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聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第一章 ビャクレン
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4.旅立ち



 両親とメイファンは言葉をなくす。前世の自分が麒麟の妻になることを疑問に思わなかったことを不思議に思っていたが、選択の余地がなかったということらしい。シェンザイから出られなくなるからだ。


 ワンリーはメイファンに会えたことも妻とすることも喜んでいるようには見える。けれどメイファンが彼を夫として愛せるかどうかは今のところわからない。

 でもたぶん、そんなことを理由に拒否することはできないような気もする。


 メイファンが考え込んでいると、父がポツリとつぶやいた。


「……いやだ」


 皆が注目する中で、父は今にもつかみかかりそうな勢いでワンリーに怒鳴る。


「聖獣様とはいえ、大切な娘を連れ去って聖域に閉じこめるなど、妻と言いながらていのいい人身御供ひとみごくうではないか!」

「俺はメイファンを愛している。それではダメか?」

「さっき会ったばかりの者が言う口先だけの言葉など信用できるか!」

「あなた、落ち着いて」


 母になだめられて父は一旦口をつぐんだ。しかしワンリーを睨んで吐き捨てるように言う。


「世界の安寧より娘の幸せの方が俺には大切だ」


 父の気持ちは素直に嬉しい。けれど父の望む通りメイファンがこの場に残って魔獣の門をそのままにしたら、ガイアンは魔獣に蹂躙されてしまうだろう。「暗黒の百年」の再来だ。

 その原因がメイファンだと知れたら、自分だけでなく両親も幸せではいられない。


 メイファンは意を決して、父に微笑んだ。


「ありがとう、父さん。でも私はガイアンのみんなも幸せになってほしいの。私は幸せよ。ワンリー様は私を愛してくださってるんだもの。きっと大切にしてくださるわ」

「メイファン……」


 泣きながら抱きしめる父をメイファンも抱きしめ返す。泣いちゃダメだ。自分に言い聞かせながら。


「どうしておまえがこんな目に……」

「私は聖獣様の授かり子なんでしょ? だから聖獣様の元に帰るの。今まで育ててくれてありがとう。父さん、母さん」

「メイファン……」


 母もメイファンを抱きしめる。


「会えなくなるけど手紙を書くから。それくらいは許されるんでしょう?」


 メイファンが振り返って尋ねると、ワンリーは大きくうなずいた。


「あぁ。もちろんだ」


 それを聞いてメイファンはホッとする。人との絆が完全に断ち切られてしまうわけではないようだ。

 母がメイファンから離れ、父を促してメイファンを解放する。

 力なくうなだれた父の前にワンリーが進み出た。気付いて顔を上げた父に深々と頭を下げる。


「すまないが、メイファンをもらい受ける。必ず幸せにすることをそなたに誓おう」


 聖獣王がこうべを垂れる姿に父は一瞬目を見張ったが、すぐに決まり悪そうに顔をそむけてけんか腰に言った。


「あ、当たり前だ。大事な一人娘をくれてやるんだ。ガイアンから魔獣を追い出して娘を幸せにしなけりゃ許さないからな」

「あいわかった」


 父の無礼な物言いにもワンリーは微かに笑みを浮かべて大きくうなずく。そして再びメイファンの手を取った。


「じゃあ、行くから。元気でね。父さん、母さん」

「ちょっと待って、メイファン」


 挨拶をするメイファンを母が引き止める。母は戸棚の引き出しから小さな巾着袋を取り出して戻ってきた。それをメイファンに差し出す。


「これを持って行って」


 メイファンは受け取った巾着袋を袋の上から触ってみた。少し重みのある丸くて堅い石のようなものが入っている。


「これはなに?」

「聖獣様のお守りよ。おまえを桃の木の下で見つけたとき、産着の中に一緒にくるまれてたの。きっとおまえを守ってくれるわ」

「ありがとう」


 ワンリーと一緒に両親に別れを告げて、メイファンは家を出た。外に出て、二度と帰って来られない住み慣れた家を振り返る。玄関では両親が見送りに立っていた。

 笑顔で両親に大きく手を振って背を向ける。あとはもう二度と振り返らずに聖獣殿へと急いだ。


 通りの角を曲がって家が見えなくなる。それと同時にメイファンは力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。ワンリーが身を屈めて心配そうに尋ねる。


「どうした?」


 ずっとこらえていた涙がこみ上げてきて、メイファンは小さく嗚咽を漏らした。

 隣にワンリーがしゃがんでメイファンの肩を抱き寄せる。そして頭を撫でながら静かに話しかけた。


「泣くな。おまえは人身御供などではない。おまえがイヤだと言うなら妻にならなくてもいい。それでも俺がおまえを愛していることに変わりはない。だからおまえの両親に恥じぬよう必ずおまえを幸せにする」


 とうとう声を上げて泣き始めたメイファンは、フルフルと頭を振る。

 自分が人身御供だと嘆いているわけでも、麒麟の妻になるのがイヤなわけでもない。ただこんな風に突然両親と別れて二度と会えないのが辛くて悲しかった。

 近所の顔なじみや友人にもなにも告げずに出て行くことになる。両親がうまく話してくれるだろうが、やはり寂しかった。


 ワンリーは黙ったまま、トントンとなだめるように肩をたたいている。その温かい腕に包まれて、メイファンは決意した。

 もう頼れるものはこの方しかいない。こんなに優しくて幸せにすると誓ってくれた方が妻にと望むなら、妻になろう。けれど、気持ちはまだ決意に追いついていなかった。




 少しして気持ちの落ち着いたメイファンは、涙を拭って立ち上がる。ワンリーも立ち上がり、心配そうに顔をのぞき込んだ。


「大丈夫か?」

「はい。覚悟はできました」

「そうか。では急ごう」


 先に立って歩き始めたワンリーの後を追って、メイファンは聖獣殿に向かう。白い石造りの門が見えてきたとき、ワンリーはメイファンの手を握った。

 見上げるメイファンの唇に指先を当てて言葉を制する。


「聖獣の加護が完了するまでしゃべるな。今俺とおまえは人と同じ場所にいながら、人とは違う空間にいる。人に俺たちの姿は見えていないのだ。俺の手を離すな」


 メイファンは黙ってうなずいた。そのままメイファンの手を引いて、ワンリーは門をくぐる。聖獣殿の敷地内は明日の祭りに備えて赤や黄色の提灯や旗で飾られ、その支度で集まっていた人に加えて魔獣から避難してきた人々でごった返していた。

 だが誰一人としてメイファンには目もくれない。メイファンはともかく、金の髪と金の瞳という派手な容姿のワンリーにさえ。違う空間にいるというのは本当なんだと悟った。


 くねくねと人をよけながら本殿に向かう。石造りの土台の上に立てられた本殿はバイフーを象徴する白色で統一されていた。

 石段を数段上って太い柱に挟まれた入り口を入ると、天井の高い本殿の広大な空間には大きな供物台がひとつ置かれている。台の上にはメイファンの収穫した桃や様々な野菜、果物、魚などがたくさん供えられていた。


 供物台の向こうには大きな扉があり、その向こうがバイフーの部屋だとメイファンは教わっていた。祭りのときだけ、この扉は開かれる。けれど、いつも薄い布が掛けられていて、一般の人に中を見ることはできない。外観から扉の奥は結構広いことはわかった。


 今、その扉の前には大きな白い虎、バイフーが四つ足をそろえて座っている。その横に白い麒麟の青年、ソミンが立っていた。他には誰もいない。本来なら祭りの支度で人がいるはずだ。

 それを不審に思い、メイファンは振り向いて外を眺める。誰も本殿を見ている者はいない。ワンリーが察して答えた。


「こちらに注意が向かないようにソミンが結界を張ってある。邪魔が入ってはまずいからな」


 納得したメイファンはうなずいてワンリーに導かれるままバイフーの前に立つ。遠目にも大きいと思ったが、目の前に立つと見上げるその大きさが一層際だった。

 メイファンの横に立ったワンリーが、握った手を胸の高さまで掲げて告げる。


「聖獣王ワンリーの名において命ずる。ビャクレンの守護聖獣バイフー、及び四聖獣ソミンよ。この娘メイファンに加護を与えよ」


 それに呼応してバイフーとソミンの体が白い光に包まれた。光は徐々に膨れ上がり、やがてメイファンの体も包み込む。その眩しさに目を閉じて、体の内側がほんのりと温かくなったと思ったら、今度は徐々に薄れていった。


 ゆっくりと目を開くと、あたりは元の通りに戻っている。特に何かが変わったような気はしなくて、メイファンは尋ねるようにワンリーを見上げた。ワンリーが頷いて微笑む。


「ビャクレンの加護は完了だ。次はシンシュのヂュチュエとエンジュだ」


 ワンリーはバイフーとソミンにビャクレンの守護を指示し、メイファンの手を引いて聖獣殿を後にした。


 そのままふたりは都の南東門をくぐる。門を出てシンシュへ向かう街道を少し進んだところで、メイファンは足を止め振り返った。もう二度と戻れない故郷を心に焼き付けておきたかったのだ。


 本当なら今夜は両親に誕生日のお祝いをしてもらうはずだったのに、どうしてこんなことになったのだろうと思うと、また涙が滲みそうになる。けれどワンリーと一緒にシェンザイに行くと自分で決めたから、もう振り向かない。

 メイファンは再びシンシュに向けて歩き始めた。


 ふたりは黙々と街道を歩き続ける。なんだか気まずくてメイファンは口を開いた。


「あの……もうしゃべってもいいですよね?」

「あぁ。かまわない」


 了承を得て気になっていたことを尋ねる。


「では、もう手を離してくださいませんか?」


 ワンリーは別の空間に移動する都合で手を握っていたはずだ。ところが聖獣殿を出た後も、ビャクレンを出てからも、ワンリーはずっとメイファンの手を握っているのだ。

 メイファンの申し出にワンリーは真顔できっぱりと言う。


「それはできない」

「どうしてですか? もう別の空間にいるわけじゃないでしょう?」

「空間は元に戻っているが、俺がそうしていたいからだ」

「意味がわかりません!」

「今はわからなくてよい。いずれおまえも同じ気持ちになる」


 相変わらず自信満々のワンリーに、メイファンは言葉を失った。結局手は離してもらえそうにない。

 メイファンは諦めて、ワンリーと手を繋いだままガイアンの南に位置する都シンシュを目指した。




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