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聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第二章 シンシュ
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4.つかの間の安寧



 朝日が次第に部屋の中の闇をはらっていく。薄闇の中でメイファンは目覚めた。今日は鶏の声を聞いていない。不思議に思いながら昨日の出来事を思い出した。今日から鶏の世話をしなくてもよかったのだ。


 頭が働き始めたので体を起こそうと片肘をついたところで、横にワンリーが寝そべっているのに気づいて驚く。メイファンと目が合うと、ワンリーはにっこり微笑んだ。


「おはよう」


 平然と挨拶をするワンリーをメイファンは体を起こして冷ややかに見下ろす。


「ワンリー様。添い寝はお断りしたはずですが、いつからそこへいらしたんですか?」

「ついさっきだ。おまえの寝顔がかわいくて、眺めていた。添い寝はしていない。安心しろ」


 そう言ってワンリーは体を起こし、寝台から降りた。

 寝ている姿をそばで見られたくないと言ったのに、いったいなにを安心すればいいのか。だが反論してもまた話がかみ合わないような気がして、メイファンは軽くため息をついた。


 寝顔がかわいいとか言わないでほしい。今さらのように少しドキドキしながらメイファンも寝台を降りる。部屋の中を見回してエンジュがいないことに気づいた。


「エンジュ様は?」

「先に聖獣殿に向かった。聖獣の加護を受けた後は買い物に行こう。次の都テンセイまで三日はかかる。靴や食料、旅支度を整えよう」

「はい」


 商いの都シンシュは夜でもにぎやかで活気にあふれていた。昼間の町並みはどんなに楽しげだろうと思うと気持ちが高揚する。遊びに来ているわけではないとわかっていても、自然にわくわくした。


「まずは腹ごしらえだな」


 そう言ってワンリーは部屋の真ん中にある円卓にメイファンを促す。天井から下がった呼び鈴のひもを引きながら尋ねた。


「なにが食べたい?」

「卵粥を」

「またそれか。遠慮するなと何度言えばわかる。満漢全席とか頼んだらどうだ」

「そんなに食べられません。卵粥が好きなんです」


 自分は食べないくせにどうして満漢全席などと余計なことを中途半端に知っているんだろう。何日もかけて食べるような豪勢な料理を朝からひとりで食べきれるわけがない。


 そんなことを考えながらメイファンが内心ため息をついている間に、ワンリーはやってきた宿の給仕に食事を頼んでいた。少しして運ばれてきた食事は湯気の立つ卵粥に小皿に載った卵焼きが添えられていた。

 頼んでいないものが添えられていて、不思議そうに見つめるメイファンに、ワンリーは笑顔で答える。


「おまえは卵好きのようだからな。一品追加してもらった。そのくらいなら食べられるだろう?」

「ありがとうございます。いただきます」


 特別に卵が大好きというわけではない。毎日のように食べている卵粥くらいしか好きな料理を思いつかないだけだ。けれどワンリーの心遣いが嬉しくて、温かい卵粥と卵焼きで、体と一緒に心も温かくなった。




 朝食を終えて、メイファンとワンリーは宿を出た。宿に面した通りはゆうべよりも多くの人で賑わっている。おいしそうな匂いのする露店やきれいな刺繍を施した服を売る店など、メイファンはわくわくしながら辺りを見回した。その様子にワンリーが笑みを浮かべながらメイファンの手を握る。


「あとでゆっくり見て回ろう。まずは聖獣殿だ。あの角を曲がったら口を利くな」

「はい」


 ワンリーに手を引かれ、少し先の角を曲がる。そこは聖獣殿に通じる参道で、表通りと打って変わって人の姿がほとんどない。

 石畳の道は両脇を赤い塀に挟まれ、とろこどころ脇道と交わっているものの、参道に面して店を構える余地がないからだろう。道の突き当たりにはシンシュの守護聖獣ヂュチュエを象徴する赤色の聖獣殿の門が見えた。


 時々すれ違う人は誰もが、メイファンとワンリーには見向きもしない。また別の空間に入っているということだろう。


 やがて聖獣殿にたどりつき、木製の赤い門をくぐる。色が赤色で統一され主な素材が木製であること以外、本殿の形と大きさはビャクレンのものと大差ない。シンシュでは祭りの時期ではないようで、敷地内に人影はなかった。


 石段を数段上り、太い柱に挟まれた入り口を入ると、突き当たりにある大きな扉の前には真っ赤な羽毛をまとった大きな鳳凰が立っていた。頭の上の冠羽と長い尾羽の先にある丸い目玉のような模様は虹色に輝いている。これがシンシュの守護聖獣ヂュチュエ。その横にはエンジュが立っていた。


 ワンリーはメイファンの手を引いて、聖獣たちの前に進み出る。そしてビャクレンの時と同じように、握った手を胸の高さまで掲げて命じた。


「聖獣王ワンリーの名において命ずる。シンシュの守護聖獣ヂュチュエ、及び四聖獣エンジュよ、この娘メイファンに加護を与えよ」


 ワンリーの声を合図に聖獣たちの体が赤い光に包まれる。光は見る見る膨張してメイファンの体を包み込んだ。眩しさに目を閉じれば、体の内側が温かくなっていく。そして光と共に熱もゆっくりと引いていった。


 目を開くとなにもかも元通りで、加護の儀式が終了した事をメイファンは悟る。


「エンジュ、あとはまかせた」


 ワンリーはそう言い残して、メイファンと共に聖獣殿を後にした。そのままワンリーに手を引かれて、元来た道を引き返す。角を曲がってにぎやかな商店街に出てもワンリーは手を握ったままだった。

 おそらくもう別の空間にはいないと思うが、またかみ合わない押し問答をするのも不毛な気がして、手は預けたままにする。それに慣れない人混みにはぐれてしまいそうで、ちょっとありがたかった。


「まずは靴を手に入れよう。馬に乗れば早いんだろうが、慣れてないと歩くより疲れるからな。おまえ、馬には慣れていないんだろう?」

「馬の引く荷車には乗ったことありますが、馬に直接乗ったことはありません」

「そうか。ではやはり歩きやすい靴を買おう。この先長いからな」

「はい」


 確かに今履いている靴は長い間履き続けてかなりくたびれている。酷使すると簡単に穴が空いてしまいそうではあった。

 馬の背は疲れるという話だが、麒麟の背も同じようなものなのだろうかとふと思った。


 メイファンの手を引いて、ワンリーは人波を縫うようにスイスイと歩いていく。そして靴を売る店の前で立ち止まった。

 店先に並べられた靴を眺めていると、奥から店主がやってきた。ニコニコしながらワンリーに尋ねる。


「いらっしゃい。どんなものをお探しで?」

「いや、俺じゃなくて彼女の靴を探している」


 ワンリーがこちらに視線を向けると、店主はメイファンを眺めた。


「そうですねぇ。奥様はお若いから多少派手なくらい華やかなものでもよくお似合いだと思いますよ」


 いやいや、あまり派手だとこんな地味な服装には浮いてしまう。そう思ってメイファンが苦笑していると、ワンリーが突然店主の両肩を掴んだ。


「今、なんと言った?」


 思い詰めたような表情に店主が困惑して見つめ返す。


「え? お若いから華やかなものがお似合いだと……」

「その前だ」

「え? え? お、奥様……じゃないんですか? 申し訳ありません!」


 恐縮する主人の肩を揺すって、ワンリーは必死の形相で懇願した。


「いや、いい。ぜひ奥様と呼んでくれ」

「は、はぁ」

「ワンリー様、もうそのくらいで」


 さすがに見かねてメイファンが割って入る。ワンリーはようやく店主から手を離した。店主は苦笑しながらワンリーを一瞥して、メイファンを促す。


「では奥様こちらへ。足の大きさを測らせていただきます」


 店内の隅にあるイスに腰掛けて足を測ると、店主はメイファンに尋ねた。


「奥様、なにかご希望はございますか?」

「長旅でも疲れにくくて丈夫なものがいいです」

「かしこまりました」


 店主は陳列棚に並べられた靴を眺めて、その中から三つを選びメイファンの前に並べた。

 濃いめの赤い糸で刺繍が施された鮮やかな赤い靴と甲の部分を縁取るように白い小さな花のついた紺色の靴と素朴な無地の木肌色の靴。どれもつま先が広めになっている。


「奥様のご希望に添うものはこちらになります。どれも軽くて柔らかく丈夫ですよ」


 メイファンは今履いている靴とよく似た、木肌色の靴を手に取った。するとそれまでそばに立って、店主が”奥様”と呼ぶたびにニヤニヤしていたワンリーがしゃがんで紺色の靴を差し出す。


「こっちにしておけ。白い花が愛らしいおまえによく似合う」

「ワ、ワンリー様……」


 男性に愛らしいなどと言われたのは初めてで、メイファンは照れくささに見る見る顔が熱くなってきた。うつむいてワンリーから目を逸らす。二人の様子に店主が声を上げて笑った。


「これは当てられましたな。仲がおよろしいようで」


 ますますうつむくメイファンの前に、店主はワンリーが選んだ靴を差し出す。


「では奥様、こちらの靴でよろしいですか?」

「……はい」


 そのままワンリーが支払いを済ませ、新しい靴に履き替えて、メイファンはうつむいたままワンリーに手を引かれて店を出た。


 新しい靴は店主が言った通りに軽く柔らかくて、初めて履いたとは思えないほど足になじんでいる。おまけにそれほど派手ではないので、地味な服装にも浮いてはいない。うつむいた視線の先に、並んだ小さな白い花が見えて、メイファンは少し嬉しくなった。


 きれいな服を着たりお化粧をしたり、着飾ることはお祝い事やお祭りの時くらいしかない。足元だけでもかわいくなって、気持ちがうきうきと弾んでくる。

 ”奥様”効果でご機嫌のワンリーと一緒に、商店街を少し散策して、お昼ごはんを買った後、北東の門をくぐってシンシュの都を後にした。





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