うちの弟妹が働かねえ……
「なあ、弟者、妹者。どうしてお前らは働かない?」
「政治が悪い!」「政治が悪い!」
「いや、あのな?今なんていっちばん!就職しやすい時期なんだぞ?」
「捨て駒にはなりたくねえ!」「お兄ちゃんは私が可愛くないの!?」
「その、一変に喋る癖はなんとかならんのか……」
「んー無理だな!」「左耳と右耳で聞き分ければすむ話でしょ?」
「口は一つしかないんだが…………まぁ、それは良いとして」
「良いのか!じゃあ、俺、世界救うのに忙しいから!」「下僕たちが待ってるから、私行くね!」
「いや、おい!待て!!」
弟妹は振り返る事なく自室に走り去る。
「俺の話を聞けぇえええ!!!!」
髪を掻き毟ると、兄は溜息を吐き、うな垂れる。
どうしたもんかと悩むものの一向に良案は出てこない。そんな時は仏間に出向き、父と母に抱えている悩みを吐き始める。
無論、答えが帰ってくる事はないが、吐いた言葉も帰ってくることはないので、一時的にだが、兄は落ち着くことが出来る。
「早く寝なきゃ……」
兄のバイトは早朝4時から6時までの新聞配達に朝7時から夕方5時までのコンビニ勤務、夜6時から9時までの清掃バイト、それが終わると、夜10時から深夜0時までのパチンコの清掃バイトと、兄には休む時間さえ無く。
弟妹と会話できるのも兄が自分の睡眠時間を削っているからだ。
部屋に入るのは過度に嫌がられるので、家を出るときに作る簡易昼食と共に今夜は何時から話し合いをしたいですとキッチンの机に置いている。
確かに弟妹は可愛いが、このままでは、あいつらが社会に出れるか不安でしょうがないし。兄がもし死んだら、弟妹はどうやって生きていくのか、と兄は不安でしょうがない。
親を亡くした日に、兄は弟妹だけは守り通すと心に誓い、高校を中退すると、身を粉にして働き出した。
弟妹も最初の頃は兄のことを心配していたが、恐ろしいほど兄は丈夫だった。
16からこのバイトのスケジュールを一度も休んだ事は無い、休日も日雇いで仕事を探して働く。疲労している姿も全く見せないので、暫くしたらそれが普通になっていた。
どうして、ここまで兄は働くのか。それは、働いても、働いても、金が貯まらないからだ。
手にいれた50万近いバイト代のうち、なぜか、40万が毎度なくなっている。
弟妹曰く経費だそうだ。
普通の人間なら家出してもおかしくない暴挙だが、兄は普通ではない。
きっと就活のために陰ながら頑張っているのだと本気で思っている。
だが、実際はこうだ。
「よう、ダリオ!何か進展はあったか?」
「いやぁ、坊ちゃん!あっしが使い魔を通して、常時見張っているのですが、奴ら、中々尻尾を掴ませくれやせんねえ……」
「そうか……。動く気配が霞ほどでもあれば俺に知らせろ!良いな? 俺は街を防衛する!物資が足りなくなったら俺に言え!」
「ヘイ!!」
弟は自宅から異世界に通いつめ、日夜、魔王との戦いを繰り広げている。
無論ハーレムも。そのため、資金繰りにも苦労していたのだが、現実世界の道具を買い、異世界で売るだけでかなりの額になることを知ってからはその心配もなくなった。
「ベリアン、お茶」
「既。」
「やっぱりあなた、気が利くわね。褒めて差し上げるわ。」
「恐。」
「さて、と、貴方、名はなんとおっしゃるの?」
「トトと申します」
「そう、トイレみたいな名前ね」
「申し訳ございません」
「良いのよ。貴方たちの名なんて全て、汚いものなのだし」
「は、はい!おっしゃる通りです!」
「それで、なんだったかしら?あなたのお願いって」
「職を!私めに職をお与えください!」
「はぁ……またそれ?いい加減興ざめよ、別の願いの人はいないわけ?職なんて自分で探せばいい話じゃない」
「ご冗談を……この世のほぼ全てはあなた様のもの、あなた様の了承無しでは何をする事も出来ません」
「予習はしてきているようね。あなたはマシな豚なのかしら」
「お褒めにあずかり光栄であります!」
「はぁ……卑屈になればいいってもんじゃないのよ……まあいいわ。私の靴を舐めなさい。もちろん裏よ。それで掃除夫の仕事なら恵んであげるわ。」
「喜んで!!」
妹は男が誰も存在していない世界で、王女となっている。
ただ、男が居ないだけでは襲われるだけだが、この世界の住人は重力の無さによる弊害でとても弱かった。妹が眠ったままでも軍を相手にできるほどだ。
それだけではなく、妹も弟同様、異世界に地球の品を持っていくのだから、もはやこの世界は妹のものといっても過言ではなかった。
自分のことを悪役令嬢だと思いながら、妹は今も貞操を傷つけず、男たちを誑かし続けている。
こんな弟妹を持っている兄が普通な訳はなく、本気を出せば地球を7日で侵略できるほどの強さを持っている。
その強さには気づかずただ、弟妹を養うためだけに働いているのだから悲しいものだ。
『完』
ラストが全てですね!