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 第6話 「雲を掴むために」

 現在、ラスカたちG級パーティー『神聖シンバ皇国』と、ロン・サントス率いるD級パーティー『フクロウの尻尾』のメンバー、合わせて8名が小さなギルド会議室に集まっていた。

 『フクロウの尻尾』のメンバーの表情は一様に固い。


 「臨時クラン名は『フクロウの両翼』で宜しいでしょうか?」


 ギルド事務員が書類を見ながら質問する。

 『委細面談』付きの依頼と言っても、所詮、D級案件とあっては、ハバストロク支部長自ら説明に出張ることはないようだ。


 「ああ、書類にある通りだ」


 応えたのは『フクロウの尻尾』のリーダーであり、今回の臨時クラン『フクロウの両翼』のリーダーを務める、C級ランカーのロン・サントス。

 年齢は32歳。

 人族の魔剣士。


 魔剣を使う剣士ではなく、戦闘の際に魔術を使う剣士、という意味である。

 『強化』だけではなく、低レベルではあるが、火と風の魔術を使いながら戦う器用な男でもある。

 本人は器用貧乏であることを自覚しており、派手な上昇志向はない。


 それでも、12歳でギルド会員登録をし、現在はC級ランカーである。パーティーのリーダーでもある為、下手なC級ランカーよりは、実力は上だろう。

 現場に出ない肩書きだけのランカーやクランリーダーなどよりは実力もリーダシップもある。


 『フクロウの尻尾』のメンバーはロン・サントス以外、5人ともD級なので、パーティーとしてはD級パーティーになる。


 以下、D級パーティー『フクロウの尻尾』のメンバー


 (1)ロン・サントス(人族32歳)/リーダー/魔剣士

 (2)ジム・ハント(人族31歳)/斥候/槍士

 (3)ザキエフ・フェリー(人族29歳)/アタッカー/剣士

 (4)セルゲィ・ヤノフスキ(エルフ族61歳)/アタッカー/剣士

 (5)ハリチコ・ヴェニル(人族25歳)/サポーター/魔術師

 (6)タチワナ・シュミト(獣人族熊種22歳)/ガード/盾、剣士

 


 「かしこまりました。臨時C級クラン『フクロウの両翼』の依頼票を受理したいと思います。ここにサインをお願いします」

 

 リーダーであるロン・サントスがサインをする。

 ロンがC級ランカーである為、『フクロウの両翼』は書類上、C級クランとして処理される。パーティーとクランでは、ランクの付け方が違うのだ。


 「それでは、今回の『ゴブリンの巣の討伐』依頼について、詳しい説明をさせていただきます」


 基本的な情報は依頼票通り。

 その中で、以下の詳細について補足された。


 ※2、素材や拾得物は全て達成者のものとする。

 ※3、供託金は過去の実績に関係なく、50%とする。

 ※4、業務上知り得た情報は口外無用。


 「※2の拾得物についてですが、今回の『保護(・・)対象』でもあるホルダ・ケイランの持ち物は衣服や宝飾品など、全て依頼主のブッハルト・ケイラン氏に返却して頂きます。ゴブリンが巣に集めている分は達成者の物として頂いて構いません」


 「(遺品だからな)」


 大店の一人娘ということで、拾得物に関しても、多少の期待があった一同であったが、皮算用に終わりそうだ。

 さすがに遺品を強奪するような真似は出来ない。

 くれるのなら貰うが、敢えて要求はしないのがギルド会員の流儀だ。


 「補償も何も無いんでしょうか? 我々が黙って横領することも考えられますが」


 ケイリィが質問を一つ。

 『フクロウの尻尾』のメンバーがピクリと反応する。


 「ご尤もです。一応、ケイラン氏からは遺品回収に対して、5万セラのボーナスが支払われることになっています。実際の遺品の価値は不明。また、指輪や付与アイテムなどといった遺品の指定もありません。しかし、我々ギルドといたしましても、みなさんの誠実な行動を期待しています」


 「了解しました」


 遺品に関しては、基本的には達成者の物とするのが普通だ。

 だが、今回の場合は、被害者が依頼主の一人娘でもあり、ゴブリンの苗床にされている可能性が高い状況である。さらに、せめてもの誠意として依頼主は5万セラのボーナスまで用意しているのだ。

 それを知って尚、遺族の気持ちを踏みにじり、こっそり横領するような下衆な会員はさすがにいない。

 信用を失うリスクの方が遥かに大きいからだ。


 「次に、供託金が50%と高額な件ですが、依頼人の強い要望もありますが、期限が3日間しかないことに関連します。期限は明日の朝5時開始です。一刻も早い巣の殲滅と遺留品の回収を期待しています」


 ギルド職員は言葉にはしなかったが、供託金が高額な理由は、『信用』の問題である。高額な供託金を用意できるクランなら、『信用』出来る、というわけだ。これは依頼人の要望でもある。


 ゴブリンの巣の討伐は一日と掛からず達成可能だ。巣の場所の特定さえ出来れば、1時間も掛からない。

 ただし現在、巣の位置が不明である。ならば、巣の場所を捜索する時間が必要になる。期限が3日というのは、難しくはないが、決して簡単な条件というわけではない。

 短期決戦なので、天候にも左右される可能性がある。

 

 ただの群れと違って、ゴブリンの場合、「巣」という拠点がある。

 事件発生場所からゴブリンの活動範囲を絞り、予測されるエリアを8人で捜索する、というオーソドックスな作戦になるだろう。


 「前回の簡単な説明だと、事件発生は4月11日と言ってたよな。今日は14日だから……」


 「開始が明日の朝5時で、期限は17日20時まで。それを過ぎると供託金22万5000セラが没収になりますね。あっ、そういえば――」


 ロン・サントスはあまり計算が得意ではない。

 ケイリィがすぐにロンのあとを引き継ぐも、『フクロウの尻尾』と供託金の割り当てについて詰めていなかったことに気付く。


 「供託金のことか? 今回の供託金についてなら、ウチが払うよ。頼んだのはこっちだし、G級のお前たちにそこまでの面倒は掛けたくない。必要経費もウチが持つ。その代わり、報酬と遺品回収ボーナスは均等割りだが、拾得物、魔石、素材の売却益はウチが貰う」


 斥候のジム・ハントが説明する。

 『神聖シンバ皇国』に対して、『フクロウの尻尾』はかなり譲歩しているのだが、ラスカたちは全く気にしていない。

 「なかなか美味しい条件じゃないか」くらいに考えている。


 よっぽど自信があるのか、単なる経験不足による無知か、それとも誘った方が譲歩するのは当然だとでも思っているのか。


 「了解です」


 同じ支部で活動する会員同士。今後も付き合いがある可能性は高い。騙したり騙されたりの心配はないだろう。


 報酬とボーナスが均等割りなのも、ラスカたちにとってはありがたい申し出である。普通はD級パーティーとG級パーティーが臨時で組んだ場合、報酬の均等割りはあり得ない。それだけ、ラスカたちの腕を買っているということだ。

 魔石や素材に関しては、払うものは払うが、貰うものは貰うということだろう。

 ただし――


 この時、『フクロウの尻尾』のアタッカー、ザキエフ・フェリーが「ま、エルフ族だしな」と内心思っていたことに、少なくとも現状、ラスカたちが気付くことはない。

 ザキエフの中では、「エルフ族は相手の身になって考えることをしない」という認識である。

 エルフ族には確かにそのような傾向がある。


 つまり、先の場合なら、上手側が過剰に譲歩した場合、下手側は一旦、報酬の減算を申し出るのが人族の「常識」なのだ。その上で上手側が「いや、それだけの実力があるのだから、気にせず受け取ってくれ」という形で落ち着く。


 そのような会話のキャッチボールが、効率的ではない、無意味だということくらい、皆わかっている。しかし、それをお互い承知した上で重ねる会話もまた、コミュニケーションの一つであろう。


 どちらが正しいという話ではない。


 考え方の違い。


 実に些細な、どうでも良い話ではあるが、人族とエルフ族の間に確実に横たわる「溝」でもあった。問題は、先の場合を例にとるなら、その「溝」を人族だけが認識している点である。


 「人族とエルフ族の間には溝がある」と認識しているエルフ族は多い。

 確かに、ある場面においては、そういう傾向もあるのだろう。だが、違う場面においては、人族もまた、同じように考えているのだ。


 多数派(マジョリティ)の立場や考えを斟酌しないのは、少数派(マイノリティ)が陥り易い罠である。

 強者が常に弱者の身になって考えてやらなければならない道理など存在しない。



 「事件発生から7日。娘さんはもう壊れているでしょうね」


 今まで黙っていたラスカが、()えて軽い感じで事務員に話し掛ける。


 「予断は持つべきではありませんが、残念ながら……」


 表情は変わらないが、同性として、思うところはあるのだろう。


 「ケイリィ、明日中に依頼完遂するぞ」


 「俺もそのつもりだよ」


 ラスカとケイリィの頼もしい言葉に、受付嬢の表情が柔らかくなる。彼女とて、書類にある特徴以外、被害者の顔も知らない。それでもせめて被害者が一刻も早く絶望的な状況から解放されて欲しいと、心から思っているのだ。


 もちろん、ラスカとケイリィの頼もしい会話は『演技』である。

 二人にとって、被害者の性がゴブリンに蹂躙されようと、心底、どうでも良い話だ。


 「おうおう、期待の新人会員は頼もしいねぇ。期待してるぜ」

 

 ロン・サントスが軽口を叩いた後、ホルダ・ケイランの特徴についての細かい情報が提示された。


 氏名はホルダ・ケイラン。人族16歳。

 身長168cm、体重約60kg。

 髪は金髪で軽くウェーブが掛かっている。

 左足のスネに、子供の頃に飼い犬に噛まれた痕がある。

 『付与』の付いた宝飾品や衣服が数点。

 

 『フクロウの尻尾』の斥候、ジム・ハントが供託金を払い、依頼票が受理された。


 書類上は明日の朝5時開始だが、受付は既に済んでいるので、これからすぐに討伐に向かっても構わない。

 

 「集合場所は事件発生地点でもある、モレノ旧街道の山中、新街道との分岐点から約2km地点だ。集合時間は明日の4時。それで良いか?」


 リーダーのロン・サントスが提案する。


 「う~ん、別に、一緒に出発しても良いんですよね?」


 ケイリィとしては、集合場所も集合時間も同じなら、一緒に行動した方が効率的に思われた。別々に行動する意味がない。


 「実は、俺たちはこれからすぐに出発の予定で、事件発生地点で野営するつもりなんだ」


 「朝4時集合なら、俺たちもお邪魔させてくださいよ。旧街道は道も荒れてるだろうし、早立ちは無理です。どの道、俺らも野営するしかないんですから、一緒に行きますよ」


 夜明け前の暗い旧街道を急ぐのは危険である。共に野営することでコミュニケーションが深まるのだから、一石二鳥だ。

 ロン・サントスとしては、単にラスカたちに気を使ったのだろう。


 「そう言ってくれるとありがたい。じゃぁ、二時間後に東門に集合で良いか?」


 「「了解です」」


 2時間後、王都東門に集合するということで、一旦、解散した。

 

 

 ◆◇◇◇◆



 「何とか、野営の準備は連中に任せることが出来たぞ。いくらか節約できたろう」


 「短期勝負の依頼でも、余計な出費は抑えたいからな。その辺りの計算はさすがだよ、ケイリィ」


 「歩きか馬車かは分からないけど、経費は向こう持ち。俺たちの装備はロッカーに入ってるマントで十分だろ。一応、二食分の食糧だけ買いに行こう」


 ギルド会員は、希望すればロッカーが貸し与えられる。

 ラスカたちは自宅から離れている為、なるべく荷物を減らそうと、ロッカーを借りていた。

 衣類と履物を入れればすぐに満杯になるほど小さなロッカーだが、賃料は10セラ(約100円)/日と安い。


 マントは高価な魔術師用のマントではなく、一般人が使う冬用の厚手のものだ。まだ朝晩は冷える。古いマントなので、あちこち痛んではいるが毛布代わりにもなるし、敷き物にもなる。

 水は魔術でどうにでもなるだろう。


 「経費は向こう持ちなのに、何でわざわざ食糧を持っていくんだ?」


 「気持ちの問題さ。手ぶらで同行しちゃ、感じ悪いだろ。それに、相手に気を使って食事をするより、食べたいものを持って行った方が、パフォーマンスも上がるはずさ」


 「なるほどな。短期決戦ならかさ張る程の荷物でもないか」



 「それよりラスカ、今回の依頼、どう思う?」


 ケイリィが商店街に入ったところで、話を変える。

 現在、ラスカたちは食料品の買出しに向かっている。

 そろそろランチタイムなので、テント売りの市は人もまばらだが、定食屋や食べ物系の屋台はむしろ混み始めていた。


 「別にどうも思わないな。たかが女を一人殺すだけだろ。せっかく金持ちの家に生まれたのに、運が悪かったと同情はするがね」


 「だよな。ラスカは気付いてたかい? 『フクロウの尻尾』のメンバーさ、一人エルフ族がいたけど、彼以外、全員重い空気だったよ」


 「エルフ族なのに、剣士だと言ってたな。名前は確か――」


 「セルゲィだな」


 「そうだ、セルゲィ・ヤノフスキだ。彼がどうかしたか?」


 「いや、セルゲィの話じゃなくて、セルゲィ以外のメンバーのことさ。他のメンバーたち、何とも言えず沈痛な雰囲気だったろ。中には湧き上がる怒りを隠しきれないやつもいた」


 「あぁ、いたな。一番身体のデカいやつだ。あれは演技ではなく、マジで怒ってたな。『義憤』ってやつかな?」


 「ハリチコって女なんて、怒りで震えてた。でもさ、セルゲィもそうだろうけど、俺たちエルフ族はちょっと違うんだよな。ゴブリンの苗床にされる女の境遇に対して、ほとんど心を動かされなかった。どうしてだと思う?」


 「そりゃ、女が人族だからだろ」


 「それもある。もしかしたら、女が金持ちの娘、ってこともあるかも知れない。やっかみ半分でね。でもさ、真実はそうじゃない気がするんだ」


 「何となく、お前が言いたいことは分かるぞ。つまり、あれだろ? 俺たちエルフ族は他人の境涯に共感できないか、あるいは共感しない種族だと――あ、おじさん、それ、一つちょうだい」


 「――俺も一つ下さい」


 小麦を練ったピタのようなものに、炒めた豆とひき肉、野菜が詰まった『ピグレック』というサンドイッチの一種を購入。

 値段は一つ30セラ(約300円)。


 「実はさ、俺、説明会の途中から、もしも被害者がエルフ族の女だったら、って思考実験をしてたんだ」


 「ほぅ。で、結果は?」


 「……多分、同じ感想を持ったと思う」


 『ピグレック』は一つ30セラにしては、なかなかのボリュームであった。それを、二人はあっという間に完食。

 ここは飲み物が欲しいところ。


 「被害者がエルフ族だったとしても、女の境涯に共感できず、ただの運の悪い被害者としてしか考えられないと」


 ラスカは指についた甘酸っぱいソースを舐めとりながら、ケイリィの思考実験に付き合う。


 「下手すると、『ゴブリンに(さら)われた間抜けな女』と蔑んでいたかも知れない。正直、改めて俺たちエルフ族は度し難い種族だと思ったよ。せめて、俺個人の狭量さの問題だと思いたいほどにね」


 「うむ。この際だから明かすが、正直なところ、俺も間抜けな連中だと思ってた。被害に遭った女に限らないぞ。親も護衛も全員が底抜けの間抜けだと。ははは」


 「いや、笑い事じゃないんだ、ラスカ。お前が夢見ている『国』ってさ――いや、『国』じゃなくても、もっと小さな共同体でも良いんだけど、それって、単なる『個』の集合じゃないと思うんだよ」


 話がややこしい方向に進みそうな雰囲気だが、ケイリィは話しながら鞄から銅のインゴットを取り出す。大きさは地球のスマホくらいのサイズ。


 「まぁ、そうだな」


 「組織ってのは、もっとこう、『個』と『個』が連帯するもんだろ。助け助けられる互助的なさ。そうじゃなきゃ、組織である意味がない。悲しいのは、俺らが特別なんじゃなくて、他のエルフ族も被害者に対して、同じような感想を抱くだろう、ってことなんだ」


 青い魔法陣が浮かぶと、銅インゴットが見る間にカップに変形。

 ケイリィは手馴れた様子で、召喚魔術でカップに水を満たす。最初の水はカップの表面を洗う為だ。

 手早くカップの(ふち)や内側を洗うと、次に自分が飲む分の水を召喚。ゴクリと一息に飲み干す。


 「それじゃぁ、駄目なんだろうな」


 ケイリィがカップをラスカに手渡すと、ラスカも同じように水を召喚し、カップ一杯の水をゴクリと飲み干した。

 

 「その結果が、今のエルフ族の体たらくと考えるなら、駄目に決まってるよ。内心はともかく、少なくとも外見上はごく自然に、同情出来るようにならなきゃ。最低限の『情』もないやつに、誰が付いていくもんか」


 ラスカたちはパン屋の前で立ち止まる。

 看板には『ヴァンデン・ナリス』とある。


 野営の定番メニューは黒パンと塩辛い干し肉。煮炊きする余裕があるなら、これに豆や小麦、さらに塩や胡椒などの調味料が加わる。

 今回は8人でゴブリンの巣を一つ潰すだけの、短期決戦。買うのは黒パンと干し肉のみ。

 

 『ヴァンデン・ナリス』は結構な繁盛店らしく、商品の回転が早い為、黒パンと言っても固くない。通いの店なので、慣れた様子で黒パンを2個購入。軽めの食事なら、黒パン一つで3~4食はもつ。


 「しかし、実際、どうすれば良いんだ? ポーズだけならすぐにでも出来るが、そういうことじゃないんだろ?」


 「分からない。でも、他人の献身を求めるなら、少なくとも、自分も何かに捧げないと駄目だ。他人を変えるには、自分がまず変わらなきゃね。それも分かりやすい形で」


 事実、ラスカたちは事ある毎に『献身』、『義憤』、『忍耐』、『勤勉』などといった、いわゆる人族にとって美徳とされるものを実践してきた。

 それは心の内から湧き出たものではなかったが、傍目には十分に好ましい性質を持ったルーキーとして映っていた。

 今回『フクロウの尻尾』に臨時クランに誘われたのは、魔術師としての腕を買われただけではない。二人のキャラクターも含めて、応援されているのだ。

 

 普段はおちゃらけた性格のラスカと、生真面目なケイリィ。

 だが、いざ仕事となると、湧き上がる感情を隠し、きっちりとこなす。

 二人は二人が想定している以上に、高く評価されていた。


 「つまり、『国』云々の前に、誰かを助けろってことだろ。小さなことからコツコツと。やってるじゃないか」


 「それを10年20年と続けるんだ。すると、ある日、エルフ族――に限らず、俺たちを見る目も変わるんじゃないかと」


 「壮大な計画だな。ははは」


 つまり、そういうことだ。

 コツコツと日常業務を続けながら経験を積み、大事が起きた時は自然と周囲に頼りにされるように『演出』していく。


 「壮大さ。しかも、続けたからと、周囲の者たちが変わってくれる保証なんてどこにもない。だけどそれが結局、最短コースだと思うんだ」

 

 乾物屋に着くと、ケイリィは少し考えた挙句、干し肉――ではなく、ステップボアのハムを多めに購入することにした。


 「?」


 「ん、あぁ、余ったと言って、『フクロウ』の連中に配ろうと思ってね」


 「そか。まぁ、最短コースかどうかは分からんけど、やらないよりはマシだ。前に進んでいる感覚はあるから。人族ってさ、誰かの悲劇は、自分の悲劇と考えるんだろうな。喜びも同じように」


 「そう、それだ。人族の場合、それが実に自然なんだよ。あれはさ、多分、種族特性もあるんだろうけど、経験があるんだよ、彼ら自身に」


 「つまり、誰かに助けられたり、救われたりの経験があると」


 『人は誰かに優しくされることで、人に優しくなれる』

 それは、下手をすると、あらゆる行動原理の基になることすらある。

 ラスカたちは人族の本質に気付いていた。

 

 人族の本質が『恐怖』や『不安』に根ざしたものだということに。


 「例えば、エルフ族の集落で、魔物の大暴走(スタンピード)が起きたとする。エルフ族はどうすると思う?」


 「ははは。そりゃ、決まってる。自分の手に負えない大群だったら、土地を捨てて逃げの一手だ。でも、人族は違うんだろうな」


 現在の二人の議論は、二人にとって真新しいものではない。既に結論が出ている問題だ。言ってみれば、確認の名を借りた、馴れ合いや暇潰しの類である。


 「うん。多分、違う。彼らは逃げない可能性が高い。なぜなら、他の誰かが助けに来てくれると信じているからだ」


 「言えてるな。周囲に家屋の少ない百姓はともかく、少なくとも貴族は逃げないだろうな」


 『連帯』は大きな力だが、『恐怖』や『不安』の裏返しでもある。

 未来は誰にも分からないのだから、普段から準備しておくのだ。


 「逃げなかった積み重ねが、彼らが治める広大な領地なわけだからね。何か起きた時に逃げる、というのは賢いやり方さ。でも、それは今まで積み重ねたものを『捨てる』ということでもあると思う」


 「何か起きた時に、『捨てる』という認識があれば、土地でも仕事でも――子孫や、信用でさえ、懸命に育もうとは思わないかもな」


 「もし、ラスカが本気で『国』を夢見るなら、どこまでも人族の真似をするしかない。歴史上、『国』を作れるのは人族だけなんだから。それが出来るか?」


 何度も繰り返した質問だ。


 ケイリィとしても、ラスカの夢に青春を捧げるのだ。

 矢折れ刀尽きた八方塞がりの挫折なら仕方ないにしても、途中でケツをまくって逃げられては困るのだ。


 「……やるしかないんだろうな。じゃなきゃ、間違いなく、エルフ族は絶滅する。何とも雲を掴むような話ではあるが」


 「ラスカの望みは、もともとそういうモノだったろ」


 くすくすとケイリィが笑う。

 ケイリィのその通り、ラスカの夢は雲を掴むような話だ。


 「エルフ族は魔術が得意だ。積み重ねがものを言う技術だからな。寿命が長いエルフ族にはもってこいだ。それと同じように、本来、『信用』を積み重ねることも得意なはずなんだ」


 「ラスカはこれから信用を積み重ねていかなくちゃならない。その過程が、そのまま建国の歴史になるんだからね。口八丁だけじゃ人は動かせないよ」


 日々の積み重ねが「建国の歴史」だと、ラスカはもとより、ケイリィも本気で信じている。

 逆に、もし、信用を積み重ねられなかったら、エルフ族の長い寿命は、むしろマイナスになる。ピンチになれば逃げ回り、人族の何倍も長生きするような者を、人族は絶対に信用しない。


 「有限実行を積み重ねながら、不言実行も適度に織り交ぜる。もちろん、不言実行の分は事後、ケイリィに派手に宣伝してもらう」


 「会計担当に、広報まで俺が担当するのか?」


 「副官というのはそういうもんだ。嫌なら、早いとこ仕事を丸投げ出来る部下を探すんだな。ははは」


 「手数料の100セラ銀貨を立て替えてもらっただけなのに、酷い扱いだ。まぁ、身近な仲間を増やしていくのは最初の一歩としては悪くない。仲間に信用されない者が、領民に信用されるわけがないからね」


 「差し当たっては、今回の『ゴブリンの巣の討伐』はその試金石だな」


 「だね。間抜けな被害者に対して、どれだけ共感できるか。もしも、共感出来ない、あるいは、共感していないように周りから見られるようなら、土台話にならない、ってことだね」


 「そういうこったな」


 どこかズレているが、二人は大真面目だ。

 

 東門が見えてきた。

 東門にはすでに『フクロウの尻尾』のメンバーが集まっていた。

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