プロローグ
空を飛んでいた。
空中に放り出された体は一時の間重力の制約を逃れ、人が求めて止まない空へと躍らせる。
優れたスポーツ選手が刹那の瞬間、ボールや相手の動きが遅く見えるというのは本当の事らしい。
(あぁ、奥歯カチッてするとこんな感じなのかな)
普通なら経験したくてもできないような瞬間に、漫画に例えて考えるあたりが彼らしい。
正確に言うと、彼は跳ね飛ばされていた。
これだけ大きく飛んでいるのに体に痛みを感じない。
飛んだ高さから考えて相当の衝撃があったはずだ。
痛みを感じない程の末期的ボロ雑巾になっているのか、はたまた当たり所が良くて軽症で済んでいるのか。
思考ははっきりしているので後者だろう。
……後者でありたい。
うん。
(どうしてこうなった)
駅に着いた所でどこからか助けを求めるような声が聞こえてきた所は覚えてる。
その声のもとに向かおうと裏道に入ったが何もあらず、それは空耳だと判断して戻ろうとした時、一人の女性に話しかけられた。
切羽詰った雰囲気を醸し出した女性に、彼が何か焦燥感に似たようなものを感じた瞬間。
急に何かがぶつかるような衝撃を感じたのだ。
気づけばその体は荷物と共に空へと投げ出されていた。
やがて再び重力の制約に阻まれた彼の体は地面へと速度を上げていく。
ここまでの思考を瞬きの間に行った彼は最後に――――意識を失った。