第3話 「最後の楽園」
身長こそ約185cmと平均以上だが、体型は魔術師の卵らしく、ヒョロッとしている。
歳は15、顔にはまだ少年っぽさが残っている。
最近、やっと「青年」の仲間入りを果たしたばかりのラスカだが、気負った様子など微塵も感じられない。
本日登録を済ませたばかりだと言うのに、まるで勝手知ったる我が家のごとく、ギルドの受付に向かってずんずん近付いていく。
その後についていくのはケイリィ・レグルス。
二人の先にはC級パーティー『マルスの灯火』のメンバーと思しき二人組。
「初めまして。私は今日から冒険者ギルドの会員になったラスカ・ヴォロノフと申します。お二人は『マルスの灯火』の方ですよね」
受付嬢との会話が途切れるタイミングを狙って、ラスカは果敢にも話しかける。
ケイリィはそんな友の積極性に、いつも驚かされるのだ。
「(相変わらず、糞度胸だけは大したもんだよ)」
もちろん、ラスカが喧嘩を売っているわけではないことはケイリィにも分かっている。だが、目的は値踏み、あるいは小手調べの類とあっては、相手によっては喧嘩よりもマズい事態に発展しかねない。
相手がラスカたちを甘く見ることも計算の内か。
受付カウンターの中にいる職員たちだけではない、まばらにいる他の冒険者たちも、見るとはなしに、ラスカの言動に注目している。
いきなり声を掛けられた二人は驚いた――ように振舞っているが、とっくに接近者の存在に気付いていたのだろう。慌てた様子は振りだけで、特に取り乱した様子もない。
「よろしくな。『マルス』のスヴェンだ。こっちはルシス。今日会員になったばかりだってのに、よく俺たちのことを知ってたな」
本名はスヴェン・ウォーカー。人族の21歳。身長はおよそ195cm。盛り上がった肩と胸板は、アタッカーとして優秀な証か。
湯浴みの後だろうか、小ざっぱりとしている。
携帯しているのは、腰に提げた30cmほどの万能ナイフのみ。
長剣はおろか、鞄の類さえ持っていないということは、依頼完了の手続きの為だけに、宿から駆けつけたのだろう。
「C級パーティーとはいえ、最近、リーダーがB級になったから、意外に有名になって来てるんじゃないか?」
本名はルシス・カラク。スヴェンと同じく人族。歳は22歳。身長は190cmほど。スヴェンより若干低いが、肩や背中の盛り上がりからすると、膂力はスヴェンよりもありそうだ。
何世代か前に獣人族の血が入っているらしく、露出した手の甲には薄っすらと柔らかそうな毛が生えている。
「かもな! はははは」
『マルスの灯火』はハバストロクを拠点にした、6人組パーティーで、リーダーは人族22歳のゲイリー・チャップマン。ルシスの言葉にあるように、先月、ゲイリーはB級に昇格している。パーティーはクランと違って、パーティー内で一番下のランクの者のランクがパーティーのランクになる。
編成はリーダー件、斥候のゲイリー(人族)。スヴェン(人族)とルシス(人族)の二人がアタッカー。
それに魔術師(人族とエルフ族)二人と、ガード兼ポーター(獣人族)が一人。
以上は、ラスカが事前に調べたものだ。
公平に判断して、かなりバランスの取れたパーティーと言えるだろう。
「ええ、その通りです。新進気鋭のパーティーとして、ハバストロクでは既に有名です。私たちは今日は時間もないのでこのまま帰りますが、記念に握手をお願いできますか?」
「ああ、良いとも」
「ありがとうございます! ほら! お前もスヴェンさんとルシスさんに握手してもらえ」
ケイリィは面倒臭いと思ったが、もちろん、顔には出さない。
ラスカとケイリィはそれぞれ、スヴェンとルシスの二人と握手を交わし、別れた。
「……」
「で、どうだったんだ?ラスカ。驚くようなスキルでもあったか?」
ラスカの表情が優れない。
事前に打ち合わせがあったわけではないが、ラスカが二人の値踏みに『鑑定(生物)』を使ったことくらいはケイリィにも分かっている。ラスカが握手をするためだけに、人族に近付くわけがないからだ。
「『ステータス偽装』持ちらしい。レベル31、スキル数13だと」
「スヴェンの方か? 微妙な数字だけど、『ステータス偽装』と決まったわけじゃないだろ。スキル数が少なすぎる気はするけど、『ステータス』と冒険者ランクは何の関係もないんだから。それが彼の本当のステータスかも知れないよ」
『ステータス偽装』は『鑑定』はおろか、『魔眼』すら騙すスキルだ。
『ステータス偽装』は『鑑定』を障壁や結界でバリアするのではなく、事前登録した偽情報を掴ませるのだ。天然モノの『ステータス偽装』の取得条件は不明とされている。
れっきとした『スキル』ではあるが、現在では金さえあれば『スクロール』を使って誰でも取得可能だ。
『スクロール』とスクロール版『ステータス偽装』を開発したのは、レミントラ帝国最強の盾にして、天才魔術師、「魔導王」イブン・アブドゥラヒム。
人族とエルフ族のクオーターで、見た目は50代だが、今年で89歳の生ける伝説である。
また、五大国連合による合資ギルド『始祖極星』のメンバーでもある。
『スクロール』は魔力を込めるだけで、利用者が魔術やスキルを習得出来る仕掛けが施された、使い捨ての巻物である。
ただし、一枚の『スクロール』で発動できる魔術やスキルの回数は一回だけ。
特に巻物である必要はないが、作り手が魔法陣を描きやすいように、魔物の皮で作られるのが一般的だ。
魔道具との違いは、魔術を発動させるのが、道具か利用者かの違いである。
『スクロール』は元々は始祖大陸の遺跡から、「石板」の形で発掘された古代遺物だが、その構造と仕組みを解明したのがイブン・アブドゥラヒム。
なぜ、石板なのに『スクロール』なのかは不明。『鑑定(非生物)』で、「名称:スクロール」と出た為、そのまま、名称として使用されているようだ。
ある意味、「魔導王」イブン・アブドゥラヒムこそが、古代遺物を本来の名称通り、『スクロール』として現代に復活させた張本人と言えるかも知れない。
『スクロール』の解明とスクロール版『ステータス偽装』の発明により、イブン・アブドゥラヒムは「魔導王」の二つ名を冠することになった。
一方で、イブン・アブドゥラヒムには「死の商人」という、密かに仇名される二つ名も付けられた。
当然だが、『スクロール』には、ある利用方法が秘められていたからだ。
戦争である。
ただの一般兵が、『スクロール』さえあれば、一時的ではあるが、魔術師になれるのだ。
イブン自身は『ステータス偽装』以外の『スクロール』開発には関与していないが、彼が仕組みを解明したことにより、現在では、中級までの四属性だけでなく、一部の無属性や回復系の魔術すらスクロール化されている。
ただし、『スクロール』で取得出来るスキルは、『ステータス偽装』だけである。
他のスキルは今のところ、スクロール化されていない。
現状、スクロール化が可能とされているのは、あくまでも一定レベル以下の魔術に関してである。
複雑な上級魔術に関しては、通常の魔物の皮では耐久性に問題があり、もたない。石板や金属は携帯性や魔力伝導性に難あり。
竜種の皮なら耐久度的にも魔力伝導性的にも問題はないが、今度は、コスト的な問題が浮上する。竜種の皮は高価だし、上級魔術の場合、『スクロール』とは別に、魔石も必要になる。上級魔術を一般兵が使おうと思えば、一般兵の魔力容量では足りないからだ。
「偽装に決まってる。二人とも全く同じ『ステータス』なわけあるかっての。ご丁寧に、スキル一覧まで全く同じだったぞ。あいつら、こっちが新人だと思って、馬鹿にしてやがんだよ」
「なるほどね。くふふふ。ラスカがペテンに嵌られたの、初めて見たよ。握手した感じじゃ、スヴェンは剣士で、ルシスが剣士か槍士かな。どちらもアタッカーだと思うけど、『ステータス偽装』とは意外に細かい連中だね」
ラスカは、からかわれたことが余程悔しかったのか、冒険者ギルドの入り口の扉を乱暴に開けると、外に出て二人を探す。
「もう行っちまってるさ。それより、さっきのクランが書いてあるメモ、もう一度見せてくんないか? リーダーの歳、何歳だっけ?」
ギルドの前の通りは石畳。毎朝、ギルドを訪れる会員たちに踏みしめられ、雪は残っていなかった。これでは足跡を頼りに追いかけることも出来ない。
ラスカは舌打ちを一つすると、懐に入れたメモを取り出そうとして――
「ッ!」
メモがどこにもないことに気付いた。
全てのポケットを探したが、やはり無い。
「どうした?」
「クソっ! メモを掏られた!」
「細かい上に、性格悪いな~。新人をからかうのが趣味なのかね。もしかして、年表の方も?」
ケイリィはさすがに驚いた。
スヴェンとルシスの二人にそんな素振りは全くなかった(ような)気がするからだ。
同時に反省もした。
今後、ラスカが気付かないことは、自分が気付くべきだと思ったからだ。
「(こりゃ、俺がラスカをサポートするのは当然だとしても、俺一人じゃいずれ手が足りなくなるぞ。それに、ラスカは二人別々に活動すると言っていたけど、俺たちの思い通りにならない場面だって――と言うより、思い通りに行く方が少ないに決まってる)」
ラスカはケイリィの目から見ても、聡い男だ。本気で上を目指すのなら、ひとかどの人物になるだろう。だが、上に行けば行くほど、周りも同じような連中が集まってくるのだ。その中で潰されず、真っ直ぐ野心の命ずるままに歩いていくには並大抵の献身では不可能だろう。当然、ラスカ一人では不可能だ。誰かが彼をサポートしなければならない。本人が建国王を目指すだけでは到底足りない。彼を王にしたいと願う、多くの者の献身が必要なのだ。
「いや、年表は二重ポケットの中だからは大丈夫なんだが……大丈夫なんだが……ん?」
掏られたメモよりも遥かに上等な紙で出来た、カードのようなものが出てきた。
「何だ、それ?」
「スヴェンの鑑定書らしい……」
教会が発行した正式な鑑定書であった。
スヴェンの残した鑑定書の一行目には、去年、すなわち、コーカ暦1795年1月の鑑定日が記されていた。今日は1796年2月20日である。
「つまり、ラスカの『鑑定(生物)』を見破っただけじゃなく、置き土産までか。恐らく、俺たちの『ステータス』は丸裸だろうね」
「速すぎだな……。こういう巾着切り専門のスキルでもあんのかね」
スヴェンの心情的には、「去年ので良ければ、見たけりゃ、見せてやる」と言ったところか。
先に仕掛けたのはラスカである。
文句を言うのはお門違い。
ひとまず、『マルスの灯火』の二人が怒って、ブン殴られなかっただけマシと考えるべきだろう。
「ちょっと舐めすぎたか」
◇◆◆◆◇
「「あはははは」」
「くふふふ。リーダーお奨めの『ステータス偽装』が初めて役に立ったな。でも、結構、高いんだよな、スクロール」
「たった一回こっきりで、500セラだからな。高い店だと600セラだ。イブンは儲かって仕方ないだろうな。ちゃんと『ステータス』のスキル一覧から『ステータス偽装』が消えてるわ」
スヴェンの言葉に、「確かに」とルシスも大笑い。
500セラ(約5000円)を高いと見るか安いと見るかは人それぞれだろうが、「魔導王」イブン・アブドゥラヒムが儲かって仕方ないのは事実だ。
『ステータス偽装』のスクロールは利用者が多い上に、他の魔術のスクロールと違って、スキルのスクロール化はイブンが明らかにしていないからだ。その為、コピー商品が出回らない。
「魔導王」イブン・アブドゥラヒム曰く、『スクロール』の解明は『始祖極星』無くしては不可能であったが、『ステータス偽装』については、自身の発明である、と。
ようは、スクロールの仕組みは全て『始祖極星』とその上の五大国に還元した。
その時点でイブン自身と、関係者及び魔術師たちの条件は同じだと。
『ステータス偽装』に関しては自身の個人的な研究成果であり、それをスクロール化しただけなのだから、成果を差し出す義理はない、と宣言したのだ。
一理あると言えば一理あるし、詭弁と言えば詭弁なのだが、彼が現在も『始祖極星』のメンバーとして活動している点を鑑みるに、彼の主張は認められたのだろう。
事実、魔術のスクロール化は他の高位魔術師たちによって、急速な進歩を遂げたからだ。
つまり、彼以外にスキルのスクロール化が出来ないとしても、それは彼の「スキルに関する研究」に依存するものだと、一応、理屈は通る。
ゆえに、露店売りなどの怪しげなものは別にして、魔術師ギルドや町の魔道具屋などで売られている『ステータス偽装』のスクロールは、全て、イブンと彼が率いるクラン『魔導礼賛』が製造した純正品である。当然、儲けは全て彼のクランに入る。
『ステータス』を偽装するという本来の目的とは別に、ジョークグッズとしての需要もある。偽名だけじゃなく、好きなスキルや数値を書き込めるからだ。その為、夜会やサロンで忙しい貴族たちにも重宝されている。もちろん、一度でも『鑑定』を試みられれば、『ステータス偽装』のスキルは解かれるので、何本もスクロールを持ち歩くのが彼らの傾向であった。
「そういや、お前、少年の懐に何かねじ込んでたろ。あれ、何だ?」
「ああ、去年、20歳の記念に教会で鑑定書を更新して貰った時の鑑定書だ。あれから随分とレベルも上がったから、もういらないと思ってな。くふふふ」
スヴェンは、鼻っ柱の強そうなラスカが騙されたことに気付いて、臍を噛んでいる表情を思い浮かべる。
『ステータス』や『鑑定』が使える者でも、教会で鑑定書を発行するのは普通のことである。
主に信用の問題で。
「お前にしちゃ、随分、洒落が利いてるじゃないか。今頃、驚いているかな」
「そりゃ、驚いてくれなくちゃ、からかった意味がない。悔しがって地団駄の一つも踏んでくれれば満点だ。しかし、別に、『ステータス』くらい、見たきゃ見せてやるのにな」
「まぁ、俺たちはアタッカーだからな。魔術師ほどスキルに左右されない。ガキどもにとっちゃ、結構重要な情報なんだろ」
ルシスは槍士である為、魔術師の気持ちの本当のところは分からない。しかし、新人なら先輩冒険者の『ステータス』を知りたい気持ちも分からないではなかった。
「ほら、ルシス、このメモを見てみろ。俺たちのパーティーも、有名クランの端っこに書かれてるぞ。リーダーに教えてやったら喜ぶんじゃねぇか?」
つまり、スヴェンは先のごく短時間の間に『ステータス』に関しては『ステータス偽装』で自動対応し、自身はラスカの懐からメモを抜き、代わりに、去年の鑑定書を入れたのだ。
圧倒的速度と、死角を正確に読む能力。また、ラスカとケイリィ、二人の視線や注意をコントロールする動作等々。なるほど、現状、ラスカよりも一枚上手なのは間違いなさそうである。
「カインに、煉獄、五連星、マクシム・グレコか。確かに有名クランだ」
「残念ながら、国内限定だがな」
モスキエフ大公国は五大国や大陸を代表するような強国ではない為、当然ながら、冒険者のレベルもそれほど高くはない。メモにあるクランも、全て20人以下の小クランである。国内で有名だと言っても、世界的に見れば無名クランでしかない。
もっとも、A級クランである以上、実力はA級で間違いない。あくまでも、ネームバリューに限っての話である。
「しかし、二人とも『ステータス』は高かったよな」
ルシスが『鑑定(生物)』を使って看破したラスカとケイリィの鑑定結果についての所感を述べる。
「だな。あれならD級か、上手く行けばC級まではノンストップだろう。スキル数は銀髪エルフが16で、癖っ毛が19だった」
「年齢を考えると多すぎだな。そういや、後ろの癖っ毛が持ってた『古代魔術』って何だ? エルフの秘術か何かかね。それが気になって、他のスキルは覚えられなかったよ。二人とも氷雪系の印象を受けたが」
「ぷふふ。お前もかよ。俺は銀髪が持ってた『古代アラト語』が気になったよ。彼、実は、冒険者じゃなくて、学者でも目指しているんじゃないか? 色は白いし、妙にヒョロッとしてたから」
二人とも『鑑定(生物)』を持っているが、看破した『ステータス』を瞬時に記憶できるか否かは、また別の問題だ。
ケイリィはもちろん、ラスカであっても、『ステータス』程度のテキスト量なら、一瞬で記憶出来るので、まさか、スヴェンとルシスの二人が記憶出来ていないとは想像もしていない。
これはスキルとは別に、エルフ族と人族の能力の差による結果である。
ケイリィは「俺たちの『ステータス』は丸裸だ」と判断したが、どうやら、見られたのは上着一枚脱いだ程度らしい。
「『鑑定(生物)』は便利だけど、俺の頭じゃ、あんな一瞬では――あ、思い出した! 『古代アラト語』って、始祖大陸のあれだよ! 確か、エトゥが持ってたっていう」
ルシスは何とか思い出したようだ。
エトゥの始祖大陸発見については、種族問わず、常識として教わるので、エトゥが持っていたギフトについても、知っている者は多い。
だが、「航海王子」エトゥのギフトは『古代語』。
ラスカの持つギフト、『古代アラト語』とは明確に別物である。
「ああ、そういや、冬学校で教わった記憶があるわ。ただのスキルじゃなくて、確かギフトだったはずだ。でも、今じゃ、固有スキルに頼らなくても、解読されてんじゃなかったか?」
「と、習ったな。ってことは、あまり意味の無いスキルってわけか。せっかくのギフトだってのに、運のないやつだな」
「違いねぇ。まぁ、やつらも俺たちと同じ稼業で生きていくんだ。先輩会員としては、優秀なルーキーは応援してやりたいな」
ディーマンモスの討伐が完了した後、リーダーであるゲイリー・チャップマンより、『マルスの灯火』のメンバーたちは拠点の引越しを告げられた。
前々から予定していたことであったが、場所は未定であった。
モスキエフ大公国には迷宮がないので、皆、迷宮がある国を想像していたが、先日、ゲイリーから告げられた国は――否、地域は、中央大陸中西部。
そこは現在、国が存在しない場所。
かつて、国が存在した場所。
旧シンバ皇国領であった。
一応、表向きは五大国の管理下にあることになっているが、人が手を入れるには、あまりにも広大で、変異率の高い魔物が大量に生息する、事実上、放棄されている土地である。
奥地には、誕生して300年クラスの迷宮が複数確認されており、迷宮の外は魔素の濃い、鬱蒼とした深い森がどこまでも続くとあっては、開発するにしても、相当な覚悟がいるだろう。
そもそも、全く管理されていない迷宮が数百年も放置されている時点で、かなりの危険地域と言える。
迷宮とは、吸収した魔力を召喚魔術に変換し、世界各地より魔物を召喚する自然の装置であるが、現状、一度召喚した魔物を再度、送還する迷宮は発見されていない。つまり、数百年、一方的に魔物を召喚し続けているのだ。
周辺は魔素の濃い森が広がっている。
召喚した魔物で迷宮が溢れることはないのだろうか。
人知れず溢れているのだ。
魔物が溢れ、大暴走が起きても、あまりに森が深い為、その森が吸収してしまうという異常。
魔物同士で殺し合い、数を潰し合って、それである意味、平常を保っているという奇妙な食物連鎖が成り立っている。
それもこれも、広大な土地があってこその賜物であろう。
その土地を狙っている周辺国も多いが、五大国の手前、なかなか表立って手を出せない――というのは言い訳で、小競り合いはあっても、本格的な戦争にまで発展しないのは、結局のところ、一国では開発が難しいからだ。金銭的にも、人員的にも。
出来ることなら、ある程度開発された後で、横から戦を仕掛けてかっさらいたい、というのが案外本音なのかも知れない。それは五大国にとっても同様であろう。好きで放置しているわけではないのだ。
いずれにしてもそこは、種族的にも、文化的にも、経済的にも、犯罪率的にも、迷宮の数と経年数的にも、魔物エンカウント率的にも、ありとあらゆる意味で混沌とした土地であった。
北大陸以上に、『試される大地』と言えるかも知れない。
ゆえに、冒険者たちは口を揃えて言う。
冒険者に残された、「最後の楽園」であると。