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 第9話 「金のためではなく」

 最後の一人であるザキエフが拠点に戻り、全員が揃ったところで、改めて皆の状況報告をまとめることになった。

 しかし、即席の簡易カマドからはメンバーの空腹をクリティカルに刺激する美味しそうな匂いが漂っており、もはやメンバーの我慢は限界を超えていた。

 急ぎの案件ではあるが、討伐は明日の早朝。

 夜は長い。

 この後することと言えば、安全を確保しつつ、適度な休息を取るだけである。


 「とりあえず、各自報告はあると思うが、飯にしよう。ハリチコが用意してくれてる」


 「巣の探索には全く役に立ってないから、これくらいはね」


 ハリチコが少し申し訳なさそうに弁解する。その様子から、やはり、事件現場すぐ近くに設営した拠点周囲には、ゴブリンの巣は無かったのだろう。


 「あら、あたしもスープの仕込み手伝ったんだけど?」


 「――だそうだ。俺が狩った角ウサギもある。各自用意した食料はパン以外は明日以降に取っておけ」


 ロンがドサリと二羽の角ウサギを馬車の荷台に放り投げる。

 馬車の荷台は簡易の台所になっており、ジムがすぐさま捌き始める。


 「(正気か? 探索中に狩ったのか? 何考えてんだ?)」


 ラスカは内心、度肝を抜かれていた。

 ラスカにとって、リーダーであるロンの取った行動、すなわち、探索中に角ウサギ二羽を狩ったことは、今回の任務とは何の関係もなかったからだ。もし、自分たちの縄張り内で誰かが狩りをしていれば、いくらゴブリンだって気付くだろう。その可能性を全く考慮していない危険な行動だ。

 D級パーティーのリーダーなら、それくらい理解していて当然ではないのか。何の為の食糧の持参か。


 ロンは悪びれる様子もないし、かと言って、リーダー風を吹かせて、サボっていた風でもない。むしろ、探索任務では役に立たなかったので、せめて、晩飯の調達で役に立とうという、ある意味、殊勝な心掛けすら感じられるのだ。


 「先に食ってて大丈夫だぞ」


 角ウサギを器用に捌きながら、ジムが皆に伝える。


 「「「「「了解っ!」」」」」


 それを合図に、ハリチコとタチワナが器にスープをよそっていく。

 ラスカとケイリィはその場で土魔術で器を作ると、タチワナに手渡す。「魔術師は持ち物が少なくて良いよな」などとロンが愚痴っている。


 メニューは各自持ち寄ったパンに、具沢山のスープ。角ウサギの肉。野営の食事としては、十分すぎるくらいである。途中で、スープに水と角ウサギの肉やガラを追加投入し、おかわり自由になったほどだ。


 

 「(ロンさんの所為で、完全にタイミングを逃した……)」


 ロンがウサギを狩って来た為、この日ケイリィが持参したステップボアのハムをバッグから出すことはなかった。


 贈り物は気を使う。送る方も、受け取る方も。まして、それほど親しくもない、ほとんど初めての相手なら尚更だ。付け加えて、ケイリィの年齢は15歳。子供っぽい無邪気さや大胆さを装うには微妙な年齢だ。


 「(人族はことある毎に贈り物をし合うという。ハムは贈り物というより、差し入れの類だが、それでもなかなか気を使う。こんなことを人族は日常的にやっているのか……)」


 何という時間、金、労力の無駄か。

 ほんの思い付きから、商店街でハムを購入した時には、正直、ここまでストレスを感じるものだとは思わなかった。

 ケイリィも贈り物のメリットは理解している。

 それは贈り物が相手にとって価値があるからだけではない。もちろん、それも理由の一つだが、最も大きな理由は、関係の構築、あるいはその維持に役立つのだ。無駄であるが故に。

 時間、金、労力の無駄であるからこそ、より「贈り物をしたい」という気持ちが伝わるのだ。


 「(くふふ。たかが差し入れ一つとっても、なかなか奥が深いな)」


 負け惜しみである。

 ケイリィは普段は物分りの良い雰囲気を纏っているが、重度の負けず嫌いである。


 満腹したからと言って、すぐに舟を漕ぎ出すものはいない。

 いっそ、組織にとっては、討伐自体よりも大事なミーティングである。


 「皆の調査結果を総合した結果、俺はラスカ担当のエリアで間違いないと思う」


 まず、斥候のジムが結論から伝える。


 「ああ、俺もそう思う。俺のエリアはゴブリンの痕跡が多数あった。巣は発見できなかったけどな。多分、ラスカ担当エリアの群れの縄張りだろう」


 次に発現したのはザキエフ・フェリー。『索敵』系スキルは保持していないが、それなりの戦果はあったようだ。担当エリアはラスカの隣。


 「ただ、俺が担当したエリアには、二つの巣がありました。10頭前後の群れと、少し離れて20頭前後の群れ」


 「10頭前後の方なんだろ?」


 ラスカは二つの巣を確認しているので、そのまま伝える。ジムはラスカの口ぶりからターゲットは小さい方の群れだと予想。


 「ええ。言葉では上手く説明出来ませんが、何となく巣の雰囲気が変でした。浮ついているというか」


 「ケイランの護衛が一人奮闘してる。娘を攫って苗床が手に入ったは良いが、群れとしては犠牲も多く出して、痛し痒し、ってとこだろうな」


 拠点から見て、手前の巣と奥の巣。第一候補は手前の巣に決まった。


 「巣を強襲するか、遠巻きに囲んで一網打尽にするか……」


 「強襲で良いだろう。ここは廃村跡で、ゴブリンなら狩り漏らしても大した被害は出ない」


 ロンの疑問に、ジムが即座に答える。


 「そもそも、ゴブリンの討伐自体は二の次だからね。ゴブリン相手に盾職のあたしが必要かどうかの方が悩ましいところだよ」


 「たった10頭前後の群れ、巣に着いてから、5分とかからないと思うわ。魔術師が私も入れて3人もいるんだからね」


 「俺が担当したエリアにはトロールの巣があったが、あれはフィフス村の果樹園跡が目的だろう。旧街道を行く人間やゴブリンには興味がないと思う」


 トロールは1m50cmくらいの、ずんぐりとした二足歩行の魔物。全身に黒っぽい毛が生えており、家族単位の群れを作る。基本は雑食だが好物は果物類。繁殖期を除けば割と大人しい魔物で、人間にとっての脅威度なら、ゴブリン以上、オーガ以下といったところ。


 「大規模魔術で行きますか? それとも一頭一頭確実に潰しますか?」


 「二人はどの系統が得意だったっけ?」


 ラスカの問いに、ジムが質問で返す。

 当然、ジムにとっては既知の情報だが、メンバー全員が理解しているとは限らない。再度の確認の為だろう。


 「ラスカは火系で、俺は氷雪系です。二人とも射程50m以内なら全方位展開出来ますよ。ラスカの炎も俺の氷も、ゴブリン程度当たれば致命傷になりますので、50頭だろうが、100頭だろうが脅威ではありません」


 「「「「「……」」」」」


 「な、何とも頼もしい助っ人だね」


 「話では、魔物討伐系の依頼はそれほど受けてなかったという話ですが?」


 珍しく、セルゲィが反応する。


 「冬の間は依頼自体が少なかったのと、雪下ろしや舗装工事の方が、依頼主や住人たちに直接感謝されるんですよ」


 「「「「「?」」」」」


 ケイリィの言っていることに、理解は出来るが、どこかズレた印象を受ける一同。


 確かに討伐系依頼に比べると、雪下ろしや舗装工事は、依頼人や住人たちと直接顔を合わせることが多い。だから、ケイリィの言葉そのまま、感謝されるケースが多い、ということだろう。

 しかし――


 

 それではまるで、金ではなく、感謝されたくて仕事をしているみたいではないか。


 冒険者たちのプライドの一つに、「金のため」というのがある。

 義理や人情ではなく、「金のため」に働く。

 他の何でもない、「金のため」に仕事をするのだ。

 「金のため」だからこそ、逆に、危険も冒せる。


 国や地域に貢献したいのなら、公職を目指せば良いのだ。警備隊や守備隊。都市ではないのなら、地域の青年団に所属するなど。何も、わざわざ不安定な冒険者稼業に勤しむ必要はない。

 「金のため」なら切り売り出来る身も、国や地域のためなら、躊躇がある。

 依頼完遂の際、依頼人の感謝の言葉に心が温かくなることはあっても、それを第一目標にはしない。第一目標はあくまでも金だ。


 その、一見逆説的ではあるが、ある種のニヒリズムが、冒険者のプライドを支えている。

 しかし、冒険者の全てが、最初からそのような心持ちであったわけではない。


 「「……」」


 ジムとセルゲィ以外のメンバーたちは、目の前の眩しすぎる二人の魔術師を正視出来ない。それはいつか忘れた昔の自分のように思えたからだ。


 だが、ジムは別のことを考えていた。

 ケイリィとラスカの言葉には、子供らしい純粋さとは違う、何か異質なものが含まれているような気がしたからだ。


 「感謝されるのは気分が良いんですよ。弱い人や困ってる人たちの役に立つのがこれほど気分の良いもんだとは知りませんでした」


 「そう、それ! 何しろ、エルフ族は種族特性的に、感謝することも、感謝されることも少ない種族だからね。ラスカに誘われてこの世界に入りましたが、感謝されるのは悪くないですよ」


 「(二人の言行は、全てこいつらなりに深く考えた結果なんだろう。考えた結果が正しいものかどうかは分からん。正しい時もあるだろうし、間違える時もあるだろう。金のためだろうが、感謝のためだろうが、それは重要じゃない。重要なのは……)」


 「そうなのか?」


 ロンがセルゲィに尋ねる。


 「さぁ。ただ、言われてみると、赤の他人が私に感謝してようが、してまいが、確かにあまり気になりませんね。しかし、それが種族特性というのは初耳ですが」


 「(重要なのは立ち位置。こいつらは感謝を受ける際……否、仕事を受ける時点から、ずっと上から目線なんだ。もちろん今も。仕事を受ける時は、冒険者はどこか下手に出るのが普通だ。立場は依頼人の方が上。この立場が逆転するのがB級)」


 「『ステータス』的な話じゃないんです。もっと薄っすらとした、種族の傾向みたいな話です」


 「何だか分からんが、とりあえず、俺たちはお前たちに感謝してるぞ。お前たちがいなかったら、こんな短時間で巣の特定に至ることはなかっただろう」


 「(B級以上の依頼だと、受ける冒険者の方が立場は上になる。少なくとも、俺はそう思ってる。正真正銘、依頼人を助けてやっている。だが、こいつらの場合、G級にも関わらず、自分たちの方が立場は上だと。弱い者を救ってやっていると。そういう感覚なんだ)」


だからこそ、依頼人からの感謝を素直に受けられる。

無邪気に「気分が良い」とのたまえる。

そして、何より、それを楽しんでいる。


 「まだ依頼人を襲ったゴブリンの巣かどうかは、確定じゃありませんけどね」


 「巣はラスカが担当したエリアで間違いないだろう。事件現場から考えても、妥当だと思う。セルゲィが黒狼の群れを確認してるから、護衛が討った分と、狼が狩った分で、10頭前後にまで数を減らしたんだと思う」


 「ジムさんは『解析』持ちですか?」


 ラスカはど真ん中に直球を投げ込む。

 打ち返されない確信があるからだ。


 「ん? あぁ、持ってるよ。『解析』がないと、斥候は勤まらねぇよ。俺は『鑑定』より、『暗視』より、『遠見』より、何よりも『解析』が一番大事だと思ってる」



 「その『解析』で分析した結果、俺ら『神聖シンバ皇国』はどうですかね」



 「え!?」


 「いや、何か、最初から俺たちを試しているみたいなんで」


 「……」


 ジムは絶句。

 たかがスキルの一つを突っ込まれただけ。

 しかし、ジムの内心は、二人の心の深奥を覗こうとして、覗き返されたような、何ともばつの悪い気分である。

 ゆえに、これ以上は隠せない。


 「……もうちょっと引っ張るかと思ったのに、ラスカは相変わらず気が早いな。あれですね、最初にジムさんがあそこの高台で一帯を見渡した時、およその位置は掴めてたんですよね?」


 「俺かケイリィのエリアだとあたりを付けていたはずです」


 「……こいつは驚いたな。お前たちも『解析』持ちだったか。しかも、配置を決めた後は、二人が相談するところは確認していない。つまり、その歳で『通信』まで持ってるのか?」


 『通信』は離れた場所同士で意思の疎通が可能なスキルである。奴隷契約などと同じく、『契約魔術』の一種で、正しい魔言(=古代語)の詠唱による契約が必要だ。


 「『通信』なんて持ってないですよ。『解析』だって、俺は持ってない。ケイリィは持ってたような気がするけど」


 「あ、俺は一応、レベル1ですが、『解析』持ってます」


 「『解析』なしでバレバレだったってか?」


 「ギルドで話を持ちかけてきた時からね」


 「……マジか……」


 「「「「「……」」」」」


 「いや、別に責めてるんじゃないんです。『フクロウ』さんの思惑がどうあれ、俺たちにとってはそれも社会勉強のつもりだと思っていますから」


 ラスカもケイリィも嘘はついていない。

 実際、社会勉強の一つ、ステップの一つくらいにしか考えていない。

 いずれ他のパーティーやクランで学ぶことは想定内であったし、予想外に早くその時が来ただけだ。

 『フクロウの尻尾』以外にも接触を図ってきたパーティーはあったが、どれも二人の希望を満たしていなかった。

 そういった、今か今かと待ち構えている時に、ジムが誘ってきたのだ。


 「(時には生き死にが掛かる冒険者稼業を、社会勉強と言い切りやがりますか、くふふふ)」


 「俺は魔術も多少いける口の剣士だから、魔術師の在り様は詳しくはわからん。だが、そうやって、スキルをぽんぽん明かして大丈夫なのか?」


 それはロンだけの意見ではないだろう。

 ハリチコなど、先ほどから話の行方によっては一悶着あるかもと、気が気ではない


 「大丈夫ですよ。この案件が終わったら、皆さんは俺たちの配下になるんですから。言ってみれば、『神聖シンバ皇国』の国民第一号と言ったところですか」


 「その為のお誘いだったんでしょ?」


 「「「「「!?」」」」」


 全員の目が点になる。

 ただし、ジムを除いて。


 「配下だと?!」


 「なっ、何言ってんだ、お前ら!?」


 「そうだよ、いくら何でも、生意気も大概にしなよ!」


 「でも、ジムさんはそうじゃないみたいですよ?」


 「……」


 ジムは無言で下を向いたまま。


 「ジム、どういうことだ?」


 「……いや、それよりも、『神聖シンバ皇国』の国民ってのは、どういう意味だ?」


 ジムはザキエフの言葉を華麗にスルー。

 ラスカの言った言葉の真意に迫る。


 「そのままの意味ですよ。我々は国を作ります」


 「「「「「く、に……?」」」」」


 目が点になった次は、皆の口がぽかんと開いてしまう。

 ただし、ジムを除いて。


 「建国王はラスカです。残念ながら、ギルド会員になる時に、登録料の100セラを立て替えて貰ったんで、仕方ありません」


 「はっ! 一体、何を目指しているのかと思えば、配下? 国? 建国王? 子供だからって、馬鹿もいい加減にしなよ!」

 

 何故かタチワナが激昂する。


 「『神聖シンバ皇国』は獣人族だからって、差別はしませんよ?」


 ラスカがおどけてタチワナを煽ると、タチワナはスープ皿を放り出して立ち上がる。

 獣人族熊種の血を引くタチワナの身長は2m近い。

 立ち上がったタチワナをラスカが見上げる。


 「そっ、そういうこと言ってんじゃないよ!」


 「そう、問題はそういうことじゃない。問題は、その『神聖シンバ皇国』の国民になる為の条件と、俺たちがそれを受けるかということ」


 「ちょっ、ジム、アンタ、何言ってんだい?」


 「条件は単純ですよ。『神聖シンバ皇国』に献身を捧げられるかどうか」


 答えたのはケイリィ。


 「栄えある、建国の初期メンバーになるんです。どれだけの献身を捧げられるのか、それが問題でしょう。俺もケイリィも既に捧げていますよ。これまで完遂した案件も、この案件も、全ては『神聖シンバ皇国』の為にあります」


 「……無茶苦茶です」


 まさかの展開に、セルゲィとしては、そう搾り出すのが精一杯であった。


 「だが、面白い」


 「面白くなんかないよ! ザキエフ、アンタまでどうしちゃったんだい?!」


 「さすがに俺も建国まで話が大きくなると、ついていけねぇ。だが、お前たちが一角(ひとかど)の人物になるだろうことは、俺にも分かる。俺も15年くらい前に通過した場所だからな。お前らと違って、俺の器量じゃ、この辺りが精々だ」


 「リーダー……」


 ジムがロンの方を向くも、二の句が告げない。


 「ジムはその気らしい。俺がここまでやって来れたのは全部ジムのお陰だ。だから、ジムがお前らに付いていくってのなら、俺もお前たちのクランに入れてもらうことに是非はねぇ。ガキの夢だと端っから笑い飛ばすのは俺の流儀じゃないしな」


 「一からの建国か? それとも簒奪か?」


 ザキエフが質問する。

 新たに建国することと、既にある国の王位を簒奪すること。

 どちらが難しいかと問われれば、当然、新たに建国することだ。トルージャ条約以前ならいざ知らず、五大国連合が君臨する秩序の下では、まず、新しい土地を探すことが難しい。

 運良く無人島を見つけたとしても、そんな島を誰が国と認めるのか。


 「一からの建国です。この先に約束の地があります」


 ラスカが指差したのは、南西の方角。

 かつて、シンバ皇国があった方向である。


 「なるほど、それで『神聖シンバ皇国』か……。リーダー、済まない。俺はこの案件が終わったら、ラスカたちのクランに入れてもらう」


 「ジム、正気かい?」


 「正気さ。ロンは頑張ってきたし、俺も頑張ってきた。だが、この辺りがそろそろ俺たちの限界だ。C級パーティーは射程だが、B級ははっきり言って、俺たちには無理だ」


 「お前がそう言うんなら、そうなんだろう。俺の器量じゃ、この先、こいつらほどの夢は見せてやれねぇ。俺もラスカたちのクランに入れさせてもらう」


 「……馬鹿な」


 リーダーであるロンが折れたことで、タチワナはガクリと肩が落ちる。

 その姿を見て、噴出しそうになるのをハリチコは寸前で我慢する。ハリチコはタチワナがリーダーであるロン・サントスに惚れているのを知っているからだ。


 「汗臭い男ばっかじゃ、国は栄えません。タチワナさんとハリチコさんもどうですか?」


 「「……」」


 「国籍喪失の条件は? また、その際のペナルティも」


 質問したのはセルゲィ。セルゲィはエルフ族の61歳。さすがに建国がどうのこうのといった子供の夢想に付き合うつもりはない。ただ、二人が将来、大物になる可能性を秘めていることはセルゲィにも分かる。

 一笑に付すことはできないと。

 ようは、二人がどれくらい将来の夢に対して真剣かを確かめたいだけである。


 「本人が望んだ時です。基本、去るものは追いません。ただし、『神聖シンバ皇国』に対して、意図して有形無形の損失を与えた場合はその限りではありません」


 「そういうノリ、俺は嫌いじゃないぜ。今すぐお前たちをリーダーだと認めるのは難しいが、架空の国の国民になる、ってなら、芝居()ってるみたいで面白い。俺も『神聖シンバ皇国』の国民にならせてもらう」


 「『神聖シンバ皇国』は架空の国ではなく、将来、間違いなく建国される国の名です」


 「ぷふっ、悪かった。未来の国の国民にさせてもらう。宣誓はどうすれば良いんだ?」


 ジム、ロン、ザキエフが『神聖シンバ皇国』への「帰化」を宣言した。


 「宣誓は今回の案件の全てのかたがついてからにしましょうか」


 「仕方ないですね。私も一枚噛ませてもらいます。当面、変わったことをするわけでもなさそうですし。しばらくは冒険者稼業を続けるんでしょう?」


 これでジム、ロン、ザキエフ、セルゲィが折れた。

 もちろん、この順番はケイリィの計算通りだ。元々、『フクロウの尻尾』はリーダーのロンではなく、斥候のジムによって支えられていることを、とっくに看破していた。


 「もちろんです。来年までにC級まで行く予定です。その後は、傭兵団に鞍替えします。おそらく、傭兵と冒険者の二足のブーツになるとは思いますが」


 「ちなみに、俺とラスカは、今回の案件達成でF級に昇格します」


 「お前らが会員登録して、2ヶ月くらいだろ?」


 「ええ、馬車馬のように働きましたからね」


 「凄ぃ……」


 ハリチコの小さな呟きは思いのほか、通った。


 「もう一つありまして、この案件が一段落したら、『神聖シンバ皇国』はモスキアに拠点を移します」


 「一段落?」


 「この案件を達成したら、じゃなくてか?」


 モスキアへの拠点移動は二人の想定内。

 だが、ジムとロンが引っ掛かったのはラスカの言った言葉尻。


 「そうです。探索中、考えていたんですが、この案件、ゴブリンの巣を潰しただけでは多分、終わりません」


 「そりゃ、ボルダって娘を殺さなきゃならないからな」


 「そうじゃないんです。ケイラン商会がフィフス村で何をしようとしていたかを突き止める必要があります」


 ラスカがケイリィの方を向いて、ニヤリと笑う。


 この辺りになると、ラスカの独壇場である。

 話の持って行き方が実にスマートだ。

 周りはラスカの話に完全に引き込まれている。

 ケイリィとしては、黙って聞いているしかない。


 (1)『神聖シンバ皇国』建国について

 (2)全員がクラン『神聖シンバ皇国』に加入

 (3)モスキアへの拠点移動について

 (4)ケイラン商会が何をしようとしているかについて


 怒涛の流れだ。

 通常、これだけ自身に関わる状況が短時間の内に変化したら、頭がついていかない。

 普通は、「ちょっ、ちょっと待ってくれ」となる。

 とは言え、ラスカもここは自分をリーダーだと周囲に認めさせないといけない。

 ゆえに、必死。

 

 ただでさえ15歳だと軽く見られがちなのだ。

 実際、ジムやロンはラスカたちの将来に賭けているのであって、今現在の二人に賭けているわけではない。

 今の自分たちにオールインさせなくてはならない。


 ケイリィはラスカエリアの状況を詳しく知らない。

 ケイリィが知らない情報を元に、ラスカが理屈を組み立てている可能性が高い。しかも、この場はラスカがリーダーであることを示す場でもある。横から口出しは控えるのが懸命だろう。


 「……そういや、お前ら、最初からこの案件、怪しいって言ってたな」


 「詳しい話を聞きましょうか」


 ジムだけではなく、子供の冗談に付き合ってやってる、という態度を崩さなかったセルゲィですら、無意識に身を乗り出していた。

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