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王妃の死(番外編)

作者: 氷雨

 病で亡くなった、姉に代わり二番目の姉がその継室となったのは私が十の時だった。

 長姉は、妹の私から見ても非の打ち所ない、些かの瑕疵一つない完璧な女人だった。

 美しさ、聡明さ、気高さ、高貴さ、慈悲深さ。姉に対する称賛の言葉は、私が幼い頃より常に耳に入り、そんな姉が自慢だった。早くに母を亡くした私を、母代わりに育ててくれた自慢の姉は、十六で女としては、最高の地位にある王の妃になった。

 王女ではない、公爵家の娘が王妃にだ。

 当代の国王は、姉に劣らぬ美貌の青年王で婚礼の儀で、正装した王と姉は光輝かんばかりだった。

 絶世の美女と名高き姉は、王の寵愛を受け、王子を産み華やかで、幸福な人生を歩むと思われていたのに、姉は病を得、半年もせぬうちに亡くなった。

 近隣諸国でもっとも美しい王妃といわれていた姉は国内外においても人気が高く、誰もがその死を惜しみ悲しんだ。

 他ならぬ夫である国王も、最愛の王妃の死を悼んだ。深く姉を愛していた王は、その姉を偲ぶ身代わりを望んだ。

 すなわち、私の二番目の姉。次姉をだ。

 次姉は、同じ父母の間に生まれた姉妹なのかと疑いを抱くほど、容姿が劣りひたすら凡庸なる娘だった。

 教養があり聡明だったが、ただそれだけで容姿で誉められるところといえば、紫水晶のような澄んだ紫の瞳だけで、長姉の菫色の美しい瞳とは比べ物にもならなかった。

 長姉は自慢で誇らしかったが、容姿の劣る次姉は、ただ目障りでしかなかった。

 貴族のなかでも上位にある公爵家の人間だと思われるのも不快で、何かの集まりの際に次姉だと紹介されるのが恥ずかしく、次姉が血の繋がりのある実姉だと思われるのも嫌だった。

 そんな次姉を、長姉はあわれに思っていたのかなにくれと世話をやいてやっていた。

 私が次姉にきつくあたると、その都度次姉を庇い、私を叱った。

 女神のごとき、慈悲深さと優しさをもつ長姉が、次姉をかばうのはよく分かったが、何故私が叱られるのかと次姉が憎たらしかった。

 血筋だけは高貴な公爵家の娘なのだからさっさとどこかに嫁にいけばいい、と思っていたのに次姉は、姉の妹であるというだけでこの国で最も高貴な女人になったのだ。

 私が婚姻可能な年齢に達していたなら、次姉など王妃になれなかった。私と長姉はよくにており、長姉が王妃となった十六になった今の私は長姉に生き写しだといわれ随一の美女だと称賛されている。

 宮廷においても私の美貌は広く広まり、私を妻にと望む貴族はあとをたたない。

 大国は無理だが、小国ならば王妃になられるかもしれない。それほど、私は美しいのだ。

 だからこそ、王子を二人、王女を一人産み王妃として確固たる地位にある次姉が、本来ならば私が座していたその地位にある次姉が妬ましくてならなかった。

 長姉が今も生きていたなら、私が次姉とかわらぬ年齢だったならば、次姉などその座には座れもしなかった。

 それが、のうのうと三人の子を産み王妃として宮廷で暮らしている。

 王は色にはあまり興味をみせず、専ら国政をとることを重視し、後宮の妾らのもとにも訪れず次姉にばかり子を産ませている。

 王であるならば、王妃に子を産ませるのも責務の一つなのだろうが、何故あの次姉などに。

 そのために、次姉は王の寵愛深い王妃として宮廷でも重々しく扱われている。

 次姉が王のとなりで、そんな扱いを受けているのを見るにつれ、次姉に対する妬ましさは憎悪に代わっていった。

 王が、私に王が深く愛した長姉に似た私に目を止めてくれさえすれば、次姉など王に見向きされなくなる。

 子とて、私が産んだ子らのほうが優秀で王の子に相応しいに決まっている。それに、このままではあの次姉の子が、次代の王になるやもしれないのだ。

 そんなこと、認められない我慢ならない。

 私は、正統な地位を取り戻すだけだ。本来あった、私の座をとりもどすだけ。そのほうが、亡き長姉も喜んでくれる。

 早速、私はそれまで極力関わりをもたずにいた次姉のもとを訪ねた。

 次姉は、なんの疑いもなく私を歓迎した。久方ぶりに、近くで対面した次姉は相変わらず凡庸だったが三人の子を産んだにしては肌艶もよく、公爵家にいたころとはどこか雰囲気も異なり、落ち着いた女人になっていた。

 甥や姪にも近くで対面したが、次姉には似ておらず皆美貌の父に似たのか美しく整った面立ちの子ばかりだった。

 顔を見たくない次姉と、親しく会話をし幾度も次姉のもとを訪ねながら私はその機会を待った。

 そしてその機会は、思いがけず早く到来した。

 執務の休憩をとっていた王が、王妃のもとにやってきたのだ。

 二十五になる王は、王としての威厳と貫禄、年齢を重ね、落ち着いた物腰と深みを増した美貌が、眩しい青年王だった。

 王は出迎えた次姉を破顔し引き寄せ、額に唇をおとす。

 羞恥に次姉が、王の腕のなかで身をよじり漸く目線が、私に向いた。

 美しく化粧をし、装った私は誰もが見惚れる笑みを浮かべ、王によく顔が見えるよう正面から王を見つめた。

 驚愕するか、見惚れるかの反応を示すと思われた王はしかし、予想外の反応を返した。

 私を一瞥すると、王はすぐに腕のなかの次姉に誰だ、と尋ねたのだ。

 次姉が、末の妹でございます、と王に告げると王はああ、と頷いた。

「そなたには妹がいたのか」

 王は深い美声で、そう言った。

 長年、予想し現実になるに違いない、王からの反応を得られず私は困惑した。だが、すぐにこれは王の、私に対する手管なのだと理解した。

 王は、焦らしているのだ。

 次姉の勧めにしたがい、王は席につき次姉が手ずから淹れた紅茶を飲んでいる。

 次姉は、夫の来訪に頬を薔薇色に染めながら喜んでおり、私は内心次姉を嘲笑った。

 王妃面をしていられるのも今のうち。すぐに、私が王の寵姫となるのだから。

 私は極上の笑みを浮かべたまま、王に視線をおくる。

 そのうち、賑やかな声とともに、甥や姪が部屋に飛び込んできた。

 一番幼い姪が、扉のすぐそばで転び、次姉を呼びながら泣きじゃくる。

 次姉が椅子から立ち上がりかけていき、私は期を逃さず王に声をかけた。

「早いもので、姉が亡くなり六年になりますね、陛下。陛下のお心には十六の姉が今も美しくのこっているのでしょうか」

 紅茶を飲んでいた王は、カップをソーサーに戻し私に目線を向けた。怪訝をあらわにして。

「姉?そなたの姉ならば、そこにいるだろう。何の話だ?」

「え?」

 私は何かの間違いだと言い聞かせながら、再度王に告げた。

「姉でございます、私の一番上の。陛下の王妃であった、私の長姉でございます。私の顔をご覧になればすぐに思い出されるはずです」

 王は、私を色のない瞳で見、何かを思い出すかのように目線を上方に向けた。

「そういえば、いたな。今思い出した。長年思い出すこともなかったゆえ、忘れていたわ」

 淡々とした感情のこもらぬ声だった。

「そんな。陛下は、亡き姉を深く愛されていたはずです、ですから姉を、あの姉を亡き姉の身代わりに王妃とされたのでしょう?私はこのとおり、亡き姉によくにておりますですから」

はっ、と王は短く息を吐き出した。それが王の嘲笑だと気づいたのはしばらくのちだった。

「なるほど。この六年、王妃のもとに顔をみせずにいた妹が、今さら何をしに来たのかと思ったが、私の妾に、いや姉の座を成り代わるつもりできたのか。我が妃の妹とは思えぬほど、短絡的で愚か、浅はかな女よ。亡き姉?そんな女、既に忘れているわ」

 王の低く抑えられた、だが、嘲りの強い声に私は恐怖のあまり震えた。

 何を言っているのだ、王は。長姉のことを、忘れている?ではなぜ、今なお次姉を王妃として寵愛しているのだ。姉の、妹だからではないのか。

「見目形だけは良さそうだが、その頭は空のようだ。私には手駒が少ないゆえ、隣国の王の妾にでもしようと思ったが、その才覚もなさそうだ。我が国の貴族の妻にでもさせたほうがよいな。こんな女を王に差し出せば、我が国の恥だ

 」

「そ、んな。わ、私は公爵家の娘です。いかな陛下とは申せ、そのように私を侮辱されるのはあまりにも」

 初めて味わう屈辱に震える私を、王は冷ややかに見据えた。

「そなたの言葉を、一言一句違わず公爵に申したなら末娘の出来の悪さにさぞ落胆するであろう。言葉をそのまま返してやろう。お前、誰に向かってそんな口をきいている。私を誰だと思っているのだ」

 ひ、と王から叩きつけられた怒気に私は息をのんだ。全身から血の気かひいていき、ことの重大さに漸く気づいた。

「我が妃の、王妃の妹ゆえ、今回ばかりは許してやろう。不出来な妹ととて、王妃は悲しもう。だが、この件を口外しまた王妃をおとしいれようとすれば、わかっているな?」

 私は必死に頷いた。王の言葉の、真意を理解して。おそらく王は、私を消すことなどいささかの躊躇いもつうようも感じないだろう。

 美貌の王が、心底恐ろしい。王の前では、私など何の価値もない、塵同然なのだ。

「大人しくしていれば、良い嫁ぎ先を考えてやる。国内のな。精々、夫に可愛がられることだ。姉のもとを訪れる、暇もないほどな」

 低く笑った王を、姪と甥が呼ぶ。その傍らには次姉がおり、笑顔で王を待っていた。

 王は私から目線をはずし、妻と子供たちのもとへ歩いていく。

 その背中が、遠さがるのをながめながら、私はいまだに身震いしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 狂愛とも言うべき王の続編ですね! 姉に似てるからと自信満々の末妹にイライラ。 最後どのような嫁ぎ先になるのやら気になりました。 所で王もまだ25ですし、落ち着いた貫禄と言うには早すぎるかなぁ…
[気になる点] 王妃アホなの? 長女以外みんな種類は違えど女性陣は頭お花畑しかいないの? [一言] この王は中年ぐらいで良いとおもった。
[一言] 確かに妹はクズだと思うけど、長姉がただただ不憫だ。 長姉がこの王の子供にでも転生しててこの王の真実を知って復讐してほしいくらいに不憫。次姉にも真実を知られて嫌われて欲しい。
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