2話:状況把握
「ぶっ!」
顔から地面にダイブしたせいで盛大に鼻を打ち付け、潰れた蛙のような声が出る。
「っっっっ!!」
あまりの痛さに飛び起き、声にならない声をあげながら顔を押さえる要。
久しぶりに味わう血の味。綺麗に顔からいったため口の中を切ったのだろう。
寝覚めもへったくれもありゃしない。寝覚めというより気絶覚めだが。
涙目になるほど強くいったのだが幸い今打った以外に痛むところは無いので体は無事なようだ、と痛覚との戦いの合間になんとか確認する。
気を失う瞬間は覚えている。落ち始めるところで意識が遠のくのが自分でもわかった。
そこで意識を保てていれば綺麗に着地とはいかなくても顔からいくことはなかったはず。
何かに跳ね飛ばされたあの瞬間痛みこそなかったものの、かなりの高さまで飛んでいた。
それを考えれば体に支障がないだけでも御の字だろう。
「っはー!はー!」
痛覚との戦いがやっと終結を迎えつつある中、要は状況を確認する。
「……ここ、どこ?」
周囲を見渡して驚愕する。
意識を失う時、自分は外にいた。それも裏路地。そして飛んでた。
なのに今いるのは屋内。
未だ痛む鼻をさすりながら状況を確認する。
さすった手に何かが付着するのを感じ、手に目をやると薄く血がついていた。
どうやら顔を打ったとき鼻からいったようだ。
「いでぇよおおぉぉ」
どこぞの拳法家殺しに似せた声をあげる。
なんとなく言ってみただけで、もう血も出ていなければ痛みも無いが。
(冗談はさておき、と)
状況確認
その1
かけ布団のような布が体にかかってる
その2
ベッドらしきものがすぐ横にある
その3
察するにおそらくベッドからの落下ダメージを受けた俺
……どうやらベッドから落ちただけらしい。
「ベッドから落ちて鼻血とか…やだなにそれはずかしい」
立ち上がりベッドに腰掛けながらもう一度確認する。
あまりのストレスでまさかの自宅で夢オチかとも思ったが、周りを見渡してみればどう見ても自宅ではなかった。かといって病院のようにも見えない。
室内はコテージのような内装で特に目立つようなものは無く、あるのは部屋の奥にあるベッドと部屋の中央に置かれた机と2脚の椅子だけ。両開きの窓がついており、日差しが差し込んでいるのがわかる。
「ていうかなんでこんなとこで寝てたの俺」
倒れているところをどこかの家に救護してもらった?
荷物から判断してドリフェスの参加者だと思われてそっちの救護室に?
…どちらにしても119番するのが一番だろう。
それにこれは病人を乗せるためのベッドには見えない。
良い睡眠は健康な体を作る!という持論の元に要もそれなりに良いベッドを所有しているのだが、それと比べてもかなり良い物――のような気がする。
ベッドの良し悪しなんて素人の要にはわからないが、さわり心地とか掛け布団の質がとても良い物のように感じた。
病院や急ごしらえの救護室では味わえない心地よさだ。
もし病院のベッドならこのまま入院してこれの寝心地を確かめたい!などとろくでもないことを考えていたとき――
「あ、目が覚めましたか?」
扉をあけて声をかけながら人が入ってきた。
「あぁ、おかげさ…ま…?」
振り向きながら反射的に看護してくれていた人物だろうと、感謝の言葉を述べようとしたが途中で細く消えていった。
入ってきた人物を見て驚いた為だ。
女性。それもかなりの美人だったこともあるが、何よりも驚いたのは髪の色が蒼かったからだ。
服装は白を基調としており所々に青い刺繍の入ったもの。
要の知る数少ない(そしてかなり偏っている)服飾知識を用いると、清潔感を全面に押し出した巫女服、という表現が近い。
その白い服に綺麗なロングヘアの青い髪がなお強調されており、差し込む日差を受けて綺麗な光沢を放っていた。
目の色は透き通るような蒼玉。
(もしかしてドリフェスの救護室かここ)
要は入ってきた女性がコスプレイヤーだと判断した。
スタッフならばコスプレをしながら活動している人もいるのでそう思ったにすぎない。
「怪我はしておりませんでしたが、気分はどうですか?」
「あ、おかげさまでなんともなさそうです」
具合を尋ねならがら要に近づいてくる。
「それはよかったです。驚きましたよ、普通は人がいないはずの場所で倒れていたんですもの」
そりゃ裏路地で人が倒れてるなんて状況滅多にないわなー、と納得する。
「何故あのようなところに?」
「助けを呼ぶような声が聞こえたんで、声のするほうへ歩いていたんですが……急に衝撃を受けたと思ったらあんなことに。なので正直私も何があったのかよくわからないんです」
あの時の女になにかされたのだろう、ということだけはわかったが要も何があったかまではわかっていないので、とりあえずそこはスルーした。
「ファーミリア様」
と、再び扉が開かれ入ってきたのはまたもや女性。
黒を基調としたシックなメイド服スタイル。ご丁寧にメイドカチューシャまでつけている。
ミニスカートのメイドなんてメイドじゃない!と周囲に豪語する要にとって後光あふれるそのお姿はとても眩しかった。
メイド服を着た女性なんて現代においてそうそう見かけるものでもない。
しかも髪の色が淡いブルー。
この人もコスプレイヤーだろう、そう結論付ける。
(ファーミリア『様』――?)
そんな敬称つけて呼ばれるようなキャラいたっけ、と思考を巡らせる。
一瞬考えるが、思い当たらないということは要の知らない作品のキャラなのかもしれない。
キャラクター名で呼ぶあたりに若干の"イタさ"を感じなくも無いがちゃんと仕事をしているなら問題ないだろう、と勝手に納得する。
「どうしました?」
「先程からの会話を聞かせていただきましたが、やはり私はこの者を信用することはできません」
なんだか不穏な空気を感じ取る要。
あれー?キャラクターの演技ですよねー?と内心冷や汗ダラダラである。
だが本当に病室ならば、患者である要に対してこのような態度をとるはずがない。
「ファーミリア様を前に、この者は名を名乗ろうともしません」
その目に映るのは疑惑。そして憤り。
(もしかして要ちん、ぴんち?)
「あなたの目的はなんですか?なぜ王家の森にいたのですか?間者ではないのですか?否定するのならば身の潔白を証明することはできるのですか?」
まくし立てるように質問攻めにしてくるメイド姿の女性。
何がなにやらさっぱりであっけにとられている要。
「質問に答えられないのですか?あなたの目的すら明かせないというのならば相応の対応をとることになりますが」
「え、えーと、そのー……」
おいおい急展開すぎるだろ、とあわてる要の気持ちも尤もである。
ファーミリアと呼ばれた女性がメイドをまぁまぁと宥めている。
そして要は気付いた。否、気付かされた。少なくともここは病院やイベントの救護室ではないということを。
目の前の女性はメイドの格好をして救護してる癒し系担当――イベントでもそんな担当はいないが――かと思いきや、どうやら違うらしいということ。
「えぇと、ちょっと私も状況がつかめていないのですが、今の質問に答えると」
胃に穴が空くんじゃないかと思われる程の疑惑の熱視線を受けながら、要は呼吸を落ち着けて答える。
「目的はドリフェスに参加しようとしてました。王家の森ってのは何なのか知りません。そんな観光地か何かありましたっけ?あ、患者ではありますね。身の潔白もなにも疑われるようなことをしたつもりはないのですが」
間者を患者と勘違いする要。
当初は病院か救護室だと思っていたのでその思考が足を引っ張った形になる。
「か、間者だと自ら認めるのですか?思いのほか潔いですね」
「潔いも何も患者は患者ですし。倒れていたから助けてくれたのでは……?」
どこまでも会話の繋がらない二人だった。
会話の平行線を続ける二人に、それに気付いていたのかたまたま仲裁に入ろうとしたのかファーミリアが声をかけた。
「そこまでにしておいてあげたらどうかしら」
「ですがファーミリア様」
「まぁまぁ、この森に倒れていたということは間者ではないでしょう。それにこの方からは他の方とは違う何かを感じます」
「何か、ですか?」
「そう、先ほどの会話からも少々気になることがありましたし、一度城においでいただきましょう」
「このような素性の分からぬ者をですか!?」
当事者である要そっちのけで話を進める二人。
(うーむ、どういうことだ)
多少動転していたが、会話に置いてけぼりにされたおかげで冷静になったようだ。
その間に状況を整理する。
(ここは病院でもイベント救護室でもない、けどどこなのかは不明。王家の森?そんな場所近くにあったっけ?――メイドさんの対応からして、助けてくれたのはファーミリアって人だけどメイドさんは反対だったっぽいな。患者がどうのっていってたけど、患者に身の潔白を証明って――身分証を出せってことか?あー、保険証持ってたっけかな)
「では申し訳ありませんが、一度城までおいでいただけますか?」
「あ、はい」
状況を整理している間に結論が出たらしく、結局城に連れて行くことになったようだ。
城というのがどこかの略称や愛称だと思った要。
そういえば相手の名前?キャラ名?は知っているがちゃんとした自己紹介をしていなかったことに気付く。
「自己紹介遅れましたが私の名前は須藤 要と言います」
瞬間、そういえばと手に口を当てて微笑するファーミリアと呼ばれた女性。
「こちらこそ失礼いたしました。私、バナジール王国第一王女ファーミリア=バナジール=ルミンツと申します」
あまりにも自然で優雅に一礼する彼女に見蕩れそうになる。
そんな要がメイドの名がマーリアだということや、王女だとかミドルネームがあるとかキャラネームなんじゃないかとかそもそも日本人ですらないんじゃないかという疑問を抱かなかったのは許してあげてほしい。