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夢に出でにけり、我が

作者: 佐伯さん

 所謂、青春もののショートショートです。

 前に書いた作品の登場人物を使っています。

 内容としては、習作程度のものですが読んでいただけると嬉しいです。

「なあ。昨日見た夢の話でもしてもいいか」

 本を机に置き、顔を上げ早池峰がこちらを向く。振り向きざまに、おかっぱ風のあまり長くはない黒髪が少し揺れ戻る。

「別に、いいですよ。‥‥‥でも、それにしても、藤生さんにしては生産性がないな、とは思いますけれども」

 たしかに俺もそう思う。いくら持ってきていた本が読み終わって、手持無沙汰だからと言っても、もう少しましな話のタネもあっただろうに。どうしてこんな話をしようと思ったのか俺自身、判然としない。

いつもの放課後。いつもの第二司書室。少し暮れ始めた空の橙色が、汚れた壁に吸い込まれて部屋の中を染めている。

俺たちに割り当てられた部室、第二司書室は図書館の二階の端に位置する。中は物がやたらと多く、掃除をして何とか使えるようになった。

長年使いふるされ、そしてもう使われることがないであろう黒ずんだ机椅子たちがここに置かれている。それに腰を掛け、俺と早池峰は今日も同好会活動に勤しむ。もとい、本を読むだけなのではあるが。

部員は全部で四名ではあるが、今日はまだ来ていない。片方は生徒会活動があるらしく、もう片方は補習を受けているらしい。

「すべてに生産性を求めようとするなら、政治家のほとんどは必要なくなってしまうな」

 俺はあまり考えもせずあくまで軽く返した。

「それも、まあそうですね」

 早池峰は少し笑いながら答えた。

第一、この同好会活動だってあまり生産性があるとは言えない。もっといえば生産性なんて求めていない。

活字研究会。早池峰が入学してすぐ立ち上げた同好会。実態はただ本を読むだけというもの。一応、年に一度の文化祭の際に何かしらの形で研究成果を発表しなければならないと顧問には言われている。

早池峰はさっきまで読んでいた文庫本に栞を挟み、机の上に置きなおした。

そして思い出したように、

「それで、夢の話でしたっけ? 夢の話は大抵面白くないものですよ。聞いていて嫌になります。藤生さん、ハードルかなり上がりますよ?」

 と言いながら、早池峰はしれっとハードルを上げてきた。

こいつも、意地が悪い。

いたずらっぽい笑みを、主に口元にたたえている表情は、一見無邪気のように見えるが、それはそう見えるだけのこと。小さい体格もあいまって、か弱い少女のような印象を周りに与える。そして彼女はそう見えることを利用してクラス内やその他のところでうまく立ち回っている。

だが実際はそうではない。どうだと聞かれると説明しにくい。というかできない。俺自身こいつについてはよくわからないことが多い。

「まあ、そんなに期待はしないでくれ。お前の想像以上に、面白くはないだろう」」

 手をひらひらさせながら俺は答える。そのうち智弥も補習が終わって来るだろう。それまでのしばしの暇つぶしということだ。

「端から期待なんてしていません」

 一言多いな。




「夢ってどこから始まったかはあまり憶えてないものだろう?」

 俺はそう、あまり期待はされていないらしい話を始めた。

 少し考えたふりを早池峰はしている。だが、あからさまに何も考えていない。すこし眉根をひねらせ、軽く笑みを浮かべながら、

「そうでもないです」

 と言った。はい、そうですか。

「もういい。俺はあまり覚えていないんだ。だから例のように始まりはよく覚えてない。だから気付いた時には、学校の中で銃撃戦をしていた」

「それはまた突飛ですね」

「夢なんて大体がそんなものだろう」

「それに、やっぱり面白くなさそうです」

「それはさっき断っただろう。……とりあえず俺は、その夢の中でしばらく銃弾の雨の中をひたすら進んでいった」

「……傘は差さなかったのですか?」

 早池峰のボケを俺は一瞥を以って処理した。 からかわれているのは一目瞭然だ。だから相手にしなければよいのだ。

「それでだな。なんやかんややっているうちに、校長を暗殺することが俺の夢の中での使命だとわかった」

「何か恨みでもあるんですか。校長先生に」

「いや、特にないが」

 俺がそう言うと早池峰は、目だけを上に向けて少し頬を膨らませて唇をすぼめる彼女独特の顔をした。しばしば目にするこの早池峰の表情は、彼女が何かを考えたり思い出そうとしていたりする時によくするものらしい。

「夢の中って潜在意識とか深層心理が出るっていいますからね。フロイトさんの本で読みました。無自覚のうちに、想ってる人とか、嫌っている人とか、好きな人とか。そういうひとが出てくるらしいです。たしかに、興味のない人は夢になんかでませんよね」

 まあ、ありふれた話だ。だが俺は別段を校長を嫌っているわけではない。もっと言えば好きでもない。

強いて挙げるとすれば、話が冗長で最近は生徒みんなが迷惑している。

まあそれも、どこの学校でもあることなのかもしれないと思い当たる。

「私も嫌いではないですけれど、最近集会での話が長くなってきましたね」

「年を取ると話が長くなるって、言うからな。校長もその例外ではなかったということだろう」

「それで、校長は始末したんですか?」

 始末。

と、早池峰の口からそんな不穏な単語が出てきたことに驚いた。が、そういえば俺の夢の続きの話をしているのだった。

 早池峰の方から本題に戻してきたのも少し意外に感じた。話自体はつまらなくとも一応のところ興味はあるのかもしれない。

「いや。教務主任の高橋に後ろからやられた」

「あら、それは残念でした。なむなむ」

 そう言って、二礼二拍手一礼を済ませる早池峰。それは神社の礼拝だろう。なむなむは少なくとも随神の道ではない。

そんなこと、わかってやっているのだろうけれども。

「それで俺は夢の中で死んだのさ」

「とても悲しいことです。なむなむ」

「だがその時、空が割れて、天女が降りてきた」

「天から降りてきた女性を一般的に天女といいます」

「そう。それが天女だ」

「そうです」

「そうして、天女が俺の横まで来た」

「来ました」

「そして、俺の耳元で言うことには……」

「言うことには?」

「なんて言ったと思う?」

「って天女が言ったんですか」

「いや。違う」

「違うんですか」

「本気でそう思ってるのならいいが」

「思ってません」

「そうか。思ってもいないことを言う人を、世間では嘘つきという」

「それって泥棒の始まりのやつですよね」

 早池峰は飄々と澄ました顔でそう言う。だがその表情と思っていることは恐らく一致していない。早池峰の澄まし顔はふざけている顔だ。

そう思っていると、早池峰も耐え切れなくなったのか破顔して

「それで。実際にはなんて言ったんですか」

 と訊いてきた。お前のせいで言えなかったのに、白々しい。

「宿題は済んだの? だとさ」

 ぽかんとしている早池峰。言葉の意味が理解できなかったのか。上の方を見て、少し頬を膨らませ唇をすぼめている。

「そう言われた俺は、必死に宿題をやった。それでやってる最中に目が覚めた」

 そう付け足した。

いまいち納得がいかない様子の早池峰。

「それで、終わりですか?」

 目を見据え軽くうなずく。早池峰は珍しく、はっきりとしない表情。何か申し訳ないことでもしたような感じになってしまった。

「まとめると、学校で殺し合いを演じて、あえなく殺されて、そしたら救済の天女が下りてきて『宿題は済ませたの?』って仰るから必死に宿題やりました。と」

「まあそういうことになる」

「本当に想像以上に面白くないおちでした」

 そう言って、髪を少し振るわせて早池峰が笑いかける。

「だから、最初に言っただろう。お前の想像してるよりつまらないって」

 気付いたら、俺の口調もどこか弁解めいたものになってしまっている。

だが実際に夢を見た手前としては、多少なりともおもしろい自信があった。だからこんな話をしたと思う。でもやはり夢の話なんてするものではなかったのかもしれない。

‥‥‥ほんとうにそうか? なぜ俺はこの話をしたのだろう。最初に感じた判然としない違和感は、徐々に明確な形を描いて俺に迫ってくる。

早池峰は立ち上がり窓を開けた。風が入ってきた。春も半ばだが夕方の風はまだ冬が抜けきらず、乾いていて少し冷たい。だが明確に春を感じさせる花の香りが混じっておるのに俺は気付いた。今考えるとその香りは、早池峰のシャンプーの匂いだったのかもしれない。

早池峰は窓の下を眺めている。ここからだと下校していく生徒が流れを作って動ていくのがよく見える。

こちらを向きもせず早池峰は、窓の外を見ながら、

「じゃあ、その天女というのは中島先生だったんですね」

 と言った。

 俺も外を見ると、生徒たちに混じって俺の担任である中島の後ろ姿が見えた。中島は提出物にうるさい数学の女性教師だ。

だが違う。天女として降りてきたのは中島などではなかった。

今、やっと思い出した。そうして俺はさっきまでの違和感を多少なりとも理解することができた。

「いや。違う。天女は早池峰だった」

 とは口に出さなかった。出してどうなるのだろうか。どうなるものではない。面倒で厄介なことが始まるだけなのだ。

俺は何も言わず、窓の下の人の流れを眺めている早池峰から目を逸らした。




さっき早池峰は何と言っていたか。自分の見た夢に出てくる人は自分にとって潜在意識と深層心理がなんとやら、だとか。そんなことを。

だがもう忘れてしまった。忘れるくらいならきっと、憶えていてもしょうがないものなのだろう。それか、憶えていると大変面倒で厄介なことになるものなのだ。

がらっ。

扉が開く音がした。

「やあ。おまたせ」

どうやら智弥の補習が終わったようだった。

 読んでくださってありがとうございました。

 受験勉強の息抜き程度に書きましたが、真剣に書いたつもりです。

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