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十六.醍醐山さんがちょっと気の毒

 あれからいったい、どれぐらいの時が流れたであろうか。

 そうだ。もう優に37分28秒は過ぎたに違いない。

 愛しのアイツは、いつになったらやってくるのか?こんなに首を長くして待ち望んでいるのに。

 ああ、早く逢いたい。逢ったら、擦り切れるぐらい頬ずりしたい。

 さあ、早くこい。早く、わたしのもとへやってこい。愛しのざるそばよ・・・。


「なぁ、あおい」


 彼の呼びかけに、あおいはムッとした表情を突っ返す。


「・・・何よ、せっかく人が、この切ない思いの丈をポエムにしているのに」

「気持ちはわかるけどさ。そんな詩を作っても、余計にお腹が減るだけだと思うぞ」


 だったらどうしろというの!?と憤慨するあおい。愛しのざるそばに逢えぬまま、この儚い命を終えろというのかと、彼女の苛立ちはすでにピークに達していた。


「そこまでは言わん。じっと待っていれば、そのうち、ドアをノックする音が聞こえてくる」


 余計なエネルギーは消費しないよう、心落ち着かせて待てと、彼は興奮するあおいを宥めるのであった。

 するとどうだろう。彼の言った通り、玄関のドアをノックする音が小さくこだました。待ちに待った、出前のざるそばが到着したようだ。


「ワオーン!ざるそば、ざるそば、ワオーン!!」


 まるで犬のように遠吠えを上げて、あおいは四つん這いのまま玄関へと飛び出していった。

 こりゃ面倒じゃなくていいやと、彼は出前の受け取りも料金の支払いも、すべてあおいに任せることにした。

 それから1分後、どういうわけか、肩をガックリ落としたあおいが、手ぶらのまま部屋まで戻ってきてしまった。


「あれ、ざるそばはどうした?まさかおまえ、もう玄関で食っちまったんじゃあるまいな!?」

「そんなわけないでしょ~。あたしはね、あんたと違ってお上品だもん。ちゃんとテーブルで食べますぅ」


 お上品だったら、わずか1分足らずで、ざるそば2丁を平らげることをまず否定してほしいところだ。

 あおいが言うには、ドアをノックしたのは、ただの常備薬の営業マンだったそうだ。彼に相談するわけでもなく、彼女の判断であっさり追い返してくれたらしい。


「あのさ、結果的にはそれでよかったんだけど、そういうのって、家主に一言だけあってもよかったんでない?」


 あおいは聞く耳も持たず、崩れるように腰を下ろし、うなだれるようにテーブルにひれ伏した。

 それからわずか1分後、またまた、玄関のドアをノックする音が小さくこだました。今度こそ、待ちに待ったざるそばの到着であろう。


「ガオォォ!ざるそば、ざるそば、ガオォォーン!!」


 まるでライオンのごとく雄叫びを上げて、あおいは四つん這いのまま玄関へと駆け出していった。

 それから1分後、彼がグ~っと鳴るお腹をさすりながら待っていると、どういうわけか、あおいはまたしても手ぶらで部屋へ戻ってきた。しかも、ぷんぷんとその表情は怒り心頭だった。

 あおいが怒鳴り口調で言うには、ドアをノックしたのは、ただの消火器の訪問販売員だったそうだ。これもまた、彼に一声掛けることなく、彼女の判断で追い払ってしまったようだ。


「いくら、あたしが燃えるようないい女だからって、消火器なんていらないわよ、もう!!」


 彼は独り言をつぶやく。燃えるようにカッカしてる今のコイツに、消火器をぶちまけたい気分だと・・・。

 それから1分後、またまたまた、玄関のドアをノックする音が小さくこだました。三度目の正直、本当に今度こそ、待ちに待ち続けたざるそばの到着に違いない。


「うがぁぁ!ざるそば、ざるそば、うががぁぁ!!」


 もう邪鬼なのか魔物なのかわからないような声を上げて、あおいは半分逆立ちしたような姿勢で玄関へとぶっ飛んでいった。

 玄関の向こうから、”お待ちどう・・・”というこもった声が、彼に耳にかすかながらに届いていた。


「お待ちどう・・・ってことは、これは間違いなくそば屋だな」


 今度こそ絶対ざるそばだ。彼は心の中でそう確信していた。

 期待しながら待っていると、なぜか、あおいの聞き取りにくい怒鳴り声が彼の耳をつんざいた。まさか、あまりに遅いから文句でも言ったのだろうか?彼は溜め息交じりに呆れてしまうのだった。

 ドカドカとアパートが揺れんばかりの足つきで、部屋へと戻ってきたあおい。ところが、彼女の両手には、あるはずのざるそばが見当たらない。


「おい、ざるそばはどうした?今のは間違いなくそば屋だっただろ?」


 あおいは違うと叫びながら、ぶんぶんぶんと大きく頭を横に振った。


「”ゴミ山”です、お待ちどうさまって言われたんだもん!あまりにも失礼だから、ドア開ける前にどっか行けぇぇーって追い返したよっ!」

「わー、バカ!それは醐味山ごみやまっていうそば屋の名前だって!!」


 彼は大慌てで玄関を飛び出していき、”そば処 醐味山”の出前持ちに向かって、すみませーん!!とただただ謝るしかなかった。それは彼にとって、本日二度目の平謝りであった。


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