7話:暇
「今更ながら……大変なことになったなぁ」
要が召喚されて、早くも七日が経った。
帰れないと言われてしまった以上、しばらくの間はこちらでの過ごし方を知っておかなきゃいけないかな、と思っていたので誰か講義をお願いできないかと軽い気持ちで言ったところなんと王女自ら指導にあたってくれるという。
そんなわけで毎日ラースベストのあり方や魔術についてファーミリアに指導を頼んでいる状況だ。
最初は一日中自分の事情で拘束してしまうのは申し訳ないと断ったのだが、ファーミリア本人がやっていて楽しいというので、感謝の念を込めながら何も言わずにおくことにしている。
王女自らの指導に何か意図があるんだろうと思った要だが、直接聞くわけにもいかず憶測をたてるに留まっている。
しかし説明もわかりやすく、質問に対して欲しい答えが要点をまとめて返ってくるのでそこは流石一国の王女ということだろう。
内容は詰め込み授業も真っ青の情報量だったので全て覚えているかかなり怪しいところだ。そのなかで一番の問題は魔術だった。
ここ数日はラースベストの講義と同時に魔術の使い方を教えてもらっている。七日もかかりきりでやれば日常魔術だけならば子どもでも一応の片鱗はみえてくるらしいのだが、要には未だその兆候すら現れていない。
若干の焦りを覚えつつ、根をつめても逆効果だと言われ、とりあえず講義は昨日で終了ということになった。
王女であるファーミリアにもやらなければならないことは多々あるだろう。
これ以上引き止めるのも申し訳ないと思っていたので要としてもありがたかった。
「ほんとに魔術なんて使えるのかねぇ。体の内側にある力を意識しろって言われてもぜんっぜんわからん」
こればかりはそもそもまず魔力というものに対する認識が無い以上どうしようもない。
それに今現在の悩みのタネは魔術のこともそうだが、空いた時間をどう過ごすか。
ゲームも無ければ漫画も無い、テレビもない。
休みにされたところで有意義に時間をつぶすには難儀しそうだった。
気分転換に城内の散策でもしたいところだが、部屋の入り口には常時衛士が立っており、出歩こうものなら後ろについてくる。しかも無言で。
お仕事熱心な衛士には申し訳ないが、お邪魔なことこのうえなかった。
なので最初に一度出歩いてからは到底軽く散歩気分というわけにもいかず、殆どを部屋ですごしていた。
そんな訳で、お暇を出された要はベッドに寝転がりながら今まで習ったことを反芻しながらボーっと天井を見上げることにしている。
ビバダメ人間。
「あっ、そーだ。キャリーの中に暇つぶしになる物があるかも」
最初は完全に身一つで放り出されたと思っていたのだが、王家の森には自分だけではなく、あのとき持っていた荷物も丸々放り出されていた。
異界から召喚した場合、対象の周囲の物もまとめて召喚してしまうそうで、最初はおまけでくっついてきたタダのガラクタだと思われていたらしい。
危うく処理されそうになっていた所を、俺の大切なものだから!と頼み込んで回収してもらったのだ。
ベッドからずるずると這い出し、キャリーの中をがさがさ漁り始める。
「といっても遠出する予定じゃなかったからなぁ……コスと小道具と……んー……うわ今回に限ってゲーム忘れてるよ、切ない……」
いつもなら間違いなく携帯ゲーム機をいれているのに、仕事に追われながら日々少しずつ荷物を用意してたせいか最後に入れようと思っていたのを忘れてしまったようだ。
「他は途中で買った飲みかけのペットボトル……はもう日があきすぎてて飲めないなこりゃ。おっ、飴だ。前のイベントに持ってった時出し忘れたか」
自分のズボラな性格が荷物に垣間見えて悲しくなってくる。
こんなものより本の一冊でもいれてあれば暇つぶしになるのにと前の自分に愚痴をこぼす。
まさかこんなことになるとは予測できるわけも無く、今言っても詮無きことだが。
「んー?なんだこの袋……あー、あみぐるみのかぁ。良かった良かった、丁度手を動かせるものが入ってて」
遠征の際に手持ち無沙汰にならぬよう放り込んであったのを発見。
まさかこんな形で役立つとは思わなかったが、リフレッシュするには丁度良いだろう。
「流れ作業って手も動かせるし色々考え事もできるし結構好きなんだよね」
一人鼻歌を歌いながら編み始めるあたり結構ご機嫌なのかもしれない。
毎日の講義続きで無意識に疲労とストレスがたまっていたのだろう。
しばらくふんふんと一人鼻歌を歌いながら編み続けていると部屋の扉をノックする音がした。
「しっ、失礼します、へっ、部屋のお掃除に参りました」
「あ、もうそんな時間だっけ。いつも通り気にせずよろしくね」
「かかっ、畏まりました」
やたらと言葉につっかえながら入ってきたのはこの部屋の掃除担当に任命されたコアルという少女。
大きな掃除道具のせいもあってとても小柄に見える。というか実際に小柄だ。
城に召抱えられるだけあって綺麗な顔立ちをしており、くりくりとした目が小動物のようで庇護欲を湧き出させる。
膝までありそうな長い薄く水色がかった茶色い髪を二つにわけて大きな三つ編みにしているのもあって、いかにも田舎の少女といった感じだ。
なんでも、街の宿屋の娘さんらしい。
宿屋の娘がなんでお城で働いてるのかと思ったが、聞いたところによると両親の手伝いで培ったベッドメイクや掃除のスキルを買われたとのこと。
顔を合わせるのはこの掃除とベッドメイクに来るときの一日二回。
相変わらず言葉につっかえながらの話し方だが、最初の頃は目をあわせるのも避けられていたので前進してることはしている。
尤も、国賓である――とコアルには説明されている――要に粗相があったらどうしよう、と不安でいっぱいいっぱいになっているだけというのが本当の理由だ。
いつもならばここでファーミリアとの講義に一旦休憩が入る。だが今日は要だけだ。
せっかく一人なんだしもうちょっと交流して見ますかね、と掃除を始めようとしていたコアルに話しかけることにした。
「ねぇコアルさん」
「ひゃう!?」
「そんなに怯えなくても取って食ったりしないから。えっと、コアルさんは魔術どれくらい使えるの?」
出来るだけ優しい口調で話しかける。
こうして会話ができるようになったのもつい二日前だ。
それまでは話しかけるたびに振り向こうとしてスカートをひっかけ、そのまま足を滑らせて机上の壷を落としかけ、受け止めようとして倒れる、等々某教育テレビのビー玉を使った装置を髣髴とさせるようなコンボを披露してくれて色々大変だった。
どじっ子が可愛いのは二次元だからであって現実に居たらとてもはた迷惑な存在ということを悲しくもこんな所で実感する要だった。
先日やっとまともな会話ができるようになったので聞き出したところ、庶民である自分が何か粗相をして国賓の機嫌を損ねたら両親に迷惑がかかる、と思ったらしい。
要としては自分よりまず親のことを考えるなんて親孝行な子だなぁというのが正直な感想だ。
結局、仕事ぶりは素晴らしいうえに完璧だ、何かあっても君を責め立てるようなことはしないよ。と約束をしたうえでなんとか会話にこぎつけている次第である。
「は、はい……えっと、日常魔術、と治療魔術、を少し、です……」
「治療魔術も使えるんだ!素質高いんだねー」
「そっ、そんなことない、です」
「そんなことあると思うけどね。じゃあ、魔術使うときってどんなイメージをして使ってるのか教えてくれないかな?」
「わっ、私はイメージ、とか、あまり……よく、わからないです」
「えっイメージしないで使えるの?」
「は、はい……日常魔術は、殆どの子、が親から、習います、し、治癒魔術はあったかい、感じ、です」
いまいち要点を得なかったので、何度か質問を繰り返す。
つまりは、日常魔術は幼少の頃に両親から当たり前のように習うのでイメージしながら使うものはいないということ。日常的に使う魔術だからこそ、そこまで気を使っている者がいないのだろう。
治癒魔術は明確なイメージこそないが、治癒対象を暖かいもので包み込むような感じで使っている、ということらしい。
あまりにも漠然とした答えだ。
「ふむー」
ファーミリア以外からも話を聞けば、何かしら魔術を使えるようになるきっかけになるかとも思ったのだが一番簡単に使えるようになるといわれた日常魔術はわざわざイメージをして使っている者などいないという。これでは参考にしようがない。
「じゃあ魔術を使うときに魔力ってどう意識してる?」
解決の糸口が見えないとわかった要は質問の方向性を変えてみることにした。
魔術のイメージがわからないなら源になっている魔力はどうなのか、と。
「ま、魔力は……あんまり、意識して、ません」
ファーミリアに聞いたときもそうだったが、この世界の住人はあまり魔術や魔力を意識していないようだ。
イメージが力に大きく関わるという割に、あまりに認識が無さ過ぎる。
逆に言えば、無意識に使える程慣れているということなのだろう。
もしくはそこまで大きな力を使う必要が無かった、ということもある。
(手詰まりかねぇ…)
「?……どうか……しましたか?」
普段のコアルなら自分から声をかけてくるような度胸は無い。
それ程に落胆した雰囲気が出ていたのだろう、そう感じた要は悩んでもどうにかなるもん でもないな、と気持ちを切り替え明るい表情を浮かべた。
話しかけるだけでもおっかなびっくりという言葉が似合う彼女に、そこまで心配をかけたことが少々恥ずかしくもあったから。
「あぁ、大丈夫何でも無いよ。ちょっと悩み事があって、解決の糸口が見えなかったもんだから」
気持ちの切り替えがうまいことと、生来の楽天的な性格のおかげか意識している限りではそこまで深く落ち込んでいたわけではない。
だが今朝方ファーミリアに根をつめないように、といわれたのを思い出す。
彼女には見抜かれていたのだろう。無意識にそんな雰囲気を醸し出してたかもしれないな、と反省する。
「ん……訓練、見てみたら、いかがです?」
「訓練?」
「はい……魔術、のこと、聞いてきた、から」
再度質問を繰り返したのち、理解に至る。
城の中には騎士の訓練場があり、そこでは剣と魔術の訓練が日々行われているのだという。
それを見てみれば何か解決の糸口になるのではないか、ということだった。
「ん、ありがと。丁度暇してたとこだし、これから行ってみるよ」
満足したような表情を浮かべ、コアルは頷く。
あとになって思えば、このとき初めてコアル笑顔を見た気がする。
コアルに場所を教えて貰ったあと、少しは彼女の緊張をほぐせたかな、とささやかな満足感を覚えながら要は部屋を出た。