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 第17話 「ケイラン商会」

 「初めまして。ブッハルト・ケイランと申します。なかなか商売が上手く行かず、こんなところで長逗留となってます。あ、私、こう見えて、商人をやってます」


 やけに腰の低い男である。

 格好は典型的な商人風。歳は40代前半か。

 贅肉がなくスラリとしているのは、商人としては逆にマイナスかも知れない。

 やはり、商人は口髭を蓄え、多少太っていた方が似合う。


 右手にはカウンターで仕入れた4L入りの小型の樽を持っている。

 中身はワイン。

 アルコール度数は10度前後だが、5人で4L。軽く酔っ払うなら丁度良いサイズだろう。


 「いや、こう見えて(・・・・・)って、あんた見たまんま商人だよ」


 ジムがブッハルトの軽口に付き合うと、酔った(風に見せかけた)勢いで、ケイリィたちは大笑い。

 自分からボケておきながら、「これは一本取られました」とブッハルトも笑う。


 「どうも。ケイリィ・レグルスです。冒険者をやってます」


 「ケイリィ、良いんじゃねーか? 自己紹介なんてさ。それに、冒険者だってのは、先刻承知だろ。執事か御者か知らんが、伝えてあるはずだ」


 「確かに。ただ、クラン名くらいは宣伝させてもらおうかと。『神聖シンバ皇国』ってクランです。以後、よろしくお願いします」


 「何をお願いするんだか」


 一同、またも大笑い。

 もちろん、本当に面白くて笑っているわけではない。知らない者同士の飲み会のスタート時は、基本こんな感じである。

 「飲みニケーション」など初めてのケイリィとしては、愛想笑いで周囲に倣うのが精一杯。


 「『神聖シンバ皇国』とは興味深いクラン名ですね。私はこう見えて(・・・・・)、歴史好きでしてね。中央大陸の歴史は変化に富んでいて、歴史好きにはたまらないものがありますよ。出身は中央大陸で?」


 臨時クラン名「フクロウの両翼」のことは当然伏せる。

 もちろん、「ゴブリンの巣討伐」の依頼を受けているからだ。

 

 「いえ、出身はここ北大陸ですよ。特に意味はありませんが、何となく失われた国というのはロマンがあるんでクラン名にしました。そのままだとアレなんで、頭に『神聖』と付けて」


 「そうですか。てっきり、中央大陸かバロウ亜大陸かと思いましたが。もしかして、ケイリィさんがクランのリーダーなのですか?」


 バロウ亜大陸は世界最大の国家、大バロウ帝国が支配している。

 大バロウ帝国の前身が「神聖バロウ帝国」である。

 現在の大バロウ帝国の政治体制は「神聖バロウ帝国」時代と違って、世襲による絶対君主制ではない。7人の選帝侯=封建領主によって選ばれた皇帝による君主制である。


 「いえ、私は副リーダーをやらせて貰ってます。リーダーも私と同い年ですね。彼は別件の依頼を受けていて、達成後、この村で落ち合うことになってるんですよ」


 「ほぅ。まだ10代でしょう。貴方も、そのリーダーも優秀そうだ」


 同い年ということはリーダーは恐らく同じエルフ族。

 エルフ族で20代30代以上の仲間を率いているということは、将来有望な魔術師なのだろう、とブッハルトは予想する。


 「ま、俺たちが盛り立ててやってるから、こんな若輩でも務まるんだがな」


 「「「はははは」」」


 ジムが得意の軽口で場を和ます。

 ツマミのチーズはあっという間に無くなってしまた。


 「クラン名は何となくの響きですよ。歴史とロマンの響きがあります。どうせ冒険者をやるんなら、ロマンを求めたいじゃないですか。ははは」


 「ケイリィの言う通りだ。いつか中央大陸まで遠征出来るようなクランにしたいもんだぜ」


 「私は近場で飢え死にしない程度稼げれば良いんですがね」


 ザキエフが夢のある冒険者のフリをすると、セルゲィがエルフらしい言葉で対応する。

 見た目を裏切らない、適切なキャラ設定と演技である。


 「はははは。仕事となれば、大変なことも多いでしょうからな。夢と現実の折り合いはどんな仕事でも難しいもんです」


 「商人とのことだが、ブッハルトさんは具体的には何を商っているんだい?」


 「何でも扱いますよ。儲かるならね。塩や布が利益率も高く、運搬コストが低く済みます。特に布は場所を選びません」


 「なるほど。エルグレン村は村としちゃ大きいから、商売のチャンスも多いと」


 フィフス村が廃村になり、合併した際、多くは村を捨てて町に出たが、横のつながりがある者たちは隣のエルグレン村に残った。

 その為、村の人口が増えたのだ。

 

 「何だよ、俺ぁてっきり、わざわざ俺たちに声を掛けてきたんだから、冒険者の装備でも扱ってるのかと思ったぜ」

 

 「残念ながら、冒険者の装備は扱ってませんね。冒険者関係は新規参入が特に難しい分野なんですよ。露店レベルなら簡単なんですが」


 「冒険者ギルドだけじゃないですからね。想像ですが、鍛冶師ギルドや魔術師ギルドも絡んでくるんじゃないですか?」


 「おや、ケイリィさんでしたか、若いのに詳しいんですな」


 「ギルド」とは大雑把に言ってしまえば、「組合」のことである。ゆえに、どんな分野にもギルドは存在する。

 ただ、一般に、


 (1)冒険者ギルド

 (2)鍛冶師ギルド

 (3)魔術師ギルド

 (4)商業ギルド


 以上四つを「四大ギルド」と呼ぶ。

 つまり、それだけ力が強いのだ。

 中でも世界中にネットワークを持つ冒険者ギルドが一番強い。

 人族を除けば、鍛冶師ギルドはドワーフ族の会員が多く、魔術師ギルドはエルフ族の会員が多い傾向がある。

 いずれもその国の政府機関と密接なつながりがある。

 四大ギルドの中では、商業ギルドが一番力が弱い。


 「あ、俺、昔から疑問に思ってたことがあるんだ。聞いても良いかい?」


 とはザキエフ。


 「どうぞ、どうぞ。答えられることなら、何でも答えましょう」


 何故、商業ギルドが弱いのか、理由は単純だ。

 国境に阻まれ、国を(また)いだ商売が難しいからだ。

 流通コストや税金などの為、なかなか新規参入できないのが現実である。

 

 塩や小麦などの食糧や生活必需品は国同士で取引が行なわれるので、これまた一般の商会の出る幕はない。特に塩は国の専売としている国も多い。

 必然的に国内での小規模な商売で完結してしまう。

 つまり、国内のネットワークは可能でも、国を超える巨大企業になれないのだ。


 国同士の取引が可能なほどの大商会になれば、「政商」として、それはそれで階段を上り詰めたと言えなくもないが、やはり国との関係ともなれば五分(ごぶ)にとはいかない。

 商人たちにしても、魔術師や鍛冶師たちと同じような国との関係は望んでいないだろう。


 ちなみに、魔石関連など、五大国の合資クラン「始祖極星」との取引は国の代表クラスの商会が対応することとなる。

 ただし、国同士の経済協定や条約に参加する商会ともなれば、もはや、一般の「商人」の範疇ではない。

 

 「昔から疑問だったんだよ。四大ギルドの中で、どうして商業ギルドだけが、『商人』ギルドじゃないんだい?」


 ザキエフが質問する。

 確かに、冒険者ギルド、鍛冶師ギルド、魔術師ギルド、と来れば、『商人ギルド』と来るのが普通だ。

 呼び名からして、他のギルドが会員主体なのに対し、『商業ギルド』だけが業種主体だ。

 ケイリィも首を捻っている。


 「さぁて、商人の矜持とでも申しておきましょうか。商人の中には、『商売こそ、世界である』と言う者もおりますから」


 「面白い哲学ですね。『商売=世界』ですか。言われてみればその通りのような気もします。商売がなければ、他所との付き合いもない。付き合いが無ければ、存在しないのと同じと」


 「戦争すら、ある意味、商売の一環ですからね」


 セルゲィがボソリと呟く。


 「私はむしろ、戦争こそ商売だと――いや、というより、商売の中の一つとして戦争があると。金と商品が命と武器に変わっただけでしょう」


 この場合、単純な武器の売買をする武器商人や、兵站の補充に関係する商売を指してるわけではないだろう。もっと大きな「経済活動」としての戦争を語っていると思われる。


 戦争は敵を知ることから始まり、勝つために作戦を練る。

 時には戦争に勝ちながら、戦略的には負けた、という例もあるだろう。

 それは商売と同じだと。

 

 ケイリィは冬学校で教わった、「20日戦争」のことを思い出していた。


 「20日戦争」とは、かつてモスキエフ大公国が隣国ルシフ公国と戦った戦争である。わずか21日で公都ルシエルを陥落せしめ、敗れた公国は後にモスキエフ大公国に吸収合併された。

 

 ただし、「20日戦争」はモスキエフ大公国の栄光であると共に、少なくとも人族以外の種族にとって、戦争に勝ちながら、戦略的には負けた戦争であった。


 「なるほど、私もなんだか、商売を通じて世界が成り立ってるような気がしてきましたよ。ブッハルトさんはこう見えて(・・・・・)、相当な論客のようです」


 「……」


 ケイリィの言葉に皆が笑う中、ジムが干し肉を齧りながら、ゴクゴクとワインを流し込む。

 

 「――俺たち『神聖シンバ皇国』は今は弱小も弱小のC級クランだが、いずれ傭兵団を結成したいとの野望がある」


 「はぁ」


 ジムの声が一段低くなる。

 素なのか、酔った演技かは微妙なところ。


 「――ブッハルトさんの野望は?」


 「私も気になりますね。酒の席での話題には丁度良いし」


 アルコールは気を大きくするので、一般に野望関連の話題は盛り上がるものだ。

 歳を取れば覚めた時の自己嫌悪から避ける話題でもあるが、それでも場が盛り上がることに変わりはない。


 「……難しい質問ですね」


 「おやおや、気の荒い冒険者に酒を奢って話を聞きたいと言ったのはブッハルトさんだ。暇潰しにこういう話題で盛り上がりたかったんじゃないのかい?」


 「まぁ、確かに皆さんの野望を聞いた後で、私だけ、若いだの、青いだの腹の中で言い訳するのも卑怯ではありますな」


 ブッハルトはワインの入ったジョッキを一気に飲み干す。

 ジョッキは500cc以上は入るサイズである。

 皆のピッチも上がっている。

 そろそろ4Lの樽が空きそうな雰囲気だ。


 ブッハルトがゴブリンの干し肉と、長髭ヤギの乳から作ったチーズ、それにワインを4L樽で追加注文する。

 

 ちなみにゴブリンの干し肉は、干し肉の中では最下級の干し肉である。

 とにかく安い。

 加工過程で魔力抜きは必要だが、森さえあればどこでも手に入る為、安い酒場などではお馴染みのツマミだ。

 塩と香辛料で濃い味付けが為されており、酒が進むのも好まれる要因。

 それに、一旦酔ってしまえば、多少の味や匂いなど気にならない。



 「私の野望は『世界(アラト)商会』です――、げっプ。こりゃ失礼」



 「……大きく出たね」



 ゲップのことではない。

 概念としては、グローバル企業といったところか。


 酒の力は偉大である。

 大の大人が、愚にもつかない夢を恥ずかし気もなく口にするのだから。


 「『世界商会』――正確には『世界商会』とは違いますが、似たものとして『始祖極星』がありますね」


 「ふっふふふ。あれは商会などではありませんよ。第一、彼らは何も商っていません」


 「その心は?」


 「商売とは一方的に商品を卸し、言い値で金を毟り取ることとは違います」


 「『押し売り』も商売の一形態だと思いますが?」


 「確かに、ブッハルトさんはさっき戦争も商売の一環だと言ってたな。はははは」


 「それは違いますよ。戦争にはリスクがあります。もちろん、押し売りにだってね。負けることはあるし、失うものもあるでしょう。商売敵(しょうばいがたき)が出てくれば、取引自体が難しくなることもある」


 「『始祖極星』にはリスクがないと」


 「ありません。だから商売ではないし、彼らは商人でもない」


 「言うねぇ」




 「事実を言ったまでです。奴隷主は奴隷に食事を与えることを商売だとは考えません」




 ブッハルトは酔うと鼻の頭が赤くなる体質のようだ。

 すでに随分と赤い。

 しかし、眼は真剣そのもの。

 ゆえに、本心だろう。


 「(娘がゴブリンの苗床になっているかも知れないのに、まるで気にしていない感じだな。強がってるだけかもしんないけど)」


 ワインをガブ飲みするブッハルトの姿からは、家族思いの父親像は想像出来ない。

 だが、ケイリィには、だからこそ信用出来る気がした。

 

 アラトに「独占禁止法」はない。

 ただし、地球には「特許」や「関税」も同時に存在する。世界が狭くなったことで、多国間、二国間など、都度都度で対応出来るようになったからだ。

 単に科学の発展の結果であり、別に、地球人が元からフェアだったわけではないし、今尚、フェアではない。

 世界が狭くなった現状で、ある程度フェアな振りをしなければ、戦争になるから形だけの枠組みが出来たに過ぎない。現に、国家の経済力と戦力は比例関係にあるではないか。




 「「「奴隷……」」」




 奇しくもケイリィ以外の三人が呟きが重なる。


 フェアであることを良しとするのは、人類普遍の価値観でも何でもない。

 元々、強者に弱者を救う義務などないし、強者/弱者に関わらず、自分にのみ都合の良いシステムが一番良いに決まっている。


 五大国にのみ都合の良いシステムを、五大国が作ったのだ。

 五大国だけがそれを可能とした。


 五大国が野望の為に動いている時、他の国は何をしていたのか――否、今現在、五大国以外の国は何をしているのか。

 

 彼ら五大国はずっと強者になろうとしていたのに。

 当然、今も強者であり続けようとしている。

 その間、弱者は何を?

 時間はあったはずだ。

 長い長い時間が。


 何もしていない。


 今も昔も何もしなかったのだ。

 何もしなかったのだから、追いつけるあけがない。

 魔石を「始祖極星」の言い値で買い、「教会税」を自分たちの国ではなく、エドラ教皇国に納めながら、何もしなかった。


 モスキエフ大公国の歴史を紐解くまでもない。

 モスキエフ大公国の国民は、生き残ることだけを考え、生き永らえた結果が今だ。

 ある意味、生存戦略の結果、「奴隷」という立場を勝ち得た(・・・・)と言えなくもない。

 それを今更、現状が不満だからと、酔って強者にケチをつけるのは、それこそフェアではない。



 ケイリィはそのことを自覚している。

 先達の「生存戦略」の結果、今、こうして酒を飲み、酔えているのだと。

 

 

 ゴトリ……



 「?」



 テーブルの上に、ケイリィが懐から取り出した芋が一つ転がる。

 僅かに土が残っている。


 「……これは?」

 

 「フィフス村の林で野生化していた芋です。ここから先はブッハルトさんがとっている部屋で話しましょう」

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