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十八.特技というより特異体質

 ざるそば2丁は、彼とあおいの胃袋にあっという間に収まってしまっていた。食べ足りなさが残るものの、それなりの満足感に包まれていた二人。

 賑やかな昼食も終わり、時刻は午後1時を回ったあたり。それでもあおいは、やっぱり帰る気配すら見せなかった。


「・・・おまえ、まだ帰るつもりないんだな」


 ちょっぴり怒気が混じった声で、彼はあおいにそっと問いかけた。すると彼女は、困惑めいた表情ですぐさま切り返してくる。


「食べたばっかりで追い出すのぉ?食べてすぐに歩くとね、あたし、お腹が痛くなっちゃうんだよ」

「嘘つけ!強欲を絵にかいたようなおまえが、そんな繊細なお腹してないだろ?」


 彼がどんなに悪態を付こうとも、頑固一徹、あおいは重たい腰を上げようとはしない。しまいには、居心地がいいからと、テーブルに顎を置いて眠る仕草までする始末だった。


「おいおい、眠いんだったら帰ればいいじゃんか」

「ダメだよ~。もし、途中で眠っちゃったら、車に轢かれちゃうじゃない。そうしたら、このあたしの美貌が台無しになっちゃうでしょ?」


 美貌を心配する前に命の心配をしろと、彼は心の中でそうつぶやいていたが、コイツの場合、轢かれるぐらいじゃ死なないだろうと思い、口にまですることはなかった。


「・・・そんなわけだから、おやすみ~」

「おまえ、人の家でマジに寝るなって。どんなにあつかましいんだよ」


 彼はあおいとは古くからの付き合いということもあり、彼女のちょっとした特技なんかも知っていた。彼女の特技こそ、どんなところにいても、ほんの一瞬で眠れてしまうことであった。

 実際にあおいは、このナレーション中に、あっという間に寝息を立てて眠ってしまっていた。


「・・・」


 テーブルの上に顎をついて、穏やかで安らかな寝顔をしているあおい。彼はそんな彼女のふてぶてしさに、フゥーッと大きな溜め息をこぼすのだった。


「むにゃ、むにゃ・・・」


 あおいは眠ったまま小さい声を出した。どうやら、夢を見ながら寝言を言っているようだ。

 夢というのは、その人の心理にあるものを具現化する。彼はそんなことを思いながら、どんな夢を見ているのか興味がわき、彼女の寝言に耳を傾けることにした。


「・・・は、バカだね~」


 聞き取りにくかったが、あおいの口から彼の名前が飛び出した。これはまた、自分のことを嘲笑しているなと、しかめっ面を浮かべる彼。


「・・・あんたはホントに救いようがないねー。だから、お尻から角が出てきて、頭から尻尾が生えてくるんだよー」

「ど、どんな夢を見ているんだ、コイツ?」


 この寝言の続きを聞いたら、こっちが眠れなくなってしまうと恐れをなして、彼はすぐさま、あおいのそばから離れてしまった。


「ちくしょ~。こういう不謹慎なヤツにはお仕置きだな」


 好き勝手に振る舞うあおいを懲らしめてやろうと、彼はどこからともなく油性マジックを持ち出してきた。これを使って、彼女の顔にいらずらをしようと目論んだのだ。

 彼はニヤニヤしながら、油性マジックのキャップをスポッと外す。すると、マジック特有のシンナー臭が部屋の中にふわっと漂った。


「よーし、おでこに”アホ”って書いてやる」


 そろ~~っとマジックを持つ手を伸ばす彼。マジックの先端が、あとちょっとであおいのおでこに到達しそうだ。

 彼の表情が卑しいほど緩んでいく。押し殺している含み笑いが、閉じた口から今にも漏れそうになる。

 あおいのおでこに、今まさに”ア”の文字が刻まれようとした瞬間だった。

 つむっていたはずの瞳をギロッと見開き、彼女は口角を吊り上げて不気味な笑みを浮かべた。


「・・・顔に落書きしたら、殺しちゃうぞ♪」

「キャァァア!怖ぁぁ~~いぃ!!」


 彼は大切なことを忘れていた。あおいの特技は、どこでも一瞬で眠れること以外にもう一つ、強い臭いを嗅ぐとすぐに目覚めることができることを・・・。


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