12話:ハンターという存在
エルサリアの部屋を初めて訪れて五日目。召喚されてから十一日目になる。
あれから毎日のようにここに足を運んでは魔術の練習を行いつつ雑談をしていた。
すっかりこの部屋に来るのが当たり前になりつつある。
部屋にいても一人ではすることがないし、正直息が詰まる。
一人で出歩くことを未だ快諾してくれなかった衛士も、これだけ毎日外出していれば流石に口は出してこなかった。
「で、カナメはこれからどうするつもりなの?」
「どうするといわれてもねぇ……」
眉間に皺を寄せ腕を組んで考える仕草をしているが、全く考えていなさそうな軽い口調で要は呟いた。
日々この部屋で練習を繰り返し――あの一件以来力が露見する危険を考え訓練場には足を運んでいない――だいぶ魔術が使えるようになった今、これからどういう身の振り方をしていくのか、お茶をすすりつつこれからを話し合うことにしたのだった。
「あたしの勝手な意見だけど、やっぱりカナメはここを出たほうがいいと思うわ」
あの日魔法を使ってみせた要に対し、エルサリアはことあるごとに城を出たほうが良いと進めてきていた。
理由は様々だったが、必ず共通していたのは身の安全だ。
力を持つということは、それ相応の扱いを受ける。良くも、悪くも。
彼女の生い立ちを考えれば憶測や一般論ではなく、経験則からそう感じているのだろう。
魔法が使えるということがわかれば、城や貴族などの権力や無駄なやっかみ等のしがらみに雁字搦めにされるのは明白だ。
それに元の世界に返る方法も探さなければならない。
まずはフェガロ王にその件を問いたださなければならないが、おそらく帰れる可能性は低いだろう。
そんな様々な事情を考え、心からの心配をくれるエルサリアに少なからぬ恩義と感謝を感じていた要だった。
「ファーミリア王女に一応教えてもらったけど、ここを出れるだけの一般常識があるかは甚だ疑問だなぁ。それに生活をどうするのかっていう問題もあるし」
城を出ることにあまり迷いは無かった。
元の世界に帰る方法を探すなら、城に閉じこもるよりむしろそのほうがいい。
しかし、それにはまず先立つものが必要である。財布は持っているがラースベストで日本の偉人が書かれた紙切れが通用するとは思えない。
だがよく考えてみればラースベストにきてから城の外に出たことはないのだ。
どの程度の文明レベルなのか、ある程度の常識を詰め込み講義で教えてもらってはいたものの、自分の目で見てみないことには不安を拭いきれなかった。
「とりあえずバナジールの街で過ごすなら問題ないと思うわよ。それだけの魔力があるならハンターとしても十分やっていけるでしょうし」
「ハンター?」
"こちらでは"初めて聞いた単語だ。
要の知っているハンターといえば自分の何倍もある巨大な龍を討伐したり、暴走したロボットを破壊するためのロボットだったり、獣娘警察官が活躍する漫画だったりする。
「ちゃんと説明すると長くなるんだけど、依頼をこなして報酬を得る仕事って言えばわかるかしら。危険な魔物の討伐や子どもの世話まで色々」
「討伐からお守りとはまた守備範囲が広いねぇ。早い話が何でも屋なのかな」
「依頼は自分で選べるんだけどね。魔物討伐なんかは勿論命の危険もあるけど、その依頼を受けなければいいだけだし。まぁその分報酬は他と比べてかなり高いんだけど」
ラースベストにはハンターズギルドというものが存在している。
これは国の周辺や交易路に現れる魔物討伐を主とした機関の名称だ。
当初は国が主導で討伐隊を編成し対処ていたが、幾度討伐しても魔物の数は増えるばかりであり、国が抱える騎士だけでは対処しきれなくなっていたそうだ。
ならばと腕に覚えのある国民から有志を募り、討伐依頼をするようになった。
その討伐を行っていたことからハンターズギルドが生まれ、今では一般国民からの依頼も受け入れるようになったそうだ。
「ハイリスクハイリターンてやつね、命かけるとかハイリスクすぎる気がするんだが」
要の心配するように、討伐依頼をこなすハンターが亡くなることは少なくない。
それでも国の人口に対しおよそ四割がハンターだというのだから驚きだ。
その中には討伐依頼を全くせずに細々とした小さな依頼だけを受けて生活している者もいるので全員が命をかけるようなリスクを持っているわけではないのだが。
しかしそれならば普通の仕事に就けばいいだけの話でありハンターになることは通常、魔物討伐をする者のことをさす。
また、仕事柄何をするにしても体力勝負な部分が大きいので大半は男である。
女もいるのだが、驚くことにこちらはまず全員間違いなく魔物討伐をメインにしている魔物ハンターだ。
元来女は総じて男より魔力が高い。その為女ハンターは武器を振り回す近接職ではなく、遠距離から攻撃を行う魔術師である場合が多い。
男が筋力に優れる分、女は魔力に優れるということだろう。
だが魔術による身体強化も可能なので、保有魔力の多い者なら接近戦においても並の騎士ならば圧倒できる程だというのだから汎用性は女のほうが高いといえるだろう。
生活魔術でも魔力はそれなりに使うので、それを生かすように子育ては殆どの場合女が行っている。
結婚したあと子どもを育てるための生活費稼ぎに魔物討伐をする者が多いというのだからこの世界の女は恐ろしい。
故に女のハンター生活は短く、早々にハンター稼業から足を洗い子を生すのだという。
「花嫁修行じゃないんだから……」とは要が後にその話を聞いた時に抱いた感想である。
魔物が跳梁跋扈し、いつ死ぬかわからない世の中でそれでも――。
いや、だからこそか。一攫千金を夢見てハンターを目指す者は後を絶たない。
「最初はそんなの受けさせて貰えないわよ、無駄に死人を出すような真似はしないでしょうし。最初は近くの森にある薬草の採集あたりの依頼を受けて外に慣れるのをお勧めするわ」
「もうハンターになること前提で話が進んでるんだが」
「国を助けるのはなにも侵攻を防ぐことだけじゃないわ、人がいて始めて国は成り立つのだから。国民の生活を守ることは国を助けることにもなる」
「それはごもっともです」
「ま、仮に後々討伐依頼を受けるとしても最初はそこまで危険なものじゃないから安心しなさいな。登録する時点では最低ランクの依頼しか受けられないようになってるから」
ギルドに登録するとそこからはハンターと呼ばれる。命の危険と隣り合わせであるかわりに報酬は一般的な職業に就くより高額だ。
故に富と名声を夢見る者が目指す一種の登竜門になっている。
ちなみに魔物討伐を個人で受けるメリットはその高額な報酬を一人で独占できることだが、パーティーを組んだ際の安全や汎用性以上にメリットは無いので、余程実力のある者か自分の能力を過信する者以外は通常パーティーを組む。
「ランクとかあるん!?いやーそれはちょっと興味あるね。ゲーマー魂を揺さぶられる」
テンション急上昇で無駄にゲーマー魂を発揮する要。
元々ゲームでやりこみプレイ好きなのもあってランクなんてものがあれば最高レベル、実績のようなものがあればコンプリートしなければ気がすまない性質なのだ。
「げーまーってのが何なのか知らないけど、興味あるなら登録しておきなさい。どっちにしても登録しないと依頼は受けられないし青銅じゃ大した依頼もないからさっさと上げるのが吉よ」
これは俗にハンターランクと呼ばれるシステムであり、依頼が自身の持つランクより上の場合は基本的に受けることができない。
ランクは登録時点で青銅から始まり、順に黄銅、赤銅、銀、金、白金、灰輝とランクアップしていく。
これにより自身の身の丈にあった依頼までしか受けられないようになっている。
なお、銅だけが細かく3つのランクに分けられているのは、駆け出しのうちは幾度か依頼をこなすうちに自分の力を過信し準備や意識に緩みがでてきやすくなるためだ。
つまり安全面の配慮をした為であり、銅を抜け出した時に初めて初心者卒業とみなされる。銀にならなければ実力としては独り立ちできる十二分なものを持っていると看做されず、子ども扱いされるのだ。
ギルドができた当初はランクシステムは存在せず、誰でもどのような依頼でも受けることができた。
しかし報酬額だけしか見ない者も多く、死傷者が多数出るという深刻な事態に陥った為にランクをつくることにしたのだ。
依頼はギルドの掲示板に報酬と依頼内容、そして適正ランクが書かれた紙を張り出す。
これを取ってギルドに提出することにより依頼を受けるのだが文面では伝えきれない危険度もある為、ギルド側がランクシステムを作り適正ランクに依頼を割り振るようになったのだという。
ちなみにエルサリアはさっさと上げたほうがいいといっているが、そう簡単に上げられるようではわざわざランク付けをしている意味が無い。
「ほー。それな安心して受けられるかな。結構詳しいみたいだけどエルザってハンターなの?」
「そうよ、両親以外に頼れる人もいなかったし、もう登録は抹消されてるでしょうけど一応金だったわ」
「ランク言われてもいまいちピンとこないんだけど……」
「古参の熟練者ってところかしらね。別にそこまでお金は欲しくなかったし、生活する為に受けてたら勝手に上がっちゃったわ」
全部で七つしかランクがない中で、特に銅を抜けてから一つのランクアップがもたらす意味は相当に大きい。
銅がつくランクは初心者。
銀は中級、云わば熟練者。
実力主義社会であるハンター全体のおよそ九割が銀ランクでハンター人生を終えると言われている。
残りが金でありそれ以上の白金、灰輝になるとそれは既に英雄などと呼ばれる実力を持つことになる。
金にまでなれば知名度も高く、国から直接指名した依頼が来ることも少なくない。
そして通常は安全性や情報の共有、役割分担を行って効率化する為、銅のうちにパーティーを組む。
だがそれはハンター達の常識に当てはめ、パーティーを組んでいた場合だ。
それをエルサリアは生まれの事情からずっと一人で遂行してきた。
特に気にしたことも無かったし、組もうとも思わなかった。
リスクを承知した上で一人で居るほうが気楽だと思ったからだ。
実は、ギルドに張り出される依頼の適正ランクはパーティーを組んでいることを前提としたランクだ。
それ程までにハンターはパーティーを組むのが当たり前であり常識。
しかしそれを一人でこなしていたのだから、戦闘力はうかがい知れる。
淡々とランクアップした彼女を周りが畏怖と忌諱の感情を煽ったことを彼女は知っていた。
エルサリアからしてみれば生活する為に必要だったからこなしていただけなのだ。
周囲の目を知りながらも、生活の為には受けざるを得ない。悪循環だ。
「ほー、それはそれは大先輩の教えを直々にご教授頂き恐悦至極に存じます」
座ったまま器用に大きな動きで、笑いながら大仰に言って見せる要に「調子がいいんだから」と楽しそうなエルサリアだった。
「んじゃ、問題はどうやってここを出るかってことなんだけど、フェガロ王が簡単に外に出してくれるかねぇ? はいわかりましたーって手放してくれるとは思えないんだけど」
自惚れているわけではない。
未だ要になんの力も無いと思っているであろうフェガロ王にしても、わざわざ召喚した相手を簡単に手放すとは思えなかったからだ。
「どうかしらね。力を持たないと思われているなら案外あっさり解放してくれるんじゃないかしら」
これは嘘だ。
仮に魔術が使えないと思っていても、おそらくヴォルフェミアからカナメの世界の話は聞いているだろう。
その話を聞いて軽々しく手放すとは思えない。文明のレベルはさておいても、未知の技術や知識というものの価値を一国の王がわからないはずがない。
解決方法はいくつかある。その知識を相手に与えることで交換条件として身の自由を確保する、魔術が使えることを明かして暴力的に解決する、などだがどれも好手とはいえない。
それにカナメ自身が目立つことを避けている傾向がある。
普通それだけの力を手に入れたならば、次には権力や地位を求めるだろう。
当の本人にそれを聞けば「そんなものあってもめんどくさいだけじゃん?」と答えるだろうが。
「だといいけどねぇ。でもハンターとして活動するなら討伐依頼をいずれは受けなきゃいけないみたいだしどっちにしても後々バレる気がする……まぁ憶測で語ってもしゃーないし(帰還方法を知っているという希望的観測を残しつつも)城を出るつもりで直接聞いてみるか」
「適当に理由つけておけば大丈夫よ、ハンターやるなら国に貢献してるようなものだし。問題はそっちじゃないと思うわよ」
「他の問題っていうと……ありすぎてわからん」
「まずその容姿ね。黒髪黒目だなんてまず間違いなく人目を引くわよ」
余計な揉め事に巻き込まれるのは遠慮願いたい。
ハンターなんてものをやろうとしている以上、嫌が応でもその規格外な能力は知られることになるだろう。
自分の命がかかっている以上、目立ちたくないからなんて理由で能力を抑制して死んでしまったら目も当てられない。
ならば少なくともその力を知られるまでの間くらい平穏無事に過ごしたいのだ。
力を振りかざして皆の勇者になりたいわけでもなければ、絶対王政を布いたり独裁者になりたいわけでもない。
力を貸すことは出来るみたいだから、その後は無事に元の世界に返りたい。
庶民の要が望むものなんてそんなものである。
その為には元の世界でカラスの濡れ羽色なんて言われた程に黒い髪と、同じくらい黒い眼は隠したほうが何かと都合がいい。
要からしてみれば銀やピンクや翠なんて色してるほうがよっぽど珍しいのだが、ラースベストではその逆だ。
「見た目の問題もあったかー、流石にそれはどうしようも…………見た目?」
ふと閃いた。
「ね、ラースベストって黒以外の色って目立つのかな?例えば銀とか金の髪してたり赤い目してたり」
「銀髪は長命種に多いけど、ヒトにもいるからそこまで目立つものではないわね。赤い目は火属性に優れている者ならば表出するからハンターなら結構いるんじゃないかしら。そもそもカナメの黒があまりに濃いから目立つってだけで割とどんな色でも居るわよ。でも何故そんなことを?」
今の会話の流れとはあまり関係のなさそうな質問をされたので怪訝な顔を浮かべるエルサリア。
要の中では大いに関係があり、そして大きな意味を持つ質問だった。
「なるほどねー。うん、わかったありがとう」
「何がどうわかったのか私にも説明して欲しいのだけど」
「まぁお楽しみってことで。ちょっと部屋に荷物とりにいってくるから待っててくれる?」
「はぁ……よくわからないけど。わかったわ」
冷たくなったお茶を一気に飲み干し「そんじゃ待っててね」と言い残し部屋を出て行く後姿を見送る。
カナメは何が言いたかったのだろう。
心なしか声は高く、表情も明るかったような気がする。
まぁいつものほほんとしているので、明るいのかいつもの顔なのかはわかりにくいが。
それにしてもいつもより嬉しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。
カナメはお楽しみと言った。それならば戻ってくればどういうことなのかわかるだろう。
今日も空は晴れ渡り、開け放たれた窓から入り込んだ心地よい風が頬を撫でていく。
目を閉じて流れてくる風にされるがまま空気を感じる。先ほどまで魔物だなんだと物騒な話をしていたのが嘘のような心地よさと静けさだ。
このままカナメと他愛ない会話をするだけの日々が続けばいいのに、そう思いながらすっかり冷たくなったお茶を飲み干した。




