知らなかった。

 知ってることといえば、名前が咲本千雪で、俺と同じ高校に通うクラスメイト。俺の家から徒歩20分くらいのところに住んでいる、ぱっと見大人しそうな女子ってことくらいだ。

 お陰で、高校までの道中話題に困ることはなかったが、俺が一方的に質問を浴びせていただけかもしれない。

「なんかさっきから俺ばっかり質問して悪いな。」

 決まり悪げに言った俺に、となりを歩く咲本は静かに微笑んだ。

「いいの、なんだか楽しいから。昨日までこんなに話したことなかったのに、なんだか不思議だよね」

 不思議。本当に不思議だった。昨日まで、俺と咲本は同じ教室にいるというだけで、お互いに意識することもなく過ごしていたんだから。

 そんなことを考えていると、自分でも気づかないうちに、心の中にあった疑問が音になってこぼれていた。

「……咲本は、何で俺の告白に『はい』って答えたんだ?」

 咲本の表情が驚きに彩られるのを見て、俺は自分のミスに気がついた。これは、絶対にしてはいけない質問だったんだ。

 昨日の告白はただの罰ゲームで、俺と咲本の関係は偽りだ。もしも、咲本がこの質問に答えたとして、「じゃあ遊馬くんは、どうして私に告白したの?」と質問されたら、俺はどうする? 「罰ゲームだったから」なんて言えるわけがない。

 そこまで考えて、俺はやっと気がついた。

――俺は、咲本の気持ちを裏切っているんだ。

「遊馬くん?」

 急に足を止めた俺を、咲本は不思議そうに振り返った。

 言わなければ。嘘をつき続けるなんて、できるわけがない。

 真実を伝えなければという使命感や、咲本を騙していることへの罪悪感が入り交じって、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

「……咲本」

 このとき俺は、いったいどんな顔で咲本を見つめていたのか。

「昨日の、告白は――」

――ただの罰ゲームだったんだ。

 そう言うつもりだったのに、俺は最後まで言葉にすることができなかった。理由はわかっていた。咲本が俺の手を掴んだからだ。

「早くしないと、遅刻しちゃうよ」

 そう言うと、咲本は強引に俺の手を引いて走り出した。

「あ、おい咲本!」

 前を行く咲本の表情が、一瞬翳ったような気がするのは気のせいだろうか。

 つられて走りながら、俺は咲本の手のぬくもりを感じていた。



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