十二.腹が減っても虫は食えぬ
彼とあおいの二人は、テーブルの上に並んだ花札とにらめっこしていた。いよいよ、誰も嬉しくないであろう、二人の真剣勝負が幕を開けたのである。
「ほら、あおいの番だぞ。早く手持ちの札を切れよ」
あおいはう~んと唸りながら、手持ちの札を食い入るように見つめている。どうやら彼女は、場に並んだ札と同じ花柄がなく、どの札を切ったらよいか迷っているようだ。
彼はそれが花札というものだと冷たく言い放ち、いつまでも焦れるあおいに、早く札を捨てるよう追い詰める。
「あたし、今回はパス!」
「花札にパスなんてルールはねーよ。早く捨てろ」
トランプのゲームを例えながら、パスのないルールに一人憤慨するあおい。
「パスないのぉ!?おかしいよ、そんなの。パスありのルールに変更するよう、花札のルール作った人に文句言ってきてよ!」
「文句言いたくても、作った人って、もうこの世の人じゃないと思うぞ」
花札の遊び方を世に伝えた先人も、まさか今になって、ルールを変更してくれと言われるとは思ってもいなかったであろう。
ルールの変更も叶わず、捨てる札もないあおいは、ただひたすら苦渋の表情を浮かべていた。それを苛立つ思いで眺めながら、彼は何でもいいから早く捨てろと嘆かわしく怒鳴るのだった。
「あんたねー、捨てろ捨てろって言ってくれるけど、女の子にはね、簡単に捨てられないものがいっぱいあるの!初恋の思い出とか、ひと夏の経験とか・・・」
「そういう話じゃねーよ。下らない思い出捨てる前に、手持ちの札を捨てやがれ」
こんな感じで試行錯誤しながら、あおいはふて腐れつつもルールを踏まえて、彼との勝負を続けていくのであった。
この勝負もいよいよ終盤戦となり、あおいは10点札を効率よく揃えつつあった。一方の彼はというと、やはりせこい性格なのであろうか、カスの札ばかりが目の前に並んでいた。
「結構10点の札を揃えたな。イノシシにシカ、あとウグイスにガンも持ってるじゃないか」
「へへへー、うらやましいでしょー?焼いて食べたら、みんなおいしそうだもんね」
なぜ焼いて食べる??と疑問を持ちつつも、彼はこの勝負の行方に危機感を覚えた。ここは意地でも、タネの成立を阻止せねばなるまいと。
彼はさらに警戒していた。もし万が一にも、あおいがチョウチョの10点札をゲットしたら、タネだけでなく、猪鹿蝶という大きな役まで完成してしまうからだ。彼はボタンの花柄を早めに奪っておこうと、ボタンのカス2枚を素早く手に入れていた。
「あー、また切る札がないよぉ。しょうがない、これ捨てておこう」
「なぬ!?」
な、な、ななな何と、あおいが場に捨てた札とは、何を隠そう、チョウチョの10点札であった。コイツ、正真正銘のおまぬけさんだと、彼はただただ唖然としてしまう。
「あのさー、おまえ、どうしてそれ捨てたん?せっかく猪鹿蝶狙えるのに」
彼の素朴過ぎる質問に、あおいはそんなの簡単だよとつぶやき、チョウチョの札を捨てたわけを口にする。
「だってさ、チョウチョなんて焼いて食べてもおしくないでしょ?」
「どこまで食い意地張っとんじゃ、おのれは!」
結局この勝負だが、あおいは猪鹿蝶の役は達成できなかったものの、タネだけはちゃっかり完成させてしまい、カスのみの彼はあっけなく惨敗に終わった。
ちなみに、あおいが勝つと予想した読者さま。おめでとうございます。なお、商品や金品は何も出ませんのでご容赦くださいませ。