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 咲本は澄み切った青を背景に、俺に背を向けて立っていた。俺たちの間を吹き抜ける北風が、咲本の髪を揺らす。

 今俺の目の前に横たわるこの距離の何倍も、俺と咲本の心は離れてしまっている。

 昼休みは、本当の事を言ってしまうのが怖かった。だが今は、本当の事を知るのが怖い。足が勝手に回れ右をしそうになるのを堪える。

 俺は何の為にここに来たんだ。自分自身に問いかける。さっき鹿嶋に言ったことはすべて俺の本気だ。

――俺はもう一度咲本の笑顔が見たい。

 たったそれだけのシンプルな気持ち。だけど俺にはそれで十分だった。この想いだけあれば、俺は前に進める。大丈夫。心の中で呟くと、俺は彼女の名を呼んだ。

「咲本」

 俺の声に振り返った咲本は、俺の姿を認めて大きく目を見開いた。

「遊馬、くん……」

 風にかき消えそうなほど小さな呟きは、かすかに震えている。そんな自分の声にはっとしたのか、咲本はまた俺に背を向けると言い放った。

「何しに来たの?」

 咲本の声は棘を含んでいる。だが俺には、咲本が動揺を押し隠して、必死にこれ以上踏み込んでこないでほしいと言っているように聞こえた。

 虚勢を張る咲本の背中はあまりに小さい。

 俺は小さく息を吸い込むと、一歩咲本との距離を詰めた。

「咲本、俺は咲本の本当の気持ちを確かめに来たんだ」

「……私の、本当の気持ち?」

「ああ」

 言って、また一歩咲本に歩み寄る。

「そして、伝えたいんだ。俺の本当の気持ちを」

「……遊馬くんが何言ってるかわかんないよ。私の気持ちはもう言ったはずだよね? もう他に言うことなんて――」

「咲本は俺に嘘をついた」

 咲本を遮って俺は言葉を続ける。

 もう手が届きそうなところにある咲本の背中は、全霊で俺のことを拒絶していた。

「本当は『恋人ごっこ』なんて思ってなかったんだろ? あれは俺をかばうための嘘だ」

 俺の言葉に、咲本の肩が震えた。

「違うよ、嘘なんかじゃない! ……え?」

 苦しげに声を荒げた咲本まで一気に距離を詰めると、俺は彼女の手を掴み、そのまま握り込んだ。触れた手のひらから、優しい温もりが伝わってくる。

 俺の突然の行動に驚いたのか、咲本は俺を見つめて呆然としていた。

 俺は握った手に優しく力を込めて、真っ直ぐに咲本を見つめた。

「やっと俺の方を向いてくれた」

 それが素直に嬉しくて思わず声に出すと、咲本ははっとしたように視線を外す。それでも体は俺の方を向いたままだった。

「咲本の手はいつも温かいな。昨日一緒に校門まで走った時も、咲本の手は温かかった。でもあの日、俺が咲本に告白をした日は違った。俺に触れた手は、冷たかった」

 いきなり突拍子もない事を話し始めた俺に、咲本が戸惑っているのがわかったが、俺は言葉を止めなかった。

「咲本、あの日俺の罰ゲームの事をどこで知ったんだ?」

「それは……」

 俺の問いかけに咲本の瞳が揺らいだ。

「聞いたんじゃないのか、中野が大声で叫んだ言葉を。あの時咲本は近くにいたんだろう?」

 しばらく押し黙っていた咲本は、ふいに顔を上げると毅然とした眼差しを俺に向けた。

「そうだったとしても、それは私が嘘をついた証拠にはならないよ」

 そう言った咲本を見つめて、俺は気づいた。俺の前で仮面をかぶり続けようとする咲本の瞳が悲しげに翳っていることに。

 昼休み、俺に別れを告げたときも、咲本はこんな眼をしていたのだろうか。そう思うと、自身のことで手一杯だった自分に腹が立つ。そして改めて、仮面の向こう側の素顔の咲本と向き合いたいと強く思った。

「咲本はあの場所で罰ゲームのことを知った。中野と麻倉にも確認したんだ。あの時以外に咲本が罰ゲームについて知るチャンスはなかった」

「だからっ!」

 同じ事を繰り返す俺に、咲本は苛立ったように叫ぶ。

「証拠になるんだ」

 静かに告げた俺に、言葉を続けようとしていた咲本は目を見開いた。

「あの日、中野が大声をあげてから俺が咲本に告白するまで、30分も空白の時間があった。実際、あきらめて帰ろうかと思ってたぐらいだ。その間、咲本は何をしていたんだ?」

 咲本の瞳が、驚きや迷い、様々な感情が入り交じった複雑な色に染まる。

「それは……」

「迷ってたんだろ?」

 咲本の表情から少しずつ虚勢がはがれ落ちていく。咲本を追い詰めると知っていて、俺は言葉を継いだ。

「あの罰ゲームを、ただおもしろそうなモノとしてしか考えていなかったなら、すぐに俺たちが待つ場所まで来ればよかったんだ。でも、咲本はそうしなかった。この手が冷たくなるくらい、ずっと迷っていたんだ」

 そう言った俺を静かに見つめる咲本は、もう仮面をつけてなどいなかった。

「思い出したんだ。あの日、俺たちが咲本に気づいたのは、咲本がくしゃみをしたからだって」

 微かに震える手を包むように握ると、俺は咲本に微笑みかけた。

「咲本が風邪をひかなくてよかった」

「……なんでそんなに優しいの? ずるいよ、遊馬くん」

 もう限界だったのだろう、咲本の目から大粒の涙かこぼれ落ちた。


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