プロローグ~お前らにひとこと言ってやりたい~
サイボーグものが書きたかったのです。
プロローグは明るい雰囲気なので、軽く読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします!
敵の自律機動兵器の猛攻は止まない。
「工兵、前へ!」
少しでも前進しようと、ベンノは声を張り上げたが、合図に駆け出した工兵は、次の瞬間には敵の攻撃に吹き飛ばされてしまった。
一つ舌打ちをして、再度合図をするが、代わりの工兵が出てこない。戦車のハッチから顔を出して工兵が待機しているはずの塹壕を見ると、一人の若い兵と目が合った。今にも泣き出しそうな様子で震えている。このおびえようから察するに、おそらく新兵だろう。
「どうした、早くしろ!」
しかし、新兵は塹壕から出るどころかますます縮こまり、頭を抱え込んでしまった。
「い、嫌です……!」
それは重なる砲声にかき消されてしまいそうな小さな声だったが、かろうじてベンノの耳に届いた。怖気づくとか以前に、隊長の命令を拒否するとは、軍人の風上にも置けない。思わず、あ? とどすの利いた声で聞き返した。
「だって、俺、こんなところで死にたくない。まだ、軍に入った目的も果たしてないのに」
「軍において、戦う以外の目的があるか! いいから行け!」
「でも、もうすぐあの人たちが来るはず……」
ベンノは本日二回目の舌打ちをした。
「いつ来るかもわからない増援を期待して……」
「あ!」
さっきからしきりに後方の味方基地を気にしていた新兵は、突然、ぱっと顔を輝かせた。それを見たベンノが「あの人たち」が来てしまったことを察し、眉間のしわを深めるのとほぼ同時に、上空を何かが横切った。続いて隕石が落ちたような衝撃。
「エインヘリヤル、ヴェスペ参上!」
戦車の上部装甲に降り立った少女は、そんな口上とともに、背中に備えた一対の黒い機械の翼を大きく広げてみせた。
エインヘリヤル、というのは、わが国の軍付属科学研究所が誇る改造人間部隊の俗称だ。設立は三年前。意味は、勇士の軍勢とか、そんな感じだったと思う。機械工学と医療を無理やり関連付けて捏ねくり回した謎技術の賜物であり、ベンノのような一軍人にしてみれば少しも興味のわかない領域の話であるし、研究所も技術を秘匿している。
そして、ベンノは彼らが気に入らなかった。なぜかって? そりゃあ決まってる。
手柄を取られるからさ。
彼らの特徴の一つに、巨大な兵器が体に連結されていることが挙げられる。腕から二メートルほどのレーザーブレードを出せたり、大砲を背負っていたりと多種多様だ。腰から下がフロートになっていて宙に浮いているようなのもいた。一応、精密な扱いを要求される機械を神経に直接つないで操作することでより性能が上がる、という建前があるようだが、それよりも見栄えのよさを気にしてのものだとの説が有力だ。事実、その派手な見た目で民衆から多大な人気を得ている。
仮に、彼らが民衆の気を引くためだけのお飾りだったなら、ベンノはここまでエインヘリヤルを敵視しなかっただろう。だが困ったことに、彼らの個々の戦闘力は重戦車を上回り、下手をすれば戦車小隊一つにも相当する。つまり、とてつもなく強い。
そんな、戦争も有利に進められて人心も得られる、一石二鳥な彼らを国の上層部も頼りにするようになり、一般の軍に付く予算は削減される一方、対照的にエインヘリヤルには最新の高性能兵器が大量に供給されているという。これがひねくれずにいられるだろうか。
しかしながら、ベンノは彼らを憎んだり、破滅を願っているわけではない。まあ、嫉妬は少しくらいあるかもしれないが。ただ、適正があるため人数が限られる彼らの穴を埋めるために常に前線に立って防衛している自分たちに、もっと敬意を払ってほしいだけなのだ。あいつらときたら、無視するか、見下した一瞥をくれるか、大体その二択だ。
なので、その少女がこちらを振り返ったときには、少なからず驚いた。
「私たちが来たからには、もう大丈夫よ」
得意げな口元とわざとらしい決めポーズ。極めつけはやたらとうまいウインク。凛としたつり目のきつい印象を、次に浮かべた人懐っこい笑顔でものの見事に裏切った。
「なんてね。一度やってみたかったんだ!」
「お、おう……」
ベンノは混乱していた。戦闘中に敵に背を向けるなと注意するのも忘れるほど。しかしこの少女のスカートは戦場に着てくるには短すぎやしないだろうか、そもそも軍の女子制服はズボンだったと思う。それとも何か? エインヘリヤルとは改造制服が許されるような身分だというのか。そんな半ば現実逃避に走った思考がぐるぐると頭を回る。が、少女の後ろから迫る砲弾を認めると、そんなものは吹き飛んでしまった。
「後ろ!」
少女も流石に笑みを引っ込め、体ごと後ろに向き直った。そして、背中の翼の片方をうごめかしたかと思うと、金属質に黒光りするそれで、砲弾を掴み取った。
「は?」
あの背中の、羽じゃなくてアームだったんだ……。
「心配してくれて、ありがとね!」
ヴェスペと名乗った少女は、砲弾を投げ捨てると、愛らしく手を振って前線に飛び出していった。
「……なんだったんだ……」
と、しばらく放心していると、今度は雪国塗装の白い軽戦車が前に回り込んできた。
「隊長は、貴方か」
いや、戦車ではない。人だ。
「エインヘリヤル第五部隊、コードネーム、シュティーアだ」
その青年は、先ほどの少女とは対照的に、白い機械で全身を鎧っていた。具体的にいえば、まず胴と膝から下、それにベンノが先ほど戦車の装甲と間違えた、マントのように彼の肩と背を隠す四つの杭のような、プレートのような機器だ。宙に浮いているようにも見えたが、よく見ると彼の肩に一部を突き刺すようにして接続されている。
「何をじろじろと見ている」
もう一つ、彼は特殊なゴーグルを付けていた。それには左右の目の区別はおろか、頭に固定するバンドすらもなく、そのうえやはり真っ白で光を透過せず、のっぺりと顔の三分の一程度を覆っていた。一見、細長い布を頭に巻いた目隠しのように見える。そんな状態でも、視力はあるらしい。
「いや、失礼した。で、なんの用だ?」
彼は数秒の何か言いたげな沈黙の後、心なしうつむいて短く息を吐いた。文句を言うのは諦めたらしい。
「この戦線は私たちに引き継がれた。負傷者を連れて下がるといい」
ベンノは少し気分を害した。今の言葉を、自分たちを侮辱していると受け取ったためである。
「お前らなあ……」
ら、とは、シュティーアだけでなく他のエインヘリヤルをも指していることを表している。
「自惚れるのも大概にしろよ! お前らがいっくら強いっていっても、へましないっていう保障がどこにあるんだ! そういうときのために俺たちがいるんだろうが!」
「いや、しかし……」
「あと! 負傷者はすでに安全地帯に移動させたから安心しろ! こちとら指揮官暦約二年だ、そんなことにも気が回らないと思ったか!」
シュティーアは戦車の上からの怒号に少しのけぞると、ぜいぜいと肩で息をするベンノに、一つ頷いてみせた。
「了解した。後衛は任せる」
そう言うなり、背を向けて走っていってしまった。
同じ戦車に乗っていた砲兵がハッチから顔を出した。その目には不満の色がありありと見て取れる。
「隊長! せっかく下がってもいいって言ってくれたのに、なんで……ぎゅむ!?」
ベンノはそんな砲兵の顔を片手でわしづかみ、ぐっと引き寄せる。そのままにっと笑顔を作る。
「あんな若造と小娘に全部任せて尻尾巻いて逃げるような腰抜けは、俺の部下にはいないよな?」
「は、はいぃ……」
若い砲兵は、心なし涙目だった。
結論から言うと。
その日、ベンノの隊はそれ以上の戦果は挙げられなかった。増援の二人によって、本当にあっという間に敵軍が撤退させられたからである。
その戦いぶりは、流石政府公認のヒーローなだけあって、なかなかに爽快だった。ヴェスペは、黒い五本指のアームを使って、突き刺したり切り裂いたりぶん投げたり。しかしよくもまあ、あんなに飛んだり跳ねたりできるものだ。エインヘリヤルは身体能力も強化されているのだろうか。先ほどなど、軽く五メートルを越す人型ロボットの足をつかんで転ばせ、首を刈り取っていた。その間わずか十秒。
さて、もう一人の青年はというと、彼も彼で派手な戦い方をしていた。あの肩に取り付けられた機械は武器には見えなかったが、何のことはない。兵器はあの中に収納されていたのだ。彼は走りながら、四つの機器のうち二つを変形させ、瞬く間にミツバチの巣のような形のミサイルポッドを作り上げた。
「ヴェスペ、どけ」
静かだが良く通る声で前線の味方を下がらせると、無数のミサイルで残った敵を掃討した。
まずヴェスペが前に出て戦い、シュティーアがバックアップをする、というのが彼らの戦法であるようだ。これも、ベンノがこれまで見てきたエインヘリヤルとは違っている。ほかのやつらは、二、三人で行動していても連携することはほとんどなく、大体それぞれが好き勝手に暴れまわっていた。
「なあ、ハンス、お前、テレビであいつら見たことあるか?」
「いや、ないっすね」
「だよなあ」
「自分、エインヘリヤルのことなら人並み以上に知ってる自信ありますけど、第五部隊なんて、今まで一度も聞いたことないです」
ところで、初対面のはずの砲兵と新兵がさっきから妙に仲が良くて、鬱陶しいことこの上ない。
「おい、戦闘が終わったからって気ぃ抜いてんじゃねえぞ」
砲兵の耳元で言うと、彼はあわてて戦車の中に引っ込んだ。主体性にはいまいち欠けるが、従順なところはいい部下だと思う。
「お前もだ、新兵。敵は撤退したんだからもう怖くないだろ。戦利品でも探しに行ってこい」
「戦利品なんてないじゃないですか」
対して、こいつはどこまで反抗的なんだ。命令されたらちゃっちゃと従えってんだ。
しかし、彼が言ったことは事実だ。戦車の上から見回しても、戦場には敵の自律起動兵器の残骸はおろか、大砲の一門も残ってはいない。敵軍が撤退する際に回収していったのだ。
「ピクニックのごみは持って帰りますってか」
これは、敵に撤退のときでもある程度の余裕があるということ、ひいては相手がまだ本気を出していないことを示している。
ままごとのような戦争。これもベンノは気に入らなかった。もし敵が突然本気を出したら、ほかの国の介入があったら。それらの可能性を考えるたび、じりじりと不安になる。しかしベンノにはどうすることもできない。
通信機を口元に当てて、帰るぞ、と合図を送った。
「結局、軍に入った目的ってなんだったんだ?」
「そりゃあ、エインヘリヤルの皆さんを間近で見るために決まってるじゃないですか」
「……よし、帰ったらこの俺がじきじきに訓練をしてやるから、覚悟しておけ」
国立軍バルツ基地、食堂にてベンノは昼食をとっていた。今日の献立は、丸くて固いパン、ポトフ、そしてベーコン。ごく普通だ。
前回の防衛任務から三日が経った。別の地域では小さな戦いがいくつかあったようだが、ベンノの隊はあの日以来出撃していない。とりあえず、ハンスとかいう舐めた新兵には、一日十八時間のすばらしい訓練スケジュールを組んでやった。
そういえば、あのときの増援のエインヘリヤル二人は、どうしているだろう。よく分からないやつらだった。男のほうは一般兵を馬鹿にしてるのかと思ってつっかかってしまったが、今から考えれば、他意のない事務連絡だったのかもしれないし、女のほうはまるでただの子供だった。あれ、あいつら、名前はなんていった? 確か……。
「ふむふむ、今日のランチはポトフとベーコンか」
「うおわぁ!?」
気が付くと、横合いから一人の少女が食事を覗き込んでいた。くせのない肩までの黒髪に、特徴的な緑色の猫目。もしかしなくてもあいつだ。
「おっと、パンを床に落とすところだったよ。危ないな」
「ああ、ありがとう……じゃなくて、何でここに居るんだよ、……えっと」
忘れかけていたその名前を頭の中から引っ張り出す。
「ヴェスペ!」
「ひどい。一瞬忘れてたでしょ」
ヴェスペは椅子には座らず、テーブルに肘をついた。寄りかかるような格好だ。
「で、なんで居るんだよ。エインヘリヤルの食堂は別だろ」
「んー、気分? 今日はこっちで食べたかったの」
「そうかよ」
しかし、さっきから彼女になんとなく違和感を感じる。
「……あ」
「何?」
「いや、背中のって外せるのな」
あの翼のようなアームが、今の彼女にはない。
「まあね。つけたままだといろいろ不便だし。ドア枠に引っかかるよ」
「それもそうか」
会話を打ち切って食事を再開する。しかし、ヴェスペは食事を取りに行く気配がない。横を見ると、妙ににこにこした彼女と目が合った。
「まだなんかあんのか」
「いや、まあ」
口元で笑みを作ったまま困ったように眉を寄せるヴェスペ。
「……それ、どこで貰えんの?」
「知らないのかよ! あそこのカウンターだよ。早くしないとなくなるぞ!」
「ありがとー」
小走りでカウンターに向かう彼女を見送って、さて、と改めてスプーンを手に取ると、後ろから声をかけられた。
「少しいいか」
「ん……、んぐふぉお!?」
振り返って、思わずポトフを吹きそうになった。
「どうしたんだ。こぼしたぞ、ハンカチを貸そう」
「ああ、すまん……。じゃ、なくて!」
言わずもがな、そこにいたのは先日のエインヘリヤルの片割れ、シュティーアだった。
「んだよ、お前もこっちで飯な気分なのかよ」
「? いや、俺はもう昼食は済ませた。ここに来たのはヴェスペに用があってだ。見なかっただろうか」
「あいつならカウンターのほうに行ってるぞ。もうじき戻ってくるんじゃねえか?」
「わかった。待とう」
今のシュティーアは、ヴェスペと同じく肩の武装やアーマーを外していたが、なぜかゴーグルはそのままだった。フォーマルな軍服姿にサイボーグめいたゴーグルというのはなんとも違和感があったが、あれはきっと眼鏡のようなもので、なくては日常生活に支障をきたすのだろうと、ベンノは勝手に納得した。
「しっかし、なんだぁその髪の毛は。色抜いてんのか」
彼の髪の色は、ここより北の地域でもそうはいないだろうというほど色の薄い灰白だった。
「いや、地毛だ」
「そうかい」
それにしても、生白い顔しやがって。ちゃんと食ってるか? 寝てるか? ベンノはシュティーアの口にベーコンを突っ込んでやろうかと思ったが、やめた。こいつに二枚しかない貴重なベーコンをくれてやる義理はない。
「……貴方は人の顔を観察するのが趣味なのか」
「んあ? 違うけど」
そうこうしているうちに、ヴェスペが戻ってきた。トレーを両手で持って、花のマークでも飛び散らせそうな笑顔の彼女は、シュティーアを見るなり表情を反転させた。げっ、という顔だ。
「なんで居んの」
シュティーアはおもむろに一枚の紙を取り出し、ヴェスペに見せた。
「始末書……。何の?」
「お前がこの前の任務で壊した建造物についてだ」
「え、今日書かなきゃだめ?」
「本来なら昨日までに書かれているべき書類だ」
「あー……。まあ、とりあえずさ、ご飯食べさせてよ」
そこからは特に会話もなく、食事を終えた。ヴェスペは幾度となく何か話したそうにベンノに視線を向けたが、結局のところシュティーアが居るので諦めたようだった。
「ごちそうさまー」
ヴェスペが食器を置くと、シュティーアは席を立った。
「行くぞ」
「はーい。おっさん、話し相手になってくれてありがとね」
「部下が世話になった」
「おう」
食堂の出口に向かって遠ざかる背中を見送りかけて、ベンノはふとエインヘリヤルに言ってやりたかったことを思い出した。
「おい、お前ら!」
振り返った二人に声を張り上げる。
「いつか、お前らが驚くような戦いをして、『流石は一般兵』って言わせてやっから、覚悟してろよ!」
シュティーアはただ僅かに頷き、ヴェスペは大きく手を振った。本当に対照的な二人だ。ベンノは満足して、椅子に座りなおした。
「……あ」
すっかり冷めたポトフを口に運んだとき、ベンノは小さく声を上げた。一つ、言い忘れていた。
おっさんって呼ぶんじゃねえ。
―――エラー発生、エラー……
永遠に続くかのようなまどろみの中、彼はノイズのようなメッセージを受け取った。
―――修正は可能、しかし外部からの操作が必要です。
錆びついた歯車とモーターが軋みをあげる。
―――お願いします……
その悲痛な響きに何かを感じたのか、それともただ外界からの刺激に反応しただけなのか。
ともあれ、こうして彼は目を覚ました。