8
「あの、これ」
すっと差し出されたハンカチを黙って受け取る。
先程のやりとりを思い出し、恥ずかしさに声もでない。
よりにもよって往来のまん中で、しかもこの人にあんなことを聞かれてしまうだなんて。
いつのまにか溢れていた涙を拭う。
ハンカチの肌触りは、先生と同じぐらい優しい。
「あの人が、あの、例の」
そういえば、この人は知り合って間もないというのに、私の秘密を知っていたのだと、改めて思いだす。
こんな自分は、思ってもらうだなんてずうずうしいことははおろか、近くにいることさえだめなのだと痛感する。
「……立派だったね」
そう言って先生は、優しく私の頭を撫でる。
ベンチに座った私はどうしてこんな風に扱われるかわからなくて混乱する。
立ったままの先生は泣きじゃくる私をあやすように頭を撫で続ける。
「ちゃんと告白できたし」
「でも!私はあんなことしてた」
彼との関係はとてもじゃないけど、ほめられたことじゃない。
後悔、はしていない。
けど。
「うーーん、軽率だったとは思うけど。それでも、彼の事が好きだったんでしょ」
涙が止まらない。どうしようもないほどこの人に縋り付いてしまいそうで、ハンカチを握りしめる。
「順番が逆だったけどさ」
「でも」
「最初にちゃんと好きだって言えてればよかったと思うけど、最善じゃなかったと思うけど。でも、それでも何もしないよりもは良かったと思うよ」
「友だちにも言えないようなことが?」
「そう、だから、だから宮下さんは辛かったんでしょ?」
その言葉に先生の顔が見たくなって思わず見上げる。
いつもの先生だと、そう思えば再び涙が込み上げてくる。
「もう、大丈夫だから」
肩に添えられた両手に先生の方へと体を寄せられ、暖かいその体温へと触れていく。
「宮下さんはがんばったから」
どれくらいそうしていたかはわからない。いつのまにか涙の止まった私は、先生の腕の中で心地の良さにすべてを委ねていた。
「あのさ、こんな時にこんなこと言うのも卑怯だと思うんだけど」
「ん?」
顔を上げずにそのままの姿勢で先生の声に耳を傾ける。
「俺、やっぱり宮下さんのこと好きだよ」
予想していなかった二度目の告白に瞬時に体が熱くなる。
「でも、相手が俺でも友だちに言えないことには変わりがないんだよな」
寂しそうにぽつりと呟く先生が離れて行ってしまいそうで、思わずしがみつく。
「ごめん、こんなこと言っても混乱させるだけだよな」
そっと先生の体をはなし、きちんと先生の目を見つめる。
「もう一度、私の目を見て言ってもらえますか?」
先生はびっくりした顔をして、次に真剣な顔をして深く息を吸った。
「俺は宮下さんが好きだ」
すーっと胸の奥まで染みていく先生の告白に、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。
何度も何度も先生は涙を指先で拭い、軽く頬に口付けをする。涙を吸い取るように。
立ち上がって先生の胸に飛び込む。再びあの暖かさが私を包んでいく。
色々なものが溶けていくように、私の中の想いが流れ出ていく。
「先生、ちゃんとキスしてください」
月明かりだけの公園で、先生のキスはとても暖かい気持ちがした。