2.龍玉を求めて
大きくため息をついてワンリーは立ち上がった。それに続いてメイファンとジャオダンも立ち上がる。
「ここで考え込んでいても埒が明かない。龍玉のことは龍に聞くのが手っ取り早いだろう」
「龍の居場所がわかるんですか?」
尋ねるメイファンにワンリーはニヤリと笑う。
「俺は聖獣王だぞ。聖獣の居場所は把握している」
「あ、そうでした」
確かに龍も聖獣だった。青龍はテンセイの守護聖獣でもある。だがチンロンは今、結界に閉じこめられて会うことはできない。他の龍ということなのだろう。近くにいるのだろうか。
「最高位の龍がシェンザイにいるんだ。彼なら何か知っているかも知れない」
ワンリーの言葉にすかさずジャオダンが反応する。
「ホァンロンですね。私が聞きに行ってきましょう」
「頼めるか、ジャオダン。俺はメイファンのそばを離れるわけにいかないのだ」
「もちろんです。剣を打つのは私ですから、私が聞くのが一番だと思いますよ」
ジャオダンはにっこり笑って快諾する。
「私が戻るまでこちらでお待ちいただけますか?」
結界に守られた聖獣殿はロショクの中で一番安全だろう。しかしワンリーは首を振った。
「いや。宿に泊まろう。テンセイのように呪詛結界を張られて閉じこめられたら厄介だ。奴らも聖獣殿を真っ先に標的にするはずだ。探しにくい場所に隠れた方がいい」
「そういうことでしたら、町に知人の鍛冶師がいますので、彼に事情を説明してしばらくお世話になりましょう。人のフリをして探しに来るなら、宿より見つかりにくいと思いますよ」
いたずらっぽく笑うジャオダンに、ワンリーは目を見張る。
「人に知り合いがいるのか?」
「あれ? 話してませんでしたっけ? 時々、人の流行や技術交流を目的にロショクで学んでたんですよ。私が聖獣であることは内緒ですけどね」
「時々シェンザイから姿を消すのはそういうことだったのか。てっきり材料でも調達しに行っているのかと思っていたぞ」
「いやぁ、思い立ったらすぐ動いてしまう質なもんで。報告が遅れてすみません」
まったく悪びれた様子もなく、ジャオダンは笑いながら頭をかいている。どうも奔放な性格のようだ。けれどなぜか憎めない。それはワンリーも同じみたいで、苦笑しながら見つめていた。
「じゃあ、おまえの知人に世話になるか。案内してくれ」
「はい」
ジャオダンは先に立って聖獣殿を出ていく。メイファンもワンリーに手を引かれてその後に続いた。
参道から都の大通りに抜けると、そこには活気に満ちた町並みが広がっていた。テンセイが静まりかえっていたので、なんとなくホッとする。
シンシュほどではないが通りには人の姿が多くあり、あちこちから金属を叩くようなキンキンとした音が響いている。農具や調理器具などを売る金物屋や武器屋も軒を連ねていた。
通りを少し歩いて、ジャオダンは金属音の響く鍛冶屋の看板を下げた店に声をかけて入っていく。メイファンたちが後に続いて店の中を覗くと、金属音が止み、奥からジャオダンより若干若く見える壮年の男性が現れた。
髪を短く刈り込み、日焼けというより火焼けだろうか。肌は浅黒い。首にかけた手ぬぐいで額の汗を拭いながら、男性はジャオダンに人懐っこい笑顔を向けた。
「よぉ、ジャオダンじゃねぇか。どうした?」
「チェンヂュ、今日はちょっと折り入って頼みがあって……」
そう言ってジャオダンは、ワンリーとメイファンを紹介する。そして事情を説明し始めた。
それによると、ワンリーとメイファンはジャオダンが世話になっているお屋敷の主で、テンセイに所用で行ったら無実の罪で投獄され、処刑されそうになったから隙を見て逃げ出して来たという。事実とは若干異なるが、そういうことにしておくとして、メイファンたちも黙って話を聞く。
話を聞き終わったチェンヂュは、特に疑うこともなく納得してくれた。
「最近テンセイじゃそういう事が頻繁に起こってるらしいな。お二人も災難でしたね」
そう言ってメイファンたちに同情してくれる。ここぞとばかりにジャオダンが本題に入った。
「それで俺が身元を保証する書状を取りに行っている間、ふたりをかくまってくれないか?」
「あぁ、いいとも。俺は独り身で二階がまるごと空いてるから自由に使ってくれ」
二つ返事で快諾して、チェンヂュは奥に見える階段を指さす。それを聞いてワンリーはチェンヂュの手を両手で握った。
「すまない。恩に着る」
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
そう言ってメイファンも頭を下げた。
交渉が成立し、ジャオダンはチェンヂュに暇を告げ店の外へ出た。それを見送ってワンリーとメイファンも外へ出る。店の外でジャオダンは腰にぶら下げていた剣をワンリーに差し出した。
「これを。雷聖剣にはだいぶ劣りますが、丸腰では心許ないでしょう」
「ありがたい。そう何度もメイファンに助けてもらうわけにはいかないからな」
それを聞いてジャオダンは、いたずらっぽく目を見開きながらメイファンに尋ねる。
「おや。メイファン様はそんなにお強いんですか?」
「いえ、私ではなくこの聖獣様のお守りが……」
苦笑をたたえながら、メイファンは腰にくくりつけたお守りの袋を手のひらに乗せてジャオダンに示した。
「ワンリー様が危なくなったとき、このお守りから光があふれて魔獣の攻撃を躱すことができたんです」
「ほぉ。どんなお守りなんですか?」
ジャオダンは興味津々の様子でお守りをのぞき込む。どうやら気になってしょうがないらしい。メイファンはお守り袋を腰から取り外して袋の口を開けてみた。
「私も何なのかは知らないんですけど、丸い石のような物です」
袋を逆さにして中の物を手のひらで受ける。ちょうど親指と人差し指で作った円の大きさで、日を浴びて虹色に煌めく乳白色の丸い玉がコロンと転がり出てきた。
それを見た途端、ジャオダンはメイファンの手を両手で掲げるようにしながら、驚愕の表情で手のひらの玉を凝視した。
「これは……!」
「え……なんですか?」
「メイファン様、これをいったいどこで」
「母からもらいました。私を拾ったとき一緒に産着にくるまれていたと聞いています」
困惑気味に答えると、ジャオダンはブンブンと頭を振りながら独り言のようにつぶやく。
「いやいや、どこで手に入れたのかなど、この際どうでもいい」
そしておもむろにメイファンの手を玉ごと握りしめ、切羽詰まったように目の前に顔を近づけてきた。
「メイファン様、これを私に譲っていただけませんか?」
「え、でもこれは……」
必死な様子に気圧されながらも、メイファンは躊躇する。一度はお金のために自ら売ろうとしたこともあったが、母からもらった唯一の形あるもの。ワンリーからも手放すなとたしなめられた。
おまけにテンセイでは危機から救ってくれている。
答えを渋るメイファンに、ジャオダンは深々と頭を下げた。
「お願いします。ずいぶんと小ぶりですが、それは間違いなく龍玉です」
「え?」
メイファンは手のひらの玉に視線を落とす。入手困難だと思われた龍玉がこんな身近にあったとは。
呆然として言葉を失うメイファンの横から、ワンリーが割って入った。
「それは本当か? ジャオダン」
「はい。ずいぶんと昔ですが、何度か使用したことがありますので」
「そうか。これが龍玉か」
意外なことにワンリーは珍しそうに玉をしげしげとながめている。不思議に思ってメイファンは尋ねた。
「あの、ワンリー様は見たことないんですか?」
「初めて見る。龍玉は龍の力の源だからな。奪われては困るから、彼らは目に付かないように隠している」
「そんなに珍しいものなんですね」
聖獣王ですら見たことがない稀少な品が自分の手の中にある。メイファンは改めて玉をながめた。
ワンリーは嬉しそうにメイファンの頭をなでてジャオダンに言う。
「少し希望が見えてきたな。人の世にもどこかに龍玉がある可能性があるわけだ。俺はガイアンの各地にふれを出して探すことにしよう。おまえはホァンロンに話を聞いてきてくれ」
「え……」
ワンリーの意外な言葉に、ジャオダンはポカンとして見つめた。目の前に龍玉があるのに、どうして別の物を探す必要があるのだろう。メイファンも唖然としてワンリーを見つめる。
ハッと我に返ったジャオダンが反論に出た。
「ワンリー様、それではどれだけ時間がかかるかわかりません。事は急を要するはずです。テンセイの聖獣殿が封鎖されたままでは、帝都が魔獣の手に落ちるのも時間の問題。ここは、メイファン様の玉をお譲りいただくのが得策かと」
確かにその通りだと思う。メイファンが玉を袋に戻してジャオダンに差しだそうとしたとき、その手をワンリーがつかんだ。そして毅然としてジャオダンに言う。
「ならぬ。この玉はメイファンの大切なものだ。母君がメイファンの身を守るために授けたもの。だいいち、この大きさでは十分な補強ができないのではないか?」
「失敗さえしなければ、この大きさで十分です。私は失敗しない自信があります」
きっぱりと言い切って、ジャオダンはワンリーをまっすぐに見つめる。ワンリーもそれを強い眼差しで見つめ返した。
このままどちらも退きそうにない。メイファンは手をつかんだワンリーの手に自分の手を乗せた。
「ワンリー様。どうかこの玉を使ってください」
「しかし、おまえは手放したくないのだろう?」
ためらっていたことを見透かされていたらしい。メイファンはゆっくりと首を振り、ワンリーを見つめる。
「はい。でも、これが龍玉なら話は別です。ジャオダン様の言うとおり一刻を争うのなら、他を当たるより、たとえ大きさが不足していてもこの玉とジャオダン様の腕に賭けるべきです。ガイアンの安寧を守る聖獣王ともあろうお方が、私の私情ごときに流されてはなりません」
ワンリーは一瞬目を見張った後、声を上げて笑い始めた。そしてメイファンの頭をぐしゃぐしゃとなでる。
「おまえの言うとおりだ。俺としたことが、判断を誤っていた」
「すみません。差し出がましいことを」
言葉が過ぎたことを恐縮してメイファンはうつむく。その頭をワンリーはポンポンと叩いて顔をのぞき込んだ。
「よい。気にするな。それでこそ王の妻だ。ではメイファン、龍玉を譲ってもらえるか?」
「はい。ワンリー様のために役立てるなら、母も納得してくれると思います」
顔を上げて差し出したお守り袋をワンリーは受け取る。
「このお守りの分までおまえの身は俺が守ろう」
そう言ってもう一度頭をなでると、ワンリーはお守り袋をジャオダンに渡した。ジャオダンはそれを両手で受け取り、メイファンに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、メイファン様。ありがとうございます」
ひとしきり礼を言った後、ジャオダンはお守り袋を懐にしまった。そしてワンリーに軽く頭を下げる。
「では、私はシェンザイに戻って作業に取りかかります。合間にホァンロンの話も聞いておきますので、しばしお待ち下さい」
「わかった。頼んだぞ」
「御意」
そしてジャオダンは背を向けて聖獣殿の方へ駆けていった。ワンリーはその姿が見えなくなるまでずっと見つめている。メイファンもその隣で見つめる。
少しして聖獣殿の上空に黒い麒麟の飛び立つ姿が見えた。たぶん他の人には見えていないのだろう。その姿を見届けて、ワンリーはメイファンを促して鍛冶屋に引き返した。




