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聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第一章 ビャクレン
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1.真っ暗な誕生日



 朝を告げる鶏の声で、メイファンは目を覚ます。まだ薄暗い部屋の中で身支度を整え、家の外へ出た。


 家の前にある桃畑の隅には鶏小屋がある。メイファンが小屋の戸を開けると、鶏たちが次々に桃畑に出てきた。

 この畑の桃は、ここビャクレンの都を守護する聖獣バイフーへの供物として、メイファンの家が管理している。


 明日は聖獣の加護に感謝する祭りの日だ。この日のために大切に育ててきた桃はほんのりと赤く色づき、たわわに実っている。


 メイファンが鶏小屋から卵を回収し終わった頃、はるか東にそびえ立つ聖獣の住む聖なる山シェンザイの陰から朝日が差し始めた。

 今日もいい天気になりそうだ。


 まぶしい朝日に目を細めて、メイファンは家に戻った。


「おはよう、母さん」


 台所に入ってメイファンが声をかけると、火にかけた鍋をかき回していた母が笑顔で振り返った。


「おはよう、メイファン。ちょうどよかったわ。卵をちょうだい」

「はい」


 回収してきたばかりの卵を手早く水で洗って、母に渡す。母はそれを割りほぐして、煮え立つ鍋の中に回し入れた。

 メイファンはその横にならんでネギを刻む。


 火を止めて鍋から卵粥を器に移しながら、母は忙しそうに言った。


「ごはんが済んだらすぐに桃を収穫するわよ。聖獣殿せいじゅうでんの人が手伝いにきてくれるから午前中になんとかなると思うわ」


 母が手渡した器にネギを入れながら、メイファンは尋ねた。


「父さんはもう聖獣殿に行ったの?」

「えぇ」


 聖獣殿は守護聖獣を祭る神殿で、守護聖獣はそこでビャクレンの都を守護しているという。

 ビャクレンの守護聖獣は大きな白い虎の姿をしているらしい。

 もっとも、世の平穏が脅かされることでもない限り、聖獣が人の前に姿を現すことはない。はるかな昔、聖獣の加護が弱まり、魔獣が人々を脅かす「暗黒の百年」といわれる時代には、聖獣だけでなく魔獣の姿も人々は頻繁に目にしたらしい。

 だが少なくともメイファンが物心ついて以降に聖獣が現れたことはなかった。


 祭りはこの聖獣殿を中心に行われる。男たちは祭りの準備で早朝から聖獣殿に集まっていた。父も準備を手伝いに行ったのだろう。


 母と共に食卓に着いて朝食を摂る。卵粥をひとくちすすって母はメイファンに笑みを向けた。


「祭りの準備が終わったら、今夜はおまえのお祝いをするよ。今日で二十歳だね、おめでとう」

「ありがとう、母さん」


 メイファンも母に笑みを向けた。


 今日が誕生日といっても、メイファンは二十年前の今日生まれたわけではない。二十年前の今日、桃の木の根元に捨てられていたのだ。

 それを今の両親が拾った。


 子どものいなかった両親にとって、聖獣への供物となる桃の木の下にいたメイファンは、聖獣からの賜りものだったのだ。

 特別に甘やかされたりはしなかったが、実の娘同様に大切に育ててくれたことにメイファンは感謝している。


 朝食を終えて母と一緒に外へ出る。日はすでに高く昇り、家の前の通りには野菜や家畜を乗せた荷車が何台も通り過ぎていく。市場へ向かうのだろう。


 ビャクレンの主な産業は農業だ。市場には他の都からも商人が仕入れにやってくる。

 メイファンの家も供物の桃以外に、リンゴや木イチゴなどの果樹園を営んでいた。


 桃畑の前では、聖獣殿からやってきた女性が三名荷車の横で待っていた。

 母とメイファンは礼を述べて、共に畑に入る。それぞれカゴを持ってさっそく桃の収穫を始めた。


 収穫した桃は荷車に積み込んで、順次聖獣殿に運ぶ。桃は祭りの間供物として聖獣に捧げられ、祭りの後は人々に配られる。

 撤饌てっせん(神前から下げた供物)の桃を食べると一年間病気にならないと信じられていた。


 最後の桃を荷車に積み込んだ時、太陽は天頂に達していた。


「父さんを呼んでくるから、先にお昼ごはんの支度をしてて」


 そう言って母は荷車と一緒に聖獣殿へ向かった。

 メイファンは母と荷車を見送った後、後片づけのため桃畑に引き返す。


 桃の木の下に放置されたカゴを集めながら、ふと気付いた。木漏れ日が三日月型になっている。

 不審に思い空を見上げた。空は雲ひとつなく晴れ渡っている。だが、太陽が月のように欠けていた。

 眩しすぎてすぐに目をそらしてしまったが間違いない。目を閉じても焼き付いている緑色の光が三日月型なのだ。


 言いようのない不安にとらわれながら、カゴを片づけているうちに、辺りが徐々に薄暗くなっていく。

 畑から通りに出てみると、まわりの家からも異変に気付いた人々が表に出て空を見上げていた。


 今やすっかり真っ暗になった空には、夜のように星が瞬いている。そして天頂には白い光を放つ真っ黒な太陽。


「いたっ!」


 突然の疝痛せんつうにメイファンは腹を押さえてその場にしゃがみこんだ。しかし、痛みはすぐに収まる。

 いったいなんだったんだろうと不思議に思いながらメイファンが立ち上がったとき、西の山脈の彼方から獣の咆哮のような声が聞こえた。


 通りにいる人々の間に、ざわざわと動揺が広がっていく。皆一様に西に向けて闇の中に消える道の先を見つめた。

 時折聞こえてくる禍々しい声は徐々に近付いてきている。それに混ざって人の悲鳴も聞こえてきた。


 明らかに何かよくないことが起こっている。メイファンは通りにいる人々に呼びかけた。


「みんな! 聖獣殿に避難しましょう!」


 聖獣殿は守護聖獣の結界に守られている。

 メイファンの呼びかけに応えて、人々は聖獣殿に向かってかけだした。そこへ通りの西側から都の役人が叫びながら走ってきた。


「逃げろーっ! 魔獣が都になだれ込んできたーっ!」


 それを聞いて、人々は慌てふためきながら、我先にと聖獣殿に向かう。役人は同じ事を叫びながら、別の通りに向かって走っていった。


 めでたいはずの誕生日が、どうしてこんなことになったのだろう。


 次々に襲いかかる不吉な出来事に混乱しながら、メイファンも聖獣殿に足を向ける。

 その時、聖獣殿のある方向に太い光の柱が立ち上った。光の中に現れたのは大きな白い虎、ビャクレンの守護聖獣バイフー。


 上空に躍り出たバイフーは、西に向かって雄叫びをあげた。




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