小遣い制度(父)
椿油を年2回、絞ったり、田んぼが二毛になったり、野菜も短期間でやたらとれるようになって、人手が足りなくなったはずなのに、妻と俺の仕事は減っていた。
毎朝、毎夕、婿が水を撒いたり、娘が田んぼや畑に病気が発生していないか見て回ったりしているだけで、豊作が続いた。
ホームの人から、椿油と米の定期契約が入って、俺は配達が少し多くなったが、それでも暇が多くなった。
庭の一部に、好きなものを植えて育てればいいんじゃない、と娘達に言われて、家庭菜園程度の規模でやっている。トマトとかナスとか、紫蘇とかの簡単なものだ。
本来の、営業とか運営枠の畑は、婿が担当している。
うちに近いところの竹林の管理とか、生け垣の整理とか。手が入れられなかったところを整えて家は若返った。
母屋の大広間の畳は結納の時に取り替えたのだが、エターナルという魔法をかけたという。おかげで、一年経っても、青々している。香りも良い。どーなってるんだ。
離れの寝室も二十年ぶりに畳を替えて、エターナルをかけてもらった。
妻はうれしそうだった。
俺だってまあ、新品の畳はうれしい。
朝食は全員で6時45分に母屋に集まって食べる。
毎月、最初の土ないし日、に収支の報告がある。
この家には大人しかいないのだから、全員が把握するべきだという娘の考えで。
この姿勢は見習うべきだった、と今は思う。
娘に何かがあってから、1年になろうかという、夏休み中。八月初旬。
夏休みでもこの時間に起きるってすごいらしい。
妻が「あの子たち、いつ寝てるの?」と、不思議がった。
三月に植えた稲が実って、刈り取り、再度苗を植え終わった。
ああ、そういえば、高校は試験期間は早く帰ってくるし、期末テストは終わるとしばらく出席しなくていいんだったな。
ということで、その期間、婿と娘は馬車馬のように、稲刈りして、田植えした。トラクターがあるといっても、なかなかの作業なのに。
さすがに、稲干す場所の整理や脱穀機の整備とか手伝ったが、ほぼこの二人でやり遂げてたな。
魔法ずるくないか。
稲から籾を外して、ないしそのままで、籾を干して、乾燥させるのに、結構な光熱費を使うのに、赤い剣で火をつけて空気を乾燥させて、緑の剣で風を起こして籾を乾燥させているんで、お値段無料とか。
ずるくないか。
ずるいよなっ。
トラクターも、軽トラも、燃料の減りが少ないんだ。
「燃料系のエンジンなので、火の剣で助力できるんですよ」
だから、ずるいんだよ。
だからっ
娘と婿が家の支配権握ってからっ
すっげー黒字だよ
田んぼだから、気が遠くなるほどかかる水道代も、半分以下(何かの時に水道管使えないと困るから、時々流しているんで0にはならない)、ガス・燃料費も1/5ぐらいになっている。結界の外と、病気が出たあたりにだけに農薬は撒いているから、1/20も使ってない。
娘「最初の、豊饒マックスかけまくり田んぼの収穫結果が出ましたので、ご報告です。乾燥籾殻中途段階ですが、常通りこれを玄米にした量に換算すると、14.6トン(14600㎏)。前々年二倍越えとなりました」
婿「おめでとう」
娘「2毛目がどうなるかわからないけれども、感覚的には年間25トン前後いくかなと思います」
婿「ざっくり、米だけで、1000万円ぐらいかな」
妻「本来なら水道代とガス代が二倍になる予定だけれどもね」
娘「勇君のおかげでほぼ無料。けっきょく、年間7000㎏は、集落とうちで消化して、物々交換になるけれど。そうなると、米での現金収入は700万そこそこ予定なのよね」
妻「でも、そのおかげで、食費は、調味料とか、たまの豚肉、牛肉、お魚代しかかからないのよ? 鶏肉と卵は貰えているから」
大きめのノートに、家計も書かれ。
「母さんに、ざっくりと書いて貰った献立、食費、消耗品の支出がこちら。感覚的に、毎月、調味料代として5000円、肉・魚等購入費として5万円、で食費なんとかいけそう?」
「米と野菜とときどき果物が無料だからいけるかも。と思ったけれども、高校生になったら、二人がお弁当になったから、冷凍食品代も少し欲しいわ。あと、食パンとかも買うから。犬の餌は?」
「犬費用は経営費から出します。モンキードッグとかいう扱いにしてるから。税務署が文句言うなら、キョンと猿なんとかしろよ、と文句言いたい。まあとにかく、四枚切、一度でなくなるわね。週に一度、パンとかうどんとかにするとしても、じゃトータルで6万5000円で」
年間食費を見て、妻が唸った。
78万円。
「ちょっと頑張って減らしてみる?」
と弱気になった。収入の一割超えなので怖じ気づいたようだ。
「いえ、これでいきましょう。食べれないってきついもの。エターナルあちこちにかけたから、家の修繕がほぼいらないのよ。家電も新しいのに替えてから、エターナルかけたいと思うので、予算50万円(ドンからのお金動かしますねー)で五合炊きの大きい炊飯器、大型冷蔵庫、エアコン、洗濯機を買い換えます。ついでに余裕があれば食洗機買います」
「それ、妖怪みてーな爺さんからもらった、おまえの金じゃないか」
「これは家の、だから、家計から毎月、2万円ぐらいずつ返して貰うからいいわ。ただの立て替え」
300万が経営費で。
300万が家の金としているようだ。
経営費から、犬の諸々とガス・ガソリン・水道代・電気代が出ている。生活でも使うが、田んぼの運営等から見れば、ものすごく微々たるものだ。
そうか。わけて考えるから、予算が組めるというか。
いや、そもそも黒字とかなくて、数値化する暇もなくて。
言い訳だろうが。
田んぼ1町8反ほか家屋庭野菜畑の固定資産税とかも経営費からまとめて出している。
可視化されると、よくうち、生き延びてたな、としか。
まあこれ、米だけで、野菜とかの売買費用入ってないにしても。
ん?
「100万どこいった?」
「そこらへん、面倒くさくてね。経営枠から出た米を家計の食費にしてるんだけれども、そしてあちこちのぶつぶつ交換されてるやつの費用がどうなるのかっていう」
「???」
「税務署と相談してから所在が決まるから、手を付けられないの。つまり、悪くしたら、税金として何年分もがんっと持って行かれるかもしれないから、よけてある」
「税務署、来たことがない」
「来てたら、たぶんもうちょっと運営簿とかまじめに付けたはずなんです、お父さん」
と、婿。
「はい、ここから、主題に入ります」
と、娘。
「まだ主題じゃないの?」
と、疲れてきた妻。母ちゃんは数字嫌いだよ。
「家計、消耗品の部がまだなの。トイレットペーパーとか洗剤とか石鹸、食器用洗剤ね。ざっくり一ヶ月一万円、でお母さんに管理してもらう」
「金額提示されると怖いわね。ただ、そんなにかからない気がするわ。何が消耗品なのか、っていうのが難しくなるけれど」
「あとは、たぶん家計から出てた、それぞれの靴下・下着、服とかは、大人なので各自が買う。けど、父さんが自分で買えるわけもないので」
「待てよ、おい。それぐらい、買える、はずだ?」
「したことないじゃない。お金はお母さんに渡す。消耗品被服とタオル・バスタオルは家計から小遣いで各自買うことにしました」
(以下、万円なり)食費78、家電返済24(返済終了後は家電貯金として)、消耗品代12、予備費50。
「残りを四人で、割って小遣いにすると136÷4÷12で、月々のお小遣い(被服代等含む)が、2.8万円になります。ほかの野菜・椿油などの売り上げが不規則のため、ボーナスないし、営業運営費ストック的なものになるかな、と。では、ご質問どうぞ」
家族会議とは思えないな。
「え、お小遣い」
とまどう妻。
俺も当惑している。
小遣い
知らない単語だ。
「お父さんには2万3千円ね。5千円はお母さんに渡しておくから、パンツとかいろいろ買ってもらって。父さん、自分のそれら管理できないだろうし。5千円でいいよね?」
「そんなに、使わないわね。季節ごとに何枚か足すだけよ」
「なら、3000円ぐらい?」
「うーん、たぶん、そんなもんよ?」
家計簿を見ながら、自信なさげに言う。
「二枚2980円のシャツとパンツを年一回と、靴下とTシャツを、穴開いたとか伸びた、とかで買い換えているから」
「そんな詳しい話はいいわ」
「あら、貴女もそのうち婿さんのを買うんじゃないの? あと、メーカーは丈夫でいいのがグン・・・」
「いいからっ」
ちょっと、俺が恥ずかしい。
「運営費って内訳はどうなってるんだ?」
話を変えよう。
「こっちほぼ税金と保険と光熱費で消えていくわ。そもそも家計が、年間手取りで父さん160万、母さん140万って給与で作りだしたから。100万近くがその税金、年金、保険で消えてる。光熱費と固定資産税でざっくり70万ね。残りの90万円から、軽トラ、トラクターのガソリン代と春用の苗の代金ねー。二毛目は、あったかいから、こっちが畑で作ってるからいいけれども、寒い時期の苗は買った方が確実だから。畑の苗とか種代とか、犬用返済したら、残るかしら?」
婿と娘は顔を見合わせた。
「すごいよね。魔法こんだけがんがん使ってるのに、今年度の学費出ないのね」
「農家儲からないのは知ってたけど、奇跡使ってもこれだと笑える」
無夜「ちょっと治癒ちゃん意地悪かな」
私「予備費(税務署対策含む)150万と、畑の野菜と椿油代があるものね」
無夜「とはいえ、初年は予備費に手を付けられない。なにせ、何かあったときの金が、治癒親たちほぼ『ない』から。ちなみに、超上質椿油年間18㍑採れるので、販売ルートがちゃんと確定すれば、30万円近い売り上げになるのでねぇ。まあ、自分たちで油使っちゃうし、仲間内にもあげちゃうから、そんなにいかないけれど(そのうち、キョン革鞣すのに使う)」
私「魔法ないなら、破産しててもおかしくないありさま」
無夜「実際、娘高校にやれなかったしね。助成金とかあるはずだけれど、リアルスローライフは、何かに躓いたら立て直せないレベルでかつかつだね」
私「戦争中に治癒ちゃん叫ぶはずだわ」
無夜「治癒パパよりママの方が、その辺理解してて、暴力で支配権変わったけれど、娘への後ろめたさとかで、ゆだねちゃったところがある」
私「ただ、今時の30代半ばの夫婦なら、貯金ないのも、まああるかっ★とは思う」
無夜「学費は、二人とも異世界で戦争して稼いだりしたから、問題ないけど。進学させられない話になったのは、治癒親たちの学のなさのせい。特にパパは、高校中退する前に、教師になんとか家と両立させたりするための方法、聞くべきだったよ。そしたら回り道でも妥協案とか知れたかも。それもこれも、親が一気に死んだことで、帳簿の付け方とかもわからず、手探りでするはめになった治癒パパが可哀想なんだけれど」
私「あとは、助成金、調べたらわりと絶望だった」
汎用性が高いと見なされて、助成金が出ない可能性が高いもの
軽トラック、乗用車 トラクター
ビニールハウス、コンテナ、ドームハウス
ソーラーパネル
設置場所の整備工事や基礎工事
事務所の家賃、敷金礼金、光熱水道費 など
私「助成金、何なら出るんだよ?」
無夜「経営費にすらできないかもしれないね。つまり家計からの自腹か。ドンが結納祝いにどどんとトラクターはくれたけど。言い回ししだいでは、キャンピングカーさえ、経費に回せるようだけども」
私「あー、トイレがない農地で、そこらで『ん』をしろというのか、と税務署の人に言ったら、通ったらしい」
無夜「強いなー」




