001-入学前夜
傀儡師養成学校、エリダナ王立学院への留学がきまった忍野 社はひどく落ち込んでいた。留学先は希望の技工科ではなく、傀儡科。
魔術人形の紫音との学院生活が始まる―。
忍野 社は、ひどく落ち込んでいた。
それは、試験で赤点を取ったからでもなければ、彼女に振られたわけでもない。
そんな生ぬるいものではなく、もっと重大なこれからを左右すること。
傀儡師にとって最も大切なもの――
ゴルファーにとってのクラブ。
バイオリニストにとってのバイオリン。
ゴルゴ13にとってのM16。
傀儡師にとっての魔術人形。
「何をそんなに腐った表情をしているのですか?」
社の隣にいた黒髪の少女、紫音が口を開いた。
「腐ったって…ただ考え事をしてただけだよ。」
「低能は今に始まったことじゃないじゃないですか。何を今さら…」
紫音は鼻で笑いながら、そう言った。
この時代、世界を動かしているのは魔術人形といっても過言ではない。それは日常生活に限らず、一般スキルとして各国で教育されている。
ただいま社は、技工士という夢のため、傀儡師の名門『エリダナ王立学院』への留学を明日に控え、空港近くのホテルに宿泊している。
ただし、技工科ではなく傀儡科への――。
◆
――数日前。
「いやぁ忍野くん。わざわざすまないねぇ、留学の件について何だが」
社は、赤い絨毯が一面に敷かれた一室へと呼び出されていた。
「まさか、留学の話キャンセルとかじゃないですよね」
「留学は決定だ。ただ"傀儡科"へのね」
あごひげを蓄えた、威厳ある男はそう言った。――心配ないと。
「話が違うじゃないですか、理事長。僕が希望を出したのは技工科ですよ」
「まぁそれはそうなんだが…、いろいろあってね」
大概の傀儡師養成学校には傀儡科と技工科の二つがある。
大まかにいえば、傀儡科は魔術人形を操る傀儡師、技工科は魔術人形を整備生産する技工士を養成している。
「傀儡科ということでよろしく頼むよ、忍野くん。」
両手を握り頭を下げてくる理事長の姿に、社は断ることができなかった。
◆
「明日は私たちにとって大切な日なのですよ。私に迷惑を掛けるような事はしないで下さいね」
「はいはい、わかりましたよ」
紫音の扱いにも大分慣れてきたものである。
「"はい"は一回ですよ」
こうして、技工士希望の忍野 社と無愛想な魔術人形の紫音の学院生活は幕を開けようとしていた。
傀儡科での――。