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 第4話 「100セラ銀貨と五大国」

 ラスカとケイリィは本日の依頼を完了し、現在はギルド併設の喫茶店で一服ついていた。


 初依頼は屋根に積もった雪下ろしの依頼を二件と、さらに、約6m×約200m区間の道路の除雪。

 合わせて三件を午後1時前には達成。

 報酬は雪下ろしが500セラ×2、高級住宅地の道路の除雪が2000セラ。

 三件とも除雪関連の依頼だが、2月の終わりとあっては、報酬もピーク時の半額ほどだ。それでも、天気の様子を見ながら、ちょくちょく依頼が入る。

 

 G級で、しかも会員になって初の依頼であることを考えれば、二人で3000セラ(約30000円)はまぁまぁの稼ぎと言ったところだろう。

 ギルド手数料は10%だが、報酬は手数料込みの値段なので関係なし。源泉で15%の税金を引かれる。

 税金の内訳は5%が大公国税(国税)、5%がハバストロク領主税(地方税)、5%が教会税で合計15%。


 地方税は名目上、「領主税」となっているが、ハバストロク領主と言っても、「大災害」以前のような、辺境伯が世襲で治めているわけではなく、大公を長とするモスキエフ中央政府の合議によって派遣された領主(地方長官)が治めている。

 いわゆる、立憲君主制である。


 いずれにしても、二人の手元には2550セラ(約25500円)が残った。

 もっとも、午前中でこれだけの仕事量というのは、二人が優秀だからだ。

 屋根の雪下ろしなど、二件合わせて1時間も掛かっていない。依頼と依頼の間の移動時間の方が余程時間が掛かっている。


 それもこれも、二人が「魔術師」だからだ。


 除雪作業は、魔術師の独壇場だ。

 特に屋根の上などの高所での除雪作業は重労働なだけでなく、危険である。滑って落ちれば大怪我。また、落ちなくても、お金をケチって、素人仕事で屋根を踏み抜いたりすれば、泣くに泣けない。

 だからこそ、依頼主は別名「便利屋」である冒険者ギルドに依頼するのだ。

 

 だが、そんな面倒な作業も、魔術師さえいれば除雪は実に簡単な仕事へと変貌する。

 溶かすか、移動させるだけで良いのだから。

 服が汚れる心配もないし、魔物に襲われる恐れもない。

 しかも、二人の魔術はC級レベルである。

 三件とは言え、ただの除雪作業程度、朝飯前は言い過ぎにしても、昼飯前に終わらせたとしても、何ら不思議はないのだ。


 喫茶店でハーブを大量に入れた紅茶を一口飲んだ後、ケイリィが切り出す。


 「今日の報酬は2550セラ。1/3の850セラはパーティーのギルド口座にプールしておくよ。これはラスカの取り分、850セラな」


 「次に受ける依頼は850の半分、供託金が425セラ以下の依頼になるわけだな」


 パーティーの会計担当はケイリィが務めることになったらしい。


 供託金は依頼未達の場合、ペナルティとして没収される金である。達成報酬の5%にあたり、依頼を受ける時に、供託金を払えないと、依頼自体を受けられない。採集などの「常時依頼」や、人探しなどの「期限なし依頼」を除けば、基本的には供託金が必要である。

 

 「そういうことだね」


 もちろん、ディーマンモスなどの狩猟調整がなされている魔物を除けば、ギルドを通さなくても討伐は自由だ。肉や素材を卸せば、金にはなる。だが、「討伐報酬」や「達成報酬」は出ない。

 

 ラスカたちG級パーティー『神聖シンバ皇国』のルールとして、供託金がプールされている金額の半分までの依頼しか受けないと決めた。

 先を急ぐあまり、怪我などで逆に遠回りしては意味が無いと、ケイリィが提案したのだ。


 つまり、今回の達成報酬からギルド口座に850セラ入れたので、その半分の425セラ。これが次回、依頼を受ける時の供託金の限界となる。具体的には、報酬8500セラ(約85000円)以下の依頼しか受けないということだ。

 公平に見て、悪いルールではないだろう。


 ルールには目的だけでなく、思想、哲学が必要だが、このルールにはそれがある。


 「で、俺の取り分もラスカと同じ850セラだけど――、はい、入会手数料の立替え分を返しておくよ」


 「おう。それより、『マルス』の連中、昨日のうちにモスキアに発ったらしい。さっき、受付の女に聞いた。俺たちもギルド口座に10万セラ貯まったら、すぐにモスキアに発つぞ」


 10万セラは、日本円で約100万円くらいか。

 ラスカはケイリィから100セラ銀貨を受け取ると、懐に仕舞おうとして、止めた。


 「昨日、ギルドに来たのは、依頼の完了報告だけじゃなく、拠点移動の挨拶がてらだったんだな」


 ケイリィは我が友ラスカを鮮やかに手玉に取った『マルスの灯火』のアタッカー、スヴェンの顔を思い出す。


 「どうりで、気安いと思ったよ。ただ、チラッと聞いた話じゃ、モスキアに移動すると言っても、拠点に借りた家はただの物置らしい」


 「どういうことだ?」


 「拠点としてギルドには登録するが、あくまでも活動するのは別の場所、ってことさ。もちろん、6人でそれぞれ宿を借りる可能性はあるけど金の無駄だろ。モスキアを拠点にするなら、寝る場所くらいは確保したいはずだ」


 「なるほどね。でも、モスキア支部よりも便利なとこだと、国外になるぞ。国外なら、物置すら不要のはずだ」


 ケイリィは『マルスの灯火』の行動に疑問を抱いたが、だからと言って直接尋ねるわけにも行かない。

 ケイリィもラスカも、冒険者の慣習などを知らなすぎて、考えても答えは出ない。


 「まぁ、俺たちがここで言い合っても意味がないか」


 そう言って、ラスカは手元の100セラ銀貨をテーブルの上に立てる。

 そして、一度指で弾いた後、風魔術でクルクルと回す。



 「この100セラ銀貨だけどさぁ……」


 「下手な私鋳銭(しちゅうせん)でも握らされたか?」


 私鋳銭とは、贋金(にせがね)のこと。

 贋金には大きく二種類ある。

 

 (1)額面の金額(銀貨の場合なら100セラ)よりも安い原価で原材料を調達出来る場合に成立する、発行元が違うだけの、実質、同価値の貨幣。

 

 (2)貴金属の含有量が減らされている、価値が低い悪貨。


 ケイリィが指摘したのは、(2)だ。

 含有量が少ないだけでなく、同じ鋳型で鋳造を繰り返すことで、鋳型が傷み、硬貨に描かれた刻印や裏の肖像がぼやけているものを指す。

 当たり前だが、通貨偽造は犯罪である。通貨「セラ」の偽造は、一族郎党関係者全て処刑。例外はない。


 「この銀貨の裏の女、誰だか知ってるか?」


 ラスカの手元にあるのは銀貨だが、金貨も銅貨も「セラ」と名の付く硬貨は、意匠は違っても、裏に描かれているのは全て同じ人物である。


 「セーラだろ。通貨単位になってるじゃないか」


 「誰でも知ってるよな。アーイル・コーカの正妻だ」


 アーイル・コーカは約1800年前にエドラ正教会を設立し、エドラ教皇国を建国した初代教皇である。

 妻の名がセーラ。

 姓は伝わっていない。

 コーカが各地を巡る旅の途中で知り合ったとされている。


 「セーラが早死にしたから、悲しんだコーカが通貨の裏にセーラの肖像を残したんだ」


 「うむ」


 銀貨はクルクルと回り続けている。


 「セーラがどうかしたか?」


 「いや、何でモスキエフ大公国に住む俺たちがエドラ教皇国ゆかりの人物の肖像が入った銀貨を使わなきゃならないのかなと」


 ラスカの表情は特に変わらない。


 「多分、皆が疑問に思ってるし、不満に思ってるよ。アキバ帝国を始めとした、ウスト大陸の国々を除けば、ほとんどの国が『セラ』を通貨単位に使ってる」


 ケイリィはラスカの言いたいことが何となく理解出来たが、あえてスルーし、話を繋げる。


 「ウスト大陸はちょっと特別だからな。『ブロック経済圏』だっけか。アキバの建国王に関しちゃ、何というか、彼が存命中に施行した政策の数々は、知れば知るほど戦慄せざるを得ない」


 「そういやラスカは一時期、ユウキ関連の本にハマってたな。『流人』ってのは、どれくらい有能なんだろうね」


 曽祖父キェト・ヴォロノフが残した大量の蔵書が、ラスカの家にはあり、その中に、数冊の「アキバ帝国」に関する本があった。

 キェトはモスキエフ大公国で要人を勤めたこともある人物なので、在職中、参考にしたこともあったのかも知れない。

 祖父リィフ・ヴォロノフの影響もあり、ラスカは幼少時より蔵書も含めて、大いに薫陶を受けた。


 「想像を絶するよ。ユウキが生きたのは1000年前だぞ。それが今でも『ブロック経済圏』のお陰で、エドラ教皇国を始めとした、五大国の影響をほとんど受けてないらしいからな」


 「『1000年帝国』ね。有能すぎて、伝記を読んだ人のほぼ100%が『あり得ない』って感想を漏らすらしいね。くふふふ。ただ、『アキバ系』もそろそろ怪しい気がするけどな」


 「アキバ系」とはアキバ帝国を始めとする、ウスト大陸の国々を指す言葉である。

 初代皇帝ユウキ・オカが好んで使ったとされる。

 

 ウスト大陸は中央大陸から見ると南西、マレ大陸の西、西王平原の南に位置し、大小およそ30の国が存在する。

 頻繁に――とまでは行かないまでも、国際的な会議や庶民レベルでの交流も盛んであり、経済的にも、文化的にも、他の大陸と比べて遥かに豊かである。

 

 種族差別も少なく(国によっては種族差別自体が存在しない)、獣人族の間では、「困った時はウストに行け」という言葉があるほどだ。

 これも初代皇帝ユウキの影響とされる。

 

 ユウキ・オカは筆まめで、彼の書いた日記が『ユウキ・オカ全集』として出版されているが、差別はおろか、獣人族を始めとした他種族と遊んだ話しか書かれておらず、当時の楽し気な様子を知ることが出来る。

 この為、ウスト大陸では、種族差別をする者は「ユウキ・オカの思想から遠い者」とされ、むしろ(さげす)まれる傾向すらある。


 「『冷戦論』か」


 一方、エドラ教皇国を始めとした五大国には差別が存在する。制度面などで表立って差別されることはないが、少なくとも、人族以外の種族が、時々、「何となく嫌な気分だ」と感じる程度には、差別が存在する。

 エドラ正教は、人族による、人族の為の神話を持った宗教なので、仕方のないことかも知れない。


 「冷戦論」とは、「アキバ系」陣営と五大国連合の間の戦略的、経済的な争いを指す。

 

 「エドラの教会も結構建ってるらしいが、赤字続きで、ウストに派遣される司教たちは、教会の修繕やら何やらで、建築系のスキルを取得してしまうやつが多いらしいね」


 「はははは。そりゃ、あれだ、『教会税』を認める国が一つもないんだから、仕方がない。司教が大っぴらに働くわけにも行かないから、自分たちで出来ることは何でもやる、って感じなんだろ」


 「赴任期間が過ぎると、太った司教は締まって帰ってくるし、痩せた司教は筋肉で厚みを増した身体で帰ってくるらしいよ」


 らしい、らしいと、二人はどこかで見たり聞いたりした情報を出し合い、大笑いする。

 

 ちなみに、通信技術や情報文化が発達していないアラトにおいて、噂話のレベルであろうと、15歳の少年たちがこれだけの情報を有しているのは稀である。

 

 知識や情報は、知りたいと願う者たちにのみ、入ってくるものなのだ。

 例え、それが与太話の類であっても、知りたいと思わない者の耳には入ってこない。


 「こいつの話に戻るが――ウスト大陸では、各国が通貨発行権を持ってるんだ。『セラ硬貨』の場合、金銀胴の含有量は五大国が厳格に定めているだろ。通貨発行権とは、通貨を発行する権利だけど、具体的には、硬貨に含まれる金銀胴の含有量を決められることだ。通常、それは国の主権に相当する」


 だからウスト大陸では、それぞれの国が自分たちの通貨を発行している。つまり、国家主権の概念が存在するのだ。

 アキバ帝国を始めとしたウスト大陸に『セラ硬貨』も『教会税』もないのは、それが主権侵害だからである。


 「アキバは『エン』だもんな。でも、五大国の場合、当然じゃないか? だって、五大国が輸出する魔石の代金が、金の含有量の少ない金貨だったら、下手すりゃ戦争になるぞ」


 『セラ硬貨』も『教会税』もない代わりに、ウスト大陸には、始祖大陸産の魔石もない。

 どうしても魔石を輸入したい場合、第三国を通して輸入するのが通例だ。


 「そうさ。戦争になる。戦争になりたくないから、五大国に言われた通りの含有量の通貨を作っている。その硬貨に使われる金銀胴が、その国で掘られたものであっても、だ」


 「おかしいと言えばおかしいけど、共通の通貨を使えるのは、便利だとも言えるんじゃないか? 特に、魔石の取引に際しては、決済通貨としての『セラ』は有意だ。『アキバ系』は五大国と魔石の取引がないから、その必要がないだけだと思うよ」


 ウスト大陸での貿易における決済通貨は『エン』である。

 その為、アキバ帝国が発行している『エン』を流通通貨にしている国も数カ国存在する。

 外貨準備が十分でない国や小国にとっては、通貨発行に関するコストを考えた場合、自国発行よりも安上がりだからだ。


 つまり、通貨に関する状況は、実はラスカが思うほど両者に違いはない。


 「含有量だけではなく、デザインの指定まである。含有量が全く同じなら、どんなデザインだって良いんじゃないか? 何で『セーラ』の肖像が描かれた硬貨を使わなきゃならない?」


 坊主憎けりゃ何とかまで、の域まで行きそうな雰囲気である。

 公平に見れば、コストを考えた場合、『セラ』を使う方が楽だし、安い。どの道、通貨を発行するのなら、決済にも使える通貨を作った方が良いに決まっている。


 だが、図らずも、ラスカは行動心理の深奥に迫りつつあった。

 すなわち、五大国の影響下にある国々において、人族に比べ、獣人族やエルフ族が押しなべて貧しい理由の一つに。


 セラ硬貨は通貨であると同時に、エドラ正教徒にとっては、偶像でもあるのだ。

 硬貨自体が信仰の対象なのだ。

 一方、エルフ族や獣人族の中にエドラ正教徒は少ない。

 むしろ、エドラ正教を毛嫌いすらしている。

 それが、必死で金を稼いで、やっと手にした硬貨を見ると、そこには、エドラ正教初代教皇の妻が描かれているのだ。

 金貨や銀貨を見るたびに、「セーラ」の肖像を見ることになるのである。


 何と無く、嫌な気分になるのではないか。


 「結局、五大国と事を構える気がないからさ。戦争になりたくないから言われた通りにしているんだ。その結果、五大国以外の国にとって、良い事があったかどうか、俺は甚だ疑問だね」


 「ないな。便利だというだけだ。つか、そもそも金銀胴の含有量を好きに決められたら、何の得があるんだ?」


 「戦争が出来るんだよ」


 話が飛躍しすぎて、ケイリィの理解が追いつかない。

 では、戦争をしたくなければ、同じ通貨を使えば良いということだろうか?


 「どういうことだ?」


 「国が国民に借金をすることが出来る」


 「すまん、やっぱ、わからん」

 

 ケイリィは現在、ラスカの言わんとするところが、良く分からない。

 だが、ケイリィはラスカが時々使うこの論法が好きであった。

 ラスカは質問に対して、意識的か無意識的か、少しだけ飛躍した(ように感じる)答えを示す時がある。

 会話のターンを一回分飛ばすような感じか。

 すると、会話が階層的になり、ケイリィは集中力が増すように感じるのだ。


 「つまりさ、戦争には金が必要だろ」


 「うむ」


 「でも、金がない時はどうすりゃ良いんだ? もちろん、戦争をしない、という選択肢もあるが、どうしても引けない状況はあるだろ」


 さすがに、ここまでお膳立てをされれば、ケイリィにもラスカの言いたいことが理解できた。


 「国に金がない時に、含有量を減らして、実質、国民に借金して戦争をするわけか」


 「俺もそれほど経済に詳しいわけじゃないが、大まかにはその通りだ。通貨供給量が増えれば、景気対策にもなる」


 「けど、通貨の価値が下がれば、例えば、同じパンを買うにしても、同じ銀貨1枚で買えるパンの量は減るんじゃないか?」


 異世界の量的緩和論、異世界のインフレ政策、といったところか。


 「だな。当然、俺たち庶民にとってはメリットとデメリットがある。だが、それも経済政策だろ。俺が言いたいのは、通貨発行権は、ある意味、国の特権だということさ」


 「ようは、現状、その特権が、なぜか五大国のみにあると」


 通貨の含有量を決めているのは五大国である。

 しかも、五大国は決めている(・・・・・)のであって、含有量は永遠不変なわけではない。

 五大国には切り札があるのに、他の国にはないのだ。


 「全ては始祖大陸産の魔石の成せるわざだな。簡単に言うと、五大国は各国に魔石を供給することで、世界の経済基盤を支え、実質的な経済的支配を可能としているんだ。しかも、通貨の貴金属含有量を厳格に指定することで、その国が取れる経済対策の機会を奪ってる」


 「庶民にとっては、戦争が減るし、悪貨が良貨を駆逐する心配がないから、万々歳と」


 通貨発行権がないと、戦争は減るが、当然ながら、大規模公共事業なども出来ない。

 金山銀山がない国にとっては、経済活動そのものが限定されるのだ。

 すると、外貨獲得が全てとなる。


 さて、資源がない国にとって、外貨獲得が一番手っ取り早いのは何か。


 奴隷の輸出である。


 資源のない国にとって、人族中心のエドラ正教はまことに都合が良かったと言わざるを得ない。

 貧しい獣人族やエルフ族を奴隷として輸出すれば良いのだから、同族である人族を奴隷として輸出するよりも良心の呵責が少ない。


 「そういうことだ。現在、ウスト大陸以外の国々は、実質、経済植民地だ。それぞれ、帝国だ、王国だ、公国だと名乗ってはいるが、実際のところ、もはや国ではなく、かつて『国』であった何かに過ぎない」


 「五大国って凄い――と同時に、アキバ帝国の凄さが、より際立ってくるな」


 「その通りだ。ウスト大陸にはウスト大陸の問題もあるだろうが、少なくともそれは五大国がもたらす問題とは違う。アキバ帝国のは彼ら自身が、彼ら自身の責任でもって、もたらした問題さ。それを解決するのも、解決出来ないのも彼ら自身」


 「……俺たちはその植民地で働く奴隷か」


 実際に奴隷である。

 労働の対価は金なのだから。

 その金を作っているのは五大国だ。


 「それもこれも、『戦争』をしないという、ある意味、至極当然のように思われる選択が招いたことだと思うぜ。ようは、戦争をしたら自国が滅びる、という妄想が元凶だ。賢い選択をしたつもりが、実際のところ、既に滅びているという皮肉だよ」


 「確かに、戦争をしない、という大前提に立つなら、教会と魔石で、思想と経済を押えられているんだから、今後も国体を維持出来るとは思えんな。既に滅びているかどうかは別にして」


 思想も経済も人族が掌握してしまえば、他の種族に生きる場所はないだろう。

 人族以外は、いずれ絶滅するしかない。

 現在はその過程にあえるのだろうか。


 「では、戦争をしない、という大前提を決めているのは誰だ?」


 「誰だって戦争で死にたくはないんだから、一見、大多数の平民が決めているような気もするけど違う。いざ、戦争になったら、平民は戦争に行くしかないからね。平民に決定権はない。決めているのは貴族や王族などの要人だ」


 「半分正解だ――と思う。というのも、俺にも確信が持てない。決めているのは国の要人たちだが、もっとぼんやりとしたものな気がする」


 「ぼんやりとしたもの?」


 ラスカが会話に集中し始めたようだ。

 その証拠に、テーブルの上で回転していた100セラ銀貨が、いつの間にか回転が止まって倒れていた。


 「そう、ぼんやりとしたもの。空気とか、雰囲気とか。お前の言う通り、誰だって戦争で死にたくはないさ。兵士損耗率20%の戦場なら、1000人いれば、確実に200人は死ぬわけだから。そういうのが、こう、想像できちゃうわけだ」


 「それが全体の空気となって、要人たちが『戦争はしない』という選択をすると」


 「でもさ、要人たちだって、それが臆病風に吹かれた結果だということは、何となく自覚してんのさ。すると、要人たちはどういう自己弁護をすると思う?」


 「さぁ、想像もつかんな」


 その時、ちょうど教会の鐘が鳴った。

 時間はちょうど午後三時。


 「そろそろ出ようか。続きは歩きながら話そう。支払いはこいつでな」


 ラスカが二人分の茶代、100セラを払って、ギルドを出る。

 二人の家までの距離は遠い。

 自然、早足になる。



 「さっきの続きだが、二つある。一つ目は、『相手が強いから』ってやつだ。戦争をしても負けると決まっているからとか、戦費を調達出来ないからとか。そう自らに弁明することで、己のプライドが傷つかなくて済む」


 「それはそうかも知れんな。そういう思考を経れば、戦争をしない、ってのは当然の選択だ」


 負けると考えている戦争を仕掛ける馬鹿はいない。

 仕掛ける者がいなければ、あとは五大国の都合が大手を振って(まか)り通るだけだ。


 「そして二つ目。これが結構、重要な気がするんだが、『洗礼』だ」


 「洗礼?」


 「そう。人族の要人の多くは、生まれてすぐか、遅くとも5歳までには済ませる。この『洗礼』を言い訳にするんだ」


 「なるほど。自分は子供時分に『洗礼』を受けたから、義理あるエドラ正教会、すなわち、五大国と戦争は出来ない、と発想するわけか」


 「そうだ。でも、『洗礼』って、ただの『鑑定』だぞ? 『鑑定(生物)』を持ってるやつが、頭に手を載せて、カッコつけて演出してるだけだ。中には『加護』が付くって言うやつもいるが、本当かどうか怪しいもんだ」


 一つ目の理由はともかく、二つ目の「洗礼」については、ケイリィは考えたこともなかった。

 武力、経済力、思想。

 中でも、思想については、目からウロコであった。

 「宗教」ならまだ分かる。

 

 だが、ラスカは「宗教」ではなく、「思想」だと考えている。



 「しかし、お前、良くそこまで研究したな。実際のところは分からんけど、何となく、理屈は合っているような気がするぞ」


 「たださ、どうしても疑問というか、根本的な問題として、気になることがあるんだ」


 「ん? 根本的な問題とは?」




 「――五大国って、本当に強いのか?」




 「……普通に強いだろ……」


 「いや、強いのは分かってるんだけどさ、でも、それって、規模の問題だろ? 兵士の数が多い、魔術師の数が多い、戦費が潤沢、といったさ」


 「それが強いってことだろ?」


 ケイリィは、何を当たり前のことを、といった様子。

 だが、ラスカは納得しない。


 「本当にそうかなぁ。俺は本当に強い集団なら、相手が五大国であっても、戦えると思うんだよ。シンバ皇国の例もあるだろ?」


 ラスカはニヤリを笑う。

 シンバ皇国兵10万の軍団が、わずか100人程度の巨人族に蹂躙された話である。

 ケイリィは巨人族の伝説を真実だと思っている。

 ラスカは眉唾だと思っているが、ケイリィが巨人族伝説を事実だと考えているのを知っているので、あえて例をして出したのだ。


 「結局、五大国の強さって、相手が戦う気概を失う的な強さじゃね? 戦う前からさ。ケイリィはさっき、『アキバ系』が五大国とそろそろ激突するような言い方してたけど、実のところ、『アキバ系』の連中は、五大国の底を知ってんじゃないかと思うのよ」


 「……『アキバ系』は30カ国以上あるからな。激突すれば、どちらもただじゃ済まない」


 「そういうこと。五大国の強さを規模の問題とするなら、敵の規模がある程度以上あれば、五大国は戦わないんじゃないかと」


 相手が攻めてくれば別である。

 しかし、相手が不干渉を貫いていれば、激突はしない。

 それはつまり、「世界征服」が五大国の野望ではないということ。

 一見すると、現在、五大国がアラトの頂点に君臨しているようにも思われるが、五大国の野望の中に「世界征服」があるわけでもないし、エドラ正教の教義の中にそのような教えがあるわけでもない。

 

 全てはたまたま(・・・・)現在のアラトの形が出来上がったのではないかと。


 「……いや、本当に感心したよ、ラスカ。良くそこまで分析したな。で、どうやって、『アキバ系』レベルの規模を手に入れるんだ?」


 「う、うむ、それが目下の問題だな……」


 「だと思ったよ」


 ケイリィはケラケラと笑い、早歩きから、走りに切り替えた。

 何しろ、彼らの家まで30km近くあるのだ。

 もたもたしていたら、日が暮れてしまう。


 若い野心は妄想と区別出来ない。

 それは実現可能か否かの部分が斟酌されていないからだ。

 実現したいか否かの部分のみに立脚している。

 良い悪いではなく、若い野心とはそういうものなのだ。


 しかし、既に二人は第一歩を踏み出している。あとは道を踏み外さないよう、目の前の壁を一つ一つ越えていくだけなのだが、果たして上手くいくかどうか。

 壁は次第に高さを増し、やがて小山や山脈ほどにもなる。


 その時、自分たちも小山や山脈ほどに成長していないと、越えることは不可能だろう。

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