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 第14話 「カミル・エバレット」

 私がモスキエフ大公国・レバタン伯爵領を訪れたのはコーカ暦1783年、まだ所々に雪の残る3月初旬のことであった。


 レバタン家はモスキエフ大公国においては最も古い家柄の一つだ。モスキエフ大公国を建国したラージ家から、ヴァーリ家と共に伯爵位を与えられた過去がある。

 レバタン伯爵領も「五月興国」以前は貧しい領地だったが、今では豊か――とは行かないまでも、大量の餓死者を出すなどといったこともなく、安定した領地運営が行なわれている。


 私がこの国を訪れた目的は『大樹の記憶』の収集だ。


 ご存知の通り、エルフ族の居留地は世界各地で減少していっている。

 人口の減少もさることながら、それ以上に自治区や居留地の減少が目立つのだ。

 私もエルフ族の一人として憂慮してはいるが、いかんせん、個人の力というものは大きな時代の流れに対しては無力だ。

 他種族との共存共栄によって、同胞たちは地域に溶け込んで行っているのだと好意的に解釈したいところだ。

 現実はなかなか厳しいものがあると承知の上で。


 個人レベルで活躍するエルフ族は世界を見渡しても少なくないのだが、なぜか集団となるとその力を失ってしまうという、何とも因果な種族と言えよう。


 いずれにしても、私の目的は各地でエルフ族が減少し、『精霊の宿る木』が失われる前に、彼らが生きた記憶を収集することである。



 助手のヴァルナークが「フィフス村封鎖」の情報を入手したのは、フィフス村が実際に立ち入り禁止区域になるわずか4日前。

 何でも、作物を腐らせる「老種病」なる病気が流行ったとのこと。


 現地に着くと、街道沿いにはあちこちに看板が立っており、旅人や露天の店主などからも止められた。

 彼らとしても、病気を持って戻って来られたら困る、という切実な事情があるのだろう。

 完全に閉鎖されて、まだ3週間といったところ。

 周辺住民の警戒度も高い。



 「また隠密での潜入か……」


 溜息が漏れる。

 事情は理解できるが、全くもって嫌になる。

 村人の目があるので、一旦、エルグレン村を反対方向に出て、遠回りするしかない。


 「仕方ありませんね。フィフス村は『老種病』という作物が腐る病気のせいで廃村が決定しました。むしろ、一人も犠牲者を出す前に廃村を決定した伯爵を褒めるべきでしょう」


 助手のヴァルナークへの賃金が数日分余計に発生する。


 しかし、ヴァルナークの言う通りだ。

 エルグレン村をはじめ、フィフス村に隣接するいくつかの村で聞き取り調査をしたところ、白色ボアへの感染は確認済みとのこと。

 つまり、「老種病」なる病気は植物、生物を問わないのだ。

 当然、人間にも感染するだろう。


 もっとも、立ち入り禁止と言われて、はいそうですか、と従う気などさらさらないが。



 「やはり、ありますね」


 助手のヴァルナークはスキル『大樹の芳香』を持つ。

 このスキルは『精霊の宿る木』を探す、かなり特殊なスキルだ。もちろん、エルフ族の種族特性スキル(レア)である。

 そのせいで、彼は随分と態度が大きい。

 口調は柔らかいが、慇懃無礼というやつだ。

 彼は助手にも関わらず、何と、月に5万セラ(※日本円で約50万円)もの賃金を私に要求するとんでもない悪漢だ。

 忸怩たる思いはあるが、彼以外に『大樹の芳香』を持つ者を知らないのだから仕方がない。

 私など、まるで彼に賃金を支払う為に働いているようなものだ。こっちは原稿料だけでは賄えず、冒険者の真似事までしているというのに。

 

 彼に言わせると、「何十年も先生にお供させられて、今更助手以外の仕事は出来ないのだから、正当な報酬を要求しているだけ」だそうだ。

 全く、とんでもない話だ。



 話がそれた。

 まずは『精霊の宿る木』を説明しなければならない。

 

 『精霊の宿る木』はエルフ族だけが育てることができる『世界樹』のレプリカである。レプリカと言っても、株分けした『世界樹』ではない。

  コラの実(種)をスキル『大樹の守人』を持つ者が育てると『精霊の宿る木』となる。これも種族特性スキル(レア)である。


 エルフ族なら誰でも育てられるわけではないので、エルフ族の居留地ならどこにでも生えている、というわけでもない。

 結局、スキル『大樹の芳香』を頼りに、現地に赴き、足で探すしかない。


 「1km圏内にありますよ。早速、向かいますか?」


 「そうしましょう」


 

 『精霊の宿る木』には、文字通り、精霊が宿っている。

 宿っている精霊の属性は木を育てた者の任意の属性(=召喚した精霊の属性)になる。

 つまり、『精霊召喚』と『大樹の守人』はセットなのだ。

 『精霊召喚』単独でも、精霊を呼び出すことは可能だが、『大樹の守人』が無ければ、精霊をひと所=『精霊の宿る木』に留め置くことが出来ない。


 『大樹の記憶』とは、その精霊と仮契約を結ぶことである。精霊と仮契約を結び、過去のエルフ族が残した記憶を読み解くのだ。

 『大樹の記憶』はエルフ族なら誰でも持っている種族特性スキルである。


 整理しよう。


 (1)『精霊の宿る木』:世界中のレプリカ。コラの実から作られる。

 (2)『大樹の守人』:『精霊の宿る木』を育てる為の種族特性スキル(レア)。

 (3)『精霊召喚』:精霊を呼び出す召喚魔術。種族特性スキル。

 (4)『大樹の芳香』;『精霊の宿る木』の場所を探す為の種族特性スキル(レア)。

 (5)『大樹の記憶』:『精霊の宿る木』に記憶を残し、また読み解く為の種族特性スキル。ただし、スキル『古代語』があれば他種族でも読み解くことは出来る。


 これだけ、種族特性スキルやレアスキルが関連している事象はアラト広しと言えども、相当に珍しいのではないか。

 私からすれば、「文字に起せよ」と思わないでもないが、他種族には触れられたくない情報も含まれているのだろう。


 

 「相変わらず、寂しい場所ですね」


 「全く、どうしてエルフ族は、村でも町でも、いつの間にか中心から離れた場所に移り住んでしまうのかしら」


 理由は分かっている。

 エルフ族にとって、人族や獣人族の生き方は眩しいからだ。

 例え人族よりも魔術に長けようと、例え獣人族よりも頭が良かろうと、心のどこかで彼らの生き方に屈服してしまっているのだ。

 エルフ族の長い一生は、単に時間を薄めているだけだと。

 その長い時間で、一体、何を為したのかと。

 優越感と劣等感が奇妙に入り混じった結果、エルフ族の閉鎖的な性質は作られたのだ。


 エルフ族の中にも、例外もいるにはいる。

 かく言う私も例外だろう。

 私の兄もそうだ。

 だが、大多数のエルフ族は人族や獣人族と比べると、「生命力」や「活力」といったものに乏しい傾向があるのが現実だ。


 「何か、枯れかけてません?」


 確かに。

 でも、これは「枯れる」というのとは少し違う。

 普通の(・・・)コラの木に成りかけている。

 

 「まさか、精霊がいない?」


 「どうやら、そうみたい」


 アテが外れたらしい。

 これは精霊が去った後の木だ。

 『精霊の宿る木』は精霊が去れば、ただの木に戻る。

 すぐに記憶が失われることはないが、長い時間を掛けてゆっくりとただの木へと戻っていく。

 この感じだと、精霊が去って5~6年といったところか。

 勝手に精霊が去ることはないので、誰かが精霊と本契約を結んだということだ。


 この場合、精霊がいないので、当然、精霊との仮契約も出来ない。よって、『古代語』を持っている者にしか記憶は読めない。もはや、精霊とのコミュニケーションで情報を得るのではなく、古文書の解読と同義となる。

 まぁ、私は『古代語』も持っているから、解読することに問題はないが、それでも、失われてしまった記憶は戻らない。残った記憶も断片的であったり、読み取れなかったり、とにかく読み解くのに苦労する。


 「へぇ、この村はエルフ族が切り拓いた村だったみたい。ご先祖様も頑張ったみたいね」


 「ご先祖様と言っても、ほんの一世代前くらいでしょ、この木の細さだったら」


 ヴァルナークの言う通り、「大樹」と言うのも憚られるほどの、頼りない木だ。幹の太さは20cmもない。


 それほどの量もないので、2日もあれば情報のサルベージは完了すはずだ。

 慣れたもので、ヴァルナークが数分と掛からずテントを設営した。

 テントを中心に半径2mほどが土魔術で石に変えられている。

 地面を平らにし、土中にいる虫や水分を取り除くためだ。

 この一手間が野宿を快適にする。


 「しかし、この季節に火を使えないのは辛いですね」


 ヴァルナークがチラチラとこちらを見てくる。

 火を使わない暖房系の魔術を彼は要求しているのだ。

 食糧はマギバッグに入っている分で間に合うが、寒さだけはどうしようもない。かと言って、村に無断潜入中に火を焚いて狼煙を上げあるわけにも行かない。


 テントの中をみると、すでに床には『湯床』が敷かれていた。

 『湯床』はマットの中に金属のパイプが入っており、中に水を入れ、それを湯に変えて暖をとる魔道具だ。


 ヴァルナークはエルフ族。

 魔力容量には全く問題がないくせに、こんなことまで要求してくる。それくらい、自分で魔力を込めれば良いのだ。テント下の地面を固める時には魔術を使っているのに、この程度のことに骨惜しみをする。

 酷い男だ。


 「はい、『湯床』は使えるわよ」


 「ありがとうございます」



 翌日、『大樹の記憶』を読み解いていると、朝、散歩に出掛けたヴァルナークが昼前には戻ってきた。


 「食糧は持って行ったんじゃなかったの?」


 「ここから1kmほとのところに、女のエルフ族が一人います。耳の長さから、多分、純血です」


 「フィフス村は立ち入り禁止でしょ? 封鎖は完了しているはず。何をやっているのかしら?」


 「1時間ほど監視を続けましたが、何もやっていませんでした」


 「若いの?」


 「見た目は若いですが、『遠目』だけでは分かりません。自殺する気かもしれません」


 考えられることだ。

 信頼できる自殺率の統計はないが、種族的に自殺率が一番多いのはエルフ族だろう。エルフ族の自殺と言えば、コラの実中毒による「餓死」が有名だ。

 せっかく長い寿命があるのに……、と思う向きもあると思うが、この長い寿命が曲者なのだ。


 そのエルフ族の女はボロ小屋の前の畑らしきものを、ジッと見ているだけだったそうだ。


 「まだ記憶のサルベージ途中だけど、会ってみましょう」


 別に自殺したい同胞を止めようと思ったわけじゃない。

 単なる気まぐれだ。

 面白い話を聞けるかも知れないし、胸糞悪くなる話を聞かされるだけかも知れない。

 感覚としては、『大樹の記憶』を読み解くのと同じだ。実際、彼女が自殺する気なら、大して変わりはない。

 


 ◇◆◆◆◇



 彼女の名はミリィ・ブッハルト。


 フィフス村の外れで私が読み解いている最中であった『精霊の宿る木』。彼女はその樹に宿っていた精霊と、「仮」ではなく、「本契約」をしたエルフ族であった。


 精霊の名はノーマ。

 土の精霊族である。


 ミリィは人族の夫と3歳になる一人娘がいる、普通のエルフ族の女である。

 愛する者たちと死別したわけではない。

 二人はモスキアに住んでいるという。

 ミリィはここで何をしようとしているのか。

 丸太に腰かけ、朽ちそうな小屋の壁に背中を預けて、ただ畑を見ている。

 畑と言っても、2m×5m程度。観賞用の花を植える程度の広さだ。


 「腐った種芋は15個目。私がここに来て15日ということね」


 随分と顔色が悪い。

 

 「新しい芋を作りたいの。朝早くに16個目の種芋を植えたところよ」


 彼女はそう言った。

 少し離れた場所に、掘り出されたのだろう腐った芋が臭気を放っていた。

 

 ノーマにも話を聞きたいと願い出たが、MpもHpも節約したいので、目的以外では出せないとのこと。

 何と、彼女はノーマの精霊魔術で、土壌を改良させ、芋を育てようとしていたのだ。

 少しずつ土壌の構成成分を変化させて、「老種病」に罹らない条件を総当り的に見付けようとしていた。


 まずは彼女が正気かどうかを確認しないといけない。


 「種になる芋はどれくらいあるの?」


 「200個くらいかしら」


 「200回精霊魔術を使うというの?」


 「最悪の場合ね。途中で芋が育つ条件を見付けられたら、そこまでよ」


 言っていることは分かる。

 植物学者でもない私に言えることなどあるわけがないのだが、果たして、そのやり方は正しいのか?

 

 そもそも、その種芋が全て「老種病」のキャリアなのか否かが分からない。「老種病」のキャリアの種芋が正常に育てば、彼女の目的は達するということか?

 もし、彼女の用意している種芋がキャリアじゃなかったらどうするのか。それは意味のない研究なのではないか?


 「全て正常な芋よ。ノーマに視てもらった。『老種病』の病原は間違いなく土の中にある」

 

 「老種病」は土が原因ということか。

 そこまで分かっているのなら、話は早い。

 老種病キャリアの種芋は存在しないということだ。芋が育つ前に腐るのが「老種病」なら、そういうことなのだろう。

 逆に言うなら、芋が育てば、それはノンキャリアだということ。


 他の植物にもうつるらしいし、白色ボアにも「老種病」は出たという。なるほど、土の中に病原があるとしたら、納得は行く。


 つまり、彼女の目的は、正常な芋が、「老種病」が存在する環境下において、正常に育つ条件を発見すること。


 仮に発見出来たとして、フィフス村中の土壌を改良しないことには、元の木阿弥だ。それも全て『精霊魔術』でやるつもりか?


 「うーん、ちょっと違うかも」


 どういうことなのか。


 「私は、エルフ族でも新しい発見が出来るということを証明してみたいの」


 何となく理解は出来る。


 「あなたもエルフ族だから分かると思うけど、エルフ族って――はっきり言って、寄生虫よ」


 そういう見方も一部の人族の間ではある。

 

 いろいろ理由はあると思うが、私が思うに、戦争になった時に、死亡率が一番低いのが原因だ。

 獣人族が一番高く、その次に人族、エルフ族は死亡率が低い。

 ドワーフ族も低いが、武器製造などで戦争に参加しているので、戦闘での死亡率が持ち出されることは少ない。

 

 それは生き残った者たちが囁くことである。

 戦争で愛する者を失った家族や親類たちが、密かに囁くこと。


 戦争で一番死亡率が低いのに、エルフ族は長寿だ。

 人族の3倍から4倍の寿命がある。


 だが、それらは全て人族の一方的な見方によるものだ。

 なぜなら、戦争自体、人族が引き起こすものだからだ。

 国を創るのは人族だ。

 戦争は国同士の利害関係において引き起こされるものだから、戦争の原因は人族にある。

 もっと小さな組織でも闘争は起きるが、やはりそれも人族が引き起こすものだ。


 エルフ族は元々、闘争を好まない――いや、それは正確ではないか。

 エルフ族も個人レベルでは闘争をするからだ。

 だから、闘争を好まないというのは語弊がある。


 エルフ族は組織に対する帰属意識が薄いのだ。

 同族に対する帰属意識すら薄いのに、国など、もはやエルフ族にとっては得体の知れない神への信仰と同じなのだ。

 仮に戦地に従軍したとして、そんなものの為に、エルフ族が本気で命を賭けるだろうか?

 答えは否だ。


 エルフ族は、一部の民族主義的なエルフ族が標榜するような、平和的な種族では決してはない。

 その証拠に有名冒険者や有名魔術師は多く存在するではないか。

 彼らは自分自身の為に闘争しているのだ。

 

 それらもまた、「エルフ族は寄生虫だ」という心無い言葉を支持する原因になっている。

 つまり、個人レベルでは熱心に闘争するくせに、国の為には命を賭けないと。

 ゆえに、寄生虫。

 エルフ族が人族の国で暮らすというのは、そういう空気の中で生きるということだ。


 エルフ族が本当に望んでいるのは、実は、人族がおらず、決して人族が攻めてこない土地なのかも知れない。

 現状、国というものは人族の国しかないのだから、望んでも得られない願望ではあるが。


 ミリィが「はっきり言って、寄生虫よ」というのも、ある意味正しい言葉なのだ。人族から見ればそうなのだろう。魔大陸を除けば、アラトには人族の国しかないのだから、当然、そういう結論になるのだろう。


 「あなたはエルフ族の為に、新しい芋を作りたいの?」


 「それもあるけど、娘の為ね。ホルダというの。3歳になるわ」


 「娘さんの為だというのなら、まだ3歳なんだし、側にいてあげた方が良いのではなくて?」


 「かもね。でも、エルフ族の一生は長い。将来、埋め合わせはするつもり。でも、新しい芋を作れるのは今しかないの。モスキアじゃ、こんなこと出来ないし」


 仮に、新しい芋が作れたとして、果たしてそれが売れるだろうか。

 病気が原因で廃村になったような村で収穫された芋が。

 芋なんて、地産地消しないと儲けなんて出ない。フィフス村から遠く離れた他領に卸せば売れるだろうが、輸送コストが掛かりすぎてしまう。

 ミリィは商売のことを分かっているのかしら?


 「旦那さんはモスキアで何を?」


 「夫は『ケイラン商会』で働いているわ。御父様が商会の会頭をやっているの」


 その辺りも関係しているのかも。

 商売をやっている夫と、その御父様に一泡吹かせてやりたいと。


 なかなか面白い女性だ。


 「娘さんの為というのは素敵ね。そういう言葉を同じエルフ族から聞けると嬉しいわ。売れると言いわね、新しい芋」


 運良く新しい芋が出来たとしても、商売としては失敗するだろうけど、後見に商会があるなら、経済的には安心なわけか。

 自殺志願なんて、失礼な決めつけをしてごめんなさい。ヴァルナークにも後でキツく言っておくわ。



 「あ、そうじゃないのよ。新しい芋が売れるかどうかは、実は私、あまり興味がないのよ。第一、フィフス村で採れた芋なんて、値段が付くかどうかも怪しいし」



 「?」



 「私は、エルフ族でも未来の為に貢献できる、ということを証明したいの。そして、それを娘に教えたいのよ」



 「!!」



 「将来、娘が自分たちのことを『寄生虫』だなんて思って欲しくないの」



 衝撃を受けた。

 心底、驚いたと言って良い。

 

 ミリィは未来の為に今を捧げようとしているからだ。


 獣人族や人族には時々見られるこの手の「献身」は、エルフ族にはなかなか見られない傾向なのだ。

 もちろん、エルフ族とて、地域や国に貢献することはある。組織に参加している以上、当然のことだ。

しかし、心ならずも発生した義理によって、仕方なく――、というのが実際のところ。避けられるのなら、避けたい、というのが本音だろう。


 別に、当人の本意がどこにあろうと、貢献や献身の価値が失われることはないが、やはりやる気やモチベーションというものは、結果にも影響する。先に例に出した、戦場での死亡率もそうだ。


 ようは、ミリィのように、「未来に貢献したい」という発想は、エルフ族からはめったに生まれるものではないのだ。


 ミリィの言葉を聞いて、私は一瞬、彼女の正気を疑ってしまった。

 私自身、彼女と同じように何かに貢献したい、と思っていながら、実際に、何かに貢献しようとするエルフ族を見て、正気を疑ってしまったのだ。


 私こそ、エルフ族を信用していないのだ。



 ふと畑の隅を見ると、背丈30cmほどの細いコラの木が生えていた。

 育てている最中なのだろう。

 土の精霊が彼女の味方なら、大きな樹になるかもしれない。


 「『大樹の守人』持ちなのね」


 「ええ。もし私に何かあったとしても、ホルダは『大樹の記憶』を使って、私がここで何をしようとしていたか読み解くことが出来る」


 『精霊魔術』か。

 ということは、ミリィは『精霊魔術』が何か知っているのね。

 契約者なんだから当然か。


 エルフ族の中にも知らない者がいることだが、『精霊魔術』は、実は正確な意味においては魔術ではない。

 魔力を使わないからだ。


 『精霊術』と言い換えるのが正しいかも知れない。

 単に、精霊が使う魔術らしきもの、なのだ。


 いわゆる『精霊魔術』はMpではなく、Hpを使う。

 それも、契約者の血肉を使って、強制的にHpに変換させるのだ。

 もちろん、Hpは時間と共に回復するが、そんなものは誤差でしかない。本来、契約者に備わっているHpだけでは展開できないのだ。


 『精霊魔術』とは、契約者の血肉を対価に「魔術らしきもの」を精霊と共同で展開する術である。

 魔術体系に照らせば、外法とさえ言える。


 彼女の顔色が悪いのは、そういうことなのだ。


 彼女は覚悟を決めている。

 『精霊魔術』は使いすぎれば、死ぬということを理解した上でやっているのだ。

 彼女は種芋の数は約200個だと言った。

 それ以外に種芋がないのなら、使い尽くした時点で終了だ。

 最初に1日一個ペースで実験をしていると言っていたので、最長で200日か。

 早い段階で成功すると良いが……。


 200日なら、その間の食糧やポーションなどの備えが万全なら、耐えるかも知れない。

 キツくなれば、ペースを落とせば良いんだし、エルフ族の種族特性上、飢餓には強い。


 しかし、15日目にしては、体調はあまり宜しくないようだ。

 元々、彼女は体力的に問題があるのかも知れない。


 「旦那さんはあなたが何をしようとしているのか、知っているの?」


 「新しい芋を作ろうとしていることは伝えてあるけど、正確なところは知らないと思う。第一、ノーマのことは言ってないし」


 つまり、ミリィが命を賭けていることまでは知らないということね。

 もっとも、言えば止められるに決まってるから、仕方なかったんだろうけど。


 「私たちは、村の外れにある『精霊の宿り木』で記憶をサルベージする為にこの村に来たの。明日には終了する予定よ」


 「そう」


 「だから、持ってきた食糧が無駄になってしまうのよね。一週間分くらいしかないけど、彼との二人分だから二週間以上は持つはずよ。小屋の中に置いていくわ。少しでも体力をつけて、実験を成功させてね」


 ヴァルナークの表情は死んだように無表情だ。

 どうせ、自分のマギバッグにはいくらか残しているくせに。


 私にはこれくらいしか出来ない。

 彼女と共に協力してやれないことはないけど、それは彼女の望みではないだろう。


 彼女は娘の為だけじゃなく、自分の為にもやり遂げたいはずなのだ。

 彼女は自分で自分に証明したいのだ。

 寄生虫などではないということを。


 種族に関わらず、人間は何かを証明するために生きている。

 彼女もそうだし、私だってそうだ。

 しかし、それにはタイミングがとても重要で、機を逸すると、その先どんなに長生きしようと、機会は再び訪れない。

 彼女にとってのタイミングが今なのだ。

 それが成功するか失敗するかは重要ではない。

 重要なのは挑戦したかどうか。

 もし万が一、失敗したとしても、彼女の娘は『大樹の記憶』を使って、誇らしい想いと共に、母の一生を記憶するだろう。

 その想いの積み重ねが、エルフ族の誇りとなっていくはずなのだ。


 顔色は悪いのに、彼女の眼はキラキラと輝いている。

 

 それが全てだ。


 「話を聞いてくれてありがとう。それと、食糧も」


 「良いのよ。モスキアに行った時には訪ねてみるわ。『ケイラン商会』だっけ?」


 「ええ、そうよ。実験が終わったら私もモスキアに行くから、家族3人で元気にやっているはずよ」


 「楽しみにしてるわ」



 ◇◆◆◆◇



 13年後、たまたまモスキアに立ち寄った際、『ケイラン商会』を訪ねた私はそこでミリィの死を知った。


 私たちと別れた約2年後、ミリィの夫ブッハルトが冒険者ギルドに依頼し、ミリィの安否を確認したそうだ。

 冒険者たちは小屋の前で餓死したミリィの死体を発見したという。

 今となっては、冒険者が彼女の死体をちゃんと埋めたかどうかさえ分からないという。


 エルフ族がわずか2年程度で餓死するのはあり得ない。

 小屋の中にはコラの実がたくさんあった。

 到底、2年どころの量ではなかった。


 彼女は『精霊魔術』を使いすぎたのだ。



 別れ際、ブッハルト・ケイランに『精霊の宿る木』のことを伝えた。


 「冒険者たちは気付かなかったかも知れませんが、小屋の近くに彼女が育てた『精霊の宿る木』があったはずです。それには彼女が生きた記憶が残っています」


 「『大樹の記憶』があれば、母の記憶が読めるんですよね?!」


 「ええ、そうよ」


 ホルダ・ケイラン。16歳。

 ミリィに良く似ている。

 とても意志が強そうだ。

 

 「私はもう、あの地へは……」

 

 ブッハルトの方は気が進まないらしい。

 まぁ、二人でじっくり話し合って決めれば良い。


 私の口からミリィのやろうとしていたことを伝えるのは、どこか差し出がましいようで、控えさせてもらった。

 

 たかが一人のエルフ族の女がどう生きたのかという話。

 ミリィの一生など、社会に何か影響があることでもない。

 新しい芋が出来ていようが、出来ていなかろうが、大した価値はないのだ。

 その証拠に、私たちは毎日のように芋を食べているではないか。

 別の土地に移って、そこで別の芋を育てれば良かったのだ。


 「老種病」なんて病気、結局、フィフス村以外では聞いたこともない。

 「老種病」に似た「腐肉病」なら時々耳にするが、回復魔術師でもない私は「腐肉病」に詳しいわけでもない。

 いずれにしても、たかが芋。

 命を賭けるようなことじゃない。



 それなのに、涙が出るのはどうしてか。

 これは哀悼の涙ではなく、挑戦者を称える涙だからだ。

 

 彼女は戦ったのだから。

 彼女のやり方は賢かったのか、愚かだったのか。

 それは戦わなかった者が決められることではない。


 仮に彼女の戦いが無駄なことだったとしても、彼女が戦ったことが無かったことにはならない。

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