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二十七.お寿司の名脇役それはガリ

 ”じゃんけん”に敗北した彼は、それこそ北に向かって敗走した・・・わけではなく、近所のお寿司チェーン店へおつかいに行く羽目になったのだった。

 彼が買い物から帰ってくると、テーブルのそばで座り込んでいるあおいは、遅い遅いと頬を膨らませて怒っていた。


「もー、どこで道草食ってたのよ。こっちはお腹空いて、餓死寸前だったんだからね!」


 もう餓死にでもなっちまえ!という気持ちをグッと堪えて、彼は豪華に飾られたお寿司の丸皿をテーブルに置いた。

 お寿司の並とはいえ、エビ、タコ、イカといった一般的なネタの他にも、ウニ、イクラ、マグロといった高級ネタの代表格もあり、とても色取りのよい華やかな品揃えであった。


「おお、おいしそぉー。いただきまーす!」

「ちょっと待て。食べる前は、ちゃんと手を洗ってこい。常識だろうが」


 あおいは訝るような顔をして、彼のことを冷めた目つきで見据えている。


「あんた、そんなこと言って。あたしがいない間に、つまみ食いする気なんでしょー!?」

「そんなことしねーよ。手だけじゃなくて、心も体もみんな洗ってこい、おめーは!」


 石鹸でちゃんと手を洗い、彼とあおいの二人は待望の夕食タイムとなった。

 お互いに合掌して、いただきますを宣言した二人は、それぞれ食べたい寿司ネタへと箸を運んでいく。

 その時、彼とあおいの箸が、お皿の中でただ一つの、プチプチしてキラキラ輝くイクラの上で激しく交錯した。


「あ、あたしイクラ食べたーい!」

「俺だって食べたいよ!」


 殺気立った目で睨み合っている彼とあおい。取らせてなるものかと、二人は箸をカチカチと弾き合いながら、唯一無二のイクラの争奪戦を繰り広げていた。


「これじゃあ、らちが明かない。こうなったら、ダジャレ合戦で勝負しよー!」

「ダ、ダジャレ合戦・・・?」


 あおいの相変わらずの唐突な提案に、ポカンと開いた口が塞がらない彼。それでも、好きな寿司ネタを食べるためならと、彼はそのダジャレ合戦の説明を素直に受けるのだった。


「食べたいお寿司のネタを使ってね、ダジャレを言うの」


 それがダジャレとして成立すれば、そのダジャレを言った方が、その寿司ネタをおいしくいただくことができると、あおいはニコニコしながら詳細を伝えた。彼女の発案らしく、単純明快でわかりやすいルールであった。

 それでは例題がてら・・・とあおいはつぶやき、先ほど争奪戦の的だったイクラを指差した。


「あたし、このイクラいただきまーす。これ、お”いくら”?」

「・・・ぷっ」


 あおいのダジャレを聞いて、無意識の内に吹き出してしまった彼。これはダジャレ成立とばかりに、あおいは待望のイクラを大きなお口の中に放り込んだ。

 おいしい~とご満悦なあおいのことを、彼は悔しさと情けなさのあまり涙目で睨みつけている。彼も負けじと、真っ白く光沢のあるイカでダジャレ勝負に挑むことにした。


「イカが怒(”いか”)った」

「・・・」


 あおいはじっと無言のままだ。彼の部屋の中にも、どんよりとした沈んだ空気が垂れ込める。

 百歩譲っておまけしてあげると、あおいの親切なご厚意により、彼はギリギリセーフでどうにかイカを食べることができたのだった。

 今度は自分の番だと自信満々に叫んだあおい。彼女の次なる寿司ネタはマグロであった。


「マグロを解体するのー?”まー、グロ”テスク!」

「・・・ぷっ」


 あおいのダジャレを聞いて、またしても、無意識の内に吹き出してしまった彼。これはダジャレ成立とばかりに、あおいは真っ赤なマグロを大きなお口の中に放り込んだ。

 うま~いと幸せそうなあおいを見ながら、彼は羨ましさのあまり生唾をゴクリと飲み込んでいる。彼も負けじと、白と紫の二色で艶のあるタコでダジャレ勝負に挑むことにした。


「タコを叩(は”た)こ”う」

「・・・」


 あおいはやっぱり無言のままだ。彼の部屋の中にも、ずっしりとした不穏な空気が流れ込んでくる。

 あまりに哀れ過ぎるからと、あおいの情けをかけた温情により、彼はギリギリセーフでかろうじてタコを食べることができたのだった。


「あのさー」


 あおいは眉をしかめながら、タコのお寿司を頬張る彼のことを見つめていた。


「あんたって、ダジャレのセンスないねー。だから、そんなお寿司しか食べられないんだよ」

「うるせーなー!しょうがねーだろ、俺はこういうの得意じゃないんだから!」


 彼が悔しそうにわめいた瞬間、あおいはどうしてか目を見開いて、彼に向かって人差し指を突き立てた。


「それ、ナイスダジャレ!はい、ガリ(しょうが)あげるね」

「・・・ありがとう、ございます」


 結局、彼はこの後も、食べたい寿司ネタのダジャレが思いつかず、細々とした寂しい夕食となる運命であった。


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