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 第7話 「特権」

 「この辺りだな」


 時間は14時頃。エルグレン村の村はずれにある開けた場所だ。この辺りは元はフィフス村の土地であったが、フィフス村の廃村に伴い、行政上はエルグレン村に編入された。

 旧街道から50mほどそれた場所に拠点の場所を決める。

 北東から南西にモレノ旧街道が通っている。


 「旧街道とは言っても、普通に人通りはありますね」


 「もっと荒れた山道みたいなのを想像してました」


 「まだ明るいからな。天気も良いし」


 応えたのは斥候のジム。

 ジムは大きく背伸びをした後、前屈などの柔軟体操をする。

 気温は今が一日のピークだが、モスキエフ大公国は北大陸に位置していることもあり、4月の前半とあってはまだ過ごしやすい。


 「人通りは今だけさ。新道と違って、午後からはパッタリ人通りはなくなるぜ」


 リーダーのロンが引き継ぐ。

 ジムは周囲で一番高い木を見付けると、一行から離れる。

 高い木に登って、周辺の地理を確認するのだろう。


 「今回の事件が契機で?」


 「違う。10年くらい前かな。宿場村だったフィフス村が廃村になったからだな。陽が落ちた後に通るには、エルグレン村の中心までは遠すぎる」


 一応、盗賊たちが根城にしたりしないよう、建物は全て破壊されるか、燃やされている。それでも、魔物が徘徊することまでは止めようがない。

 現に、一行は黒狼の群れが通ったと思われる痕跡を発見している。


 「なぜ廃村に?」


 「知らん」


 「チラッと聞いた話じゃ、芋だったか豆だったかの病気が流行ったかららしい。英断だったと思うぜ、俺は」


 助け舟を出したのは人族でアタッカーのザキエフ・フェリー。

 ただし、正確には、芋と豆両方である。


 農作物に病気はつきものだが、病気が流行ると収量が落ちる、という直接的な被害だけに留まらない。数年に渡って、収量が落ち続けるのだ。その点では大雨や洪水、冷害などの天変地異の方がまだマシである。直接的な被害は単年で済むことが多いからだ。

 噂話に戸はたてられないから、あっという間に病気の話は広がるだろう。

 周辺の村にまで病が広まったら大変だから、当然、警戒する。

 

 アラトでは、地球と違って、工業的、遺伝子的な意味において全く同じ種を大規模耕作することはない。その土地土地に向いた種があるのだ。元は同じ芋でも、その土地に合った交配を繰り返した結果、微妙に違う種に変化していくからだ。

 その微妙に違う種を不作の際などに、周辺の村同士で融通しあうことがある。

 この時、フィフス村も他村に融通してもらった種で対応しようとしたが、結果は無駄であった。


 連作障害などが原因ではない。何十年何百年とその土地で生きてきた百姓たちが、そんなミスを犯すわけが無い。

 実をつけた後、急激に成長し、あっという間に種を付けずに腐るのだ。

 百姓たちは「種老病」と名付けたが、だからと言って、何かが解決したわけではなかった。


 問題が深刻だったのは、「種老病」はフィフス村で発生した芋の病気だが、他村の芋だけでなく、豆にもうつることが判明したのだ。

 フィフス村は麦の耕作には向いていなかった。

 向いていないからこその芋や豆だったのだ。

 その芋や豆がまともに実らない。

 

 領主も数年は種の選別や借金の肩代わりなど、いろいろと対応したようだが、結局、打つ手はなし。

 百姓たちの逃散も相次ぎ、廃村に至った。


 「そういや、ザキエフんとこも廃村になったんだっけ?」


 「ガキの頃にな。家畜の病気が流行って、一家離散――とまでは行かなかったが、百姓続けるのは無理ってことでな。うちは借金が無かったから助かった」


 一般に「家畜」と言われる際の動物は、「白色ボア」を指す。

 「白色ボア」は元々は草原に生息するステップボアの変異種である。一代限りではなく、家畜として扱ううちに、種として固定化された魔物ではあるが、非常に扱いやすく、食味も良い。病気には弱いが、多産で、成長が速いという特徴がある。


 「働き手が健康で、借金が無きゃ、何とかなるよな」


 「次の宿場村までは、馬車でも無理なんですか?」


 「20km以上ある。荷にもよるが、馬車でもそれなりに時間は掛かるだろうな」


 ラスカは腕を組んで考え込む。


 「えっと、ちょっと変な質問ですが、良いですか?」


 「「「「「?」」」」」


 丁度、周辺の偵察に行っていたジムが戻ってきた。


 「この案件、皆さん、全く裏がない、普通の案件だと思ってます?」


 「どうだろうな。考えても意味のないことだ」


 「変な話なんですが、皆さんがゴブリンだとして、馬車二台、8人の人間を襲いますか?」


 「……面白い発想だ」


 だが、考えても無駄なこと。

 依頼主がいて、報酬がある。

 冒険者にとって、重要なのはそれだけだ。


 「ちなみに、俺とケイリィはほぼ同意見ですが、俺がゴブリンなら、30頭以上の群れじゃないと、絶対に襲いません」


 ゴブリンは群れを作る魔物だが、かなり大きな群れだとしても、20頭前後。30頭以上となると、上位種であるゴブリンジェネラルやゴブリンキングの存在がチラつくはずだ。


 皆、考え込んでいる。

 しかし、その実、ラスカの発言に本当に(・・・)興味を持ったのは、同じエルフ族のセルゲィのみ。

 それも、群れの規模や依頼の裏などではなく、「何でそんなことを気にするのだろう」という、ラスカ自身に対する興味だ。


 ラスカはエルフ族以外の考え方や、発想の源などに興味がある。その解明が未来へ繋がっていると信じているからだ。

 一方、セルゲィは他人がどう考えていようがあまり頓着しない、典型的なエルフ族の発想であった。



 ケイラン商会・モスキエフ大公国支店を任されているブッハルト・ケイランの商隊がゴブリンの群れに襲われた。

 土砂崩れの影響で、街道が塞がって立ち往生していたところをゴブリンの群れに襲われたのだ。護衛は二人付いていたが、一人は足を怪我していて、実質、一人の護衛がゴブリンの群れを相手にすることになった。

 護衛の一人は元々足を怪我していたらしい。

 運悪く、馬車にはブッハルト・ケイランの一人娘が同乗していた。ブッハルトたちは生き延びたが、残念ながら使用人三人が殺され、一人娘は行方不明となってしまった。


 ことのあらましは以上だが、ラスカは直感的に「クサい」と睨んでいる。

 あまりにも間抜け(・・・)すぎる(・・・)からだ。


 ラスカたちに知らされている情報によると、人的被害は実質4人。(さら)われた一人娘に、使用人三人。

 ブッハルト・ケイラン以下、護衛も含め、四人生き残っている。

 馬車二台、合計8人の隊であったが、荷も馬も無事である。

 そもそも、何故、旧街道なのか不明。


 ゴブリンは好戦的ではあるが、一方で臆病でもある。

 8人の人間と、馬4頭。

 それを襲うとなると、ゴブリン側としても、ある程度の群れの規模がないと、襲いたくとも襲えないだとろうと。

 

 「(どうにも、裏がある気がするんだよな)」


 しかも、四月上旬。食糧の減る冬なら理解出来なくもないが、植物が芽吹く春先にそこまでの危険を冒すほど、ゴブリンたちが飢えていたとは思えない。


 「気持ちは分からないではありませんが、ラスカさんたちはまだ若い。人族の中には、信じられないようなミスを犯す者がいるのですよ」


 エルフ族のセルゲィ・ヤノフスキがラスカの内心を察し、軽い感じであしらう。

 過去の経験からか、特に裏があるわけではなく、単に被害者が間抜けなだけだったのだと言外に言いたいらしい。

 人族の軽はずみな行動が招いた不運な事故だと。


 「セルゲィの賢い自慢か?」


 「いや、そういうわけじゃありませんが……」



 臨時クラン『フクロウの両翼』のメンバーたちは、すぐに街道の脇の少し開けたところに、拠点を作り始めた。

 馬から荷台を外し、それを土台に、荷台から幌を延ばして簡易テントにする。『フクロウの尻尾』のメンバーは手馴れたものである。


 手持ち無沙汰になったラスカとケイリィは土魔術で飼葉桶(かいばおけ)を作ると、そこに水魔術で水を注ぐ。馬の飲み水だ。

 二頭の馬は美味しそうに喉を鳴らせて飲み始めた。


 「さすがは魔術師だ。まさにあっという間だな」


 感嘆の声を発したのは斥候のジム・ハント。

 ラスカの体内魔力は8000を超え、ケイリィも7000以上。クオリティを求められない、ただの使い捨ての飼葉桶を作る程度、ラスカとケイリィにとっては、どうということもない。


 だが、同業者としては、ただ感嘆するだけでは済まない。


 「――ハリチコさん、『鑑定』なら止めてください。われわれはまだ懐に余裕が無くて、『ステータス偽装』なんてスクロール、いちいち買っちゃいられないのですよ」


 「ッ……」


 「俺たちは臨時のクランなんですから、最低限のマナーは守るべきだと思いますよ」


 ケイリィがダメを押す。


 「はんっ、先輩が後輩に説教されてちゃ、世話ねーぜ」

 

 リーダーのロンが苦笑する。


 「すっ、すまない、つい」


 魔術師であるハリチコが『鑑定』を試みたのは、ほとんど反射的にであった。若き二人の魔術師が眩しく見えたのだろうか。

 もっとも、ハチリコはまだ25歳であり、魔術師としてのピークはまだまだ先ではあるが。


 「魔力容量なら、俺が8000超え、ケイリィが7000超えってとこですよ。スキルは勘弁してください」

 

 「はっ、8000……」


 魔術師にとって魔力容量が全てではないが、一般に、宮廷魔術師の魔力容量が1500~2000と言われている。ラスカとケイリィの魔力容量はその約4倍だ。


 「大したことはありませんよ。それに、俺たちの野望は魔力容量がいくら多かろうが、それでどーにかなるようなモノでもありませんし」


 「そうか、その野望ってのが気になるが、聞いても問題ないのかな?」


 「今は勘弁してください」


 22歳のタチワナが鋭い視線でラスカに問うも、ラスカは笑顔で軽くいなす。

 さすがに、ほとんど始めて会ったような相手に、自身の野望を開陳するほど厚顔ではない。

 

 「おめーら、いつまでもくっちゃべってないで、さっさと支度をしねーか!」


 「今、ちょうど終わりました!」


 「そうか。じゃぁ、こっちに集まってくれ」


 「一応、ジムと事前に考えておいた予定がある。その確認をしたい。現地に来るまで分からない部分はあったが、特に、変更の必要はないように思える」


 「ああ、さっき高台から見渡したが、大丈夫だと思うぜ」


 「作戦はこうだ。何、大したことはしない。基本通りだ」


 (1)来た方角(北東)と向かう方角(南西)を除く6方角を6人で探索。

 (2)巣を見付けても、見付けなくても15時までに拠点(ここ)に帰還。


 (3A)巣が見付かったら、明日朝一でゴブリンの巣討伐と、被害者の殺害。

 (3B)巣が見付からなかったら、方角を絞り、明日朝一からゴブリンの足跡など、今日よりも細かく探索。


 「拠点(ここ)で留守番は誰がやるんだい?」


 「タチワナとハリチコだ。ゴブリンどもは人間の女の味を占めた後だ。女が森に入ると、囲まれる恐れがある」


 探索は一方角に一人なので、もし群れの規模が予想以上だった場合、単体では脅威でないゴブリンであっても、囲まれれば詰む。

 逃げ足に不安のあるハリチコを単独で森に入れるのは危険と見たのだろう。


 「あら、一応、あたしも女だと認めてくれてたんだね、リーダー」


 「あっ、当たり前だ」


 拠点にハリチコ一人を残すのも、それなりにリスクなので、同じ女性で、ガードのタチワナを付けるという配置。

 現地に着いて、ジムの『遠見』による地形を鑑みた上での配置である。ごく短時間に決定した役割分担としては、ラスカもケイリィも十分に納得のいくものであった。


 「もし、拠点に10頭を超えるゴブリンが現れたら、テントを置いて、迷わず馬で逃げろ。良いな。それまでは、一応、『探索』を使って、街道沿いを注意しておいてくれ。常時発動じゃなく、数分おきで良い。ポーションは2本までだ。何かあったら、タチワナはハリチコを守ってやれ」


 「「了解」」


 「ようは、この旧街道の右か左か、ってことだ。俺は北西だと思うが、まぁ、予断は良くない」


 リーダーの後を、斥候のジムが引き継ぐ。

 作戦の大まかな部分をリーダーが最初に伝え、細かい部分をその下のジムが担う。

 

 あまりにも自然で、目立たない流れであったが、当然、ラスカとケイリィは気付いていたし、その上で感心していた。

 エルフ族のみの集団だった場合、これほど自然な役割分担が出来るだろうかと。


 「北はロン、北西はケイリィ、西は俺。そして、東がザキエフ、南東がラスカ、南がセルゲィだ」


 「俺とケイリィが間を持つわけですか」


 「その通りだ。両サイドまで注意するのは無理だと思うが、臭いと思った方角は、出来るだけカバーしてやってくれ。二人とも『索敵』は使えるだろ?」


 「レベルは低いですけどね」


 「よし、それじゃぁ、行動開始だ!」



 ◇◆◆◆◇



 拠点に残された二人も、手早く作業を進める。

 軽いおしゃべりをしながらだが、手は止まらない。


 「銀髪坊やの魔力容量8000って、実際のところどれくらいなんだい? あたしの知識じゃ、王宮詰めの魔術師4~5人分ってとこなんけど」


 「それで合ってるわ。さすがエルフ族ってとこね。多分、二人とも血統は純血か、純血に近い」


 夕食は軽めの食事になるにしても、温かい飲み物は重要だ。ただの白湯でさえ、全身を癒す効果がある。

 ハリチコはカマドを作り、タチワナは薪になりそうな落ちた枝や枯れ木を探す。


 「いくら鍛えても、人族や獣人族の血が入ってたら、あの歳でそこまでは行かないってか」


 タチワナ・シュミトは獣人族熊種。完全な純血ではないが、熊種の特徴が多く出ており、女性ながら身長は2m近い。ポジションはその身体を生かしたガード。彼女の持つ大盾は20kg近くある。片手剣も人族の両手剣と変わらないサイズだ。

 ちなみに、人族が片手で扱う一般的な盾は、重くとも5kgくらいである。


 「そうね。ただ、それよりも、普通のエルフ族とはちょっと印象が違う感じなのよね。二人とも、セルゲィとは全く違うタイプね」


 「ほう、それは?」


 「上手く言えないんだけど、一つの目的に向かって団結してる感じというかな」


 「魔力容量が多くても少なくても、関係ないみたいなこと言ってたね。何目指してんだろ」


 「そう。つまり、彼らが目指すのは、普通の魔術師ではないってこと。魔術とは関係ないのかも知れない」


 「魔術は手段ってことか。ある意味、普通だけどね。例えば、剣士が剣の腕で成り上がろう、って話だろ?」


 「ある意味普通。だけど、実際は魔術師はそうは考えないのよ」


 「良くわからんな」


 「魔術って、体系的でしょ? だから、魔術の道に足を踏み入れたら、その道に魅入られちゃうって感じ。その道が唯一無二、絶対の道になるのよ。また、それくらいの意識がないと、高度な術は習熟出来ない」


 「だから、あの二人は魔術を手段にして、何かをしようと考えてるってことだろ? それは普通のことだと思うがねぇ」


 「うん。やっぱり、上手く言えないな。例えば、私にあの子たちくらいの魔術の才能があったら、冒険者なんてやらないわ。家にお金がないのなら、自分の魔術と魔力容量を担保に、金貸しやご近所さんにお金借りてでも、学院に入る。そして、宮廷魔術師へ一直線ね」


 「二人の『野望』は宮廷魔術師以上だってのかい?」


 「多分――でも、単に若くて分別が無いだけかも知れない。自分たちが、どれほど才能に恵まれているのか知らないだけかも」


 ハリチコの魔力容量は1200ほど。25歳という年齢を考えれば、これから先増える容量は微々たるものだろう。しかも人族。既に人生の三分の一を消化している。

 年齢的に魔術師としてのピークはまだ先としても、それはあくまでも技術や経験を加味した総合力の話だ。魔術師としての器量やスケールに関しての伸び代はあまり残されていないだろう。

 未来には様々な分岐があるが、この先、どの分岐を選んだとしても、ハリチコが若き日に見た夢には絶対に届かないのだ。


 「つか、選んだ道を後悔するのも、エルフ族の特権だよな」


 後悔する(・・・・)には条件がある。

 金か時間か、あるいは両方か。それがないと、後悔すら出来ないのだ。日々の生活に追われていれば、後悔すらままならない。


 しかも、女性には性のタイムリミット問題もある。


 「そうね。人族や獣人族だと、後悔してる時間なんてないもの。あっという間に花の命は終わって、一生も終わっちゃう」


 「「はぁ……」」


 二人は盛大な溜息を吐く。


 『フクロウの尻尾』のメンバーである、ハリチコとタチワナ。

 二人は比較的珍しい女性冒険者だが、6人パーティーに二人も女性がいることは、更に珍しい。

にも関わらず、パーティーが上手く行っているのは、二人に共通の悩みがあるからなのかも知れない。

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