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 第10話 「世界が広がるということ」

 ラスカが立ち上がり、それと入れ替わるようにタチワナが座り直す。

 振り上げた拳を下ろすタイミングを逃し、立ちっぱなしのタチワナだったが、ラスカが代わりに立ち上がったことで、良いタイミングと見たのだろう。


 ボトッ、ボト、ボト……


 ラスカがマント代わりにしている上着のポケットから、簡易カマドの前に座り込んでいる皆の前にジャガイモに似た芋が転がる。


 「これは何だ? 腹はもう十分膨れているが?」


 ジムが答える。

 ケイリィはもちろん、他の者もそれが食べる為のものでないことは分かっている。

 だが、ラスカの真意までは測りかねていた。


 「第一候補の巣の近くで掘ったものですよ。茎は枯れていましたが、健康な芋ならそれは当たり前の姿です」


 フィフス村の村人が土地を放棄した後、野生化した芋だろう。

 収穫しなかった芋は、地中でそのまま冬を越し、雨や雪、病気などで腐らなければ、春にまた芽吹いて芋が育つ。根菜類とはそういうものだ。


 「なるほど……」


 セルゲィのスキル『早見え』が発動したらしい。

 『早見え』は『解析』と似たスキルで、『解析』ほどの信頼性はないが、とにかくレスポンスが速い。


 「もちろん、野生化した芋です。しかし、収穫した痕跡がありました」


 「ゴブリンは稀に作物を育てる群れがあるらしいからな」


 「ロンの言う通りだ。二本足の亜人には土地によっては時々見られる習性だ。稀だが全く前例がないわけじゃない。元々、ここは村があった場所だから、野生動物などの食べ物が少なかったのかも知れん」


 ジムも『解析』で出た結果を開帳する。

 しかも、ロンに対し、「リーダー」ではなく、「ロン」と呼んで。


 「亜人種」とは一般に二本足で群れを形成する魔物を指す。

 人族以外の、例えば、エルフ族や獣人族など広義の人間(・・・・・)を指して使う場合は、明確な差別用語になる。


 「フィフス村はどうして廃村になったんでしたっけ?」


 「「「「「!!」」」」」


 一同は重要なことを思い出す。

 フィフス村はただの廃村ではない。

 芋の病気で廃村になった村なのだ。


 「ケイラン商会が何をしようとしていたかまでは分かりません。だけど、この芋が関係していることは間違いないでしょう。ゴブリンだけじゃなく、人間の足跡も確認済みです」


 「『老種病』だ。俺が聞いた話じゃ、芋が育ちきる前に腐ってしまう病気らしい」


 補足したのはザキエフ。

 芋に関しては、元々、ザキエフの情報からラスカはロジックを組み立てている。


 「それが、地中で冬を越す種がある。不思議なことですよ、これは」


 ラスカはおどけたように両手を広げる。


 「フィフス村が廃村になってから10年くらいだったっけ? 芋は人の手が入れば年二期作だが、野生下では年に一度だろ。10年なら、約10回しか世代交代してない」


 「たった10回の世代交代で、それもほとんど自然の状態で新種が生まれるものなのかい?」


 ジムの分析に対し、浮かんだ疑問を素直に口に出すタチワナ。

 確かにゴブリンが拙い栽培を試みていたとしても、新種というのは大袈裟かもしれない。ただ、病気に強い種が生き残ったのは事実であろう。それを新種と認定するのか否かは別にして。


 「そんなこと、百姓でもなければ、専門の植物学者でもない俺に分かるわけがないです。ただ、重要なのはケイラン商会の連中がこの街道を使った目的が、それ(・・)ってことでしょう」


 「「「「「……」」」」」



 「えっと、ギルドで最初の面談の時に気になったことがあったんですが、特に依頼の件とは関係ないと思って、黙ってたことがあります」


 「何のことだ? セルゲィ」


 「ジムさん、依頼票の写しありますか?」


 「もちろんあるよ。ほれ」


 ジムが内ポケットから写しを取り出し、セルゲィに渡す。


 「やっぱりですね。特記の※1を見てください」



 『※1、巣は洞窟タイプで、群れの推定規模は20頭前後。』



 「……どうして、巣が洞窟タイプって分かってるの?」


 「「「「「!!」」」」」


 写しを見て、最初に気付いたのはハリチコ。

 確かにゴブリンの巣は洞窟が多い。ゴブリンにとっても、雨に濡れるのは嫌なものだからだ。自然の洞窟の場合もあるし、横穴を掘る場合もある。

 北大陸の場合、寒さ対策も重要なので、洞窟タイプが多くなるのは必然だ。


 だが、ゴブリンの巣には木の洞もあれば、簡単な小屋を作ることだってあるのだ。まして、ここはかつて村があった場所。壊し漏れた家屋や小屋の可能性だってあるだろう。

 洞窟タイプと断定出来るわけがない。


 「もちろん、第一候補の巣は洞窟タイプです」


 「つまり、ケイラン商会がゴブリンの巣は『洞窟タイプ』だと、情報提供の時にギルド側に伝えたわけだな」


 ジムが情報ソースの出所を断定する。

 ケイラン商会は巣の場所を知っていると。


 「そういうことです。ギルド職員が依頼のランク設定などで受付前に下調べに出向くことはありますが、ゴブリンの巣討伐程度でそれはないでしょう。訳アリ案件とは言っても、それは期限に関するもので、依頼主は信用のある商人です」


 供託金50%という、急ぎの案件であることも、ラスカの読みを後押ししている。職員が下調べに出向くくらいなら、ゴブリンの巣の討伐程度、職員が討伐してしまえば良いのだから。


 そこで一つの疑問が湧く。

 ゴブリンの巣の討伐程度、ケイラン商会でどうにかならないのかと。

 腕の立つ用心棒や食客、傭兵の数人程度、常駐しているのではないのか。護衛を同行させていたのだから、さらに数を増やせば良いだけではないか。

 ただ、そこは情報が少なすぎて確証がない。

 推理に推理を重ねても、あまり意味がない。


 「『ケイラン商会』は、最近、あちこちに支店を出してるって話だな」


 「ハバストロクに支店を出したという話は聞きませんが、モスキアにはありますね。創業者はモスキア出身のはずです」


 名前は思い出せませんが、と言いながら、眉間に手をあて思い出そうとするセルゲィ。


 「そうなれば、当然、冒険者ギルドとの関係も増えるわねぇ」


 「商会の護衛を一手に引き受ければ、美味しい客になる。冒険者ギルドとしても、末永く付き合っていきたい相手か」


 ジムは言いながら、ある種の感慨に耽っていた。

 今まで数多くの依頼を受けてきて、そのほとんどを達成してきた。難しい依頼もあれば、簡単な依頼もあった。安い依頼も、高い依頼もあった。しかし、たった一つの依頼に対して、ここまで深く情報を精査した依頼があっただろうかと。


 「まぁ、その辺りでしょうね。いずれにしても、事件現場とされる場所と、実際の事件現場は違っている可能性が高いです」



 「ラスカ、ケイランが何かやってることに、いつ気付いた?」


 ジムが問う。


 「最初からです。実に胡散臭い依頼でしたから。自分たちの間抜けさをアピールすることで、逆に信憑性を増そうとする魂胆が見え隠れしています」


 「「「「「……」」」」」



 「ホルダって娘は……、本当に存在するのか?」



 言葉にしたのはロンだが、全員の総意だったろう。

 何か、全ての土台がグラついているような錯覚を覚えたのだ。


 簡易カマドの火がパチパチと鳴る。

 辺りは随分と暗くなってきた。


 「恐らく存在します。自殺したか、壊れているかは分かりませんが。この依頼の真実はその一点だと思われます。その一点のみで、ケイラン商会は全てを(けむ)に巻くつもりです」


 「ふざけやがって……」


 ロンの言葉は義憤の表れなのだろうか。

 ゴブリンに攫われた娘を商売に利用するのは酷いと。


 だが、ケイリィにとってはどこ吹く風。問題にもならない。

 利に聡い商人がミスを犯したのなら、それを挽回する為にありとあらゆるものを利用するに決まっているだろうと。

 娘を失ったことは悲しい出来事だとしても、それをもって好機を放棄するなど、商人としてあるまじき行為だろうと。


 本来なら他のメンバーたちと同じく、ケイリィも苦悶の表情の一つも見せるべきだ。もしかしたら、ケイリィも他のメンバーたちと同じく、ラスカの言説に引き込まれていたのかも知れない。


 「それでラスカ、この依頼どうするの?」


 ただし、依頼を継続するかどうかは別問題だ。

 契約違反を盾に、違約金を請求することで達成報酬よりも多く金が入る可能性もある。


 「どうするも何も、普通に完遂するさ」


 「馬鹿な! 俺たちは騙されていたんだぞ!? 違約金を頂くのが筋だろう!」


 ロンが激高する。

 組織にとって最大限の利益を守る為の、当然の意見か。


 「違約金? それは誰が支払うんですか?」


 「そりゃ、ギルドが依頼主のケイラン商会に掛け合って、毟り取るに決まってるさ。重大な契約違反を含んでるんだから当然だろう」


 情報提供の際に、ケイラン商会が嘘や隠し事をしていたと。

 それによって、ギルドや会員に迷惑が掛かれば、当然、違約金の支払い義務が発生する。

 だが――


 「それこそ、馬鹿な、ですよ。ケイラン商会は特に違反はしていません」


 「「「「?」」」」


 ケイリィとセルゲィは「確かに……」と内心で頷いた。

 だが、他のメンバーはラスカが何を言っているのか分からない。


 隠し事をしていることは確かだろうが、そもそも依頼の内容は「ゴブリンの巣の討伐」である。

 それ自体、何の問題もない。

 娘が攫われたことも事実だろう。

 「娘を殺す」というのは、冒険者にとっていわば暗黙のルールだ。

 ゴブリンの種族特性スキル『他胎』によって、ゴブリンの子を身ごもった娘を殺して欲しい、というのはあくまでも親心であって、依頼票に明確に提示されているわけではない。

 実際の事件現場が違う、に至ってはもはや水掛け論だろう。証明のしようがない。


 「……いや、依頼はただのゴブリンの巣の討伐か」


 依頼に裏があったとしても、だからと言って、即、違約金が発生したりはしない。

 普通に巣を討伐して、ギルドに報告し、報酬を貰う。

 依頼を受けたパーティーには何の不利益も発生しないのだ。規約違反になるわけがない。


 「それに、ケイラン商会は『神聖シンバ皇国』の御用商人になるんですよ? 追い詰めてどうするんですか?」


 「「「「「!!」」」」」


 「(……上から目線は変わらないか。しかも、正義など糞食らえと。なるほど、ケイラン商会を追い詰めるより、うち(・・)にとってはプラスになると踏んだか。しかし、御用商人とは傑作だ。くふふ)」


 ジムは噴出しそうになったが、場の雰囲気を読んで我慢する。


 「くふふふはははは。さすが建国王を目指すだけのことはある! たった一つのD級依頼が、一体、どこまで広がるのか俺には想像も付かん」


 「確かに」


 ジムが同意する。

 セルゲィは一瞬表情が柔らかくなっただけだが、ザキエフや他のメンバーも頷いている。


 「しかし、ブッハルト・ケイランは外道の可能性もあるぞ。それでも良いのか?」


 可能性はいくつかあるが、


 (1)いつ『老種病』に強い芋の存在に気付いたのか

 (2)新種の種芋を手に入れて、今後、どうしたいのか

 (3)娘に関する情報は、どこまで正しいのか

 (4)何故、ギルドを通して討伐を依頼したのか


 現段階では、何一つ不明だ。

 状況証拠はあるが、所詮はラスカの想像の域を出ない。

 また、仮にも王を目指すのなら、通す筋や大義は見失うべきではないだろう。


 「まぁ、実際に会ってみないことには分かりませんが、それはないと思いますよ。俺には、正しく『商人』という気がします」


 外道ではなく、商人。

 商人としての道は外れていない、ということだろう。


 「俺たちはパーティーとして、数え切れないほどの依頼をこなしてきた。もしかしたら、その中にも今回の一件のような、世界が一気に広がるような案件もあったんだろうか?」


 「さぁ、目を凝らして捜している者にしか、気付かないことなんでしょ。才能や運とは別の問題な気がするけどね」


 ロンの言葉には若干の寂しい響きも含まれていたが、タチワナがロンを見つめる目は柔らかい。


 「資質」。

 それが「建国王」としての資質かどうかは分からない。だが、一つ言えることは、現状から一歩踏み出す為に必要な資質であることは間違いないだろう。

 その資質がある者の前にのみ、道は広がるのだ。


 今日までロン・サントスの前には道が広がっていた。

 ゆえに、『フクロウの尻尾』を率いることが出来た。

 だが、彼の資質ではこれから先の道を示すことは出来ないのだ。運が悪かったわけでも、努力が足りなかったわけでもない。

 ただ、それ以上先に行く資質は無かった。

 他ならぬ、ロン自身がそれを認めた。


 「正直なところ、俺はラスカのリーダーとしての資質に半信半疑だった。ジムが認めているから応じた、という面がある」


 「まだ俺の想像だけで、何も判明していませんけどね。証拠はその芋と、周囲にあった人間の足跡だけ。もっと注意して探せば、争った跡などもあるとは思いますが」


 「いや、この依頼が最終的にどう転がるかは問題じゃねぇんだ。結果的にラスカの勘違いであっても構わんのさ。今、俺は一気に世界が広がったような気がした。それが重要なんだ」


 世界が広がるということは、遠くまで見通せるということ。足元を見ているだけでは先の先は見通せない。また、遠くばかりを見ていても、足元が疎かになる。


 「だな。これから先、俺たちに夢を見させるのがお前の仕事だ、ラスカ。覚悟しろよ。うちのリーダーの地位を奪ったんだからな」


 「「「「「はははは」」」」」


 だが、本人の代わりに、足元を見てくれる者がいれば、彼が示す世界はさらに広がるだろう。遠くを見通すことだけに留意していれば良いのだから。


 「頼んだぜ、建国王!」


 「「「「「ははははは」」」」」


 ザキエフの言葉に一同は大笑いだ。


 「(見事だ、ラスカ。フクロウの連中、完全に落ちたぞ。ここまで鮮やかな手際は、俺には絶対に無理だな)」



 チームが崩壊する寸前までメンバーたちの心を浮き足立たせ、そこに新しい道を示してやる。なるほど、人が転がる条件は満たしている。

 だが、相手はラスカの倍の年を生きた者だ。

 しかも、6人もいる。

 それを転がすには、タイミング、演出など、人心掌握の為の集団催眠めいた様々な手練手管が必要になる。


 具体的に言えば、夜、満腹した状況、しかし、簡易カマドの火の前で集中力だけはある。さらには、翌日に討伐を控えて多少不安な気持ち、などなど細かいこ点まで入れれば実に多岐に渡る。

 一見、夢見がちの若者が気勢を上げている、という構図ではあるが、それだけではない。

 積み上げたロジックが、当然の結果を導いただけのことである。


 『フクロウの尻尾』のメンバーたちとて馬鹿ではない。

 ただ若いだけの子供に未来を預けるわけがない。彼らに出来ないことが、ラスカにはいとも容易く出来たからこそ、ラスカを認めたのだ。


 つまり、偶然ではない。


 「(くふふふ。ラスカには機を見て、それが勝てる戦いか否かを判断する力がある。ラスカは負けない)」


 必然の勝利。


 王が備えるカリスマとはまた違った資質だろう。

 人間的な魅力に惹かれ、周囲に人が集まってくる資質とは微妙に違うかもしれない。


 だが、それは「勝つための資質」と言えるのではないか。

 あるいは、「負けないための資質」。


 「(ラスカを支えるだけでは足りない。ラスカが勝負するための場を探してやること。それが俺の仕事だ)」


 この場の勝利条件は『フクロウの尻尾』のメンバーを落とすこと。

 結果、メンバーたちは完全に落ちた。

 ラスカの完全勝利と言って良いだろう。


 だが、戦いが終わったわけではない。

 だからこそ、


 『この案件が一段落したら、「神聖シンバ皇国」はモスキアに拠点を移します』


 とラスカは宣言したのだ。

 戦いは一段落どころか、ほとんど始まったばかりといったところだ。



 「さて、つまり、あれです。作戦会議をやり直します」


 新しいリーダーが静かに宣言した。

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