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九.初心と書いてウブと読む

 彼とあおいが一つのテーブルで向かい合ったまま、時刻は正午を迎える。どこからともなく、正午を告げるサイレンが聞こえてきた。


「12時になっちゃったねー」

「12時になっちゃったなー」


 何をするわけでもなく、ボーっとした顔を突き合わせる二人。

 きっと彼は、この邪悪なプチデビルをどうやって追い出そうかと考えていたのかも知れない。一方のあおいはというと、きっと、この薄幸なバカ正直者をどう苛めてやろうかと考えていたのかも知れない。

 それぞれの思惑の中、まず口火を切ったのはあおいの方だった。


「ねぇ、お腹空いたよね?出前取ってあげるよ」

「お客であるおまえが、出前取ってあげるなよ。普通なら、オレが取ってやる立場だろうが」


 じゃあ、よろしくね♪と、部屋内の電話機を指差して、したり顔をしているあおい。まんまとハメられたことに、悔しそうにほぞを噛む彼であった。


「ねぇねぇ!何、注文する!?ラーメンにしようか?お寿司にしようか?それとも、ピザという手もあるよねー?ここから選んで、ほら、早く選んで!」


 あおいは浮かれるあまり、それはもう、ウッキウキ気分で彼に注文を伺っていた。腕組みしながら、おいしそうなメニューを頭に思い浮かべる彼。

 こってりラーメンも好きだが、さっぱりとしたお寿司も捨てがたい。とはいえ、ピザのボリューム感だって譲れない。口からよだれをこぼさんばかりのアホ丸出しの顔で、彼は本日の出前ランチを決めあぐんでいた。


「はい、遅いから受付締め切り。というわけで、ざるそばに決定!」

「うそ~ん!?ざるそばなんて、候補に挙がってなかったじゃんかぁー」


 彼の思い描いた豪華なご馳走たちが、パンパンと風船が破裂するがごとく消えていった瞬間であった。

 そばは健康にいいんだよーと、あおいは知り得る知識のままに、そばのアピールをし始める。


「そばには、ビタミンPと呼ばれる、ルチンというポリフェノールが含有されており、毛細血管を強くして、血圧を下げる作用がある。欠乏すると、出血が止まりにくくなり、傷の治癒の早さにも影響があるのだ」

「おまえ誰だよ?しかも、ナレーションっぽい口振りになってるし」


 そばの素晴らしさは理解できたものの、彼はどうにも納得できていない様子。彼から言わせると、そばはボリューム感がないので、空腹を満たすことができないからだという。


「もう、食いしん坊さんだねー。しょうがない、あたしが身を削る思いで、あんたにそば湯をちょっぴり分けてあげよー」

「よりによってそば湯かよ・・・。それ、あんまり嬉しくないわ」


 せっかくのご厚意を断ろうとする彼に、あおいは口を尖らせながら目くじらを立てる。そして彼女は、またしても、知り得る知識のままにそば湯をアピールする。


「そば湯には、ビタミンPと呼ばれる、ルチンというポリフェノールが溶け込んでおり、そばと一緒に服用することで、より効果的な摂取が可能となる・・・」

「それはもう、ええっちゅうねん!!」


 すったもんだあった末、あおいに押し切られた格好で、本日の昼食はざるそばに決定した。この時の彼は、もうこの際、食べられる物なら何でもいいやと、空しい虚無感を表情に浮かべていた。

 電話にて、さるそば二丁を注文し、到着するその時を今か今かと待ちわびる二人。ただじっとしていると空腹感が増すので、二人は他愛もない会話で時間を潰していた。


「そういえばさー、よく、”そば屋の出前”っていう言葉聞くけど、あれってどういう意味?」

「ああ、遅いと催促されると、ついさっきお店出ましたんで・・・って言い訳するヤツのことだな」


 このそば屋のやり取りになぞられて、他の事でも催促された途端、あたかも、済んでいたかのごとく物事が進むことを例えているのだと、彼は博識ぶってあおいにそう言い聞かせていた。

 それを聞いたあおいは、ふ~んと一言だけ感嘆の声を漏らし、彼に感心しつつも冷ややかな視線を送っていた。


「あんたって、そういうことは詳しいくせに、女の子の扱いだけはダメダメだよね」

「放っておいてくれ!!」


 悔しさに握り拳を固めるも、思いきり当たっているだけに、これ以上何も言い返せない、ちょっぴりウブな彼なのであった。


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