十四.痛くなくてもお医者へ行こう
「はい、本当に申し訳ありません。以後、このようなことがないようきつく言い聞かせますので」
電話口でしきりに頭を下げている彼。無闇に110番しないよう、警察からこっ酷く叱責されていたのである。
彼は受話器を置くなり、呆れ顔をするあおいから、冷ややかな視線をぶつけられていた。
「あんたって、誰にでもペコペコ頭下げるんだね。そんな柔だから、彼女もできないんだぞ」
誰のせいで、首が痛くなるほど平謝りする羽目になったと思ってる!?と、彼はこみ上げる激情をあらわにしようとしたが、罪の意識をまったく見せない彼女に、何を言ってもムダだろうと、溜め息一つこぼして踏みとどまるのだった。
いらないエネルギーを消費してしまい、彼とあおいの二人の空腹感はますます膨らんでいた。
「う~、お腹空きすぎて、もうダメ~。・・・あたしがこのまま餓死したら、灰は海に流してね~」
「そういうことは両親に頼めよ」
このままあおいに死なれても困るので、彼は何か食べ物がないかと、冷蔵庫の中身をチェックしてみる。すると、幸運にも、個包装のチョコレートが1個(54kcal)だけ残っていた。
彼の指に摘まれたチョコレートを見つけた途端、あおいは満面の笑みで興奮の嵐だった。
「おおー、ラブミー、チョコレートぉ!ギブミー、チョコレートぉぉ!」
「おまえは戦後まもない子供かっ!」
この奇跡のチョコレート、ただであおいにあげたらおもしろくない。彼はそう考えて、”なぞなぞ”を出して、見事に正解できたら差し上げようと思いついた。
彼がそれをそのままあおいに伝えると、彼女は自信満々に自らの胸を手を叩く。
「よーし、いいよぉ。なぞなぞ、どんとこーい!」
彼は悪魔でなければ鬼でもない。ひもじい思いをしているあおいを哀れに思い、よくある簡単な”なぞなぞ”を出してあげることにした。プライドが崩壊するほどいじられているくせに、彼女を気遣ってしまう彼は、とことんお人よしなのであろう。
「では問題。パンはパンでも、硬くて食べられないパンはなーんだ?」
さすがに有名すぎる”なぞなぞ”だけに、あおいはわかったーと叫んで、即座に右手を挙手した。
「もー、簡単すぎるねー。正解はフランスパン!」
「は。」
突拍子もない回答に、彼は目を丸くして硬直してしまった。
「・・・いや、違うだろ?フランスパン硬いことは硬いけど、食えないもんでもないだろ」
「えー、食べられないよ、あんな硬いのー!」
ぶんぶんと頭を大きく振り回したあおい。彼女はその後、自分の口元に指を押し当てた。
「だって、フランスパンかじったら、歯がかけちゃったもん!ほら、見せてあげる」
「見せんでいい!おまえは、チョコレートねだる前に、歯医者へ行ってこい!」