優しさで君を殺す
何度目になるか分からない着信音に、気だるい体を起こして手を伸ばす。
はいはい、何ですか、画面を見れば見慣れた名前が表示されていて、少し迷ってから電話に出る。
その直後ノイズ混じりに聞こえてくるのは嗚咽で、予想していた状況に寝起きの頭はフル回転を始めた。
携帯片手にベッドの上に起き上がって、うんうん頷きながら時間を確認。
うわぁ、深夜じゃん。
頭を掻きながら、冷え切ったフローリングに足を下ろして、適当な服を見繕う。
ゴソゴソと音を立てていても、彼女の嗚咽は止まることを知らずに、こちらの様子なんて気に求めず泣いている。
着替え終えてから、マフラーをぐるぐる巻にして、コートを羽織った俺は、財布と鍵を引っ掴んで家を出た。
相変わらず、携帯からは彼女のグズグズとした泣き言が聞こえていて、もう何を言っているのか本人も分かっていないだろう。
仕事で失敗したとか、傘がないのに雨が降ってきたとか、彼氏と喧嘩したとか、何かある度に電話をかけてくる彼女。
社会に出てから、学生時代の友人と連絡を取る回数は減り、今ではほぼゼロになったらしく、会社で年の近い同性もいないせいか現在の友人はゼロと言ってもいいだろう。
それで彼氏が出来るのは、彼女が可愛いからなんだろうけど。
因みに俺は彼女の友人だとは思っていない。
彼女からしたらいい友人なんだろうけど、そんなことは知ったこっちゃない。
夜道を早歩きで進み、何度か上がったことのある彼女の家へ。
呼び鈴を連打すれば、おずおずと開かれる扉。
隙間から覗く彼女の顔は、泣き腫らしていて化粧がドロドロになっていた。
「あーあ、凄いことんなってる」
くつくつと喉で笑えば、彼女は上目遣いに俺を見て、眉を下げながら笑う。
痛々しい笑顔が、可愛い。
コートの袖で目元を拭ってやりながら、どうした?なんて言葉を吐き出す俺。
彼女はまたしても、ボロボロと大粒の涙を零して俺に抱きついてくる。
色んな液体がコートに染み込んでいくが、気にならない上に、酷く愛おしい。
「まっ、た……ふられだぁぁぁ」
うええぇ、と子供みたいに泣き出す彼女の肩を抱き、玄関へと押しやる。
うん、知ってる、なんて言葉は飲み込んで、後ろ手で扉を閉めた。
だって、別れさせたの俺だし。
知ってるよ、お前には俺しかいないこと。
社会に出てからまともな友達がいなくて、いつも泣きつく場所は俺。
嬉しいことも、一番に俺に報告したもんな。
彼氏が出来た、とか。
あぁ、本当に、可哀想なくらい可愛いよ。
お前は本当に可愛い。
彼女を抱き寄せた俺が、口元を歪めていることに、胸の中の彼女は知らない、気付かない。