一.悪魔がやってきた
ここは、古めかしい一軒のボロアパート。
ここに住まうは、家賃四万円支払うにも苦労しているフリーターの男性。このおはなしの主人公である。
今日は青空の広がる日曜日。彼はいつものように、日課である洗濯を済ませて、そして日課である部屋掃除を済ませた。それは、私生活上とても充実しているように見えても、彼にしたら、決して楽しいとは思えない、寂しくも儚い日課であった。
『ピンポーン』
彼の部屋の呼び鈴が鳴り響く。
ドアの覗き穴に目を凝らしてみると、ドアの正面には、見慣れた知人の顔が映っていた。その人物とは、彼とは腐れ縁、学生時代から馴染みのある「あおい」という名の女性だった。
来客があおいの存在と知り、彼はドア越しに尋ねてみる。
「何か用か?」
「うん。用がなかったら、こんなボロアパートに来るわけないじゃん」
失礼なことを平然と言ってのけるあおい。しかも、悪びれる様子もないから余計に困ってしまう。
ヒマを持て余していた彼は、まぁ実害はないだろうと思い、彼女を部屋へと招き入れることにした。
「ちょっと散らかってるけど、入りなよ」
「ホントに散らかってるね。あなた、一人暮らしだからって、お掃除とかお座なりにしちゃダメだよ」
ついさっき、丁寧にかつ慎重に、納得ができるまで部屋掃除を済ませた彼は、完全にプライドを崩壊されたような気分だった。正直、このアホに殴りかかりたい衝動を、理性という二文字で何とか食い止める事に成功した。
あおいは小さい丸いテーブルのそばに腰掛ける。そして、彼のことなどお構いなしに、テレビのリモコンを手際よく操作して、N○Kの子供向け番組を視聴し始める。
「あたしコーヒーでいいよ。砂糖はね、角砂糖を四分の三にカットして、多い方を入れてね。ミルクも低脂肪乳でお願い。あたし、今ダイエット中だから」
誰もコーヒーなどおもてなしするつもりもない。角砂糖を四分の三に砕く技術などない。さらに、冷蔵庫には、低脂肪どころか、高脂肪牛乳すら入ってはいない。彼は心の中で、そう愚痴りながら、怒鳴りたい衝動を押し殺していた。