二十五.ちょっぴりミーハーな女スパイ
夕方近くのニュースはまだ続いていた。彼とあおいは黙ったまま、無作為に流れる映像を眺めている。
政治経済、株価変動、交通事故に天気予報など、その日一日の出来事を、明瞭かつ鮮明に報道しているニュース番組。そして画面には、海外で起こった事件が流れ始めた。
ある国で、軍事機密を盗む出そうとした他国の諜報員が拘束されて、現在、諜報員の祖国が解放を訴えているという、日本という国では馴染みのないニュースを報じていた。
そのニュースを、興味なさそうな顔で耳にしているあおい。彼女はおもむろにつぶやく。
「この拘束されちゃった人、どーなっちゃうんだろうね。やっぱり、ひどい目に遭っちゃうのかな?」
火あぶりに水責め、石抱きにくすぐりなど、あおいはあれやこれやと列挙して、まさに拷問メニューのオンパレードだ。
「オーソドックスにムチ打ちもいいよね?」
「・・・なぜ、俺に同意を求める?」
諜報員はいわゆるスパイであるから、ひどい目に遭っても、いずれは祖国に帰されるだろうと、彼は知り得る知識のままにあおいに説明していた。
「あんた、こういうことにも詳しいねー。それってやっぱり、拉致されてマイクロチップ埋められた過去があるから?」
「拉致もされてねーし、埋め込まれてもいねーよ!俺を宇宙人と遭遇した人間に仕立て上げるな」
彼のクレームなど聞く耳持たず、あおいはスパイかぁ~と囁き、天井を見上げてボーっとしている。
「スパイっていい響きだよね~。あたしこれから、スパイを目指して国家試験でも取ろうかな~」
「それってどんな国家試験だよ。本当にあったら、日本中スパイだらけになっちまうぞ」
すっかりスパイになりきったように振る舞うあおい。彼女は右手を拳銃のように真似て、人差し指にフッと息を吹きかけていた。
「世界を渡り歩く華麗なる女スパイ、コードネームはA・O・I。フフフ、カッコいいでしょー?」
「コードネームで本名バレとるやないかい!その時点でスパイ失格だろ!」
彼がどんなに諭しても、あおいはスパイになってやるーと子供のごとく駄々をこねる。
「絶対にスパイになって、ミッションインポッシブルの”トム・クルーズ”とお友達になるんだからー!」
「いやいや、それフィクションだから。どうがんばっても、彼に会うことすら叶わないって」
彼がどんなに諌めても、あおいはそれでもスパイになるんだーとガキのように地団駄を踏む。
100%スパイになれないとわかっていても、彼はお人よしの性格だからか、あおいのわがままに嫌々ながらも付き合ってしまうのであった。
「スパイというのはな、どんなことがあっても秘密を守る義務があるんだ。おまえみたいに口の軽いヤツは、スパイにはなれないの」
軽くないもーん、お口硬いもーん、鏡餅みたいに硬いもーん!と、あおいはじたばたしながらわめき出した。鏡餅なんて中途半端に硬いもので例えるから、彼にますます不信感を与えてしまう彼女だった。
「おまえ口軽いじゃんか!俺の恥ずかしいこと、平気な顔して友達とかに漏らしてるだろ?」
「あんたは恥ずかしいこと多すぎて、あたしのお口から勝手に漏れちゃうの!オーバーフローだもーん!」
あおいはまったく怯むこともなく、自分なりの身勝手な解釈で居直っていた。口がオーバーフローしたとなると、彼はこれまでの人生、いったいどれほどの恥ずかしい思いをしてきたのだろうか?
スパイという存在を少しは理解できたのか、もう秘密はしゃべらないとばかりに、あおいは口にチャックするポーズをしてみせた。
「よし、スパイになるための三箇条、誠意をもってここで誓え」
スパイ育成の教官にでもなったように、彼はいきなりあおいに宣誓を促した。彼もあおいと同様に、かなりのお調子者である。
第一条を発する彼、それに続くあおい。
「秘密は守れるか!?」
「はい!」
そして第二条。
「どんな拷問にも耐えられるか!?」
「はい!!」
最後に第三条。
「ちゃんと毎食後、歯を磨けるか!?」
「はいぃ!!!」
スパイになるための三箇条(??)をここに宣言したあおい。きびきびした声を出したせいか、彼女はとても清々しい表情をしていた。
ようやくおとなしくなってくれたあおいを見つめながら、彼もようやく身も心も落ち着かせることができたようだ。
「教官、質問してもよいでしょーか?」
「お、何だ?言ってみろ」
すっかり偉ぶって構える彼に、あおいは敬礼しながら疑問を尋ねてきた。
「スパイになったら、ジェームズボンドの俳優さんに会えるでしょうかー?」
「・・・おまえ、動機が不純。やっぱり、スパイ失格」




