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聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第二章 シンシュ
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2.聖獣様は色々ズレていらっしゃる



 挨拶をすませたあと、エンジュは声を潜めてワンリーに耳打ちする。


「ワンリー様、ヂュチュエが報告したいことがあるそうです。すぐに聖獣殿に向かわれますか?」

「いや。先に宿へ案内してくれ。半日歩き通しでメイファンが疲れている」

「かしこまりました」


 軽く頭を下げて、エンジュは先に立って歩き始めた。メイファンはワンリーに手を引かれたままその後に続く。

 にぎやかな大通りには飲食店や屋台も多く、おいしそうな匂いが漂っていた。普段は質素な野菜料理ばかり食べているメイファンは、めったに食べられない贅沢な肉料理が屋台で売られているのが珍しくて目を見張る。

 その様子にワンリーが微笑みながら問いかけた。


「あれが食べたいのか?」

「あ、いえ、大丈夫です」


 子どものように食べ物に見とれていたのが恥ずかしくてメイファンはうつむく。ごたついてて昼食も摂ってないので空腹には違いないが。

 だいいち、着の身着のままバタバタと連れ出されて、旅支度もしていないメイファンはお金を持っていない。それに気付いた。宿に案内されても宿代が払えない。


「あの。私、お金を持たずに家を出てきました。宿より先に質屋に案内してもらえませんか?」


 お金に換えられるものなど、母が持たせてくれたお守りくらいしかない。腰にくくりつけていた巾着袋を外そうとした手をワンリーが握った。


「それは母君がおまえの身を案じて持たせてくれたものだろう? 手放してはならない。金の心配はするな。俺も人の世で金が必要なことくらいは知っている」

「でも、そんなわけには……」


 なおも食い下がるメイファンにワンリーはいたずらっぽく笑う。


「気にするな。おまえたち人間が聖獣殿に捧げたものだ。つまり元々おまえの金だ」

「え……」


 それは浄財泥棒と同じでは……。でも聖獣様に捧げたものを聖獣様が使うのなら問題ないのだろうか。そんなことを考え込んでいるメイファンの目の前に、先ほど見とれていた肉の串焼きが差し出された。

 顔を上げるとにっこりと笑うエンジュと目が合う。


「はい、どうぞ。我々には必要ありませんが、人には休息と食事が必要ですよね。あなたが健康を損ねては大変ですから遠慮なさらないでください」

「あ、ありがとうございます」


 せっかく買ってくれたものを、これ以上拒むわけにもいかず、おなかが空いているのも手伝って、メイファンは素直に串焼きを受け取った。

 そのまま宿に向かうのかと思えば、ふたりはなぜかメイファンに注目している。もしかして、食べるのを待ってる?

 ふたりが見つめる前で、メイファンは串に刺さった肉にパクリとかみつく。久しぶりに食べた肉は新鮮で柔らかく、口の中に広がる肉汁とタレの味に思わず頬がゆるんだ。


「おいしいです」


 微笑むメイファンを見てふたりも笑顔になる。


「そうか。よかった」

「食べながらでいいので、宿へ向かいましょう」

「はい」


 エンジュに促され、メイファンは串焼きを食べながら再び歩き始めた。

 少し歩いてメイファンが串焼きを食べ終わった頃、エンジュは大きな赤い提灯が下がった赤い壁の建物の前で立ち止まった。


「こちらになります」


 笑顔で振り向いたエンジュに続いて、宿の入り口を入る。奥から満面の笑顔で女性が駆け寄ってきた。


「まぁ、エンジュ様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 あまりの大歓迎ぶりにメイファンは面食らってしまう。知り合いなのだろうか。するとエンジュが苦笑しながらこっそり耳打ちした。


「宿代先払いで一番いい部屋を手配してもらったんですよ」


 なるほど。金払いのいいお金持ちだと思われているのだろう。


 女性に案内されて二階の一番奥にある大きな扉をくぐる。この宿で一番いい部屋は驚くほど広かった。メイファンの家より広い。大きな寝台が三つと部屋の真ん中には大きな丸い机がひとつ。四つのイスが取り囲んでいる。一晩泊まるだけでこんな大きな部屋は不必要な気がする。

 なにより、それなりに小綺麗な出で立ちの聖獣様たちはともかく、着の身着のままやってきた自分のみすぼらしい姿が、この立派な部屋に不釣り合いで居心地が悪かった。


 所在なげにたたずむメイファンの横で、女性はニコニコしながらエンジュに尋ねた。


「お食事はいかがなさいますか?」

「我々は済ませてきましたので、こちらのお嬢さんの分だけお願いできますか?」

「かしこまりました」


 頭を下げて立ち去ろうとする女性をメイファンはあわてて引き止める。


「あ、あの、すみません!」


 この調子ではとんでもなく豪華な食事が用意されそうな気がする。聖獣様たちは食事が必要ないと言っていた。自分ひとりで食べきれるとは思えない。


「私も先ほど少し食べましたので、卵粥だけでいいです」

「あら、そうですか?」


 少し残念そうにしながら女性は部屋を出ていった。彼女を見送ってメイファンはホッと息をつく。それを見てワンリーがおもしろそうにクスリと笑った。


「遠慮しなくてもいいと言っただろう」

「いえ、本当に先ほどの串焼きでおなかも落ち着いてますから」

「そうか」


 納得したようにうなずきながらもワンリーはクスクス笑っている。ぜんぜん信じてないのが丸わかりで少しムッとする。

 そんなメイファンの様子は気にもとめず、ワンリーは部屋の奥へ向かい、窓を大きく開いた。窓枠に片足をかけて振り返る。


「ヂュチュエに話を聞いてくる。エンジュ、メイファンの警護を頼む」

「かしこまりました」


 エンジュが恭しく頭を下げると、ワンリーはそのまま窓から飛び出した。ここ二階ですけど!?


「ワンリー様!」


 メイファンはあわてて窓に駆け寄る。身を乗り出して外を見回すが、表の通りにも空にも、ワンリーの姿はない。なおもキョロキョロと見回していると、後ろからエンジュが声をかけてきた。


「大丈夫ですよ。ワンリー様は聖獣殿に向かわれました。人には見えないだけです」


 どうやらまた別の空間に行ってしまったということらしい。メイファンはホッと息をつく。

 よく考えれば、聖獣王が二階から飛び降りてケガをするとか間抜けなことがあろうはずがない。


 エンジュは微笑んで窓を閉めながらメイファンを促す。


「窓から離れてください。夜は魔獣の動きが活発になります」

「すみません」

「いいえ」


 メイファンが窓から離れて中央の机を囲むイスに座ったとき、卵粥が運ばれてきた。家でいつも使っている茶碗よりもひとまわり大きな器には具だくさんの卵粥が湯気をたてていた。


 エンジュに促されてメイファンは卵粥をひとくちすする。卵以外にほぐした鶏肉とコリコリしたキノコが入っていて、刻んだネギと青菜が散らしてある。いつも口にする卵粥より豪華で贅沢だが、メイファンは母の作る質素で素朴な卵粥の方がおいしいと思った。


 メイファンが卵粥を食べ終わって、器が下げられると、窓辺で外を眺めていたエンジュが振り返った。


「もうお休みになりますか?」

「いえ。まだ眠くありません。ワンリー様を待ちます」

「王はいつお戻りになるかわかりませんよ。半日歩き通してお疲れでしょう? どうぞお休みください」


 そう言われても、ひとりだけさっさと寝てしまうのは気が引ける。


「エンジュ様は休まないのですか?」

「我々の体は人のように疲れることはありませんので」


 そういえば、休息も必要ないと言っていたのを思い出す。けれどまだ宵の口なのでメイファンも眠くはない。ワンリーがいないこの機会に聞いてみたいことがあった。ワンリーの眷属ならエンジュは知っているかも知れない。


「では、私が眠くなるまでの間、少し話しませんか?」

「いいですよ」


 エンジュは穏やかに微笑んで、メイファンの斜め前のイスに座った。





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