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1話:イベントに参加しよう

 駅前を大勢の人が歩いて行く。

 やっと朝日が見え始めたばかりにも関わらずその流れが断えることはない。住宅街でもないこの地域にこれだけの人が集まること自体が稀だ。中には大きい荷物を抱えている人もいるが旅行者のそれではないようだ。

 向かう先は皆同じだ。

 彼らの目的地はドリームフェスティバル。

 通称ドリフェスと呼ばれ、同種のイベントの中ではかなり規模の大きいイベントである。

 彼らは皆ドリフェスの参加者だ。

 そこかしこで遠足を待ちきれない子どものように集まり久しぶりに顔を合わせる友人達と交友を深めている。

 そんな人たちに混じり、一人の男が駅から出てくる。


「ふー、久しぶりに参加するからって気合いれたけど、ちょっと頑張りすぎたかなぁ」


 歳の程は二十半ば。

 身長はおよそ160少々。男にしては小柄な体躯をしており、年齢を考えればかなりの童顔だ。髪を切りに行く暇がなかった頃はショートカットの女性と間違われたこともある。

 その中性的童顔を持つせいで、深夜に出かければ子どもは出歩くなと職務質問される、飲み屋に行けば年齢確認される、と私生活ではろくなことがないため少々コンプレックスを持っている。

 この趣味をやるうえでは案外便利なので、そこまで気にしていない。

 むしろこれに限ってはありがたいとすら思っているので複雑だ。


 朝の冷たい空気を吸い込み、ため息とも深呼吸ともとれる息を吐く。

 ここ数ヶ月は仕事に忙殺され、ろくに気を抜くことも出来なかった。

 ドリフェスの日程は知っていたが、やっと仕事も落ち着き余裕のでてきた所だったので、悩んではいたが正直家でゆっくりしたいと思っていた。

 積まれたままになっている本やゲームもある。

 休日を一日使えばかなり消化できたはずだ。

 それにも関わらず彼が参加を決めた理由は簡単。

 周りを見ればわかるように友人との交流だ。全国から人が集まるここでしか会えない友人も多数いる。


「もっと嵩張(かさば)らないキャラにすればよかったかなぁ……でもやりたかったんだから仕方ない、うん」


 今現在の彼はどこに長期遠征するんだという出で立ちだ。

 大きめの黒いキャリーバッグを引き、その取っ手に引っ掛けるように大きなボストンバッグ、更にはキャリーバッグから突き出すように布で巻かれた筒状の物が複数。


 彼はいわゆるコスプレイヤーである。

 それは好きなキャラクターの衣装や道具、果ては複雑な鎧や武器などをつくり、纏い、キャラクターを演じる趣味を持つ人の事。

 ドリフェスとは創作系イベントの呼称であり、創作活動を行う者にとって年に一度のお祭りなのだ。


 通常この手のイベントの参加方法は大別して二つある。

 一つが『サークル』として出展し参加する方法。

 もう一つが『一般参加』として参加する方法。

 だがドリフェスでは一般参加が認められていない。

 この手のイベントとしては異例の処置である。



 これはドリフェスが他のイベントなどでは普段やりたくても出来ない大規模なもの、大なり小なりの危険なもの――本物の鉄を加工した鎧や剣など――も持込可能というイベントだからだ。

 そのため出展という形ではないが、何らかの創作活動をしている者に絞り、一般参加する者を制限している。

 主催者側も危険性を十分認識し、ルールもかなり厳密で詳細な登録や身分証提示、装備する場合は移動や行動の制限など、かなり制約が多いにも関わらず毎回参加者が増えているそうだ。

 普段お披露目することの無い趣味の産物を多くの人にお披露目できる場としての側面もあり、横の繋がりは想像以上に強い。

 また、そういった同好の士との情報交換を行う場としても非常に優秀であり、最近は個人を超えて優秀な人材を発掘するために複数の企業が参加していることも少なくない。

 中にはアニメに出てくるロボットを鋳造で作るような猛者(バカ)もいるのだ。

 つまりここに集まる人たちは趣味でありながら"本物らしさ"に拘った酔狂な人たちの集まりということだ。



須藤(すどう) (かなめ)



 彼もまたドリフェスに参加しようとしていた酔狂なうちの一人である。


「待ち合わせまでまだ時間あるな…茶でもしばきにいくかー」


 最寄り駅に着いてから朝食をとるつもりだったので、時間はたっぷりある。


 人の波を一人別の方向へと足を向ける。確か少し脇に入った所にカフェがあったはずだ。


 いくつかの道を曲がり裏道らしき所に入った時それは聞こえた。



 ――助けて





「ん?」





 ――……ならば…して





 途切れ途切れになってはいるが、人の声が聞こえる。


「携帯……じゃないよな?」


 何気なくそう思ったのだが、周りに人がいる気配は無い。


(助けてって聞こえたけど…まさか痴漢とか?)


 イベントの安全性を確保するうえで、イベンターは駅から会場まで警備員を配置している。

 何かあれば駅まで戻り、警備員を呼びに行けばいい。


(まだ待ち合わせの時間までは余裕あるし…ちょっと確認してみるか)


 そう自分を納得させて、要は声のしたと思われる方向へ歩みを進めた。

 都会の駅前だけあって、大通りを外れても道はかなり広い。

 人通りもあるので、不埒な行いをしようものなら必ず人目につくはずなのだが。

 裏道らしき所を周囲に注意しながら幾度か曲がる。


(気のせいかな? ま、そりゃそうか)


 途中にも脇道を覗いて確認しながら来たがそれらしき姿は見当たらない。

 ふらふらと歩いているうち、細道にも足を伸ばす。

 まだ日の高くない朝方ということもあり、肌寒さを感じる裏路地はかなり薄暗い。

 自分の空耳だったのだろう。そう思いなおした要は来た道を戻ろうと踵を返す。


「…………」


 折り返そうと足元を見た要の視界に人影がさしていた。


「すまないが、貴方に頼みたいことがある」


 ちょうど大通りから差し込む日の光が逆光になり、顔まではよくわからない。

 だが声や背格好、髪の長さから女性であることはわかった。


「なんですかこんな所で藪から棒に」


 若干の焦燥感を覚えつつ、顔は見えない相手に言葉を返す。


「私を……私達を助けてほしい」

「助けるって? 痴漢ですか?」


 やはり先ほどの声は痴漢からの助けを求める声だったのかもしれない、急にこんな暗い路地で話しかけられたものだからと助けを求めてきた相手に危機感を感じてしまった自分を恥じる。


「私の世界だ。今私の国は滅亡の危機に瀕している。見たところ、貴方には素晴らしい力がある。是非私と共に来てほしい」


 ……前言撤回。この人危ない人だ!主に頭の!


 要の脳内ではパトランプとサイレンがけたたましく鳴り響いていた。


「えっ、いや、私そんな力ありませんよ(前世系とか世界系の人だー!?)」


 努めて平静を装い、既に脳内ではどうやってこの場から逃げ出すかフル回転中である。


 この手の人間に出くわした場合、それとなく話を合わせつつ適当に立ち去るのが一番だと要は過去の経験から知っていた。


 今は思い出すのもつらい。ほんとに。


「私にはわかるのだよ。それに、悪いが問答をする時間すら惜しい。文句はあとでいくらでも聞く」


(あ、なんかヤバそう?)


 そう思った途端。目の前の女性が霞んだ――ように見えた。


 そして要は――――――空を飛んだ。


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