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 第5話 「フクロウの尻尾」

 ラスカとケイリィが冒険者ギルドの会員になって、2ヶ月が過ぎた。

 その間、二人は金を貯める為にコツコツと働き、約30km離れたキエベより更に離れた自宅とギルドを往復した。

 

 毎日の往復の道程は過酷であったが、『強化』の鍛錬と割り切っていた。

 二人は魔術師であったが、だからこそ、基礎体力の重要性も理解していたのだ。

 いつ何時、その体力が必要とされるかわからないのだから。


 四月に入ってからは、雪かき関係の仕事はほとんどない。

 その分、短い春と夏に済まさなければならない、道路補修や建物補修などの土木関係の依頼が増えてくる。

 また、長い冬の間に消費した食糧の備蓄なども重要な案件となってくる。

 それは農作業の補助だけではない。

 土木関係、農作業関係の依頼と共に、魔物討伐系の依頼が増えてくるのだ。


 二人は慎重であった。

 大胆不敵に王道を歩むには、「斑ウサギ」よりも慎重でなくてはならないと信じ、また、実行していた。

 もっとも、北大陸では、斑ウサギよりも、白ウサギや白テンの上位種の方が遥かに狩るのは難しいのだが。


 「おっ! ケイリィ、見ろ! ゴブリン討伐の依頼があるぞ!」


 「良く見なよ。D級以上だよ、それ」


 「マジだ。何でだ!?」


 ゴブリン討伐は規模にもよるが、普通はF級以上の案件となる。

 ラスカたち『神聖シンバ皇国』は未だG級パーティーなので、一つ上のF級案件ならまだしも、D級案件は受注不可である。


 「わからないよ。『委細面談の上』って書いてあるね。訳アリ案件なんだろ。報酬も高すぎる。それよりも、これ、どういうことなんだろう……」


 『5月1日より、依頼票記載の報酬は税引き後表示とする』


 「書いてある通りだろ。ギルド手数料の10%は、元々、抜いてあったんだから、5月から15%の税金も同じようにするってことだと思うぞ」


 勘違いである。

 ギルド手数料は正確には「仲介手数料」であり、支払うのは依頼主。

 報酬から抜いているのではなく、報酬とは別に、10%を依頼主が(・・・・)支払っている。

 冒険者ギルド会員が源泉徴収される税金は合計で報酬の15%。

 内訳は5%のモスキエフ大公国税、5%のハバストロク領主税、5%の教会税、合わせて15%となる。


 「いや、そうじゃなくて、税引き後表示に変更することに、何の意味があるのかなと思ってさ」


 「『神聖シンバ皇国』の財務官としては、やっぱ気になるかね」


 ただのG級パーティー内での会計係である。

 それもメンバーはたった二人。


 「財務官はともかく、気になるよ。結構、大掛かりになると思うし」


 冒険者ギルド機構は、いわゆる互助組合であり、世界的規模を誇る巨大組織だ。税金の徴収方法が変わるのなら、ハバストロク支部単独ではありえない。

 最低でもモスキエフ大公国、普通に考えれば、世界(アラト)中の支部で同時に変更になるはずだ。


 「普通に考えて、冒険者ギルドの一存じゃねーだろうな。何しろ、大公国税、領主税、教会税と、三つが被ってるからな。周到な準備があったと思うぞ」


 「冒険者ギルドが中抜きしない、って前提なら、窓口業務を効率化する為なんだろうけど、俺たちにとっては、不透明な部分が出来るよね」


 ケイリィとしては、わざわざ中抜きの疑いがかかるやり方に変える意味が分からないのだろう。

 しかし、公平に見て、今回の決定は窓口業務の簡素化、効率化が目的だろう。

 今までの徴収方法だと、ギルド会員側としても、依頼達成時に受け取る報酬は、依頼票にある報酬より税金分減額されるわけで、何となく目減りするような感覚は拭えない。


 しかし、一方で、「納税している感」はある。


 「納税」はある意味、社会に参画している実感を最も身近に感じられる義務の一つだが、それが失われる――あるいは薄められることが、長い目でどういう結果をもたらすかまでは、ケイリィやラスカには予想が付かない。


 ケイリィは過去にテストケースがあったか否かを考えたが、残念ながらそこまでの知識はなかった。


 「まぁ、低ランク冒険者は依頼主に会う案件がほとんどだから、依頼主にその場で報酬を確認すれば一発だ。中抜きしてればすぐにバレる――ってことは、単なる効率化か。冒険者ギルドと教会が対立すれば面白いんだけどな」


 「そこの新人二人っ! 依頼を受けるんなら、とっとと依頼票はがして、持ってきな! ガキが偉そうにくっちゃべってんじゃないよ!」


 受付嬢のルミエルが大声を出す。

 随分と長いこと二人の会話を聞いていたが、いくらか彼女の興味を惹く部分もあったのだろう。

 

 「……老いとは、若さに嫉妬することである。歳を重ねることが成長ならば、何故、かくも未熟な若者を(ねた)ましく思うのか。それとも成長とは、喜ばざる変化のことなのか」


 両手を広げ、まるで劇を演ずるように振舞うラスカ。

 ギルドの受付嬢の額にピキリと青筋が浮かぶ。


 ルミエルは何年も前から29歳から歳を取らない、年齢だけ(・・)が謎の女であった。

 女性にとって、20代と30代ではそこまで心理的に違うのか、男には永遠の謎である。


 「いっぺん、ぶっ殺すよ」


 ケイリィが噴出す。


 「おや、ルミエルさん、おはよう。今日はいつもより肌の張りが良いみたいだね。今日の依頼はこれにするよ」


 「(スルーした!?)」


 ケイリィは笑いをこらえながらも、ラスカの意図が分からない。

 ラスカはおちゃらけた部分はあるが、意味も無く人をからかったりはしない。


「お前らのパーティーはG級だったよな。俺たちはこのゴブリン討伐を受けたいんだが、臨時で手伝う気はねぇか?」


 ラスカが剥がした依頼票を窓口に出そうとした瞬間、近付いてきた男が話しかける。


 「え? 俺たちですか?」


 「(なるほど、そういうことか)」


 白々しいラスカの態度に、ケイリィは納得した。

 ラスカたちG級パーティー『神聖シンバ皇国』はここ二ヶ月間、魔術がメインの依頼ばかりを受けてきた。雪かき関係が主であったが、一刻を争うように、短時間での依頼達成を目指した。


 「訳アリ案件だ。俺たち『フクロウの尻尾』は後衛が薄い。使える魔術師を探しているんだ。手伝ってくれると助かる」


 時間的にギルドと自宅の往復が大変だったことも理由ではあったが、それにしても、依頼の達成速度、達成件数共に、ここハバストロク支部においては、二人は他会員が注目するに値する結果を出し続けていたのだ。


 腕の良い魔術師は、どこのパーティーも喉から手が出るほど欲しい人材である。しかも、どこのクランにも属していない二人組とあっては、『フクロウの尻尾』でなくとも、興味を惹く対象だろう。


 季節は春。


 「(そろそろ、一段階上のステージに上がろうってことか)」


 冒険者ギルドでは、G級~C級までと、B級~S級までとは、C級を境に明確に区別される。

 昇級と降級の条件が違うのだ。


 B級~S級は達成件数制だが、G級~C級まではポイント制である。依頼ごとにポイントが設定されており、一定ポイントに達すれば、昇級する。


 G級~C級までは、通常、規約違反などによって、ペナルティ的に降級することはあるが、依頼未達によって降級することはない。ただし、未達が多いと、ギルド権限で供託金が最大50%にまで増える。

供託金とは依頼受付時にギルドに預け、未達の場合、没収される金である。もちろん、達成時には戻ってくる。

 また、G級~C級は依頼主からの特別な指定を除けば、原則、ギルド側からの指名依頼もない。


 ポイントは人数均等割である。

 つまり、500ポイントの依頼を、10人のクランで達成した場合、リーダーであろうと、下っ端であろうと、一人につき50ポイントが与えられる。


 ちなみに、リーダーがC級で、その他がD級以下の場合、リーダーのみ、達成件数が加算され、D級以下の者には均等割したギルドポイントが加算される。

 また、ポイント詐欺――というよりも、階級を上げるためだけにパーティーやクランを利用する不届き者は、ギルド権限による立会人随伴の指名依頼で、ペナルティを食らうことになる。

 ギルドは互助組合でもあるので、実力不足の者をインチキ紛いのやり方で昇級させることは、他会員を危険に晒す行為として、重大な規約違反になるのだ。


 もっとも、ケイリィが内心呟いた「一段階上のステージ」とは階級のことではなく、もっと大きな意味ではあるが。



 二人の前にいる男の名はジム・ハント。

 D級パーティー『フクロウの尻尾』の斥候(スカウト)である。

 身長は180cmほど。

 歳は30歳くらいだろうか。

 鋭い目付きは注意深い性質の表れだろう。

 個人としてのランクも同じくD級。


 「詳しい話を聞かせてください」


 如才なくケイリィが引き継ぐ。

 ジム・ハントは掲示板のゴブリン討伐の依頼票をはがすと、二人を喫茶店に案内する。


 「まずは初めまして、かな。『フクロウの尻尾』の斥候、ジム・ハントだ。よろしく――と言っても、顔は何度も合わせているか」


 小さな町の冒険者ギルドである。

 熱心な冒険者なら、ほぼ毎日ギルドに顔を出す。会話を交わさなくとも、顔馴染みにはなって当然である。


 「ですね。ただ、話すのは初めてですから、こちらこそよろしくお願いします。俺がケイリィで、こっちがラスカです。依頼を受けるか否かについては話を聞いてからですね」


 ケイリィはニコリと笑ってハーブティーを口に含む。


 「ガキのくせに、しっかりしてやがる」


 「おお、ここにも未熟な若者を(ねた)ましく思う古き者が――

 

 再びラスカがおどける。


 「わーったよ、『歳に似合わず、しっかりしている』。言い直したぞ。これで良いか?」


 ジムはハーブを入れないストレートティーが好みのようだ。


 「で、早速だがこの案件には『委細面談』とあるよな。ようは、訳アリってことだ。ウチのパーティーで既に面談済みだ。これから話すことは別に隠すことでもないんだが、ペラペラ広めるのは止めて欲しい」


 依頼票に『委細面談』とある場合、最初の大まかな概要の説明があり、受付票を発行した時点で、もう一度詳しい説明がある。

 つまり、ジムはまだ「詳しい説明」については聞いていないのだ。


 「「もちろんですよ」」


 パーティー同士が組む場合、ギルドの書類上では、臨時の「クラン」という扱いになる。パーティーのままでは、G級パーティーである『神聖シンバ皇国』はD級案件である今回の「ゴブリン討伐」を受けられない。


 そこで、臨時のクランを組むのだ。

 クランはパーティーと違って、代表者の階級がクランの階級である。ようは今回の場合、『フクロウの尻尾』のリーダー、ロン・サントスのランクはC級なので、C級クランになるわけだ。


 臨時クランの登録を済ませば、二人がD級案件である「ゴブリンの巣の討伐」を受けるのに、何の問題もない。



 ◆「ゴブリンの巣の討伐」

 ・依頼主:ケイラン商会

 ・場所:エルグレン村(別紙略地図)

 ・指定ランク:D

 ・ギルド貢献ポイント:450ポイント

 ・報酬:45万セラ

 ・期限あり:受付票発行から3日間

 ※1、巣は洞窟タイプで、群れの推定規模は20頭前後。

 ※2、素材や拾得物は全て達成者のものとする。

 ※3、供託金は過去の実績に関係なく、50%とする。

 ※4、業務上知り得た情報は口外無用。

 ▼委細面談の上、応相談。



 『フクロウの尻尾』の斥候ジムは依頼の概要を二人に説明した。

 時折、言葉に詰まりつつも、搾り出すように。


 ケイラン商会・モスキエフ大公国支店を任されているブッハルト・ケイランの商隊がゴブリンの群れに襲われた。

 土砂崩れの影響で、街道が塞がって立ち往生していたところをゴブリンの群れに襲われたのだ。護衛は二人付いていたが、一人は足を怪我して、実質、一人の護衛がゴブリンの群れを相手にすることになった。

 運悪く、馬車にはブッハルト・ケイランの一人娘が同乗していた。ブッハルトたち数人は生き延びたが、残念ながら一人娘は行方不明となってしまった。


 依頼の内容は「ゴブリンの巣の討伐」だが、ケイラン商会にとって、どこにでも湧いて出てくるゴブリンの巣になど興味はない。


 「さらわれた一人娘を、一日も早く殺して欲しい」


 というのが、本当の依頼である。


 一人娘がゴブリンの子を産む前に。


 だからこそ、20頭程度の規模の「ゴブリンの巣の討伐」で45万セラ(約450万円)の報酬なのだ。


 ゴブリンには種族特性スキル『他胎』があり、人族の女相手でも妊娠させることが出来る。生まれてくるのは種を付けたゴブリンのクローンだが、ゴブリンに比べて人族の方が体格も大きいからか、双子以上を妊娠することが多い。その為、ゴブリンは好んで人族の女を襲うのだ。


 女は舌でも噛み切って自殺なり何なり出来そうなものだが、スキルの影響か、抵抗する前に心が壊れるのだ。


 ゴブリン討伐が比較的低位の冒険者の収入源と考えられている一方で、ゴブリンの「巣の討伐」が忌み嫌われるのは、巣には苗床となった女がいる可能性があるからだ。


 通常、心が壊れた苗床の女を殺すことも依頼の内となる。

 それはギルド会員の暗黙のルールである。

 今回もその例に漏れない。


 すなわち、ゴブリンの討伐がメインではない。


 『苗床となった女を必ず殺せ』


 今回の依頼はそういう依頼である。

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