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kiss  作者: 神崎みこ
おまけ
10/10

さみしさの影(他者視点のその後?)

先生は大人で、私は子ども。

だから、相手にされなくても仕方がない。そんな当然のようでいて、全く当然じゃない理由を盾に、私は好きだと伝えることはできなかった。

軽い冗談を装ってホイホイ告白していく女の子達や、たまに泣き出しそうなほど本気の女の子が先生の周りをうろちょろしても、私はちっとも動く事ができないでいた。

教師と生徒だから、という言葉がどれほど私に安心感をもたらしてくれたことだろう。きっと先生は私のものにもならないけれど、他の生徒である誰の物にもならないだろうと。「ぜったい後悔するって」、と、そういうトモダチの言葉はわかるけれども、きっとこれは気の迷いに過ぎないのだと言い聞かせたりもした。

ただ一度だけ、こんな私でも気持ちを伝えようとしたことがある。

桜の花が散った後、もうみっともなく花の残りと葉っぱだけをつけた木の下で、先生が一人ぽつんと空を見上げていたことがある。

いつも大勢の生徒たちに囲まれているときの先生とは違って、なんだかさみしそうで、先生という枠にはめられた彼ではなく、素の彼を見たような気がして、思わず声をかけそうになった。

だけど、私の声は他の誰かが先生を呼ぶ声にかき消され、行き場を失った思いはそのまま喉の奥へと飲み込まれていった。

私の知らない女の子に話し掛けられた先生は、とても嬉しそうに、さっきまでのさみしさの影はあっという間にどこかへと消え去っていった。

なんとなく、その光景はずっと胸に残りつづけ、私は二度と告白はおろか、声をかけることすら出来なくなってしまった。

だけど、そういう思いほど燻りつづけるもので、私はこの年になっても一向に先生のことを忘れることができないでいた。


「飲みが足りない!」


そんな友人の号令の下、私のコップにはビールがなみなみと注がれていく。

飲んだフリをしながら、全く飲んでいないことがばれたらしい。

俺様の酒が、とは言わないけれど、視線が同じ事を堂々と語っている友達から逃れられるはずもなく、仕方なく口をつける。

苦味が口の中に広がり、この味が嫌いではなくなってしまった年月にちょっと物悲しさを感じてしまう。

高校を卒業した後の進路はバラバラだったにも関わらず、その頃の同級生とはこうやって定期的に遊ぶ機会に恵まれている。その時々でメンバーは異なるけれども、私も時間が許す限りその集まりに参加することにしている。

もっとも、せっかくの休日にもすることが何もないのだからだとは、哀しすぎてとても言えない。


「そういえばさ、先生結婚するらしいよー」

「は?先生?」


ニヤニヤとした同級生たちは、「先生」という単語でそれが誰をさすのかがわかっているらしい。私の中でも先生と言えばあの人のことになるのだけれど、いまだ苦い思い出を抱えている身としては、おいそれとはそれを口に出す事はできないでいる。


「……ひょっとして」


だけど、こうも私一人に視線が集中しているとなると、たぶん、その先生は、あの先生なのだろう。仕方なく、それを口にすると、それを合図にして友達が勢い良く喋りまくる。

さすがに口火を切った人間以外相手が誰なのかまでは知らなかったらしく、今度は彼女に視線が集中する。


「なんと、元生徒、だってさーーー」


チラリとこちらへ向けられた視線は、どこか哀れみを含んだような気がする、のは、私が穿ちすぎるのだろうか。


「しかも、しかもだよ。私たちと同学年」


同学年、と聞いて息を飲む。

かわいかったあの子、だとか、きれいだったあの子だとか、知っている限りの同窓生の顔を思い浮かべるけれども、どれもこれも先生の隣にたつとシックリこないような気がする。まあ、それは私の僻みかもしれないけれど。


「宮下雅、って知ってる?」


幾人かは顔を横に振り、幾人かはうなずきながらも、なんとなく納得できないような顔をしている。


「知ってる、けど、なんかイメージじゃない」


そう言った彼女達は次々と、意外だとか、どんな人?だとかの会話を交わしている。

だけど、元生徒だと聞いて、最後の一問が全て解けてクリアになっていったような気分に陥っていた。

彼女の事は、たぶん知っている。

いや、確実じゃないけれど、でも絶対そうだと、確信をもって言える。

桜の木の下で話していた二人。

私にとって、ただ一度のチャンスが行使されるまえに消えていってしまった場所で出会った彼女に違いない、と。

心の中で何かがピタリとはまる。

彼女は決して特に美人でも頭がいい子でも、運動ができる子でもなんでもない。見た限りでは極々普通の女の子だ。だけど、先生の隣には、目立っていた女の子達でも、他の普通の女の子でもなく、彼女が当てはまるべきなのだ。

あの日あの場所で感じた疎外感は、間違いではなかったのだと思い知らされてしまった。

ついでに、まだ燻っていた恋心が、思いのほか大きかったことも。

八割以上が残るコップを一気にカラにする。

その勢いにタイミングよく次のビールが注がれる。

何かを察してくれたのか、今夜はとことん飲むモードになっていく。

さみしさの影を纏った先生に、声をかけていたら今ごろどうなっていただろう。そんなどうしようもない思いばかりが浮かでしまう。

もう二度と戻らないあの頃と、消えてくれない思い。

この日になってようやく、私はきちんと失恋したような気がする。

お題サイトの「TV」さまからお借りしたのですが、現在所在不明となっておりリンク先を示すことができません。

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