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 第19話 「ジュリオ・レバタン」

 「――と言うことになった」


 「どういうことだ?」


 ジムの説明は端折りすぎており、ラスカも即座に理解が追いつかない。


 具体的には、ブッハルト・ケイランが仕事を依頼してきたこと。

 仕事の内容は「バッソ傭兵団」の殲滅、あるいは放逐。

 「バッソ傭兵団」の規模は戦闘員以外も入れて、50~60人程度。


 「ケイリィはどうした?」


 ラスカたちが臨時で設営しているモレノ旧街道沿いの拠点に現れたのは、ジム一人。



 「!?」


 そのジムは驚愕の表情でホルダの方を見ていた。

 やっとホルダの存在に気が付いたらしい。

 それもそのはず。

 ホルダは死んでいるか、壊れているか、あるいはラスカが殺したか、いずれにしても普通に生きているとは思っていなかったからだ。

 

 ホルダがホルダであることは、年恰好から言っても間違いないところだ。

 それが、ラスカが作ったのだろう土製の椅子にちょこんと腰掛けて、飲み物などを飲んでいる。

 ジムには状況が全く理解出来ない。


 軽率に「無事だったのか!?」などと聞いて、実際のところ無事でなかったら取り返しが付かない。

 とにかく、今、ホルダについて聞くのは憚られた。

 不用意な発言で傷つけたりしては面倒臭くて仕方が無い。

 一体、どう対応すれば良いのか。


 「けっ、ケイリィはまだエルグレン村にいる。ブッハルト、さんと詳しい話を詰めているはずだ。多分、レバタン伯爵関連だと思うぜ」


 結局、ジムは最適解を見つけられず、ホルダのことはスルーすることに決めた。

 追々知れば良いことだし、仮に今聞いたところで、何がどうなることでもない。

 ジムには意外とアドリブに弱いところがあるらしい。


 「……なるほど。ブッハルト側から仕事を依頼してきたということは、今後もウチとの関係は継続していく予定ということか」


 ケイリィが上手くやっていることに満足している様子。


 「そこまでは断定できん。ただ、少なくとも今回の仕事が試金石になることは間違いないな」


 「ウチのメンバー数は伝えてあるのか?」


 「もちろんだ」


 「ということは、こちらのお手並み拝見ということか。普通に考えて、『バッソ傭兵団』は現在の『神聖シンバ皇国』に相手出来る規模じゃない」


 つまり、最初から『神聖シンバ皇国』の後ろ盾や、ツテ、コネなどを期待した上での依頼ということだ。

 ブッハルトは、「今現在、お前たちはどれだけの仕事が出来るのか」と問うているのだ。


 「アテはあるのか?」


 「今はない。ちなみに、主要メンバーを暗殺するだけじゃ駄目なんだろう?」


 「いや、それは確認していないが、結果的に傭兵団が解散になれば、それで良いんじゃないのか? 明らかに規模で劣るウチに依頼するということは、そういうことだろう」


 それは最終手段。

 ベターではあっても、ベストな結果とは言えない。


 「多分、それでは足りない。ブッハルトはウチのやり方も見たいはずだ。裏でコソコソと暗躍するような真似は望んでいないと思う。それならそれで、ウチじゃなく、別の相手を探すはずだ」


 裏仕事も大事な仕事ではあるが、あくまでも裏仕事。

 それを正業にしてはいけない。

 堂々と正面をきって「どうだ」と世に問うてこそ、組織の矜持は保たれるのだ。

 少なくとも、ラスカは50人程度の傭兵団相手に、コソコソと策を練るつもりはない。


 「50人以上の傭兵団と正面からやり合うのか? マジか?」


 「結果だけではなく、過程も求められる。50人規模の傭兵団ごとき、完封しないと話にならない」


 「とは言っても……」


 「いくら何でもアタシらは8人、ホルダちゃん入れても9人だ。無理だよ」


 やれやれ、と言った態度でタチワナが口を挟む。

 ホルダも人数に入れたのは、実際に戦力に数えているわけではなく、ホルダに対してのタチワナなりの優しさなのだろう。

 行くとこがないなら此処にいれば良い、といった意味か。

 

 ホルダは黙って聞いている。


 「だからウチも雇うのさ」


 「「「「「!」」」」」


 「雇うと言っても、完封するつもりなら、格上のクランか、数に頼むか。いずれにしても金が掛かるぞ」


 ジムの第一感は「悪くないアイデアだ」というものだ。

 実際問題、「バッソ傭兵団」と正面から当たるとなれば、今の「神聖シンバ皇国」よりも格上のクランの協力が必要だ。

 安全マージンを考えるなら、数も必要になってくる。


 「もちろん、ブッハルトからの報酬だけでは足りない。ウチの持ち出しさ。皆も、金目のものは全部吐き出す覚悟でいてくれ」


 「「「「「……」」」」」


 「(30人雇うとして、期間は一回り(=一週間=6日間)。日当1万セラでも、180万セラ(約1800万円)にもなるぞ!?)」


 今回の「ゴブリンの巣の討伐」の報酬は45万セラ(約450万円)だが、当然、そのまま依頼料に消えるだろう。


 しかも、ジムの計算にある日当1万セラ(約10万円)は、質を問わない場合だ。

 質を問わなくてさえ、命の懸かった仕事の人件費は日当1万セラ程度は必要になるのだ。まして、冒険者レベルでB級以上のクラスになれば、最低でもその5倍は見るべきだろう。

 30人は最低ライン。

 それ以下では戦に慣れた傭兵団相手には戦えない。

 出来れば敵の倍の100人は雇いたいところ。


 「それでジム、依頼の期限はいつだ?」


 「5月18日、つまり、2ヶ月ほど先に『五月興国祭』がある。その時までだ」


 モスキエフ大公国は、かつて中央大陸で起きた『大災害』の後、難民として移住してきた者たちの努力によって、国が大いに栄えた。実際、土地が広いだけの北の最貧国から、中堅国家に躍り出たのだから。

 それらの壮挙を、モスキエフ大公国では「五月興国」と呼んで、5月の中旬以降にかけて、各地で祭りが行なわれる慣わしになっている。


 「それまでに厄介者どもと縁を切りたいということか」


 「それもあるが、ブッハルトはその催事に賓客として(・・・・・)招かれたいのさ」


 「参加するだけでは満足しないと。ブッハルトはレバタン伯爵に取り入って、何をやりたいんだ?」


 「フィフス村を『ケイラン村』として再興させたいらしい。もちろん、それは手始めで、ゆくゆくは国を跨いだ商売がしたいんだと」


 「はははは。そりゃ凄い。お前の親父さん、娘の大事だというのに、今回の件を切っ掛けに、勝負に出るつもりらしいぞ」


 「……最悪」


 ホルダの表情は、「怒り」というよりは、むしろ「呆れ」。

 しかも、現状ではホルダが生きていることを、父ブッハルトは知る由もないにも関わらず。

 ただし、ホルダ本人は父に対して怒る筋合いじゃないことも理解している。父が止めるのも聞かず、一人で飛び出した挙句、ゴブリンに拉致されたのだから。

 全ては自己責任だ。

 むしろ、冒険者に依頼をしたりと、一方的に迷惑をかけた形である。依頼料は45万セラ(約450万円)と聞いているので、ギルド手数料を含めれば、50万セラ以上だ。謝罪の用意くらいはホルダもしている。


 とは言え、理屈はあくまでも理屈。

 感情の問題はまた別だろう。


 「しかしラスカ、ウチより格上となると扱いが難しいぞ。B級クランともなれば、遂行中の依頼もあるはずだ。手を貸してくれる保証はない」


 ロンは元リーダーなので、高位冒険者の相場や、暗黙のルールなどにも精通している。

 ロンの直感は「かなり厳しい」と判断した。


 「それに、魔物退治じゃないんだ。傭兵団相手だとそれはもう戦だよ。ただの冒険者クランじゃ門前払いがオチさ」

 

 ロンの言葉にタチワナが駄目を押す。


 ツテもコネもない現況が厳しいことはラスカが誰よりも理解している。

 それでも尚、ラスカはチャンスと見ているのだ。

 ブッハルトからの仕事を請け、その仕事を別の誰かに依頼する。

 一つの仕事を通じて、ツテやコネが出来る。

 これぞ「商売」という気がするのだ。

 冒険者ギルドで依頼を受けているだけでは、絶対に得られないものである。


 「とにかく当たってみるさ。ロンとタチワナ、ハリチコ、それにホルダはエルグレン村でケイリィに合流してくれ。最低でも10日分の滞在費はブッハルトに出させろ」


 「「「了解ッ!」」」


 ロンもタチワナも状況は厳しいと見ている。

 しかし、ラスカがその気になり、皆に指示を出すと、なぜか上手く行くような気がするのだ。

 

 「(だからこそのリーダーか)」


 「それと、『ゴブリンの巣の討伐』を完遂させるか、未達にするかはケイリィとブッハルトに相談して決めてくれ。依頼取り下げでも構わん。どちらにしろ、報酬の45万セラはブッハルトに払ってもらう」


 「面白くなってきやがった!」


 ロンが叫ぶ。

 一方、ホルダは複雑な表情。

 どんな顔で父ブッハルトに会えば良いのかと。


 「さて、ジムは俺とモスキアに発ってもらう。他生の縁だが、気になるクランがある。交渉したい」


 敵は50人規模の傭兵団。

 例えどんなに精強なクランの協力を得られたとしても、命の危険がゼロにはならない。

 また、いつか引退した時の為に――とパーティー名義で貯めている金も放出を余儀なくされるだろう。

 

 明らかに分を超えたミッションである。


 「ほぅ、どんなクランなのか、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 にも関わらず、ジムの心がこれほど期待に躍ったのは生まれて初めてのことであった。

 全身の血流が早くなった気さえする。


 ラスカにしても同様である。

 仮に「バッソ傭兵団」の放逐に成功したとして、一体、何が得られると言うのか。

 

 「(未来が得られるのさ)」


 自分よりも強い敵との命を賭けた戦闘。

 賢しらなエルフ族が最初に除外する選択肢である。

 だからこそ、その選択肢はエルフ族の未来にとって正しいと、ラスカには強く思えるのだった。



 ◇◆◆◆◇


 

 【レバタン伯爵家・レオフォリオン城】

 

 「ジュリオ様、レイル様が下にお見えになられています」


 壮年の執事がジュリオ・レバタン伯爵に来客の到着を伝える。

 

 レバタン伯爵家はモスキエフ大公国の建国時より続く旧い家柄である。

 領地経営が軌道に乗ったのは他領同様「五月興国」以降ではあるが、現在ではモスキエフ大公国内でも、一、二を争う豊かな領地だ。


 今代領主はジュリオ・レバタン、58歳。

 切れ者と定評のジュリオの表情が、「レイル」という名を聞いて、にわかに険しくなる。


 「……またか」


 「然り、またのようでございます」


 バンッ


 「父上ッ! 私はもう我慢がなりませんッ!」


 扉をブチ破る勢いで執務室に入ってきたのは、レイル・レバタン31歳。

 レバタン家の嫡男にして、現在はレバタン伯爵領・守備隊の隊長である。

 男児はレイル一人の為、父レバタンは早く息子に家督を継がせたいのだが、本人が守備隊の隊長という役職をことの他気に入っており、なかなか首を縦に振らないのだ。


 仕事熱心なのも考え物だ、とはレバタンのレイル評。

 決して無能ではない。

 現に、1000人以上いる守備隊の面々を一手に纏め上げているのだから、騎士としては有能以上であろう。

 それが領主の跡取りとして正しい資質かどうかは議論が分かれるにしても。


 「傭兵団の連中がまた何かやったのか?」


 「飲み屋のツケを踏み倒した挙句、暴力を振るったようです。特に、従業員であった女は重症です」


 「しかし、被害届けは出ないと」


 「その通りです。仕返しが怖いからと、泣き寝入りですよ。隣国カルバナハル王国との停戦協定以降、酷くなる一方です」


 「あの手の(やから)は戦がないと荒れるから始末の終えんな。400人からの傭兵ともなると、手綱を締めるのも至難か」


 傭兵は戦の際に集められる臨時戦闘員だが、戦が終わったからと、すぐにお役御免とはならない。

 戦がいつ再開するとも限らないからだ。

 

 いざ、戦が始まれば、契約料は一気に跳ね上がる――ばかりか、敵軍の規模によっては、集まらない可能性も高い。

 ゆえに、戦が終わっても、しばらくは契約が継続されるのだ。

 もちろん戦闘手当ては出ないが、契約料は支払われ、一応は「民兵」という扱いで、領民と同じか、それ以上の権利を得る。

 「派遣騎士」、あるいは「契約騎士」と言ったところか。

 レバタン伯爵領では、現在、400名ほどの傭兵が契約を更新している。


 「数は問題ではありません。民の変心の方が気になります。何しろ、先の戦の功労者たちですから」


 だが、その功労者たちによる乱暴狼藉が目立ってきたと。

 中でも――


 「せめて、『バッソ傭兵団』だけでも、どうにかなるまいか」


 「今回の事件も、その『バッソ傭兵団』ですよ。近頃では、奴らが野放しになっていることを是れ幸いと、真似する連中まで出てくる始末」


 「あの時はモスキアからの援軍を待ってはおれなんだしな」


 「特に『バッソ傭兵団』などは、カナヴォ峠を封鎖して、民から通行料まで巻き上げているとのこと。もはや一刻の猶予もありません。早急に手を打たねば、民の不満は領主である父上に向きますぞ」


 「頭が痛いな……」


 頭が切れ、行動力もあるジュリオ・レバタンが二の足を踏んでいるのは、出来ることなら、穏便に済ませたいからだ。

 先の戦の功労者を、単なる愚連隊やならず者集団として扱いたくないのだ。


 カルバナハル王国との休戦協定が有利に運んだのも、彼ら精強な傭兵たちがいたからだ。

 現在は約400名が契約を更新しているが、戦時には倍の800名近くもいた。

 ほとんど守備隊と同数という規模である。

 ジュリオ・レバタンと、レバタン伯爵領の民は心から感謝しているのだ。

 だからこそ、現在のところは多少のことと我慢している。

 そろそろ堪忍袋の尾が切れそうな状況ではあるが。


 「ですから、我ら守備隊が討伐に向かうと何度も! 今はまだ奴らは小銭を稼いで満足しておりますが、やがて手が付けられなくなりますぞ!」


 「お前はカルバナハル王国との小競り合いに参加しておらぬから簡単に言えるのだ。『バッソ傭兵団』と正面から当たれば、被害は甚大なものとなるぞ」


 もし、1000人からの守備隊が動けば、たかが50名余の傭兵団などものの数ではない。

 1000人全員が投入されることはないにしても、その半分でも500人である。50人を相手にしての戦闘なら、まず負けることはない。

 

 しかし、討伐と戦はまた別である。

 一気に殲滅出来れば言うこと無しだが、もし、「バッソ傭兵団」が散り散りに散開し、ゲリラ化したらどうするのか。

 他領に逃げてくれれば、少なくともレバタン伯爵領にとっては良いことかも知れない。

 だが、逃げた先の領主はどう思うだろうか。

 また、伯爵領に残った場合も問題だ。

 ゲリラ化した彼らは村や町で略奪の限りを尽くすだろう。


 「彼らの強さも、討伐の難しさも存じております! しかし、手を(こまね)いていては、民への示しが付きませぬ!」


 ドンッ!


 コンコン


 興奮したレイルがテーブルを叩いたのを合図としたのか、執務室の扉がノックされた。


 「入れ」


 「ジュリオ様、ケイラン商会のブッハルト・ケイランと、護衛の冒険者ケイリィ・レグルスの両名がジュリオ様との面会を希望しております」


 「商人が何の用だ? 今は立て込んでいる。日を改めよ」


 「『バッソ傭兵団』について相談があるとのことですが」


 「くどい! 今、その件で話し合っておるのだ!」


 思わず声を荒げてしまうジュリオ・レバタン。

 普段、誰かに感情をぶつけることなどないジュリオであったが、いかにもタイミングがマズかった。


 「討伐の用意があると、若い冒険者の方が申しておりますが?」


 「「!?」」


 ジュリオとレイルが顔を見合わせた。

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