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 第2話 「ケイリィ・レグルス」

 モスキエフ大公国最東の町キエベより、雪に埋もれた街道をさらに西に進むこと20数キロ。すると、人口2万人ほどの町ハバストロクが見えてくる。


 『冒険者ギルド機構』に加盟する支部の中では最北の支部、ハバストロク支部。

 会員数は準会員も入れて約1200名。


 1200名を多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれだが、人口比率で言うなら、会員数1200名はかなり多い。

 大型の魔物が多く生息する地域であることも理由だが、最も大きな理由は、住人の種族分布による。

 ハバストロクの町は、冒険者ギルドの支部がある町としては、公都モスキアから最も離れた町であり、人族の割合が少ない。

 大まかな割合は、人族45%、獣人族25%、エルフ族15%、ドワーフ族15%といったところ。人族の割合が半数に満たない町は、かなり稀である。


 冒険者稼業は肉体労働が主である為、公職に向かない(とされる)獣人族や、商売に向かない(とされる)エルフ族などにとって、ある種の受け皿となっているようだ。


 冒険者ギルド・ハバストロク支部内、依頼票が貼り出された掲示板の前に、エルフ族の若者が二人いた。

 一人は何やら依頼票を見ながら思案の様子。


 「やっぱ、冒険者になったからには、目指すはS級だろ? 将来のS級冒険者ともなると、初依頼選びも慎重になるのかな?」


 「はぁ……」


 本日、会員登録を済ませた、ラスカ・ヴォロノフとケイリィ・レグルス。ともに15歳。


 二人とも特に目立ちたがり屋というわけでは無かったが、新人会員の常として、当然ながら、ギルド内では注目の的である。

 エルフ族は種族柄、魔術の巧者が多い。

 使えそうな新人なら、自分たちのパーティーやクランに引き入れたい、といったところか。

 もっとも、時間は昼を少し回ったところ。ギルド内でウロウロしているような会員は少ない。

 依頼を受けた者はとっくに出払っているし、彼らが依頼を達成し、依頼主のサイン入り受付票を持って帰ってくるにはまだ少し早い時間帯だ。


 「何よ何よ、その気になる溜息はさぁ」


 ケイリィが大袈裟に不服を申し立てる。

 少々、芝居がかっているのは、登録したてで無意識に気分が高揚しているのだろう。

 そんな友の様子に、ラスカは落胆を隠せない。


 「お前、あれだけ俺が弁舌の限りを尽くして説明したのに、まだ分かってないのな」


 「?」


 「こんな、人族の作った『冒険者ギルド』なんて組織はさ、適当に美味しいとこだけ利用して、俺たちは俺たちの道を行くんだよ」


 ラスカは周囲に冒険者がいないことを確認した上で、ケイリィにだけ聞こえる声量でなじる。

 さすがに、同業者に聞かせて良い内容ではないと自覚があるのだろう。それも、本日登録したばかりの新人様のご高説とあっては、他の冒険者に聞かれた場合、もはや、喧嘩を売っているのと変わらない。


 「言わんとするところは分かるが、具体的にどうすんのよ。ギルドの会員になったんだから、依頼を達成して、クラスを上げて行くしかないだろ」


 ケイリィはどうして責められているのか、ラスカの真意が全く分からない。


 本日、登録を済ませ、晴れてG級冒険者としてデビューである。

 ケイリィとしては、もし依頼を受けるのであれば、簡単な依頼で小手調べと行きたいところだ。時間がかかる討伐系はハバストロクに拠点がない為、難しいからだ。

 野宿出来る季節ではないし、宿に泊まるには先立つものが極めて厳しい状況である。家まで30km近くあることを考えれば、歩いて帰るには、もう、ほとんど時間が残されていない。

 依頼を受けるにしても、今日のところは帰るにしても、どちらにしても今後の参考の為に掲示板を見るのは、ごく自然な行為のように思われた。


 「かはぁ~、駄目だ、こりゃ。クラスを上げてどうすんだよ。その後は? いくら俺たちがエルフ族だと言ってもな、俺は一刻たりとも時間を無駄にするつもりはないぞ」


 「え? そりゃ、一日も早く有名冒険者か、あるいは有名クランになって、派手に活躍するんだろ? その後はお前の計画通り、東でも南でも好きにするさ。ただ、どっちにしたって、まずは地道に依頼をこなして、クラスを上げていくしかないだろ。それとも何か? クラスアップの抜け道でもあんのか?」


 冒険者ランクを上げるには、ギルドが定めた条件やポイントを一つ一つクリアしなくてはならない。飛び級はS級冒険者による特別推薦しか存在しないからだ。

 特別なコネでもない限り、近道は本来は(・・・)ないはずだ。


 「ちょっと、茶でも飲みながら話そう。効率と目的について、確認しておく必要があるらしい」


 これ以上、新人会員が掲示板の前で口論を続けるのは、公平に見て、少々問題が多い。周囲に悪目立ちする恐れがあるし、不要な敵を作ることにもなりかねない。

 当然、ラスカはその辺りも理解している為、ギルドに併設された喫茶店へケイリィを誘う。


 「くそ、何だそれ。悪いが金は無いぞ」


 「茶代くらい、俺が出すよ、『リーダー』なんだから」


 二人が頼んだのは、一番安いホットティー。

 ちなみに、注文を取りに来た店員もギルド会員である。アルバイトといったところか。

 テーブルの瓶には乾燥ハーブが入れてあり、自由に使って良いようだ。


 「まず、俺がさっき掲示板の前でモタモタしていたのは、ちゃんと理由があるんだ。俺たちの実力は、どう低く見積もっても、C級以上はある。でも、現状G級二人のパーティーじゃぁ、糞みたいな依頼しか受けられないんだ」


 G級は階級としては一番下であり、自分の名前が書ければ誰でも会員登録できる。15歳以上なら、後見人も不要。書類選考や実技試験などもない。


 「仕方ないだろ。C級の実力があっても、G級スタートなんだから。ほれ、これにちゃんと刻印されてる」


 ケイリィが胸元から出したのは、革紐を通した金属製の会員証。パッと見は米軍のドッグタグのような形状である。

 表面に名前と会員証の更新予定日。裏面には大きく「G」の文字が刻印されている。


 「だから何だ? G級だから、G級からスタートするってか? 時間の無駄だ。要点から言うぞ。俺とお前は別々にソロでスタートする」


 「???」


 鳩が豆鉄砲を食らったような表情のケイリィ。


 どうして二人分かれてソロスタートしなければならないのか。


 本日、二人で冒険者稼業をスタートさせるのではなかったのか。

 

 将来の焔帝と氷帝は、鍛え上げた魔術を駆使して、冒険者ランクを駆け上がるのではなかったのか。


 「俺たちはソロでスタートしながら、それぞれ別のクランに加入するんだ。効率は二倍だ」


 「まさか、そこで出世して、クランを乗っ取ろうって話じゃないだろうな?」


 「半分正解だ。クラン内で上位の地位へと駆け上がる。その上で、クランを乗っ取り、お互いのクランを合併させる。お互いクランのトップになるのが理想だが、何、別にトップにならなくても、クランの方針を決定する立場になれば良い。もし、お前が下手を打って出世が難しいようなら、俺がお前がいるクランを吸収してやる」


 ケイリィはラスカの考えていることがやっとこさ理解できたが、納得できるか否かは別問題である。


 「最初から、二人でクランを作って、地道に行く方が結果的には速いんじゃないか?」


 「俺たちには――いや、エルフ族には、組織運営のノウハウがない。しょせん、部族レベルの集団しか作れない種族なんだよ、俺たちは。やはり、組織運営については人族から実地で学んだ方が近道だ。学んだ上で、最後にその組織も頂こうって話よ」


 「お前は口が上手いから、そんな発想が浮かぶのかも知れんが、俺にはちょっと難しそうなプランだぞ、それ」


 「何言ってるんだ、ケイリィ。いい加減、目を覚ませ。難しいに決まってるじゃないか。俺たちは国を興そうって話をしてるんだぞ? 簡単に行くわけないだろ。冒険者稼業はその取っ掛かりに過ぎん」


 つまり、ケイリィは「小目標」を積み重ねることで野望を達成できると考えているのだ。「小目標」は「大目標」へ、一本道で繋がっていると。

 だが、それは間違いだ。


 「小目標」はいくら積み重ねようと、絶対に「大目標」にはならない。


 少なくとも、「小目標」を「大目標」よりも優先するようでは、土台、話にならない。

 「大目標」とは、到達するものではなく、追い詰めるものだ。

 「大目標」は逃げるのだ。

 だから、周到に逃げ道を塞ぎ、時間を掛けてジリジリと追い詰める。やがて、「大目標」が行き場を失った時、やっと、その手に転がり込んでくるのだ。


 そもそも、「エルフ族の国の興し方」などといったマニュアルがあるわけではない。どの道を行けば建国王になれるかなんて、誰にも分からないのだ。国を興したエルフ族など、過去一人もいないのだから。

 国家は何かを達成したからと、誰かがプレゼントしてくれる類のものではない。


 確かに、遠すぎる「大目標」は日々のモチベーション維持が難しく、達成感を感じる場面が少ない為、袋小路に陥るケースが多い。そうなれば、そもそも何を目指していたのかも分からなくなり、時間だけが無為に過ぎることになる。

 そして「大目標」は、やがて「呪い」と化し――



 ――果たして、本当にそうだろうか?



 「ほれ、こいつが、俺たちが造る国の建国史に書かれる予定の年表だ」


 『神聖シンバ皇国建国史』


 ラスカが手渡した、手垢だらけの紙切れの一行目には、確かにそう書かれていた。

 その後も年表は続いており、ケイリィが友の精神状態を心配する程度には綿密な計画であった。


 「5年後、俺たちはお互いのクランをまとめて、統一クランと傭兵団を同時に設立する。傭兵団とクランの名称はどちらも同じ、『神聖シンバ皇国』だ。俺たちが創る国の前身であり、その時のメンバーが建国の父となる」


 「……」


 ケイリィは「ゴクリ」と唾を飲み込んだ。


 目の前に座る男は、一体、何を言っているのだろうか。


 本当に、我が友、ラスカ・ヴォロノフなのだろうか。


 ニヤけた得意顔はいつもの友の顔であった。

 人を馬鹿にしたような、ふざけた顔だ。

 ケイリィはその顔を見ていると、いつも一発殴りたい気分になるのだ。

 ゆえに、間違いなく、ラスカ・ヴォロノフであった。


 「(これは全くもって酷いプランだ。ナンセンスを通り越して、ほとんど、狂人の戯言だ。それなのに――)」


 細かい字で書かれた小汚い紙切れが、まるで自ら意志を持っているかのように、ケイリィに向かって自己主張をする。


 「(それなのに、なぜ――)」


 それは、まるで一篇の(うた)であった。

 ケイリィの胸を揺さぶらずにはおかない、王の詩。


 「(なぜ、上手く行く未来しか思い浮かばないんだ?)」



 それは若いからである。

 もし、健康な若者が破綻する未来ばかりを想像しているとしたら、それは心の病を疑うべきだ。全ての若者は、一敗地に(まみ)れるその日まで、王であり、英雄であり、万能の神なのだから。


 ひとまず、ラスカはケイリィの沈黙を肯定と受け取り、『神聖シンバ皇国建国史』を懐にしまうと、別の紙切れを取り出した。

 先ほどの紙切れよりは真新しいものであった。


 「俺たちの目的を理解したら、次は効率についてだ。今度はそれを暗記だ。国内に拠点がある、目ぼしいクランのリストだ。自分で言っておいて何だが、正直、ここハバストロク支部じゃ厳しいかも知れん。連中の拠点は大抵、公都モスキアだから」


 ▼A級クラン『カインの爪痕(つめあと)

 【拠点】モスキア

 【リーダー】カイナ・クロッカス(35歳/人族/女性)

 【構成員】16名以上


 ▼A級クラン『煉獄祭壇(れんごくさいだん)

 【拠点】モスキア

 【リーダー】ホワン・ルッツ(42歳/人族/男性)

 【構成員】18名以上 


 ▼B級クラン『ヴェルキス五連星』

 【拠点】モスキア

 【リーダー】ブラカ・アリオール(33歳/人族/男性)

 【構成員】12名


 ▼B級クラン『マクシム・グレコ』

 【拠点】モスキア

 【リーダー】シュトロ・カヴァエバ(78歳/エルフ族/男性)

 【構成員】14名


 ▼C級パーティー『マルスの灯火』

 【拠点】ハバストロク

 【リーダー】ゲイリー・チャップマン(22歳/人族/男性)

 【構成員】6名


 「これが主だったクランなのか?」


 どういう基準で選ばれているのか、ケイリィには知る由も無かったが、素直な感想としては、「少ないな」というものであった。

 ハバストロクを拠点としているのは、クランですらない、C級パーティーの『マルスの灯火』のみ。


 「まぁな。『マルスの灯火』はまだクランじゃないが、新進気鋭のパーティーで、将来有望ともっぱらの噂だ。今年中にモスキアか国外に拠点を移すと予想している。最強は派手なクラン名の『煉獄祭壇(れんごくさいだん)』かな。C級未満は門前払いと聞いている。お奨めは『カインの爪痕』と『マクシム・グレコ』」


 「しかし、『マルスの灯火』以外、全部、拠点がモスキアなんだな」


 「町自体も小さいからな。さっき、掲示板をチラッと見た感じじゃぁ、雪かきや輸送なんかの雑用が多いな」


 「長っ鼻(ながっぱな)の討伐もあったぞ。もうどこかが受けた後だったけどさ」


 「デカいだけで、特に害のない魔物だ。当然、討伐報酬は無い。肉屋か毛皮屋が依頼を出しているんだろう。平均サイズなら、買取価格は150万から200万セラってとこかな。おそらく最終便(・・・)だ」


 日本円で1500~2000万円といったところか。

 魔核は国が回収する。


 「長っ鼻」とは、正式名称を『ディーマンモス』という、10tを優に超える魔物である。

 北部の大雪原に生息し、買取可能の素材は、魔核を除けば、肉、内臓、脂、毛皮、牙など。基本的には、骨以外、捨てるところは無い。ディーマンモスの骨は魔力伝導率が悪く、魔道具の素材としては向かないとされる。また、可食部は内蔵を除いても50%近くに達するが、竜種と違って、肉の味は数段落ちる。


 討伐報酬は、対象を討伐することで支払われる報酬のこと。つまり、ディーマンモスの場合、討伐しただけでは、1セラにもならない。極力素材を傷つけない討伐が求められる。

 対象のサイズとパワーを考えれば、魔術師のいるパーティーによる討伐が望ましいが、毛皮や牙を傷つけることなく狩るのは意外に難しい。


 通常の魔物との大きな違いは、少なくとも北大陸において、子供のディーマンモスを狩ることは禁忌とされている点である。

 『呪い』や因習の類ではなく、単純に、「絶滅」しないよう配慮された結果である。畜産用――サイズとテリトリー的にディーマンモスの飼育は不可能であるが――畜産用の魔物ではなく、自然に放置されている魔物としては、狩猟調整が行なわれている珍しいケースだ。


 通常、役人が肉卸し業者や毛皮業者にディーマンモスの狩猟許可を出すのだが、ラスカの使った「最終便」という言葉は、役人が狩猟許可を出すギリギリの刻限ということである。季節はもうすぐ春なので、ディーマンモスの繁殖期と重なるからだ。

 当然ながら、密猟は厳罰に処せられる。

 厳罰とは、関係者全員の処刑である。


 「受けたのは『マルスの灯火』。さっき受付嬢に聞いたところじゃ、今日が討伐期限だ」


 「つまり?」


 「肉は裏の倉庫か、直接、卸し業者のところだろうが、最低一人は受付票を持ったパーティーのやつが来るだろ。ようは、今日のところは、『マルスの灯火』のご尊顔を拝して、出直そうってことさ」


 その時、ギルドの入り口から二人組が入ってきた。


 「噂をすれば影か。どうやら、『マルス』のメンバーらしい」


 「何で分かる!?」


 ケイリィの疑問はもっともだ。

 泥だらけのブーツを履いて、血と汗にまみれた格好なら理解できなくもないが、二人組は普段着の上に、足元は雪こそ多少被っているが、綺麗なものである。


 「顔付きを見れば分かるさ。目付きが違う。C級パーティーと侮っていたが、やはり注目株だけのことはある」


 そう言われて見れば、二人とも体格は悪くない――というより、はっきりと良い体格だ。落ち着いた態度は、自信の裏返しだろう。

 彼らはC級パーティーではあるが、実力は、先ほどまで「C級程度の実力はある」と自負していた自分たちよりも、遥かに上のように思われた。


 ちなみに、「パーティー」では、一番下の階級のメンバーの階級が、パーティーの階級になる。例え、ギルドのカウンターの前に立つ二人組がA級だったとしても、である。


 「何、喧嘩を売ろうって話じゃない。受付嬢との会話から、新進気鋭のハバストロク出身パーティーの雰囲気を感じ取ろうって魂胆さ。ほら、行くぞ」


 テーブルに銀貨を1枚置いたラスカが席を立つ。


 ケイリィはある種のショックを受けていた。

 もちろん、『マルスの灯火』に対してではなく、ラスカに対してである。

 今、ラスカと共にこっそり近付こうとしている二人組が、実際に『マルスの灯火』のメンバーか否かなど現時点で分かるわけがない。

 だが、ラスカはそう考えていて、おそらく、彼なりの理由があるはずであった。


 自身は何も考えず、ただ、掲示板を見ていた時、ラスカは全く別のことを考えていたのだ。それがラスカの野望にとって、正しい行動かどうかは分からない。

 だが、少なくともラスカはそれが一番効率の良い「やり方」だと考えている。


 ケイリィの目に映るラスカは、将来、『建国王』を目指す者としては、幾分、はしこ(・・・)過ぎる(・・・)ようにも見えた。だが、一方で、15歳の若者の思考力と行動力としては、十分であるようにも思われるのだ。友の立場として誇らしく思える程度には。


 ケイリィは自分と友の違いを痛感すると共に、湧き上がる優越感に戸惑っていた。

 友の背中が一瞬、遠くに感じられたが、すぐに意識を集中させる。

 今なら離されずに済む。

 齧りついてでも付いていけば、きっと素晴らしい世界が見られる。


 そんな確信を胸に抱きつつ、ケイリィはラスカの背中越しに『マルスの灯火』の二人組を見やった。


 「(くふふ……大丈夫だ。はっきり分かるぞ。うちのリーダーの方が断然、上だ)」


 若者らしい勘違いと言えば勘違いなのかも知れない。

 だが、ケイリィは湧き上がる激情のやり場を見つけた気分であった。腑に落ちたと言った方が正確か。


 ケイリィは「献身」を捧げる対象を見つけたのだ。

 それは種族の未来や、建国、ましてや富や名声ではない。


 ラスカ・ヴォロノフ。


 髪の毛一本、最期の血の一滴まで、友の野心に捧げるのだ。

 それほどの「献身」をもって、初めて、見渡す限り何もない荒野に道を拓くことが出来る。


 「(何とまぁ、『野心』というのは、心を熱くさせるもんだな。ラスカが取り憑かれるのも無理はない。俺の役目は、今後、ラスカが野心でその身を焦がさないように、時々水をぶっ掛けてやることかな)」


 この日、ケイリィがスキル『鑑定(生物)』を取得していたことに気付くのは、30km近い道程を『強化』で走り通し、疲れ果てるようにベッドに横になった時であった。


 ケイリィの『ステータス』が更新された時のサインは、(みなぎ)る万能感、である。今日まで特に分かりにくいサインとも思わなかったが、友の一挙手一投足に集中していた為、気付かなかったようだ。


 それとも、友ラスカへの献身の誓いが、『ステータス』更新のサインがもたらす万能感よりも大きなものであったからだろうか。

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