5話:謁見
ファーミリアの部屋にいたところを見つかった際は肝を冷やしたが、ヴォルフェミアが見定めた召喚者とは、やはり要のことだった。
フェガロ王は要を見るや驚きも一瞬で、謁見の間に来て欲しいと伝えると先ほどより足早に歩いていった。
(そもそも召喚失敗したって言ってた相手が何故か居たうえに、娘の部屋から出てきたことには何も言わないのか)
疑われたいわけではないが、多少なりとも嫌疑をかけられるなどの反応があると思っていた要は、安心もあるが少々肩透かしを食らった気分である。
そういったわけで、要は謁見の間と呼ばれる場所に来ていた。
天井の高さは10m近くはあるだろうか。単純な広さだけでも、壁を背にして立てば向かい壁の人が米粒サイズに見えるくらいの広さがある。
全体の整った柱の配置などを見るに、ギリシア建築に近いものを感じる。
内装はどちらかといえば控えめで、あまり誇張するようなものはなく落ち着いた雰囲気を醸し出している。
それは決して質素や貧相というわけでは無く、静謐なものだ。
色味で艶やかなものといえば、入り口から奥の玉座に向かって敷かれている真紅の絨毯くらい。
こういった場所は普通、王の権威や国力を誇示するために多少なりとも贅を凝らした造りになっている(と要は思っている)。
しかし、多数の視線と張り詰めた空気を感じるような場所にいれば普通の人間がつばを飲むのは至極当たり前だろう。
部屋の奥、中央にはフェガロ王が王座に腰掛けていた。
右後ろに控えるようにしてヴォルフェミア、左には先ほどとは違いいかにも王女という感じの気品溢れるドレスを身にまとうファーミリアと、こちらは先ほどと同じメイド服のマーリアが立っている。
更に外側に、いかにも歴戦の騎士という風貌を漂わせる体つきの良い男。
反対側にはマントのようなものを肩にかけ、細さ際立つ体に沿うかのようにデザインされたスーツのようなものを身に纏うまだ歳若そうな男。
そして王座の前の階段を下りたすぐの所には目深にフードを被った謎の人物。辛うじて口元が見える程度でその表情は窺い知れない。
王座を中心にして扇状に人が連なり並んでいた。
壁伝いに多数の西洋甲冑らしき鎧に身を包む兵士らしき人達と、ローブを纏う人達。
王座に近いほど職位か身分が高いということなのかな、と要は判断する。
(奇異の視線てのは、どれだけ慣れてても良いもんじゃないよなぁ)
既に何度したかわからないため息をつく。
召集の理由を既に聞いているのか、要を見る周囲の目は様々だった。
待ち望んだ英雄の存在に憧憬の眼差しを向ける者。
どれほどの能力を持つのかと期待、羨望を向ける者。
体躯から、下手をすれば一般人の中でも弱い部類じゃないだろうか、という値踏みをする者。
童顔で柔和な顔立ちも災いし、このような子どもに何が出来るのかという侮り、嘲りの視線を向ける者。
一般的に、魔術師などと呼ばれる者ならば、体を鍛えているものは少ない。
相応の研鑽が必要になる為、体を鍛える暇があるならば魔術の鍛錬を行う者が多いからだ。
必然的に、ある程度熟達した者は年齢が高くなる。
要の容姿は高く見ても二十代前半。幼少期より研鑽を積んでいたとしても、一般的にはまだまだ未熟者といわれる年代である。
……実際の年齢はアラサーに足を突っ込みかけているのだが。
結果、周囲の人間からの評価は総じてかなり低かった。
それをわかっているのかいないのか、広い室内に澄んだ声が響き渡る。
「先程は失礼した」
あれ程興奮していたのも最初だけで、既に落ち着きを取り戻しているヴォルフェミアは恥ずかしい所を見せてしまった謝罪を述べた。
要が頭を軽く下げ、謝罪を受け入れると、そのまま言葉を続ける。
「貴方は今の状況を把握しているかな?」
「いえ、全くもって理解できていませんね。どうして私はこのような場所にいるんでしょうか」
ここに来るまでの状況を考え、ある程度の回答を出してはいたが自分の認識に事実との齟齬がある可能性のほうが高い。
そう判断した要は何も知らないままを装う。
自分の理解する情報を訂正するよりも、相手から与えられる正しい情報を聞いたほうが早いという判断だ。
そこに返答を返したのはヴォルフェミアではなく中央に座るフェガロ王だった。
「そうであろうな……こちらでも不測の事態があったことは事実だ」
「先ほどの魔法陣に召喚されなかった、という話ですか」
「そうだ。あの召喚は特殊なものでな、ある程度は予測していたが、召喚には成功していたのに何故あのような場所にいたのかワシにもわからんのだ」
「…………」
「ふむ……喚びだしたこちらが名乗らぬのは失礼だったな。ワシはフェガロ=バナジール=ルミンツ、このバナジールの国王だ。既に知っていると思うが隣に控えているのが娘のファーミリア。こちらがヴォルフェミアだ」
目配せと手振りで国の重要人物であろう者達を紹介をしていくフェガロ王。
王自ら家族と家臣を紹介するということがどれだけ異例のことであるか。
この世界のことを知らない要でも、周囲から感じる空気でそれが通常ではありえない事なんだろうな、と理解する。
「ご紹介いただき光栄です、私はカナメ=スドウと申します」
ファーミリアとフェガロ王の名乗りを聞き、こちらでは国外のように苗字に当たる部分が先にくるのだと気づいたかなめは自分もそれに倣い言い換える。
「やはり珍しい名をお持ちのようだ。そうだな。まずは君……スドウ殿が疑問に思っているであろう事について答えを出そう」
待ってましたとばかりに一歩踏み出して佇まいを直す要。
「気づいているとは思うが、ここはスドウ殿のいた世界ではない。ラースベストと呼ばれる、スドウ殿にとって異世界ということになる」
自分の中で確信していたとはいえ、こうもはっきり言われると認めざるを得なかった。
やはりここは異世界なのだと。漫画や小説である異世界召喚物。まさか自分がその主人公になるとは夢にも思わなかった。
だが、ここに来るまでに体験したこと、そして今告げられたのは紛れも無い真実。受け入れるより他無かった。
「事実は小説よりも奇なりってのはほんとなのかねぇ……」
諦めにも似た口調でそうひとりごちる。
「そしてスドウ殿を喚んだ理由を簡潔に述べよう。それはこの国、ひいてはこの世界の為に力を貸してほしいのだ」
え、説明それだけ? 簡潔すぎるにも程があるだろ! と思ったがこのような場で相手に心情を悟らせるほど程子どもではない。
(しかも世界の為ときたもんだ。まさか自分がセカイ系の主人公みたいな事になるとは……)
「随分途方も無い話になりましたね……力ですか」
「そうだ。この地は数年前より魔族の侵攻にあっている。既に滅ぼされた国もあるのだよ。スドウ殿にはそれを撃退してほしい」
(うわぁ…なんかいきなり無理難題を仰ってるよこの人。しかもマゾクっていわゆるあの魔族?…RPGのモンスターみたいな認識でいいんかな?)
左手を右肘にあて、右手を顎にもっていき思案するポーズをとる。
ふむ、なんて呟きながら一見考えているようなポーズをしているが、どう考えても答えは、無理。
そもそも元の世界においても、特に平和な日本に住み、一般的な生活しかしていない要にどうこう出来る問題ではなかった。
しかし、それよりもまず疑問が一つある。
「一つお聞きしたいことがあります。何故私が選ばれたのですか?」
先ほどファーミリアの部屋の前で聞いた会話に気になる部分があった。
内容を要なりに解釈すると、自分は呼ばれたのではなく選ばれた、ということになる。
日本に限ったとしてもざっと1億以上の人間がいる。その中には、要など比較にならないほど様々な能力に優れた人たちがいたはずだ。
そんな中から何故平凡な自分が選ばれたのか、要は知りたかった。
もしかしたら本当に秘められた能力があるのかも、という淡い期待のようなものもあった。
「はっきり言って、私の能力は平凡です。どのような力が欲しいと仰っているのかわかりませんが、元の世界ならば、私より優れた才能を持つ人は多数います。それなのにあえて私を選んだ理由をお聞かせ願えますか?」
魔術というものが本当に使えるなら、一度は使ってみたいという欲はあった。
しかしそれ以上に、今は向こうの世界に帰りたいという思いのほうが強い。
この質問も、適当な理由をつけて日本に帰る口実になればと思っただけのことだ。
「簡単な話だよ」
そこに声をかけたのはフェガロ王の横に立つヴォルフェミア。
「私がカナメ殿の世界に行ったことは理解しているかな?」
先ほどの王女と国王の会話のことだろう。
首肯した要を見て、そのまま話を進めていく。
「私の能力の一つに、その人の持つ想像力をおぼろげだが視ることができる、というものがある。魔力というのは誰しも持っているものなんだが、想像というのは本人の知識や経験による差があるのは貴方にもわかるだろう。想像力、つまり具体的にイメージするということは、魔術を扱う上で必要不可欠なものなんだ。個人の保有する魔力の総量は同じでも想像力があるのと無いのとでは比べ物にならないのだよ」
「つまり、私が選ばれたのはその想像力が優れていたからだと?」
「そういうことだ。私にはその身に纏うオーラのようなものとして視えるんだが、君の世界に飛んだ際にこちらの世界ではみたこともない程強力なオーラを持つ者達が集うのを感じてね。そちらに向かっていたところに、一際強い力を発する貴方が運良くこちらに向かってきてくれたということだ」
気づいたら異世界に飛ばされてた俺としては相当運悪いと思うんですがね、と本人としては内心げんなりである。
「オーラを持つ者が集う……あぁ、ドリフェスか」
"あんな"立体物やら薄い本やらを作っている奴らが集まっている会場だ。
本当に想像力がオーラとして視えるならば、会場全体がそのオーラで覆われていても不思議じゃないかもしれないな、となんとも複雑な心境の要。
(想像というか妄想というか……)
かくいう要自身もコスプレ衣装や小道具を作るにあたり、穴が空くほど設定資料や漫画、アニメを見ているので、設定やなんかの知識や想像力はかなりある方だろう。
……いい歳してそんな空想や妄想話を友人達と繰り広げるのはかなりダメ人間だと思うけど、と思いもしたがそれを意識の外に追いやる。
「えぇと、確かに私は想像力はあるかもしれません。ですが、私の世界には魔術というものはありませんでした。それこそ伝説や空想上の産物でしたから」
これには周囲の者から動揺のざわめきがもれる。
要はまだ知らないが、ラースベストでは日常生活にも密接に魔術が関わっている。
道路こそあるが、その他の電気や水道といった生活インフラが無い。否、必要が無いのだ。
明かりや水は魔術で出すことが出来るし、料理をする程度の火力の火なら一般人でも十分に出せる。
逆にいえば、誰しもが当たり前に使えるからこそ、それが使えないということは日常生活もままならないということだ。
この世界の住人からすれば最低限の生活基盤が無いのと同じだ。
一部の者からは、既に文化レベルの低い蛮族として見られているのも仕方のないことだろう。
そして違う一部の者からは別の認識が生まれていた。
魔術の無い――彼らからすれば生活の水準が低い――世界で育っておきながら、この世界の人間よりも強い想像力を持つとは何者なのだ、という焦燥や危機感にも似た認識。
周囲が大なり小なり感情の変化を見せる中、淡々とした口調でヴォルフェミアが話を進める。
「ほう、それほどのオーラを纏っておきながら魔術を扱ったことがないと。ならばまずは魔術の使い方から教えねばならないな」
「いやそういうことではなくてですね。なんと言えばいいやら……とりあえずその、想像力が魔術に必要というのはわかりました。しかし私にそれだけの魔力があるかどうかは別の話だと思いますが」
既に元の世界に帰るという思惑はどこへやら。
相手の押しの強さに驚きつつも、思考を巡らせる。
「それは問題ないと思うがね。確かに元々持つ魔力というのは個人差がある。だがここまでイメージが大事だと言っているのは、魔術を使う時に必要なだけだからではないんだ。例えば百の魔力を持っている初心者と熟練者がいたとして、同じ魔術を使うとしても必要な力は前者が十使うとして、後者は一以下になる。それほどにイメージの影響力というのは大きいんだ。そして一番の利点はその想像力で大きく力を補い上乗せできるというところにある」
「上乗せ……?」
「そうだ。魔術とは"世界"を惑わせ力を借りている様な状態だ。便利なもので、魔術は想像力が無くともある程度扱うことが出来る。それこそ普通の生活をするだけならば皆無でもいい。しかし、これに明確なイメージを上乗せすることで効率化できるんだ。まぁ、詳しく話すと長くなってしまうのでね。今は、想像力のある人間は凄い魔術が使える、と思ってもらえればいいよ」
「はぁ……わかるようなわからないような」
「後ほど時間をとって、そこも詳しく説明しよう。これからのこともあるし、カナメ殿にはラースベストのことも話さなければな。異世界では何かと不便なこともあるかと思うがよろしく頼む」
朗らかに笑いながら話すヴォルフェミアに毒気を抜かれる要。
もとより毒気など無いに等しいが、勝手に連れて来られたうえに本人の意思置いてけぼりで話をホイホイ進められては言い返したくもなる。
「えぇと……大変興味深い話ではありましたけど、出来れば元の世界に帰りたいのですが」
「あぁ、すまないが君を元の世界に返すことは出来ない」
(今何か聞きたくない台詞が)
「あの召喚魔法陣は少々特殊でね、通常では考えられない程の膨大な魔力を消費するんだ。故に、再び魔法陣を起動するには暫くの時間がかかる。どうせ帰れないならばちょっと付き合ってはくれまいか。暇つぶし程度のものだと思ってもらっていい。なに、こちらが勝手に召喚したのだから生活の工面はこちらでする」
「えぇー……」
ため息とも観念ともとれる要の声は、誰に聞こえるでもなく霧散していった。