表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖獣王と千年の恋を  作者: 山岡希代美
第三章 テンセイ
19/31

5.魔獣王と池の畔で



 ようやく空が白み始めた頃、メイファンは寝台から体を起こした。昨日は色々ありすぎてあまり眠れなかったのだ。

 罪人として捕まってしまったことも、牢に収容されているワンリーが心配なこともあるが、夜の出来事に一番心が囚われて目が冴えてしまった。


 思い出すと今もドキドキが止まらない。

 いつも優しく気遣ってくれるワンリーと一緒にいるうちに、どうやら決意に気持ちが追いついたらしい。ワンリーの妻になることを心から幸せだと思えるようになった。

 ワンリーの思うツボにはまったことは、やっぱり少し悔しいけれど。


 ワンリーはまだ牢の中だし、自分も囚われの身だというのに呑気に頬が緩んでしまう。

 寝台に腰掛けてニヤニヤしながら幸せをかみしめていると、隣の部屋からシェンリュが出てきた。メイファンの姿を見て、驚いたように目を見張る。


「あ、もうお目覚めでしたか」

「えぇ。あまり眠れなくて」

「大丈夫ですか?」

「はい。枕が変わったからだと思います」

「そうですか。では、すぐに朝食をお持ちします」

「ありがとうございます」


 忙しそうに庵を出ていこうとするシェンリュに、メイファンは声をかけた。メイファンの勝手でシェンリュの予想より早く目覚めてしまったのに、予定を急がせてしまうのは申し訳ない。


「あの、ゆっくりでいいです」

「食欲がございませんか?」

「いえ、そうではありませんが、罪人の私にあまり気を遣わないで下さい」

「罪人……?」


 シェンリュが不思議そうに首を傾げる。


「私はメイファン様のことをガーラン様の大切なお客様だと伺っておりますが」

「え……」


 いったいどういうことだろう。ガーランの配慮だろうか。言葉を失うメイファンに、シェンリュはニコリともせずに言う。


「なにか思い違いをなさっているのかもしれませんが、私はお客様としてお世話をさせていただきます。遠慮なさらないでください」

「はい」

「では、食事をご用意してよろしいですか?」

「はい。あ、あの……」


 客人としてあまり豪華な食事を用意されても気が引ける。


「あまり食欲がないので、できれば卵粥を……」


 メイファンがおずおずと要求すると、シェンリュは表情も変えずに軽く頭を下げた。


「かしこまりました。他にご要望はございますか?」

「いいえ」

「では、すぐに用意いたします。少しお待ち下さい」


 そう言って鍵もかけずにそそくさと庵を出ていった。相変わらず、とりつく島もない。


 てっきりシェンリュは監視役だと思っていたので拍子抜けする。ガーランもいったいどういうつもりなのか首をひねりたくなる。メイファンが逃げ出したらどうするつもりなのだろう。この様子では、逃げ出してもシェンリュがお咎めを受けることはないような気もする。

 けれど、逃げ出して彼の心証を悪くすると、ワンリーが酷い目に遭うかもしれない。それを見越しての客人扱いなのかもしれない。


 ワンリーがおとなしく酷い目に遭ったりはしないと思うが、しばらく言われたとおりに庵にこもっていることにしよう。それにガーランにはワンリーの処遇について聞かなければならない。ガーランと話せるように、あとでシェンリュに頼んでみよう。


 メイファンはひとつ息をついて、シェンリュの帰りを待った。




 食事を終えて、また閑を持て余しているところへ出入り口の扉が叩かれた。対応に出たシェンリュの向こうには、ガーランがいる。シェンリュが脇によけると、ガーランは扉の外に立ったまま笑顔で声をかける。


「メイファン殿、今よろしいですか?」

「はい」

「では少し一緒に外を歩きませんか? 退屈でしょう?」

「……いいんですか?」

「私と一緒なら問題ありません」

「わかりました」


 ガーランは苦手だが特に断る理由もないし、実際に退屈している。それにガーランと話をしたいと思っていたので好都合だ。メイファンは素直に席を立って庵を出た。


「珍しい睡蓮が咲いていたんですよ」


 そう言ってガーランは池の畔にある回廊を進む。

 並んで回廊を歩きながら、ガーランは少し身を屈めてメイファンの顔をのぞき込んだ。


「ゆうべはあまり眠れなかったようですね」

「え?」


 シェンリュからなにか聞いたのだろうか。ゆうべワンリーと会っていたことを気取られたような気がして思わずドキリとする。

 ガーランは苦笑を浮かべてメイファンを指さした。


「目が赤いですよ」

「あ、そうですか?」


 少しホッとしながら目を逸らす。しばらく黙って歩いていると、ガーランがポツリと問いかけた。


「眠れないほど、お連れの方が心配ですか?」

「あ、はい……。心配です」

「そうですか」


 フッとため息をもらすガーランが、なんだか浮かない表情をしているのを不思議に思う。けれどそんなことより、この機会にワンリーの処遇について聞いてみなければ。

 メイファンは意を決して尋ねた。


「あの、私たちの事情について、取り調べの方にはもう伝えていただけたんでしょうか」

「ちゃんと伝えてありますよ。それをどう判断するかは私の預かり知るところではありませんが」


 とりあえずホッとする。ちゃんと伝わったなら、昨日テンセイにきたばかりの人間が、太子様を脅かそうなどとしていないことはわかってもらえるだろう。


「ありがとうございます」

「いえいえ。あなたの心配を和らげることができたなら光栄です」


 深々と頭を下げるメイファンに、ガーランはにっこりと微笑んだ。機嫌がよくなったようなので、ついでにもうひとつ聞いてみる。


「あの、ガーラン様はどうして、罪人として捕らえられた私を客人として扱ってくださるのですか?」


 ガーランは立ち止まり、懐かしそうな目でメイファンを見つめた。メイファンも立ち止まり、それを見つめ返す。


「あなたとは初めて会ったような気がしないのです」

「え? 会ったことないと思いますけど?」


 たぶん初めて会ったはず。まさかワンリーのように前世で会ったとか言うのではないだろうかと少し不安になる。

 困惑気味に答えるメイファンに、ガーランはプッと吹き出した。


「えぇ。確かに初めて会いました。けれどあなたは、私の妻にどことなく似ているのですよ」

「奥様がいらしたんですか」

「ずいぶん前に亡くなりましたけどね。私の元に来たから、妻は幸せではありませんでした」


 独り言のようにつぶやいてガーランは寂しそうに目を伏せる。反射的にメイファンは彼の腕をとって揺さぶった。


「そんなことありません。亡くなったあともこんなに気にかけているガーラン様の愛を奥様もわかっていたと思います。幸せでないはずがありません」


 メイファンの必死な様子にガーランは少し面食らったように見つめる。そして穏やかに微笑んだ。


「あなたにそう言ってもらうと、なんだか妻から許されているような気がしますね。ありがとう。おかげで少し気が楽になりました」

「いえいえ。あなたの心配を和らげることができたなら光栄です」


 ガーランを真似ておどけたように言うメイファンを見て、ガーランは益々笑みを深くする。互いに笑って頷くと、ガーランは先に立って歩き始めた。


「この先です」


 後ろに続くメイファンを振り返り、ガーランは促す。メイファンが小走りに近寄るのを確認して背を向けた。その口元に冷たい笑みが浮かんだことを、メイファンは知る由もない。


 突然立ち止まったガーランは池の隅を指さした。


「あれです。珍しい色でしょう」


 ガーランの後ろから池に目をやって、メイファンは息を飲む。池の隅には見たこともない色の睡蓮が咲いていた。

 中心が乾きかけた血のように赤黒く、花弁の先にいくほど黒が濃くなっている。そんな禍々しい色の睡蓮が密集して咲いている様は、池の水面にぽっかりと地底の闇へと続く穴が空いたようにも見えた。


「あれは、以前からあったのですか?」

「いいえ。私も初めて見ました」


 魔獣の門が開いた日に見た黒い太陽を思い出して、メイファンは言いようのない不安に身震いした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ